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月刊くじら 2月号

ええ、とりあえず最初に。

 ものすごく遅れました。ごめんなさい。先月はずっと動画作業とかをしていたんですけど、もう本当に一ミリも話すようなことが思い浮かばないまま二月を迎えてしまいました。今になって色々話すこと等思いついたのと、動画が完成したのと、新しいことに手を出したのでようやく更新の運びとなりました。


 いつもご支援いただいているみんな、やきもきさせてすまない。しなかった人にもすまない。たまに本当に何も思いつかないときがあったら今回のように遅れるかもしれない。どうか「あ!電ǂ鯨いまなんも思いついてないんだ!!!」と思っておくれ。とはいえ月刊の体裁は保ちたいので(その方が精神衛生的にも、ご支援いただいている方に毎月何かしらを供給するって面でもいいはずだから。)、せめて遅れたとしても上旬投稿は意識していきたいところです。


 さて。遅れる話をした時は(あれタイトル1月号になってたの恥ずかしいですね。)、制作中の「暮しガスメータ」の話をメインでしていこうと思ったのだけれど、最近ツイッターのスペース(いわばプチ講演会みたいな機能)とかを始めたので、そういう話もできるかもしれない。それではどうぞ。


〈目次〉

・スペースやった。

・今月の落書き

・暮しガスメータの制作(小話程度。別記事で改めて話す)

・散歩


・スペースやった。


 堅い話


 最近になって『リスナーを「個」として認識するのが怖い』という理由で忌避していた他サイトでの配信において、その怖さを乗り越えて得られるものに目を向けてみようと思った。きっかけは色々あったが、いつのまにか自分の周りの制作仲間とかが結構配信とかするようになっていて、遊びに行ってみたら「あ、意外と悪くない場所かもしれないぞ」と思ったことが大きい。


 そんなわけでまず手始めにtwitterのスペースから始めてみた。今までニコ生を主にやっていて、そこでは自分がしゃべったことに対してすぐコメントが返ってくるので、そこから話を膨らませればよかったのだが、スペースはそうもいかない。だいいちコメントが出ないので、自分の話したことを自分で咀嚼して広げなければならない。

 わたしはここ数年不特定多数の人間たちに対して「とくとくとお話を注ぎ続けること」をしてこなかったのでどうにも慣れない。そこで、自分を切り分けて「仮想の会話相手」を作ることにした。いわば一人二役のような。それならテンポも切り分けた自分が半分担保してくれるし、間が空いたりしたときはそいつがどうにかしてくれるだろうと思った。


 結果どうなったかというと、仮想の自分が勝手に自分の知らん情報を出し始めた。例えば「ヘビースモーカー」というあだ名の仮想自分は煙草を吸わないのにそう名付けられて、小中高大と全く同じ人間に囲まれてそだち、みんなエスカレータ式に悪の組織に入社したらしい。


 純粋にコンテンツとして一人会話を面白くこなせたこと自体もよかったんだけど、

もう一つ、「外から情動や何かを得る以外に、自分の中から新しい何かを見つけることが出来る」ってことに気づけたのも良かった。それこそスペースを始める時は「空っぽな自分を埋めるために外部から情報を摂取しよう」と思っていたわけだから、そういう意味でも予想外の方向に跳ねた。


 それを煮詰めて最近出した一つの結論が


・こころを良い状態にするためには、「外部入力」と「自分の中での感性の醸造」をバランスよくこなさなければならない。


ということ。外部から感情を得ることに終始すると、自分の場合は過大入力になって、内部で自分のこころを原材料として何かを出力することができなくなってしまう。もっというと、内部から生み出すことが出来る、という事実を忘れてしまう。自分のこころのなかにも、知らないひとを急に作ったり、自分の知らないことを自分に突き付ける機構はちゃんとそなわっているのだから。


 そういうことに気づけたという面で、とても面白かった。自分の内部に接近する機会のひとつになるので、こういうコンテンツはまたやってみたい。きっと自分と話しても、誰かと話しても、同じくらい楽しい。よかったら遊びに来てね。


・今月の落書き


主に編集中に何も考えずに走り描いたものたち。






・暮しガスメータの制作(小話程度。別記事で改めて話す)


 今回の曲を完成させるにあたって、「2/10までに大筋完成させたい」という縛りを設けていた。できれば前出した曲が忘れ去られてしまわぬうちに暮しガスメータを出したかった。


 自分の反省として、不要なところに手数を掛けるような動画構成にしてしまうというところがあって、まずそいつが省略できないか、と考えた。なので今回は背景を描くのをやめて、写真で済ませることにした。あれは以前に奥多摩に何回か行った時の写真をまぜこぜに拾ってきたもので、ちょうど暗め彩度低めで自分の好みに合った。あれを適切なタイミングで使用すれば、画面のメリハリや色の緩急をもたせることだってできる。おかげでその他の絵などに時間を費やせた。


↓使わなかった写真


写真は11年前のデジカメで撮っている。適度に画質が落ちてくれるので、自分の荒い絵を乗せてもそんなに浮かない。


 それから展開の緩急をつけるのが苦手だったので、今回はある程度コンテのようなものを考えてから実際に画面を作った。作る中で色々と没になったりもしたけど、大筋はこの雰囲気で行けたので、それも目標達成とみていいだろう。


以下コンテ(写真が青いのは部屋の照明が青いから)

2A構成 本当にこのままになった。


こちらは変更。段階的に2Aの葵ちゃんが黒くなるようにした。(絵面的にも「手」を使いすぎている気がしたし)


これもだいたいそのまま。


ラスサビ

オブジェクトが写真になってほどけるのは手数と技術的に厳しかったので、元から写真が浮かんでいく編集に変更

今まで使ったものが浮かび上がるのはラスサビ前半にした。


 とりあえず月刊くじらのほうでは制作の進め方とラフイメージの方を。後で暮しガスメータ専門の記事を一本書いて、そこではもうちょっと込み入った話とかをします。



・散歩


 暮しガスメータが公開される前あたりで、なんとなく自分の中のキャッシュをクリアしたくなったので散歩がてら銭湯まで歩いた。自分の状態としては、前述のように「内部での情動の生成の大切さ」に目を向けている感じだった。


 いつもだったら寒さだとか疲れを直接感覚として受け取るのに、その日は不思議と肉体の感覚がとても薄く、歩いている自分をFPSの視点みたいに、膜を一枚隔てているみたいに知覚していた。「ああ、こんな映像を見ているんだな」といった感じに。


 次いで感覚の遊離にともなって、頭の中で見えているものが別の景色として生成され始めた。並んでいるこうべを垂れたような電燈が夜を待って目を開けて、ベンチが無限に自動生成されてそこにたくさん存在しない人が座っている。雨が降っているのに全く濡れていないので、では自分の体に降ってくる雨現象の方が偽物のように思えた。ああ、これがこころがつくってくれる景色なんだ、これを自分はずっとなかったことにしていたんだな、と思って、それが帰ってきたことに気づいた喜びと、いままで無視してしまった申し訳なさでいっぱいになった。


 ま銭湯自体はふつうにいい湯だったから割愛するとして、帰り道にふと苦しくなった。それは自分の内部からこみあげてくるタイプの苦痛で、数カ月ぶりに覚えた感覚だった。外部のものではない、自分に内在する苦痛の到来がすごくうれしくて懐かしくって「ああ、これだ、いいな、これなんだ。ずっと待ってたよ」と思いながら苦しんだ。


 駅まで歩く途中に見覚えのある横顔があって、それは自分の大好きなネクタージュースが自販機で甲斐甲斐しく自分を売り出している顔なのであった。ネクタージュースはあの独自性とドロドロに溶けた甘さが本当に好きで、過去には歌詞のネタにしたこともある。なんというか、久しぶりの苦痛の帰宅を祝ってくれているみたいだった。


 そんな散歩だった。本当にぼくのこころと一緒に歩けてよかった。おかえり。



○おわりに


 1月は作業がとてもよく進んだ月でもあるし、同時に出力にかまけて情動を得るということを怠った月でもあった。と思ったら最後の最後で予想していない内部情動をもらえた。せっかくだしちゃんとそれを生かしてあげようね。


 そんなわけで、月刊くじら2月号はここまで。本当に遅くなってしまってごめんね。近いうちに暮しガスメータの没ラフ云々も上げるので、今回は音楽のおまけはなしです。

 毎回にはなるけれど、いつも支援してくださっているみなさま、とてもありがとう。今後とも頑張っていくのでよろしくね。


 結びの文章が比較的短いとなんだかむずむずするが、今月はこの辺にしときます。それでは。





                 来月号につづく。今年はたくさん雪が降るね。



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