野球部のバッテリーの場合 前編
Added 2020-10-01 11:52:05 +0000 UTCこの高校は、入学するものは皆男子、そういう意味では男子校だが、2年生のうち2つのクラスを女体化させ、結果的に共学として存在する。 「さすがに、もうお前の球は取れないよ。」 「…」 「ごめんな。」 「お前が悪いんじゃないさ。しょうがないことだし、俺らはみんな分かってて入学したんだ。」 確かにこの高校の野球部はそこまで強い方でもない。だがそこには確かな絆があった。 ピッチャーの前には、女体化したキャッチャーがいる。もともと美形コンビとしてそれなりに目立っていた二人だが、現在の雰囲気をはたから見れば、美男美女のカップルにしか見えない。 ピッチャーは西野(にしの)、キャッチャーは富樫(とがし)という。 富樫はもともと西野よりも背が高かった。それが今は身長は148センチ、童顔の美少女に変わってしまった。髪の色も茶髪でふんわりとしたものに変わり、その胸元は小柄なくせにかなり立派な大きさを持っている。 …本来なら襲われかねないその見た目は、しかし野球部のみんなに頼られていた、あの勇ましい富樫なのである。 「…まあ、野球が出来なくても、ほかにできることもあるしな。マネージャとしてこれからは頑張るよ。だから、1年、お前らもこれからどうなるか分からんが、頑張れよ。」 『はいっ!』 女体化生徒が6人出た野球部は、しかしそれでも、いたって平和的に青春を過ごしていた。 男子校のマネージャーは、男子が務めるほかはない。 だが、この高校においては、女子化した男子がマネージャーを務めることがほとんどだ。 「まあ、気楽にやればいいさ。」 目の前の美女が妖艶にほほ笑む。 「…はい。」 ここは、3年の教室。富樫は、3年のセンパイからアドバイスを受けていた。富樫と同じ、野球部で女体化したセンパイである。名前は羽衣、もともと中性的な名前であったが女体化したことで今ではどこからどう見ても女である。 「…あの!」 「どうした?何でも聞いていいぞ。」 女になっても頼れるセンパイには変わりない。そう思っていた去年。だが美しい妖艶な美女に変身したセンパイを見る目は、少しだけいやらしくなってしまった。 「ふふっ、まあ、しょうがないさ。男の気持ちはよくわかるよ。」 胸くらいは揉んでもいいと言われたが、誰も揉もうとはしなかった。 一度揉んでしまうと、すべてが壊れてしまいそうだったからだ。 結局その胸を揉んだのは、野球部の知る限り一人だけである。現在の部長だ。 「俺、んんっ、私、卒業後も女でいることにしたんだ。」 「…やっぱり、そうなんですね。」 野球部の中では前々から噂になっていたことだ。野球部の中では、カップルの成立率が非常に高い。部長とセンパイがくっついた。野球部のうわさだが、やはり真実だったようだ。 男同士でなら友情であっても、それを男女となっても全く同じものとはいかない。だが友情があったことは、決して無駄になるものでもない。 「女の体になって、不安だった。みんな優しくしてくれて、すっごくうれしかったけど、それでもあいつが、私を本当の意味で大事にしてくれた。」 「センパイ…」 「いつもの男友達として楽しくやろうとしたけど、無理だった。いつの間にか雰囲気が別のものに変わってきて。頭の中も女の子になってきて、気づいた時にはもう、男女になってた。」 ふふっ、と笑うセンパイはとてもきれいに見えた。 「ああ、二人ともここにいたのか。」 「あ、部長、お疲れ様です。」 野球部の部長がやってきた。 「まあ、二人とも女体化した元男子同士だから、思うところがあるだろう。羽衣(うい)、富樫のこと、任せるぞ。 「…うん」 羽衣が一瞬だけメスの顔をしたことに、同じ女子となった富樫が気づく。それを見て、一瞬うらやましいと思ってしまったことに驚く富樫。 当り前のように一緒に帰っていく二人を見送った後、富樫もとぼとぼと帰路についた。 西野と待ち合わせして帰る。部活終わりのお馴染みであった。 だが、今回は、 「なってしまったものは仕方がないからな。この姿でも楽しくやっていきたいもんだ。」 できる限り明るく振舞う。 「そうだな。でも、無理はするなよ?」 ポンポンと頭を叩かれる富樫。 思った以上に恥ずかしくなった富樫は抗議の声をあげる。 「やめろ…恥ずかしいから。」 目の前の男よりももともとは体が大きかったのだ、それなのにたった一日で身長逆転されて、こんなことまでされると頭が違和感を感じて仕方がない。 「…嫌か?」 「嫌じゃないけど…」 そのままうつむいて歩きだす。人混みがこちらを振り向きながらも通り過ぎていく。 「わかるか?今すれ違ったやつら、俺らをカップルだと思ったんだよ。きっと。」 身体の奥が急に熱くなる。 「う、うるさいっ」 この男は何を考えているのだろうか。自分を惚れさせるつもりだろうか。それがひどく屈辱的な気がすると同時に、うれしく感じてしまうことがつらかった。 それから一週間の間、西野は今まで以上に富樫とつるむようになっていった。というか、いろいろとおせっかいを焼くようにもなってきていた。 やれ男子便所を使うならせめて個室にしろだの、スカートをきちんとしろだの。なんなんだ、あいつは、つい最近まで男だったんだ、分かるかっての。 だが、それでも西野はだてに女の子にモテたわけではない、扱いを心得ているというか、引き際と攻め時を見極めている。小さくなった体で富樫が本当に困っているときは助けてくれたし、本当に俺が嫌がることはしなかった。それが余計に女になった富樫の体をキュンキュンさせてしまっていたが、どうすればいいのか分からなかった。 結果として西野は、富樫の男子力レベルを肌で感じ、ますます困惑することになる。 「なんでっ、俺にかまうんだよっ!」 「いや、心配だからな。」 こうして帰るときも、西野は車道側を歩き、やっぱりモテ男の風格を出している。 「くそっ、もともと俺の方がモテたのに。」 「はっはっは。」 背の低い少女になったことが何かと不便である。これが長身の美女であったならと、何度思ったか分からない。 だから、今回も何気なく言葉を西野に投げた。 「くそっ、俺が羽衣センパイみたいなナイスバディだったら、お前を骨抜きにして、顔を真っ赤にしてやるのに。」 「…」 「ひゃあっ!こ、西野、何をっ!」 突然お姫様抱っこをされる富樫。周りの目こそなかったが、それでも人生で絶対にされることはなかったと思っていた分、恥ずかしさがとんでもない。 「ちょっ、おろせっ!下ろせって、おちつけ!」 「とりあえず、家まで運ぶぞ。」 「はあ!?」 心臓の鼓動が高鳴る。西野の胸板に顔が当たって、西野のにおいがする。 (なんでっ、俺っ、男なのにっ) 当然抵抗することなどできもせず、西野の家に持ち帰られてしまった。