テレビのリモコンと中の人 前編
Added 2021-03-19 15:19:15 +0000 UTC今日は久しぶりの旅行、それはもう、名誉ある一人旅だった。 たまの休みに映画と思い、向かってみればつまらなかった。それはそれで仕方がない。ならばと思い、荷物を求めて向かった先が温泉旅館。 なあに、最近は色々疲れてた。こういう時は一人旅で、観光して、温泉につかっておいしいもの食べて、いい気分になってリフレッシュするのも、悪くない。 だからまあ、夜のこの時間帯までは、とてつもなくよい気分だった。 ・・・・・・この時までは。 「あ、ちょっと! 前田じゃん!」 「・・・」 昔馴染み、それも、告白して振られた因縁の存在。春香(はるか)に出会うまでは。 夜になると、カップルがチェックインをすると、予測しようと思えばできた。というか、別段予測するものではない。 ただ、こうなることならあらかじめ遠くを選んでおくべきだったと思う。 初恋の相手がわざわざ、彼氏を連れてイチャイチャしにやってくる。そんな環境で、どうして仲良くできると思うのか。何が嫌って、彼氏が見知った顔、昔のクラスメイトだったのが余計に嫌だ。ひょっとすると、俺に告白された話も、それをあっけなく振った話までしているのかもしれない。 「・・・奪うか?」 そんなことを考えるも、できもしないことだ。なにせ、告白に関しては一度負けたら終わりだもの。 諦めて身を引くことが、一番誠実な対応としか言えない。 そんなことを考えながら、もう一度温泉に向かった。 「ふへーっ、ああ、めんど、何も考えたくないな…」 のぼせた。 何も考えないのと、考えられないのは違う。頭の中がまるでいうことを聞かない。 普通なら牛乳でも飲んで意識を覚醒するべきところだが、俺は牛乳は嫌いだ。自販機は部屋の前にあったはず。 最後に残った力を振り絞り、部屋の前まで足を運んで、そこでとうとう、力尽きた。 『…えだ、・・・ねえ、前田ってば!』 ・・・ん? ぼんやりした意識を覚醒させる、近くに会ったスポーツドリンクを思いっきり飲み干す。倒れかけたその精神に、力と理性が戻ってくる。 そこで思った。こんなスポドリ、買った覚えもない。 というか、部屋の間取りも先ほどと違う。なんだこの荷物。俺のじゃない荷物が二つも。 ・・・・・・というか、俺の部屋は二階にあるのに、階段を上った覚えもエレベーターに乗った覚えもない。 部屋を間違えたのは間違いない。そして、先ほど聞こえてきた声。 総合的に判断すると、間違いない。春香の部屋だ。 とするとどこかに彼氏もいるのかなと、ふらふらと見渡してみても、そんな奴はどこにもいない。窓ガラスに映った自分の姿があるだけ。 というか、春香の姿すら見当たらない。 「どういうことだ?」 幻聴か?とおもうも、現に俺は春香の部屋にいるのだから、せめて春香がどこかにいるはず。 「春香? いるのか?」 「前田っ、ここっ、ここだってっ!」 クローゼットの中とか、備え付けられた風呂とか、あちらこちら探す。何せ向こうが呼んでいるのだ。今回ばかりは許されるべき。 「春香、いったいどこに…」 そして、あちらこちらを探して回ったのち、あきらめかけてテレビのチャンネルをつけた、その時だった。 テレビ画面に映るのは、ニュースでもバラエティでもなく。 『…ああっ! よかったっ、やっと見つかったっ』 涙ぐんで此方を見つめる、春香の姿だった。 「テレビの中に閉じ込められたあ?」 前代未聞の珍事だが、現状からして疑いようもない。なにせ、画面の中では春香が必死の形相で、こちらをゴンゴン叩いているのだから。 「彼氏はどうしたんだ」 「アタシが吸い込まれるのを見て、怖くなって逃げちゃった」 「まじか」 そんな甲斐性なしに恋のさや当てで負けたのか。俺は。いやまあ、確かに世にも奇妙な物語ではあるけれど。 のぼせ気味のぼんやりした頭でなければ、俺も危なかったかもしれない。 「で、脱出できそうか?」 「できないから困ってるんじゃん! っ、ううっ…たすけてよぉっ」 とうとう泣き出してしまった春香。そりゃそうだ。 テレビの中に閉じ込められる、なんて、非日常を求めた俺でも、絶対にごめんこうむる。 『…たすけてようっ、シンジっ…』 彼氏の名前を呼んでいる。目の前にいる俺よりも、逃げだした彼氏を思うのか。けなげなことだ。腹が立つ。むかつく。 と、そこで俺は、先ほど電源をつけたリモコンに注目する。いたって普通のリモコンと思ってはいたが、テレビの中はこんな感じだ。思い人の泣き顔を鑑賞するのも悪くはないが、これ、たとえば、消音とか、押してみたらどうなるのだろう。 「~~! ~?、~~~!!」 あっ、泣き顔で、こちらを見つめて、声を出せなくなったことに気づいて、さらに顔が悲惨になった。ワンワン涙を流しながら、こちらの壁を叩いている。 やべえ、かわいい。たのしい。これ。 消音解除っと。 「~~! たすけてっ! ああっ、もどったっ、もどったよっ、前田っ、あたしの声、聞こえてる?」 「……ああ、ばっちり」 俺の中で、後ろ暗い欲望が、かすかに、しかし確かに芽を出した。