10年くらい前からだったかな。原稿に入る前に、クロッキー帳で人物画の「落描き」を始めたのです。
「落描き」だから、自由に描ける。間違ったってかまわない。ヘタクソでも誰も見ない。ノンストレス。
なぜそんな大事なことを、もっと早くしてなかったんだろう。
漫画を描き始めた10歳くらいの頃から、その習慣があれば、僕も今頃、超絶絵師のようになれたかも、と、全く不毛な的外れな後悔をしているのですけど・・・。
ある時、ある落語家が、落語を始める前に世間話をしていたことがあって、お客をいじったり、天気がどうとか、こんなニュースがあったとか、自分の体調がどうとか。
「なんでそんなことするんだ? 舞台に立ったらすぐ落語を披露しないと、稽古のリズムが狂ってしまうじゃないか」と僕は思った。
客との距離を縮めたいなら、すでに、前説は若手がしていて、会場は温まってるはずなわけで。
その答えは、あるラジオを聴いていた時に、ある放送作家の人が言っていた。
「落語家が最初に世間話をするのって、あれはチューニングしてるんだよね」
チューニング?・・・・、あ・・・・・そうだったのか!
落語家の前説は、「音合わせ」だったんだ。
ロックバンドが舞台に出てきて、ギタリストがちょっとだけギュイギュイ~ンと鳴らして、ギターの上に付いてるネジみたいなものをちょっとひねったりする。
それだ。
落語家の心境を僕は分からないけど、あれは「音合わせ(チューニング)」なんだ。
そのことに気づいた時、「漫画家にもチューニングが必要だ」と思った。
落語家が客前に出るのが本番なら、漫画家の本番は、机で原稿を描く時。(客の前で描くわけじゃないですからね。)
なので、机で原稿を描く前に、10分とか、余裕があれば30分くらい人物画の「落描き」を始めたのです。
アスリートは本番前にウォーミングアップをする。
就活生は、就職面接の前に笑顔の練習をする。
誰しもデートの前に、相手に言いたいことをイメトレする。
みんな必ずやっている。
そう考えると、漫画家も絶対やらねばならないことだ。
「練習は本番のように、本番は練習のように」というベタな名言もある。
浦沢直樹先生は漫勉で、
「下描きでここ一発いいもの描くぞ、と思ったら失敗する。いつものお絵描き、と思わないとだめ」って言っていた。
毎日絵を描くことで、本番(原稿執筆)を力を抜いてリラックスしてできるようにしたい。
やわらかな線を引けるようにしたい。
さあ今日も落描きをしよう。