【先行公開】叛逆の刃が折れる時 三人目【前編】
Added 2021-08-18 15:00:55 +0000 UTCクランを帝国の奴隷にしてから、大体1週間程経った。 彼女の洗脳をレイムに全任せした為、万が一のことを考えてしばし経過観察していたのだ。 しかし、彼女も基本的には私の言いつけを守って今まで通り過ごし、二人きりになれば忠実な奴隷として応じた。 周りが彼女やレイムの変化に気付く様子も無さそうだし、そろそろ次の段階に進んだ方が良いだろう。 レイムはともかく、参謀補佐であるクランは参謀のアインと接する機会が多い。 今は気付いていなくとも、洞察力に優れたアインならば、時間を置けばいつ気付いてもおかしくない。 もしも彼女が二人の異変に気付き、そのことについて革命軍のリーダーであるイエラに伝えれば、二人の頭脳によってこちらの計画を暴き出される可能性が高い。 ここからは早急に、残っている二人を手中に収めた方が良いだろう。 頭の中で今後の計画について考えつつ、私は目の前にある扉をコンコンッと軽くノックした。 「どうぞ。入って」 「失礼します」 扉の向こう側から返ってきた応答に、私はそんな風に挨拶をしつつ扉を開けた。 すると、部屋の奥にある机に座っている人物が、「おっ」と軽く声を発しながら顔を上げた。 「ラキじゃないか。丁度良い所に……一体何の用だい?」 そう言って白い歯を見せながら微笑むのは、この革命軍を率いるリーダーである、イエラ・モンベルクだった。 まるで黄金のように光り輝く金色のショートヘアに、琥珀色の目。 整った顔立ちと引き締まった体つきから中性的な雰囲気を漂わせる彼女の言葉に、私は先程まで考えていた計画の内容について一旦全て忘れ、にこやかな笑みを返しながら口を開いた。 「今月の物資の消費量と、来月に必要な物資について纏めてきたの」 「あぁ、もうそんな時期なのね。……いつもありがとう。後で目を通しておくわ」 私の言葉に、アインはどこか疲れたような笑みを浮かべながら言い、私の差し出した報告書を受け取った。 彼女の動きに合わせて銀色の艶やかな長髪が揺れ、その奥にある澄んだ青色の目が僅かに細められる。 豊満に実った胸元の双丘に目が行きそうになるが、私はすぐにイエラの方に視線を向けた。 「それで……さっき、丁度良い所に、って言っていたけれど……私に何か用?」 「あぁ、そうそう。……実は最近、クランとレイムの様子が少しおかしいように感じてね」 イエラは穏やかな笑みを浮かべていた表情を引き締め、真剣な表情でこちらを見つめながらそう答えた。 彼女の言葉に、私は一瞬頬を引きつらせそうになったがすんでの所で堪え、代わりに軽く小首を傾げながら「クランとレイムの……?」と聞き返してやる。 そんな私の白々しい返答に、イエラは両手の指を組みながら「あぁ」と答えた。 「具体的に何がおかしい、というのは無いんだけどね。最近、どうにも二人が一緒にいる機会が多いように感じるんだ。元々仲の良い二人ではあるが……最近は妙に頻度が多いように感じてね」 「最近さらに仲良くなった、ってだけの話なら、別に問題は無いんだけど……何というか、二人で話している時の雰囲気が今までと少し違うように感じるの。でも、どう違うのかと言われると、上手く説明出来なくて……あくまで、違和感があるというだけの話なんだけど……ラキは衛生兵として二人と関わる機会が多いし、何か知らないかと思ったの」 イエラの言葉に続けるように、アインが穏やかな口調でそう言った。 なるほど、あの二人が話している時の雰囲気か。そこまでは私もあまり意識していなかったな。 しかし、言われてみると確かに、二人が一緒にいる時の様子が変わっても何らおかしいことでは無い。 洗脳される前までは仲の良い友人同士だったのが、洗脳されることで革命軍を内部から崩壊させる為に潜入した帝国の奴隷同士という、業務的な関係性に変わったのだから。 普通通りに過ごせと言っても、流石に以前までの雰囲気を再現することはほぼ不可能だろう。 これはあの二人の失態では無く、そこまで予測し切れなかった私の落ち度だ。 さて、それにしても……どうしたものか。 そんな様子は無いと誤魔化すか? 否。彼女達のクランとレイムに対する疑惑は、恐らくほぼ確信に近いものだろう。 ここで私が下手に否定すれば、逆に私が怪しまれる可能性が高い。 ……ならば……── 「実は私も、最近あの二人の様子は少しおかしいと思っていたの。……二人も気付いていたのね」 ──否定はせず、この謎を深める。 あくまで私自身の見解や予想のみを話してこの謎に関して不思議がっている様子を見せることで、私がこの謎に関わっていないことを信じさせる。 「最近は二人が救護室に来た時に話を聞いてみてるんだけど、はぐらかされてしまって……仲違いしたとかそういう感じでは無いみたいなんだけど、本当の理由は教えて貰えてないのよね」 「ラキでもそうなのか。……こういうプライベートな問題には、あまり踏み込まない方が良いとは分かっているんだけどね。しかし……ホラ、あの二人は軍の中でも重要な役割を担っているだろう? もしかしたら、二人の問題が、今後の軍の活動に支障をきたす可能性があると思ってね」 「私もイエラの意見に賛成よ。現状、革命軍の業務に支障は出ていないけど、そこで安心していたらいつか大きな失敗に繋がるかもしれない。出来れば、早い段階で解決しておきたいのよね……」 重々しい声で呟くイエラに続けるように、アインが言う。 二人の言葉に、ひとまず私が怪しまれている様子は無いことを察し、ホッと胸を撫で下ろす。 とは言え、このまま放っておける問題では無い。 このまま不審に思われたままでは、この二人ならすぐに真相に辿り着いてしまうかもしれない。 彼女等の言う通り、早めに事を進めなければ……あぁ、そうだ。 「だったら……アインがクランに話を聞いてみるのはどうかしら?」 「……私が?」 私の提案に、アインがキョトンと目を丸くしながら顔を上げてこちらを見た。 彼女の反応に、私は一度大きく頷いて「えぇ」と朗らかに笑みを浮かべて答える。 「クランは貴方によく懐いているみたいだし……二人きりで話してみれば、もしかしたら答えてくれるかもしれないでしょう?」 「そうかしら……? こういうのは、私よりイエラの方が適任だと思うのだけれど……」 「いや、ラキの言う通りだな。君達は会話する機会が多いし、クランがレイムの次に心を開いている相手は君だと思う。だから、もしかしたら彼女も、君になら正直に話してくれるかもしれないよ」 自信無さげに断ろうとするアインに、イエラがそんな風にフォローを入れた。 信頼している幼馴染の言葉に動揺したのか、彼女は僅かに頬を赤らめ、どこか戸惑ったような表情で目を伏せた。 「でも、私は普段、事務的な仕事しかしてないし……そんな、人の心を聞き出すようなこと……出来るかしら……?」 「大丈夫さ。アインは頭も良いし、人の心に寄り添える優しい人なんだから。それとも……幼い頃から一緒にいる僕の言葉が、信じられないかい?」 イエラはにこやかな笑みを浮かべながら言い、アインの銀髪を優しく撫でた。 アインはそれに驚いたような表情を浮かべたが、すぐにクスッと柔らかな笑みを浮かべ、「分かったわ」と答えながらイエラの手を取った。 「自信は無いけれど……やれることは、やってみるね」 「……それじゃあ、丁度今夜もクランが救護室に来る予定があるから、その時にでも、近い内にアインの元に行くよう伝えておくわ。時間の指定は特に無いわね?」 小さく頷きながら決心した様子のアインに、私はそんな風に問い掛ける。 それを聞いたアインは、「えぇ」と頷きながらイエラの手を離した。 「色々手間を取らせてしまって、何だか申し訳ないわね」 「そんな、気にしないで。私もあの二人については気になっていたし、一緒に帝国軍と戦う仲間じゃない。今更遠慮する必要なんて無いわ」 私は小さく笑みを浮かべながらそう返し、扉を開けてそのまま部屋を後にした。 ……さて、と。 二人の様子がおかしいと言われた時は流石に動揺したが……上手く誤魔化せた上に、次の洗脳の準備が出来るとは、我ながら何と素晴らしい手腕だろうか。 当然、今夜クランが救護室に来る用事など一切無いが、彼女は私が呼び出せば即座に応じるだろう。 ……そうだ。この作戦には数日前にレイムが完成させたあの魔道具を使うつもりだし、ついでに彼女も呼び出して話し合いをしよう。 順調に事が進んでいる状況に気分が良くなり、私は軽く鼻歌を歌いながら足取りを速めた。 --- すっかり夜が更け、皆寝静まった深夜頃。 蝋燭の灯りのみで照らされた薄暗い救護室内に、椅子に座った私に頭を下げる形でクランとレイムが跪いていた。 イエラ達が二人の関係の変化に勘付いている手前、二人が一緒に救護室に来る様子を見られると不審に思われると考え、今日は二人別々でここに来るように頼んだ。 しばらくは二人が来るタイミングをずらしたりすることで誤魔化せるとは思うが、それはあくまで問題の先延ばしであり、根本的な解決策にはならない。 出来る限り早急にあの二人を帝国の奴隷として堕とし、この戦争を収束させることが必須だ。 「……イエラとアインが、私達の計画に気付きつつあるわ」 集まって開口一番に、私はそう言い放つ。 その言葉を気付いた瞬間、跪いていた二人が驚いたような表情で顔を上げた。 私はそれに「あくまでそういう素振りがある、というだけの話よ」と続けた。 「まだ完全に気付いている訳では無いみたい。……と言っても、あの二人ならいつ気付いてもおかしくないとは思うけどね」 「……ご主人様には、すでに解決策があるのですか……?」 冷静に状況を述べた私の口調から察したのか、レイムがそんな風に聞き返してくる。 彼女の言葉に、私は「もちろん」と答えた。 「確かに計画より少し早く勘付かれたのは事実だけれど、現状、特に大きな問題は無いわ。ただ、予定より少し早く動き出すべきだと思うの」 「動き出す……?」 「貴方達と同じように、あの二人も帝国の奴隷として、こちら側の戦力に加えようと思ってね」 不思議そうに聞き返すクランに、私は小さく微笑を浮かべながらそう答えてみせる。 そんな私の言葉に、レイムがすぐにパッとその表情を僅かに明るくした。 「それは素晴らしい考えですね。あの二人も帝国に隷従する悦びを知れば、帝国に歯向かうなどと言う愚かな考えを改めてくれることでしょう。それに、彼女達はとても優秀な人材ですし、今後の帝国の発展に貢献してくれることと思います」 「フフッ、そうでしょう? ……ねぇ。貴方もそう思うわよね? クラン」 嬉々とした様子で語るレイムに微笑みつつ、私はその隣にいるクランに視線を向けた。 そんな私の言葉に、彼女はピクリと僅かに肩を震わせて「私……ですか……?」と、か細い声で呟いた。 私はそれに「えぇ」と頷いて見せる。 「イエラとアインに帝国の素晴らしさを“教授”し、貴方達のように、帝国に永遠の隷従を誓う奴隷にするの。……素晴らしい考えだと思わない?」 「は、はい……私も、そう……思い……」 私の問い掛けに、クランは暗く淀んだ両目を自信無さげに伏せながら、掠れた声で尻すぼみに答える。 最後の方はほとんど声になっておらず、言葉になっていたかどうかも怪しかった。 ……洗脳が解けかかっている……? いや……考えてもみれば、奴隷出身の彼女達にとって、イエラとアインは命の恩人も同然。 そんな二人を帝国の奴隷に堕とすという提案に、彼女の中に残っている僅かな自我が抵抗している、といったところか。 レイムにそう言った素振りが無かったのは……彼女は以前、クランを堕とす際に催眠魔法を重ね掛けしてあるので、もう革命軍エンジニアとしての自我はほとんど残っていないのだろう。 ならば、彼女にも同じことをしてやれば良い。 「クラン。私の目を見なさい?」 「……?」 困惑した様子で俯いていたクランは、私の声に導かれるように、緩慢な動きで顔を上げた。 そして、彼女の虚ろに濁った瞳と……催眠魔法を発動した私の瞳が、交わる。 目と目が合った瞬間、クランは「ぁ……」と小さく声を漏らしながら脱力し、トロンと惚けたような表情でこちらを見つめた。 彼女がトランス状態になったことを確認すると、私は目の前で跪く彼女の頬に手を添え、軽く撫でながら続けた。 「思い出して? クラン。帝国の人間は皆、帝国に生涯を捧げて忠義を尽くす奴隷となる為に生まれてくるの。それなのに、帝国に生まれた人間でありながら、革命などと宣って戦争を起こしているイエラとアインは、間違ったことをしていると思わない?」 「ぁ……いえら、と……あいん、は……まちがった……ことを……」 「とは言え、人は過ちを犯すもの。大切なのは、その過ちを自覚させて正すことよ。人は自分の過ちを認めて改善していくことで成長していく生き物だもの。イエラとアインを帝国の奴隷にするという行為は、過ちを犯したあの二人を正しい道に導いてあげる為に必要な、正当な行為なのよ」 そう言いながら、私はクランの頬を撫でていた手を顎に持っていき、虚ろな彼女の視線を私の目に固定させて続けた。 「だから、貴方は迷う必要なんて無いの。何も考えないで……私の言うことに従いなさい?」 「……はい……ごしゅじんさまの、いうことに……したがいます……」 抑揚のない声で答えるその声に、私は先程の暗示が彼女の心に刻み込まれたことを確信し、両目から催眠魔法を解除した。 それから彼女の顎から手を離し、椅子から立ち上がりながら私は続けた。 「それじゃあ、これからの動向について説明するわね。今日の昼、例の二人と話をして、クランとアインの二人で話す機会を設けるよう仕向けたわ。表向きは、最近少し様子のおかしいクランとレイムの関係について話を聞く為。けど、本当の目的は……言わなくても分かるでしょう?」 「……私に、アインを帝国の奴隷にするという任務を遂行せよと、言うのですか……?」 どこか驚いたような表情で聞き返すクランに、私は「もちろん」と答えつつ笑みを返して見せる。 すると、彼女はどこか困惑したような表情を浮かべながら口を開いた。 「ご主人様のご命令とあれば勿論従いますが、どうして私なのですか? アインは洞察力がありますし、付け入る隙が無いと言うか……大変申し上げにくいのですが、私には荷が重いのではないかと……」 「そんなことないわよ。アインは貴方のことをとても信頼しているし、革命軍内ではかなり気を許している方よ。それに、別に貴方一人の力でアインを堕とせって言う訳じゃないわ。……レイム、この前完成したアレを出してくれる?」 重々しく呟くクランに、私はそう返しつつ彼女の隣で跪いていたレイムに視線を向けた。 すると、彼女は嬉々とした表情でガバッと顔を上げて「はいッ! ご主人様ッ!」と答え、すぐに懐から掌に収まる程の小さな箱を一つ取り出して両手で恭しくこちらに差し出してきた。 私はそれを片手で受け取ると、すぐにその蓋を開けた。 見れば、中には小指の第一関節程の大きさの球状の物体と、指先に乗るくらいの透明のレンズのようなものが入っていた。 下手に箱から出すと紛失する恐れがあるので、私は箱の中身をクランに見せながら口を開いた。 「これは、前に私がレイムに頼んで作らせておいた魔道具よ。この球状の物体は、耳に入れておくとお互いの音声を共有出来る機能があるわ。それでこっちのレンズは、目に入れておくと私が装着者の視界を見ることが出来るの。この二つを使って、状況に応じて私がどうすれば良いか命令をするから、貴方はそれに従えば良いだけよ」 「なるほど……」 私の説明を何度か頷きながら聞いていたクランは、まだ少し不安そうながらも、呟くようにそう答えた。 そんな彼女の様子に、私は小さく笑みを浮かべつつ右手で小さな箱の蓋を閉じ、左手を彼女の頭の上に乗せて何度か撫でてやる。 「心配しなくても大丈夫よ。貴方はとても優秀な奴隷だもの。ちゃんと私の命令を遂行できると信じているわ」 「……! あ、有難きお言葉です……! 必ずや、ご主人様の期待に応えて見せます……!」 頭を撫でながら優しく囁いてやると、彼女は恍惚とした表情を浮かべながらも、ハキハキとした口調でそう答えた。