クリスマスのバイト ①
Added 2021-12-11 04:00:00 +0000 UTC「それでは、12月25日、単発の清掃アルバイトです。キャンセルはできませんので、必ず出勤していただけるよう、よろしくお願いいたします」 「……はい」 ああ、やってしまったなあと、裕太は頭を抱えた。 大学を卒業しても就職できず、フリーターになったのは仕方ないし、特段クリスマスに仕事を入れる必要があったかといえば、そんなことはない。 ただ、恋人がいないだけだ。 「生まれて初めてクリスマスにバイトいれたけど……はあ……」 毎年毎年クリスマスだけはフリーにしていた裕太。 クリスマス三日前の今日でも、ひょっとしたら今から彼女ができて、クリスマスにデートができるかもしれない。 ひょっとしたら、クリスマスイブに彼女ができるかもしれない。ナンパがうまく行くかもしれない。 もしかしたら、クリスマス当日に運命的な出会いがあるかもしれない。 「って、ないない。そんなことはないって、ほら、もう仕事決めたんだ。やることはしっかりやんないと」 自分を奮い立たせる裕太。確かに、このタイミングで引き受けた単発のアルバイト。断ることなどできはしない。午後からも飲食店のアルバイトが待っている。 小走りに職場へ向かっていると、バス停でおばあさんが小銭を落としていた。さくっと拾ってそのままおばあさんの手元へ。 「あ、おばあさん、はいこれ」 「あらまあ、ありがとう」 「いえいえ、それじゃあ」 雪の降り始めた中、裕太は滑らないように足を動かし続ける。 そんな背中を、おばあさんは目を細めながらも、確かに見つめていた。 きたる、12月25日、クリスマス。 裕太はこの日、とある御屋敷の清掃バイトを務めることになった。丸一日の大掃除だ。 「ここか……立派だなあ。一日で掃除するような屋敷には見えないし……おや?」 裕太が玄関に目を向けると、そこには四人のメイドが並ぶように立っていて。 「ようこそお越しくださいました」 『ようこそ、お越しくださいました』 一人のメイドが恭しく一礼して、残りのメイドがそれにつづいた。 「……メイドがいるなら俺、要らないだろ」 聞いた話とだいぶ違う。率直に裕太は思った。 裕太の聞いた話では、お屋敷の簡単な掃除をお願い、というニュアンスであった。しかし、メイドがいるなら、彼女たちに任せてしまえばいい。というか、こんなお金持ちの家ならば、もっときちんとした清掃会社に頼った方がいいはずだ。 「あ、あのう……一つ聞いていいですか? 立派なお屋敷ですし、清掃もそうとう丁寧にやられています。正直俺にできることは……」 正直、仕事を請け負った人間の言うことではない。しかし、それを言ってしまうのが裕太の欠点で、ある意味正直で誠実なところでもある。 「も、もちろんしつこい油汚れでも、大きな荷物の整理でも何でもこなして見せますが、一体本日は何を掃除すれば……」 緊張した面持ちで、そう尋ねる裕太に、メイドのリーダーらしき女性はにこりと笑い。 「そこに関しまして、奥様からお話があります、こちらへどうぞ」 と、ひときわ豪華そうな部屋の扉へ案内されたのだった。 「失礼します」 「はい、お入りくださいな」 コンコンコン、と三回ノックして、恐る恐る部屋の中へ。 すると、 「いらっしゃい。始めまして、ではないわね。一昨日はどうも」 「……?」 「ああ、ほら、バスのお釣りの」 「……あ!」 そこまで言われてようやく思い出す裕太。それを見て、目の前の夫人は笑い出した。 「ふふ、ごめんなさいね。なんだかあなた、自然に善行を振りまくような人に見えたから、少し今日の仕事を変更させてもらったの……アパートの掃除から、屋敷の軽作業に」 あっけらかんと言い放たれるも、裕太としては驚きを隠せない。 二日前に決めた単発の仕事。そして、目の前の夫人と関わったのはお釣りを渡した一回だけ。 それだけで裕太の素性を洗い出し、あまつさえこちらの仕事に移し替えたのだ。 どう考えても普通じゃない。 「……お客様にこういうこと聞いちゃいけないんですけど、何者ですか?」 フリーター生活の中で初めての経験。聞かずにはいられなかった。 一方の貴婦人も、その言葉を待っていたとばかりに 「あら、私? 私の正体かあ……まあ、いいでしょう、今日の仕事にも関わってくることだしね」 そして、目の前にあるワインを一つ飲み干すと、変化は唐突におこった。 老人としか思えなかった皮膚は見る見るうちに若々しいものへと変わっていき、その顔からしわが消え、白髪は美しい黒髪へと変わっていく。 二十秒もたたずして、その姿は二十代の美女そのものに変わっていて。 「若返った⁉」 「まだよ、っ、んっ」 もはやなんと言葉をかければいいかわからない裕太をよそに、さらに変化は続く。美女の背中から生えてきたのは、コウモリを連想させる翼。そして、長い長い尻尾。 その目は獲物を狙う野生の悪魔、といった印象で、 「じゃじゃん、貴婦人の正体は、サキュバスだったのです!」 と、貴婦人、否、正体を明かしたサキュバスは、聖なる一日に喧嘩を売るがごとく、この日顕現したのだった。