※世界観設定はフィクションです。
あと後味のよくない話なので一応閲覧注意
はるか未来、遺伝子研究や遺伝子操作の技術などが進んだ時代の話。
この記事を見ている方の中で「植物が痛みを感じる」という説を聞いたことがある者は多いかもしれないが、遠い未来には加えて、「植物の感じている感情(によく似た伝達物質の動き)に応じて、その味が変化する」ことが幅広く理解されている。
そんな時代のとある小さな高級昆布だし製造会社では、感情の機能を用いて、よりおいしい、上質な昆布を作ってずいぶん長い歴史と人気を誇っている。その方法としては「より感情を強く持てる人間クラスの脳を植え付けた昆布を作って培養槽で栽培し、手間暇かけて育てることで最高級の旨みを抽出する」というものだ。
職人さんは脳を持った昆布たちに毎日話しかけて情緒を育み、昆布たちはおいしく食べてもらうことをいちばんの喜びとして培養槽の中で育っていく。
色々なお話を交わして長いこと育て、苦味やえぐみの出ない絶妙な時期に培養槽から出し、数十分かけて昆布と最後のお話をしながら香りや味のチェックをする。その後お湯をかけて〆め、圧搾機で出汁を抽出する。このときチェックに失敗したものは残念ながら廃棄処分か、だし以外の用途に使われることとなる。
こころ昆布は個体の性格によって様々に味の違いを有し、一つとして同じ食味にならないこともあって、非常に珍重される。一般的には性格が明るくねじくれているほど味わい深い出汁が出るとされており(「わがまま昆布」と呼ばれて高値がつく)、逆につつがなく育つと旨みも味も薄くなってしまいやすい。関西では主に薄味のものを使用するが、そちらで好まれるものは、つつがなく育ちながらも、少しく毒気のあるというか、味の奥底にフックのある昆布である。
最後のお話をするときの昆布たちの反応は本当にまちまちであり、楽しくお話をするものもいれば、丁寧に扱うことを要求するもの、お客さんにどんな風に調理されるかに思いを馳せるものなどさまざまだが、まれに死を恐れて圧搾を嫌がる個体もあり、一般的に食用には適さないので処分される。
昆布職人のAさん曰く、「どんなにわがままだったり、泣き虫だったり、素直だったり、あるいは賢い昆布でも、湯で〆る瞬間は皆一様にキュッと縮こまってしまうので、何度体験してもそこになんとも言えないいじましさを感じる」とのことである。また、「この感覚に慣れて何も感じなくなってしまうようでは、一流の昆布職人にはなれない。こころ昆布を育てるということは、一つ一つの感情に対して常に豊かに向き合って育てていくことであり、むしろ職人というよりも理想的な親や教師のありかたと通じるところが多い」とも。
昆布を絞って出汁をとった後は、少量ずつ瓶に詰めて(一体である程度多量の出汁がとれる)、生育環境や性格などを細かく書いたラベルを貼って出荷される。小売店の売り場で、客たちがラベルを見ながらどんな味か想像している光景は、未来の昆布店の風物詩となっている。
ーーーーーーーー
というごっこ遊びをやったんだけど、死にたくない気持ちとおいしく食べてもらいたい気持ちがぐちゃぐちゃになって号泣して、えぐみがどうしても抜けずに不適格昆布になり、賄い用の佃煮に回された。
↑なんとなくこんなイメージ。