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【有料限定公開】叛逆の刃が折れる時 イエラ過去編

本当は今月中に叛逆の刃が折れる時4人目の更新をしたかったのですが、主に私のスケジュール調整ミスにより無理そうだったので、今回は4人目の執筆中に長くなりすぎてボツになったイエラの過去編をここで供養させて頂きます。 今回はエッチな話は一切ありませんが、イエラが革命軍のリーダーになった理由やアインとイエラの関係性について詳しく書いているので、この話を読んでおくと次の4人目を読んだ時により一層楽しめると思います。 来月中には4人目も公開するので、それまでの繋ぎとして楽しんで頂けたらなと思います。 <イエラ視点>  十三年前。  革命軍を設立するよりも、アインの家に預けられるよりも前の、僕が六歳の頃。  家族三人で暮らしていた家の庭で、僕は……地面にへたり込み、肩で息をしていた。 「イエラッ! 何してんだッ! さっさと立ち上がって剣を持てッ!」  そんな僕に、父のソルド・モンベルクはそう怒鳴りながら、訓練用の木剣で地面を強く叩いた。  父さんの言葉に、僕は「やだ~!」と言いながら地面の上で大の字で寝転んだ。 「もう疲れた~! 訓練したくない~!」 「何言ってんだッ! まだ素振りしかしてないだろッ! 次は組み手だッ!」 「うぇぇ……」  一切休ませてくれる気が無さそうな父さんの言葉に、僕は渋々立ち上がり、地面に置いていた木剣を拾う。  そんな僕の姿を見て、父さんは呆れたように大きく溜息をついた。 「嫌そうな反応するなよ。……大体、剣の稽古をつけてくれって頼んできたのはお前だろう」 「だって、こんなに大変だなんて思わなかったんだもん。……ね、父さん。本当は、もっと楽に強くなる方法とか知ってるんじゃないの?」 「そんな方法は無い。……ホラ、続けるぞ」 「うえぇぇぇ……」  端的に言い放つ父さんの言葉に、僕は不満そうに声を漏らしながらも、渋々木剣を構え直した。  それから父さんの厳しい稽古を終え、すっかりヘトヘトになった僕は、一足先に家に戻った。  全身汗だくになっていたので軽くシャワーを浴びた後、僕は家の一階にある、とある一室へと向かった。  その部屋には、僕と父さんが剣の稽古をしていた庭がよく見える窓があり、その窓の傍にあるベッドに……母さんが横になっていた。  僕はいつも、このベッドで母さんに抱かれながら、庭で訓練をしている父さんを見るのが日課になっている。  今日は流石に訓練は休んでるのではないかと思っていたが、窓の外では相変わらず一人で木剣を振るっている父さんの姿があった。  ついさっきまで僕の稽古をつけていたばかりだと言うのに、その剣筋には疲れなんて一切見えず、目にも止まらぬ速さで木剣を振るい続ける。  僕はそんな父さんの姿に溜息をつきつつ、背中から抱き締めてくれている母さんの体にポフッと軽く音を立てて凭れ掛かった。 「ホント、父さんは体力バカだなぁ。あんだけ稽古したのに、全然疲れてないや」 「フフッ。そりゃあ、イエラは今日から剣の稽古を始めたばかりだけど、あの人はもう二十年以上剣を振るっているからね。今更、あれくらいの稽古じゃ息も切らさないわ」  吐き捨てるように呟く僕の頭を優しく撫でながら、母さんはそう語り掛ける。  それに、僕は「ふーん……」と小さく呟きつつ、窓の外で剣を振るい続けている父さんの姿を見つめた。  ニジュウネン、という単位がどれ程のものなのかはよく分からないが……それでも、凄く長いということだけは、なんとなく分かる。  僕なんて、今日の稽古だけでも凄く大変でヘトヘトになったのに、アレを何日も続けてるのか……。  ……楽に強くなれる方法は無い、か……。 「……父さんは、さ……」 「うん?」 「どうして、そこまでして……強くなりたいと、思ったのかな?」  そんな僕の問いに、母さんが僕の頭を撫でる手が、一瞬止まる。  僕が剣の稽古を受けたいと思ったのは、毎日家で一人で剣を振るっている父さんの姿を見て、なんとなく気になったから。  強くなりたいと思ったのは、たまに家に遊びに来る父さんのブカが、毎回のようにキシダンチョウの父さんが強くて凄いんだって話をするから。  父さんが毎日家でやってることを真似すれば、僕も父さんみたいに強くなれるんじゃないかと思って、剣を教えて欲しいとお願いした。  けど……父さんはどうして、強くなりたいと思ったのかな? 「……お父さんはああ見えて、凄く欲張りな人なのよ」  すると、母さんはそんなことを呟いた。  父さんが欲張り……? 確かに父さんは大食いで、いつもご飯をたくさん食べてるけど……。  そんな風に考えていると、母さんは僕の頭を優しく撫でながら続けた。 「お父さんは欲張りさんだから、この国に暮らす人達、皆が大切なの。……だから、その大切な人達皆を守る為に、強くなったのよ」 「……たいせつなひとを、まもるため……?」 「えぇ。……イエラには、大切な人とか……大好きな人はいる?」 「うんっ! 僕、母さんのこと大好きだよっ! あと、一応……父さんも……」  付け足したように言ったからか、母さんはクスクスと楽しそうに笑う。  ……母さんは、優しいから好きだ。  僕が落ち込んだりしていると、よく今みたいに優しく抱き締めて、頭を撫でてくれる。  最近はなんだか体の調子が良くないみたいで、こうして部屋のベッドで横になっていることが多いけれど……元気な時は美味しいお菓子を作ってくれたり、絵本を読んでくれたりする。  あと……父さんは声も体も大きくて、怒ると凄く怖いけど……それでも、好き。  キシダンチョウっていう凄い職業に就いてて、たくさんの人に慕われていて、カッコいいから。  それに、怒ると怖いけど……僕が怒られる時は、大体僕が悪いことをした時だけだ。  近所の子供を怪我させたとか、物を壊したとか、そういう時だけ。  怒って無かったら優しくて、頼りになって、カッコよくて……僕も、父さんみたいになりたいって、思う。 「僕……父さんと母さんが、大好き」 「……それじゃあ、例えばね。もし、明日の朝イエラが起きて、父さんや……私が突然いなくなってたら、どうする?」 「えッ……そんなのやだッ!」  突然の問いに、僕は咄嗟に抗議の声を上げる。  すると、母さんは僕の後頭部に顔を埋めながら、ゆっくりと続ける。 「そうでしょう? でも、もしその時、イエラが凄く強い力を持っていたら……いなくなった私達を、助けに行くことが出来る。私達を捕まえて連れ去ろうとする人達がいたら、その人達をやっつけることが出来る」 「ッ……じゃあ、父さんは……大好きな人達がいなくならない為に、強くなってるの?」 「……まぁ、そんな感じね」  僕の後頭部に顔を埋めたまま、くぐもった声で答える母さんの言葉に、僕は「そっか……」と小さく呟いた。  大好きな人達……僕にとっての母さんや父さんくらい大事な人達が、いなくならない為に……強く……。 「でも、それじゃあ……父さんは、誰が守るの?」 「えっ?」 「父さんがこの国の人達を守るなら、父さんのことは誰が守るの? 父さんがいなくなった時、誰が助けに行くの?」  僕の言葉に、母さんは黙り込んでしまった。  ……困らせちゃったかな。  でも、だって……そうじゃないか。  父さんは強いけど……父さんでも敵わない敵が、いるかもしれない。  そんな敵に父さんが連れていかれちゃったら……誰が、父さんを守ってくれるの? 「……私は強くなれないから、お父さんのことは守れないわ」  すると、母さんがそんな風に呟いた。  その言葉に顔を上げた時、母さんは僕の体を抱き締める力を強くして、続けた。 「だから……もし、お父さんが誰かに連れていかれたら、その時は……イエラが助けに行ってくれる?」 「……僕が?」 「イエラが、お父さんよりも強くなって……お父さんのことを、守ってくれる?」  くぐもった声で言った母さんの言葉に、僕は自分の拳を強く握りしめた。  ……そっか。  僕が今よりも強くなって、父さんを守れば良いんだ。  父さんでも勝てない敵を、僕が倒せば良いんだ。  僕が……強くなれば……! 「うんっ、分かったっ! 僕、強くなるっ! 父さんよりも、誰よりも強くなって、父さんのことも母さんのことも、僕が守るよっ!」 「……フフッ、本当? イエラは本当に、優しい子ね」  母さんはそう言って僕の頭を撫で、もう片方の手で抱き締めてくれた。  柔らかくて、温かくて、心地良い……凄く安心する、大好きな時間。  こんな時間を守る為にも、僕は……もっと強くなりたいと、思った。  その日から僕は強くなる為に、父さんに稽古をつけてもらい、毎日剣を振り続けた。  稽古の時以外も、時間があれば一人で剣を振るったりトレーニングをしたりして、着実に力を付けていった。  稽古がある時は主に父さんや、たまに遊びに来た父さんのブカの人にも相手になってもらい、人を相手に戦う訓練もたくさんした。  そうやって毎日必死に練習して、一ヶ月程経ったある日の朝のこと。  ベッドの上から動けない母さんの元に、いつものように朝食を持っていった時。  まだ母さんが眠っていたので、起こそうとした。  体を揺すって……もう朝だよ、って、言ったんだ。  でも、母さんは……起きなかった。  温かくて優しかった母さんは……冷たく、動かなくなっていた。  後から聞いた話では、母さんは小さい頃から体が強くない方らしく、ここ数年でさらに体調が悪化していたらしい。  特にここ数ヶ月で体力はめっきり落ち、ベッドから下りることすら出来なくなっていたと言う。  ……僕は何も……知らなかった……。  ベッドから動かないのは、少し体調が良くないだけだって言って……もうすぐ死ぬかもしれないくらい体が悪かったなんて、思いもしなかった。  何も知らずに、父さんも母さんも守るんだって息巻いて……僕が強くなっても、どうしようもないのに……。  母さんが死んだ後は、まるで胸にぽっかりと穴が空いたような、空虚な感覚が胸中を占めていた。  涙は出なかった。……というか、まるで心が死んでしまったかのように……何も感じなくなっていた。  母さんの葬式の間も、母さんの遺体が入った棺桶がお墓に埋められている間も、ずっと、ずっと、ずっと……何も感じなかった。  まるで……僕の心まで、一緒に死んでしまったかのように。  しかし、それでも、剣の訓練だけは一日たりとも欠かさなかった。  何もする気が起きなかったけど……強くなって父さんを守るって、母さんに約束したから。  僕は母さんに、何も出来なかったから。  せめて、その約束くらいは守りたいと思ったから。 「イエラ。俺は明日から、しばらく家を留守にする」  母さんの死後から数日後。  いつものように家の庭で木剣の素振りをしていた僕に、父さんが唐突にそう切り出した。  その言葉に、僕は剣を振るう手を止めて顔を上げた。 「……? どうしたの? 急に改まって……」  そう聞き返しながら、僕は父さんの元に駆け寄った。  キシダンチョウである父さんが仕事で家を留守にすることは、そこまで珍しいことでも無かった。  いつもは食事中とかにケロッと軽く報告する感じで、こんな風に改まって報告することなんてほとんど無い。  そりゃあ、僕が稽古をつけてもらうようになってからは何日も家を空けるようなことは無かったので、久しぶりではあるけど……それでも、わざわざ報告することでも無いだろうに。  そんな風に不思議に思っていると、父さんは僕の肩に手を置いてゆっくりと口を開いた。 「今までは、俺が家にいなくても、お前が一人になることは無かった。しかし……これからは、そう言う訳にもいかないだろう?」  苦しげな表情で言った父さんの言葉に、僕は反射的に木剣の柄を強く握りしめ、口を噤んだ。  確かに、そうだ。だって、今までは父さんがいなくても……家には、母さんがいたから。  ……あぁ、そうだ。  父さんが家を留守にする頻度が減ったのは、僕が稽古をつけてもらうようになった時からじゃない。  ……母さんが、ベッドの上から動けなくなってからだ。 「……」 「流石に、お前を家に一人にするわけにはいかない。……だから、明日からしばらくの間、俺の友人の家に行って貰うことになった。……母さんがいなくなったばかりなのに、こんなこと言って、申し訳ないと思ってるが……」 「大丈夫! 父さんの友達なら、良い人なんでしょ? だったら平気。気にしないよ」  重たい声で謝る父さんに、僕は慌ててそう答える。  僕が答えた言葉に、嘘は無い。  父さんが家に呼ぶ人は皆良い人ばかりだし、父さんが僕を預けても大丈夫だと信じられる人なら、僕だって信じられる。  それに……母さんを失った悲しみすら感じない僕の心は、今更、こんなことでは揺るがないから。 「そうか。すまないな。……あぁ、そうそう。友人の家には、お前と同い年の女の子もいるらしいぞ。だから、新しい友達が出来ると思って、緊張せずに行けよ?」  ポンポンと僕の肩を叩きながら言う父さんに、僕は一度頷き、「うん。分かった」と答えた。  その翌日、僕は数日分の宿泊道具と訓練用の木剣を持って、父さんの友人の家へと向かった。 「良いか? ちゃんと言いつけを守って、良い子にするんだぞ? それから、あっちの娘さんは大人しい子みたいだから、あまり無茶はさせないようにな」 「も~、分かってるってば、父さん。これで何回目だと思ってるの?」  父さんの友人さんの家に向かう道すがら、父さんは僕にしつこいくらい同じことを注意した。  ホント、これでもう何回目だと思ってるんだ。耳にタコが出来そうだ。  一体父さんは、僕が他所の家で何をすると思ってるんだろう。 「ハハッ、すまんすまん。お前を誰かの家に預けるのなんて初めてだからな。心配なんだよ」  父さんは悪びれる様子も無くそう言いながら、僕の背中を軽く叩く。  そんなやり取りをしながらも、無事、目的地である父さんの友人の家に到着した。  家の前に着いて父さんが玄関の扉をノックすると、すぐに扉が開き、中から眼鏡を掛けた銀髪の男性が顔を出した。 「やぁ、ソルド。よく来たね。……その子が、娘のイエラちゃん?」 「あぁ。……イエラ、挨拶を」 「えっと……今日からしばらくお世話になる、イエラ・モンベルクです! えっと、よろしくお願いします!」  僕はそう挨拶をしながら、深々と頭を下げる。  すると、男性は嬉しそうに笑いながら「あぁ。よろしくね、イエラちゃん」と答えた。 「僕はヴィント・ヴェーチェル。君のお父さんとは、仕事柄仲良くさせて貰っていてね。まぁ、自分の家だと思ってゆっくりしてね。イエラちゃん」  そう言って微笑む男性……ヴェントさんの言葉に、僕は「はいッ!」と答えた。  すると彼は嬉しそうに微笑み、顔を上げて父さんを見た。 「それじゃあ、僕が責任を持ってイエラちゃんを預かるから……君はそろそろ、城に向かった方が良いんじゃないかい?」 「ん? ……あぁ、そうだな。イエラ。俺が言ったこと、忘れるんじゃないぞ」 「あんだけしつこく言われたら、忘れたくても忘れないって」  念を押すように言ってくる父さんに、僕は反射的にそう答えた。  すると父さんは明るく笑い、ヴェントさんに軽く挨拶をしてその場を後にした。 「……それじゃあ、ここにいても何だし、とりあえず中に入らないかい? 家を案内しよう」 「は、はい……!」  優しい声で言うヴェントさんに僕は頷きつつ、彼の家に踏み込んだ。  初めて他人の家というものに入ったが、何というか……不思議な匂いがするな。  臭い訳では無いが、良い匂いって訳でも無くて、何というか……嗅いだことの無い匂い、というか……。  恐らくスンスンと鼻を鳴らしながら匂いを嗅いでいるであろう僕の姿に、ヴェントさんはクスクスと楽しそうに笑った。 「フフッ……イエラちゃんは、人の家に入るのは初めてかな?」 「ぅえッ!? な、なんで分かったんですか……!?」 「いや、なんとなくそんな感じの反応だったからね。……じゃあ、先に君が泊まる部屋に案内するよ。そろそろ、荷物も置きたい頃だろうし」 「えっ? い、いえ……! お気になさらず……!」  ヴェントさんと、そんなやり取りをしていた時だった。  トン、トン、トン……と、軽い音を立てて、誰かが階段を下りてくる音がしたのは。 「……? この音は……?」 「うん? ……あぁ、丁度良い所に」  ヴェントさんが優しい口調で言ったのと、階段から一人の少女が下りてきたのは、ほとんど同時だった。 「その子が、昨日言ってた……お父さんのお友達の、娘さん?」  鈴の鳴るような声でそう言ったのは……白いワンピースを身につけた、僕と同い年くらいの女の子。  背中まである銀白色の長髪に、深海のように暗く澄んだ藍色の瞳。  雪のように白い肌と、人形のように整った綺麗な顔立ちをしたその少女が、トントンと軽い音を立てながら階段を下りてくる様子を見つめたまま……僕は絶句して、その場に立ち尽くした。  ……僕は……夢を、見ているのか……?  そうじゃなきゃ……こんなこと、おかしい。有り得る訳が無い。  だって、こんなの……普通は有り得ないだろう?  そりゃあ、髪色や目の色は違うけど……背丈もかなり、低いけど……でも、あの姿は……── 「──……かぁ……さん……?」 「初めまして。ヴェーチェル家長女の、アイン・ヴェーチェルです。今日からよろしくお願いします」  僕の、掠れた声での微かな呟きを否定するように、彼女……──アインはそう言って、お辞儀をした。  そんな彼女の言葉に、僕は一瞬肩を震わせて硬直したが、すぐに慌ててお辞儀をした。 「は、初めまして……! も、モンベルク家長女のッ、イエラ・モンベルクですッ! き、今日からよろしくお願いしましゅッ!」 「……フフッ。はい。よろしくお願いします」  驚きながらも無理矢理挨拶をしたせいで、噛んでしまった。  恥ずかしさで内心悶える僕に対し、アインは小さく笑みを浮かべながら、挨拶を返してくれる。  ……あぁ、やっぱり……見れば見る程、母さんにソックリだ。  勿論、顔つきや背丈は母さんよりもずっと幼いけど……立ち振る舞いだとか、一つ一つの仕草だとか……全体的な出で立ちは、母さんに似ている。  何より、僕を見つめながら浮かべる優しい微笑みが……母さんと、瓜二つなんだよ。  母さんに……似てるんだよ……。 「……えッ、ちょ、ちょっとイエラちゃん? 大丈夫ッ?」  するとそこで、ヴェントさんが驚いたような声を上げたのが聴こえた。  えっ……? 僕がどうしたんだ? と思って顔を上げた時、初めて僕の視界が霞んでいることに気付いた。  口の中に、何やらしょっぱいものが入ってきているのを感じる。  もしかして、今、僕は……泣いている……のか……?  ……母さんが死んでも……泣けなかったのに……?  そんな風に驚いていた時、頬に柔らかい物が触れたのを感じた。 「大丈夫ですか? えっと、もしかしてどこか、体の具合でも悪いんですか?」  アインはそう言いながら、僕の頬を柔らかい何かで優しく撫でる。  頬を伝っていた涙が拭われて、霞んでいた視界が明瞭になると、そこには……心配そうにこちらの顔を覗き込む、母さんにソックリな雰囲気を纏った少女の顔が、視界いっぱいに広がっていた。 「……ううん。ごめん、心配掛けて。……何でもないよ」  僕はそう答えながら、僕の頬をハンカチで拭うアインの手を取り、優しく微笑み返した。  ……彼女と母さんに接点や共通点なんて一切無いことも、彼女が母さんと似ているのは偶然だと言うことも、全てちゃんと分かっている。  でも……それでも、僕は……彼女を大切にしたいと思った。  僕は母さんを、大切に出来なかったから。  母さんを……守ることが出来なかったから。  今度こそは……大切な人を、守りたいと思った。  それから僕は、アインの家に預けられている間も欠かさずトレーニングや木剣の素振りを続け、とにかく自分を鍛え抜いた。  父さんが家にいる時は毎日稽古をつけて貰い、その度に父さんや騎士団の部下の人達と実践式の組み手を行い、経験も積んでいった。  アインは、最初は少し冷たいというか、あまり笑わない静かな少女だった。  しかし、一緒の家に住んでいたこともあって少しずつ交流が深まり、次第に僕の前でも普通に笑ってくれるようになった。  彼女を守りたいと思った理由は、母さんに似ていたから。ただそれだけの理由だった。  しかし、一緒に過ごして親しくなっていく内に、少しずつそれ以外の理由も増えていった。  アインは頭が良いから、僕が知らないことをたくさん教えてくれる。  一応、僕も小さい頃に母さんから簡単な読み書きや計算等は習ったが、彼女はそれをもっと詳しく教えてくれた。  なんとなくで覚えていた言葉の意味や計算方法について丁寧に説明してくれたり、時間がある時は魔力の使い方やこの国の歴史についても、色々と話を聞かせてくれた。  それに、彼女は優しいから、僕がどんなにくだらない話をしても笑顔で聞いてくれる。  父さんが帰って来て家に戻っていた時の話とか、父さんや騎士団の人との稽古の話とか……他愛のない日常の話を、彼女は毎回楽しそうに聞いてくれた。  同じように、彼女も社交界での話や家庭教師から習った勉強の話などを、よく僕に話してくれる。  僕が知らない世界の話は面白く、いつしか彼女と会話すること自体が一つの楽しみになり、ヴェーチェル家に向かうだけで胸が高鳴るようになった。  そもそも、僕には年の近い友人という存在が出来ること自体が新鮮で、アインとの交流は初めてのことが連続で本当に楽しかった。  彼女と話していると、僕の世界が鮮やかに光り輝くようで……気付けば僕は、彼女に母さんの面影を重ねるのでは無く、アイン・ヴェーチェルという一人の少女に惹かれていった。  父さんよりも、母さんよりも……誰よりも大切な、唯一無二の幼馴染。  彼女を守る為に、僕は誰よりも強くなりたいと思い、より一層訓練に身を投じた。  しかし、そんな愛おしい平穏の日々は、ある日突然……壊される。  強引に、乱暴に、力尽くで……ぶち壊された。  それは、父さんが仕事で家を留守にした為、いつものようにヴェーチェル家に預けられていた時のこと。  僕はいつものように早朝に剣の訓練を済ませ、朝食をとり、アインから最近の情勢について色々と説明を受けていた。  と言うのも、数年程前に国王が亡くなったことで世代交代があり、政治の体系が色々と変わったのだ。  全ての国民を平等に扱う今までの政治から、貴族や王族を優遇し平民を虐げる政治に変わったという話は父さんから聞いていたが、詳しい仕組みについては知らなかった為にアインに説明して貰っていたのだ。  父さんはこの政治に対して強く反対しており、今家を留守にしているのも、現国王に今の政治体制を変えるよう直談判する為だと言っていた。  とは言え、僕自身も今の政治体制については反対している。  今の僕にとってアインが誰よりも大切な人であることは変わらないが、勿論父さんのことも凄く大事に思っているし、父さんが大切に思っている国民が虐げられる政治は早く変えて欲しいと思っている。  父さんが国王に頼んで前の政治に戻してくれるとは思っているが……もしダメだった時は、その時は僕も父さんに協力したいと思った。  その為にも、今の政治体制について詳しく知っておく必要があると考え、アインに頼んで説明して貰っていた。  そんな時、突然アインの父であるヴェントさんが血相を変えて部屋に駆け込んで来て……──僕の父であり国の騎士団長であるソルド・モンベルクが、国王への反逆の罪により、今日の正午に城下町の広場にて公開処刑されると告げたのだ。  ……その話を聞いた瞬間、考えるよりも先に、体が動いていた。  僕はアインやヴェントさんが制止する声も聞かずに家を飛び出し、公開処刑が行われる広場に向かった。  そこにはすでに多くの人々が集まっており、彼等は全員、広場の中心の方を注視していた。  釣られて同じ方向に視線を向けてみれば、そこには木で出来た簡易的な処刑台があり、その上で……僕の父さんが、両手足を縛られた状態で正座させられていた。 「ッ……! 父さんッ!」  僕は咄嗟に父さんを呼びながら、処刑台の元に駆け寄ろうとした。  しかし、広場に集まった人々があまりにも多く、中々処刑台の元に辿り着けない。  嫌だ……! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ! 嫌だッ!  どうして父さんが処刑されないといけないんだッ!? どうして父さんが殺されないといけないんだッ!? 一体父さんが何をしたって言うんだッ!?  処刑人が何か言っている。  ソルド・モンベルクは……僕の父さんは、現国王の意向に逆らう反逆罪を犯し、このレボルシオン帝国に害を成す罪人である為、処刑する……?  何を言っているんだ……? 誰が……この国の害を成す、罪人だって……?  今まで誰が、この国を守ってきたと思ってるんだ? 今この国を汚しているのは……誰だと思ってるんだ……?  ……なぁッ!? 「ふざッ……けるなぁッ!」  僕は声を張り上げながら、必死に広場に集まった人々を掻き分け、処刑台の元に近付いていく。  ここから処刑台までの距離は、ザッと十メートル程。  大丈夫。まだ間に合う。まだ間に合うからッ……! 「……イエラ……?」  すると……──父さんと目が合った。  父さんが僕の名前を呼ぶのと、処刑人が剣を振り上げたのは……ほぼ同時、だった。 「父さんッ!」  僕は父さんの処刑を止めるべく、必死に目の前にいる人ごみを掻き分けながら前に進む。  すると、父さんはすぐに口を開いた。 「イエラッ……──」  父さんが何か言おうとした瞬間……処刑人が、剣を振り下ろした。  ザシュッ! と、小気味良い音を立てて……父さんの首が、斬り落とされた。 「ぁッ……!」  小さく声が漏れるのと、ようやく人の波を超えて視界が開けたのは、ほぼ同時だった。  ……開けた視界は、真っ先に、重力に従って落ちていく父さんの首を捉えた。  ゆっくり、ゆっくりと、父さんの首は落ちていって……処刑台の上から、転げ落ちて……人波を抜けた僕の足元に、転がってくる。  ゴツッ、と、鈍い音を立てて……僕の爪先に、父さんの頭がぶつかる。  ……目が合った。 「……とぉ……さん……?」 「……? ……──……?」  掠れた声で呼びかけると、僕の目を見た父さんは何かを呟くように微かに唇を動かし、パチパチと何度か瞬きをした。  そして……機能を、停止する。  ぶしゃぁッ!  次いで……どこからか、噴水が吹き上がった。  噴水? どこに? 城下町には、そんなもの……──。  どこか現実逃避のように考えながら、顔を上げた時……処刑台の上で、真っ赤な噴水が上がっているのが見えた。 「……はは……あははは……」  半開きになった口から……乾いた笑いが漏れる。  何が可笑しいのか、自分でも分からないけど……笑って、笑って、笑って笑って笑って笑って……──ブツンッ、と。  僕の中で……何かが切れた。 「ッ……!」  視界が真っ赤に染まる。  気付いた時には、僕は処刑台に上がり……処刑人から奪った剣で、ソイツと、僕の邪魔をしようとした三人程の人間を切り捨てた。  木製の処刑台の上はあっという間に血の海となり、成人男性五人の死体が転がる地獄絵図と化していた。  顔を上げれば、広場に集まっていた人々は多種多様な反応を示していた。  畏怖の表情を浮かべながらこちらを見つめる者。悲鳴を上げながら逃げようとする者。目の前で起こっている状況が理解できないのか呆気に取られた表情を浮かべる者。その他諸々。  僕はまるで他人事のように傍観しながら、ゆっくりと口を開いた。 「……我が名は、イエラ・モンベルク。かつて命を賭して戦い、この帝国の平和を守ってきた騎士団長……ソルド・モンベルクの娘だ」  怯まず、堂々と。  今この広場にいる全ての人間に聴こえるよう、出来る限り声を張り上げながら、僕は続けた。 「父は、この国に生きる全ての人間の幸せを願っていた。現国王に抗ったのは、国民を虐げる今の政治体制を変える為だ。父の反逆が、全ての国民の幸せを願った物であることを、今ここで宣言しよう」  これは……演説では無い。  僕の大切な父さんを殺し、父の大切な人達をこれからも虐げ続けようとする帝国への……宣戦布告だ。  僕は血で濡れた剣を天に掲げ、ゆっくりと息を吸い……続けた。 「だから僕は、そんな父の遺志を継ぎ、帝国の過ちを正すべく……今ここに、革命軍を設立するッ! 帝国を元の正しい姿に戻したいと思う者がいれば、この僕にッ……僕達について来いッ!」  そう声を張り上げた瞬間、広場に集まっていた群衆の中から、歓声が沸き起こった。 「イエラ」  ビリビリと空気を震わすかのような歓声の中で、背後から、僕の名前を呼ぶ声がした。  振り向くと、そこには……階段を使って処刑台に上がり、血溜まりの上に立つ、アインの姿があった。 「アイン……?」 「その革命軍……入っても、良いかな?」 「え……?」  予想だにしなかった突然の言葉に、僕は掠れた声で聞き返す。  すると、彼女はクスリと小さく笑い、血溜まりの上をゆっくりと歩いて僕の元に歩み寄って続けた。 「私……イエラの力になりたい。私に出来ることなんて、限られてると思うけど……少しでもいいから、貴方の役に立ちたいの」 「でも……分かってるのかい? 革命軍に入るということは、帝国に……一つの国に、歯向かうことになるんだよ?」  僕がそう問い掛けると、彼女は剣の柄を握った僕の手を両手で包み込み、ギュッと強く握った。 「そんな大変なこと……イエラ一人に背負わせる訳には、いかないでしょう?」 「……アイン……」 「小さい頃からの幼馴染じゃない。……辛いことや、苦しいことは……一緒に分け合いたいの」  そう言って優しく微笑む顔に……死んだ母さんの顔が、重なる。  彼女の言葉に、僕は自分の表情が無意識に綻ぶのを感じながら、大きく頷いた。 「ありがとう。……革命軍として、共に、帝国と戦おう」 「えぇ。……絶対に、ソルドさんの悲願を成し遂げましょう」  優しい微笑を浮かべたまま言うアインに、僕は小さく笑みを返し、コツンと軽く額を付け合わせた。  こうして……僕達の革命は、始まった。


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