NokiMo
elwhale
elwhale

fanbox


【雑記】京都紀行【一人旅行編】

※改めまして、この記事は自分が2021/11/21に京都で開催された「コトノハーズフェスタ」に参加した時のことをつづったものです。要するに雑記で日記。


 本当は今家に帰ってきて、すぐに床についてしまいたかったのだけれど、午前に済ませなければならない用事がいくらかあったので、仕方なしにパソコンの電気をつけた。まあ悪いことばかりではなく、まだ、京都で過ごした時間が現実から切り離されて「思い出」になる前に記録しておくっていうのも、また貴重な体験になるんだろう。


 少し話がそれるけども。

 どのくらいの人がそうなのかは知らないが、少なくとも自分は旅行中にあまり旅情を感じにくいたちなんだな、と今回歩いていて思った。たまに強く印象に残ることがあればそれは心の皮質を刺し破ってくるんだけど、基本的に旅行中は、ただ目の前に道があって、店があって、味があって、施設があって、それぞれの場所で適切なリアクションを取る作業を淡々とこなしていく感じだ。

 それで後になって急にそいつらが、さも「私は綺麗なあなたの思い出ですよ、ずっと」って風な顔して笑ってくる。その段になって、ようやく作業のようにこなしていたリアクションが美化されて、旅情が完成するわけだ。


 ということで京都レビュー。


【京都紀行のかけら】

 やることが本当に無く自由に行動できた最終日の話をする前に、とりあえずタスクのすき間を縫ってちょこちょこ飲み食いしたり撮った(自分が)面白い(と感じた)写真とか。

 ちなみに自分は写真が得意ではないし、そもそも「きれーなものを撮る」というよりは、「記憶の呼び水にするための景色の情報」くらいの気持ちで撮っているので、読んでくれている人は、ぜひ出来の悪い写真にもやもやしてくれればと思う。

変わった非常ドア。これ非常じゃないときに開けたらホントに怒られちゃいそう。…と思って今見たら、「開けたらブザーが永遠になり続ける」らしい。

ロッカーに死体を入れてはいけない。こういうのって本当に書いてあるんだなって、初めて気づいた。駅前のロッカーは高いので、事前に穴場のロッカーとかを検索してみるととても助かる。

イベント会場近くの鉄塔。初めて見るタイプのものだった。都会から離れるほど送電塔の高さは高くなると思っているので、「ああ、来たんだなあ知らないところに」という実感は、ここにきて一層たくましい。




【京都紀行】


 宿を出たのはもう昼を大分過ぎた後のはずなのに、自分の中で勝手に夜明け前に出発した、という風に書き換えられようとしている。旅情はこうやって捏造される。奈良の駅から約一時間くらいかけて、荷物を預けに京都駅に戻ってくる(自分の京都旅行の知見がまだ少ないので、いつもこの場所から始まってしまうことがちょっと悔しい)。

 自分は地下鉄などの通路から地上へ出る時のあの瞬間が好きだ。地上行きの階段から見る出口には、大抵四角くてなんでも存在し得そうな空がはめ込んである。ひょっとしたら、自分は京都に行きたいんじゃなくて、そういう断片から、想像上の街の幻を見たかったのかもしれなかった。

ほら。この上にあるのは、どこかしこにもお湯が溜まっている棚田みたいな温泉地帯でもいいし、雨にしと濡れた巨大なタンク類が林立する工場でもいい。もしくはなんにもない湖の上だっていいんだ。


 外に出るとザラメみてーな雨が降っていた。買い物を済ませて、身軽な状態で一日中京都や奈良を練り歩いたわけだが、昼撮った写真はそんなになかったので、さっと流してから夜の部に突入しようと思う。

ザラメみたいな雨の中の伏見稲荷近辺(プライバシー的なあれでぼかしてある)。


 伏見稲荷には一応行ったんだけど、なんだか赤いのを普通にとるのも癪だなあと思ってしまった結果、

なるべく赤いものを排除した写真がかろうじて残っていただけだった…。


 ちなみにこの日は前述のとおり雨だったのだけど、雨に伴う空の曇りようが自分のとても好きな色だったのでそれだけでとても満足だった。この色彩飛車角落ちみたいな状態で、伏見稲荷や周辺の街を歩けたのは、それだけでとても思い出の生成を助けてくれる。


 それから夜の部。


 色々歩き回っていたら20kmくらい歩いていたのでとても疲れた(全然そんなに歩いた自覚はなく、やたら腰と足がおかしいなと思って歩数計を見て気づいた)。ちょっとした飯を食べて、京都の銭湯に行ったら、案外まあ疲れも取れて歩けそうな感じがしたので、最後に、夢にまで見た賀茂川のほとりを歩いて駅まで向かうことにした。


 賀茂川は自分の中で勝手に偶像化されている。初めて琴葉姉妹のイベントに行った時もずっと川沿いを歩いたし、二回目によるりりの初版を売りに行った時も、朝から延々と上流に向かって歩いた。だから数年ぶりにここを訪れてみて、やっぱり同じように土手をたどっていく必要があった(そうやって過去のある時点の自分と影を重ねようとする行為はよいことなのか、それともそれも上から俯瞰してみたらただ過去にすがっているだけなのか、考えて怖くなったりもした。最近ずっと「なつかしさっていうのは敵なのかどうか」で頭の中がぐるぐるしている)。


 賀茂川の土手は広い。なんならここからなら、空さえやたら広い。そして夜はほんとうに人もまばらだ。そんなふうな川べりで、時折吞み終わったらしい人たちがぽつぽつと小さなかたまりになって座っている。

 右側の方に用水路みたいな小さい水路があって、その向こうに延々と飲み屋か何かの、暖色の灯が並んでいる。窓の向こうで誰かが飲み食いをしたりしているのがわずかに見えるけど、それらはすべて水路の向こうにあるので、その世界に自分は絶対に行けないんだなって感じがした。そういう景色群は自分が持っている偶像の姿にかなり近くて、かなり満たされた気分になった。


 そういえば、水路からずっと鷺か何かが建物の中を見ていたのが面白くって写真に撮った。

 本当はもっと真っ直ぐ首を向けて覗き込んでいたんだけれど、自分のフォーカスが後手に回ってしまった。惜しい。ちなみにしばらく見ていたら、「ああやはり行けないか」ってな感じで諦めてどっかに飛んでった。少なくとも私にはそんなふうに見えた。


 特別賑わっていたとかそういうのではないのだけれど、賀茂川は自分の好きな何らかの要素であふれていた。そしてそれを横目に、ここから居なくなる予定の自分がずんずん進んでいくのは、なんだか変な感じがした。電車に乗って窓の外を見ているような不干渉性というか、時間もないので、せっかくここに用意されたあらゆる情景・出来事にたいして、自分は通り過ぎる選択肢しか持ち合わせていなかった。それもまた良かった。食べ切れなかったものが勝手に思い出に昇華されていくのも、旅行のずるがしこいところだと思う。


 それから何とか必死に走ってバスに飛び乗って帰った。



 いまこの記事を書き始めてからなんやかんや三日経っているけど、やっぱりまだちゃんとした実感というか、思い出してみたときにわたあめの中に包まれてしゅわしゅわする感じがないので、私はこれから全く関係のない毎日を音源の編集なりなんなりに費やしながら、記憶が変性していくのをゆっくり待つことにしますね。


 それでは。ただの記録に付き合ってくれてありがとうございます。


(^ ^)/~~~


おまけ


京都とか奈良の固有の電燈写真コレクション(こういうの集めるの趣味)


【雑記】京都紀行【一人旅行編】 【雑記】京都紀行【一人旅行編】 【雑記】京都紀行【一人旅行編】 【雑記】京都紀行【一人旅行編】 【雑記】京都紀行【一人旅行編】 【雑記】京都紀行【一人旅行編】 【雑記】京都紀行【一人旅行編】 【雑記】京都紀行【一人旅行編】 【雑記】京都紀行【一人旅行編】 【雑記】京都紀行【一人旅行編】

Related Creators