あぁ、もう無理。もうダメだ。どうにもならねー。
というわけで、四ヶ月もの期間、だんまりを貫き通していた無能の人、無能一文です。
何故、だんまりを貫き通していたのか。理由は一つです。
それは、
あの後からずっと迷走し続けていて、いまだにどこにも辿り着けずにひたすらに迷い続けているから
です。
ただ、一応、暫定的な結論だけは出たので、ここでお伝えしておきます。
迷走しまくった末に暫定的に出した結論としては、今まで制作していたゲーム企画、あの企画を大幅に軌道修正することに決めました。
これまで作ってきたシステムその他をほぼそのままにしながら、企画内容そのものは大きく変更することにしました。
企画内容の変更点をまとめると、下記のようになります。
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☆企画変更点まとめ(旧企画、新企画差異まとめ)
◯タイトル
旧:『絶対に負けられなかった戦い』(仮題)
新:『鼻つまみ者の日々―青春と排泄欲求の小曲(バガテル)―』(仮題)
◯ジャンル
旧:『(男の子の)おしっこ我慢要素もある恋愛育成&女子との喧嘩ゲーム』
新:『(男の子の)おしっこ我慢要素が主となる恋愛シミュレーションゲーム』
◯ストーリー
旧:不可思議な夜の夢やらのファンタジー系ストーリーあり
新:ほぼなし。主人公男子が遭遇する12の『運命の我慢』を乗り越えるだけ
◯舞台設定およびキャラクター
旧:小学校。女の子は私服姿
新:中学校。女の子は制服姿
◯戦闘システム
旧:女子相手に拳で殴り合う
新:尿意(尿意シチュエーションそのもの)相手に根性と我慢スキルで殴り合う
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以上、暫定的な結論でした。
取り急ぎphotoshopと生成AIででっち上げたキービジュアル? 的なものが以下です。
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※以下、軌道修正を決断した経緯です。興味のある方だけどうぞ。※
軌道修正の経緯。
色々と思い悩みましたが、今回、企画の大幅な修正を決断した根本的な理由は一つです。
開発中のゲームを動作確認している際に、ふと、
「なんかこのゲーム、普通につまんなくない?」
という素朴な感想を抱いてしまった――それだけのことです。
しかし、それだけのことのことがきっかけで、歯車が狂い始め、全てがグダグダになっていき、長い迷走が始まってしまいました。
そして、最後には重大な問題に気付いてしまいました。
現状動かせる範囲ですら、ゲームの端々に、拭いようのない『コレジャナイ感』が見受けられたのです。
そこでようやく、わかりました。
今まで『自分がやりたいゲーム』を作っているつもりでしたが、いつの間にか、全然違ったものを自分が作っていたことを。
無能は『自分がやりたいゲーム』ではなく、『自分が作りたいゲーム』を作ってしまっていた、ということを。
とある理由で、無能はいつからか、
・『自分が作りたいゲーム』ではなく『自分がやりたいゲーム』を作る
というルールを自分に課しています。小説も同じです。
詳細は後述しますが、基本、このルールに反した状態ではゲーム作りは上手く行かないと思っています。
ですので、『自分が作りたいゲーム』から『自分がやりたいゲーム』へとどうにか引っ張り戻すため、今回、企画そのものの方向を修正することにしました。
これまで作ってきた基本システムは全部そのまま使えるはずなので流用して、当初の企画であった
『男の子のおもらし要素が主となる恋愛シミュレーションゲーム風の何か』
というスタート地点に立ち戻ることとしました。
さらに言えば、数ヶ月間、動作確認で『かなちゃん』とひたすら殴り合うことで、薄々感じていたこともありました。
これもわりと根本的な問題なのですが、無能はどうやら、別に女の子と殴り合いたいわけじゃなかったらしいのです。
いやまあ、女の子に殴り倒されるのも悪くはないのですが、それがメインだといまいち盛り上がりに欠けると言うか……。
よって、敵は女の子、という大前提をぶん投げました。
『尿意があるのにトイレに行けないというシチュエーションそのもの』
を改めて敵として設定することにしました。
女の子との戦闘システムは尿意との戦闘用に修正流用しますが、女の子との戦闘自体もせっかく作ったので、たまには女の子との実際の喧嘩も発生してもいいと思います。
それなら、今まで作ってきたものも余さず有効活用できますから。
あと、私服姿の小学四年生? 五年生? ぐらいの『かなちゃん』とひたすらに殴り合ってきた結果、無能は
「うーん、女の子はやはり制服の中学生の方が良くね? 私服姿は私服姿で別途出せたら新鮮でいいけど、制服こそが王道では?」
ってなりましたので、ついでに舞台設定も中学校に変更します。
中学校入学からゲームスタート、の方がゲーム的にもわかりやすくて良いです。
こちらもシステム面は全部流用で対応できるので、一部、中学校設定と合わないテキストだけ修正して対応することにします。
こういうこともあろうかと、いつでも変更が効くように細かい文言とかのデータは全て表計算ソフトに入力し、そこから出力しています。
だから、表計算ソフトでデータを修正してマクロで再出力すれば済むはずです。
AIによるキャラデザも、舞台設定変更に合わせて修正します。
そういうわけで、以下がシステム流用して動かしてみたゲームのメイン画面。
見た目上はこれまでとほぼ変化なしですが、パラメータと育成コマンドを、殴り合い前提のものから通常の恋愛シミュレーションっぽいものに変更しています。
キャラクターの絵も変わっています。
加えて、生成AIとphotoshopででっち上げたイメージ画像三点が以下です。
上でも貼ったやつですね。
俗に言うキービジュアル、みたいなやつですね。
画像の出来の是非はともかくとして、少なくとも、『自分がやりたいゲーム』はこっちだなあ、というそこはかとない実感があります。
3つ目の画像において周囲で笑って見ているのが、普段、同じクラスで顔を合わせる同級生の女の子達だと考えると、この後に会った時、一体どんな顔で何を言われるのだろうなどと想像を巡らせると、
「そうそう、こういうのでいいんだよ、こういうので」
というテストプレイヤーとしての無能一文の声が聞こえてくるような気がします。
シナリオとか、ゲーム性とか、世界観とかじゃない。
これが主役。
こういうのがメイン。
そうあるべきだ。
だってさあ、考えてみれば、普通の面白いゲームなんて、この世にはすでに無数にある。
今後も増え続けていくことを考慮に入れると、一生かかっても遊びきれないほどだ。
普通の面白いゲームがやりたいなら、自分で作る必要なんて全然ないわけだ。
『自分がやりたいゲーム』が普通の面白いゲームではないからこそ、俺は自分で作らなきゃいけない。
であれば、自分で作ってでもやりたいゲームというのは、普通のゲームであるわけがない。
こういう一見珍妙なものになっていてこそ、正しい道を進んでいるということなのだ。
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※※※注意! 以下、どうでもいい長話。読まなくていいと思います。※※※
※ゲーム制作における『自分がやりたいゲーム』と『自分が作りたいゲーム』
『自分がやりたいゲーム』と『自分が作りたいゲーム』。
無能が特段の説明もなく連呼したこのワードについて、注釈を加えておきます。
この二つは実際、高い確率で混同されているように思います。
というか、意識しようとしていても、区別できなくなってしまうことが多いです。
そこがまあ、罠なわけですが……。
知る必要もないので、恐らく多くの人は知らないと思うのですが、実はゲーム制作において、
・『自分がやりたいゲーム』
・『自分が作りたいゲーム』
この二つは、似て非なるものです。
この二つが一致しているゲーム制作者も、きっと、結構いると思います。
だけど、本質的には別物です。
例えば、
無能が『作りたいゲーム』は、自称クリエイターとしての技術と気概に満ち満ちた野心的な作品です。
上質なシナリオと個性的なシステムを備え、特殊性癖エロゲーでありながら特殊性癖エロゲーの枠だけに収まらない、あれもこれもを備えた超良い感じの作品です。
エロゲーだけど、シナリオも良くて、システムも凝っている、みたいな。わかりやすく言えば、そういうゲームですね。
「無能はただの無能ではなかったんだ! 無能なゴミではなかったんだ!」と、そう自らを納得させられるレベルのものが作りたいのです。
でないと、やりきれないからです。
でも、無能がプレイヤーとして『やりたいゲーム』となると、実は全然違うゲームなんです。
端的に言えば、手軽に遊べる恥辱おもらしゲーム。
もうね、これに尽きる。これだけでいいのです。
別に技術的には高くなくてもいいし、あれもこれもなんて全然要らない。ストーリー性なんかも全然なくていい。
余計なものは要らない。要らないものが付いていると、なんだか遊んでいてかったるくなっちゃうし、ノイズにしかならない可能性が高い。
余計なものの付いていない一点突破的な内容の方が、単純明快で、プレイヤーとしては圧倒的に遊びやすいのです。
今だったら、おしっこ我慢要素を主とした学生生活シミュレーター、みたいな。
そういうゲームを、俺はやりたいのです。
気楽に遊べて、ついでに言えば何度も遊びたくなるような汎用性もあれば、よりいいですよね。一粒で二度美味しいですよね。
……以上。
これが無能一文という人間の『作りたいゲーム』と『やりたいゲーム』です。
『作りたいゲーム』と『やりたいゲーム』の大いなる差異に、愕然としたことでしょう。
無能もしました。無能はプレイするのなら、なるべくプレイ時間が短くて、さらっとしたゲームの方が好みなのです。
『作りたいゲーム』はいつも大長編だけどね。こんなのただのアホだよねマジで。
『自分が作りたいゲーム』の罠に取り込まれると、自分の今できる限界に挑戦しがちです。
ストーリー面では、性癖とは関係なく読ませるものを。
システム面では、性癖とは関係なく見るものを感心させるような印象に残るものを。
『自分の作りたいゲーム』を目指すと、自分の持つ技術を超えた限界についつい挑戦してみたくなるのです。
今持てる最大の力量を注ぎ込んで、自称クリエイターとして最高傑作と言えるものを作りたい。そんな気分になってしまう。
その結果、ストーリーはどんどんと独り善がりに、プログラムはより複雑で制作時間がかかるものになっていきます。
そうして、全力を傾けて、誰も――実は自分自身すら、特にやりたいわけではないゲームを作ることになるわけです。
実に虚しい行いです。
が、無能の経験上、『自分の作りたいゲーム』を目指すルートにハマってしまうと、ゲームそのものはまず完成せずに終わります。
理由は、最初のテストプレイヤーである自分自身にとって、それは特にやりたいわけではないゲームになってしまうからです。
必ずと言っていいほど、
「うーん、技術的には確かに頑張ってるかもしれないけど、でも、なんかこのゲームつまんなくね?」
ってなっちゃうんです。
自分という最初のテストプレイヤーにダメ出しされて、『自分の作りたいゲーム』は必然的にお蔵入りする運命を辿るのです。
だから、『自分が作りたいゲーム』を作ってはいけない、と無能は思っています。
技術的には劣っていても、ボリュームは小さくても、『自分がやりたいゲーム』こそ作るべきゲームなのだと無能は心に決めていたのです。
自分の技術を十全に発揮することが大切なのではないのです。
ていうか、そんなものは、どうでもいいのです。
まだこの世に存在しない、『自分がやりたいゲーム』をこの世に作り出して、自分で遊ぶことこそが大切なことなのです。
というか、そうでないと、無能の場合、完成しないんですよね。絶対に。
実は今回も、ずっと無能は『自分がやりたいゲーム』を作っているつもりでした。
だから、本当は、テストで遊べるようになってきたらもっとわくわくするはずだったんです。楽しくなるはずだったんです。
でも、そうはならなかった。そこではたと気付きました。
変にストーリー性があって設定が凝っていたり、ファンタジー要素を取り込んでいたり……。あまりにも余分な要素が多すぎる、と。
これでは、『おしっこ我慢要素がメインのゲーム』ではなく、『おしっこ我慢要素もあるゲーム』に堕してしまっている。
ここにあるのは、ただ、自分が作りたかっただけのものだ、と。ようやくわかりました。
そして、無能はこのゲーム、自分では大してやりたくないんだということまで、わかってしまったのです。
無能は気づかぬうちに、また、『自分が作りたいゲーム』を作ってしまっていたのです。
今回、ようやくそれが判明したので軌道修正した、と。
この雑記は、そういう話でした。
無能一文
2025-06-06 23:22:34 +0000 UTC無能一文
2025-06-06 23:21:17 +0000 UTC無能一文
2025-06-06 23:17:23 +0000 UTCあおほ
2025-06-03 15:03:49 +0000 UTC鳥ィ
2025-06-03 13:50:37 +0000 UTCawdv338
2025-06-03 13:49:15 +0000 UTC