NokiMo
あいまり
あいまり

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身も心も蕩ける時

「はぁぁぁッ! フレイムブレードッ!」  私、フォルテ・ボドルーサは、そんな風に声を張り上げながら炎を纏った剣を橫薙ぎに振るい、目の前まで迫ってきていた漆黒の炎を薙ぎ払う。  すると、私と対峙する銀髪の少女はゾクゾクと肩を震わせ、口から乾いた笑い声を上げながら剣を構え直す。 「やるねぇ! 流石は勇者様、と言ったところかな!? だったら、これならどうだッ!」  彼女はそう言うが早いか地面を強く蹴り、一瞬後には私の目前まで距離を詰めてくる。  突然の接近に私は動揺しそうになったがすぐに気持ちを立て直し、先程使ったスキルによる炎の残滓を纏った剣を振るって少女の攻撃を迎え撃つ。  少女の持つ漆黒の剣と私の剣がぶつかり合い、ガギィンッ! と鈍い金属音を立てる。  剣の衝突によって火花が散るが、私はすぐさま目にも止まらぬ速さで剣を振り、体勢を立て直しきれていない少女に追撃を行う。  彼女は構えもままならないまま私の攻撃を迎え撃つこととなり、急所を狙った攻撃はなんとかいなしているがそれ以外の攻撃は対応しきれず、私の剣が彼女の体を掠める機会が増えてくる。  このままいけば……ッ! 「ッ……!」  このままでは分が悪いと判断したのか、彼女は私の剣をいなすと同時に地面を強く蹴って後ろに跳び、私から距離を取ろうとする。  そうはさせるか……! と私もすぐさま地面を蹴って彼女に距離を詰め、剣を構え直す。 「おぉッ……!」 「これで決めるッ……!」  驚いたような声を漏らす少女に対し、私はすぐに握りしめた剣に魔力を込め、刃に光を纏わせる。  視界の隅で眩い光を放つ愛剣を確認しながら、私は強く地面に踏み込んでさらに距離を詰めた。 「ライトニングスラッシュッ!」  声を張り上げながら、私は両手に持った剣を振るい、目の前にいる少女の体を斬りつけた。  光を纏った剣は銀髪の少女の体に食い込み、私が腕を振るった方向に沿ってその体を両断する。  切り捨てられた少女は、瞳孔が開いたような目でこちらを見つめながら口元に笑みを浮かべ、叫び声一つ上げることなく崩れ落ちた。 「はぁッ……はぁッ……はぁ……や、やったか……?」  顔に付着した返り血を拭い取りながら、私はそう呟く。  私が切り捨てた少女……今私がいる魔王城の主である、全ての魔族を統べる魔王ことアルマ・フェニーチェは、私の呟きに応えることなく床の上で事切れている。  本当に終わった、のか……?  未だに荒い呼吸を落ち着けるように深呼吸をしつつ、私は目に掛かる前髪を掻き上げ、手に持った剣を握りしめた。  この瞬間を迎えるべく、今までどれだけの時間と苦労を掛けてきただろうか。  幼少の頃から、私の家族や故郷の人々を苦しめる魔王をこの手で打ち倒すことを夢見るようになり、魔王に打ち勝てるよう努力してきた。  旅に出られる年齢になるまでは毎日朝から晩まで剣を振るい、時には村の中で武器を扱える人と対人戦を行ったり、村の近くの森で魔物と戦ったりして己を鍛えてきた。  村を発った日から、私は願掛けとして魔王を討つその時まで髪を切らないことを誓い、今では背中に掛かる程にまで伸びている。  魔王城に向かう中で立ち寄った町で共に魔王を討つ仲間を集め、目の前に立ち塞がる幾多もの困難を乗り越えながら、今日この日まで旅をしてきた。  現在、他の仲間は私達が魔王城に入った際に足止めしてきた部下の足止めをしてくれている。  時間が掛かっているようだが、彼女達なら必ず魔王の部下達に打ち勝ち、すぐにこの部屋に訪れることだろう。  私が助けに向かうべきなのかもしれないが……流石に魔王との戦いの後ということもあり、これ以上誰かと戦う余力など残ってはいなかった。  しかし、念願だった魔王討伐の夢を叶えたと言うのに……この何とも言えないモヤモヤした感覚は何なのだろうか。  目の前では魔王アルマが完全に息絶え、ピクリとも動かないままその場に横たわっている。  奴は確実に死んでいる。私が奴に勝利した事実は変わらないというのに、胸中を埋め尽くすこの釈然としない気持ちは一体何なのだろうか。  気掛かりがあるとすれば……私の剣が奴の体を斬りつけた瞬間、奴は叫び声を上げなかったどころか、まるで自分の勝利を確信したような笑みを浮かべて私の剣を受け入れたこと。  自分の死を悟り、悪足掻きをやめた……?  それなら何の問題も無いのだが……この胸中に蔓延る不快感は、一体何なのだろうか……。 「……本当に、死んだんだよな……?」  そんな呟きが、無意識の内に零れ落ちた。  奴の体は私の剣筋に沿って真っ二つに分断され、床には奴の流血によって出来た大きな血溜まりが広がっている。  不死身の体でも持っていない限りこの状況からの生還は不可能だし、不死身だとすれば再生が始まっていても良い頃合いだ。  これだけ時間が経っても動かないということは、確実に死んでいると見ても良い。  しかし、一応呼吸や脈拍を確認しておくべきか……?  そう思い、奴の遺体に向かって一歩踏み出そうとした瞬間だった。 「ッ……? なッ……?」  突然、意識が遠退くような感覚がした。  フッと一瞬頭が軽くなるような感覚と共に視界が白に染まり、足元が覚束なくなって体のバランスが崩れる。  なんとかその場に踏みとどまろうとしたがうまくいかず、私はその場に倒れ伏せた。  一体……何が、起きた……?  魔力切れ……? 体力の消耗によるもの……?  一瞬そんなことを考えたが、すぐに私の視界は白から黒に染まり、そのまま意識は途絶えた。 -ーー 「……? ここは、一体……?」  目を覚ますと、私は見知らぬ空間にいた。  辺りは上下左右の概念が一切無いような、一面白一色の世界。  ここは一体、どこなんだ……? 「おっ、やっと目を覚ましたね~。もぉ~、勇者様ってばお寝坊さんなんだから~♪」  すると、どこからかそんな声がした。  咄嗟に声のした方に振り向いた私は、すぐに「はっ……?」と掠れた声を漏らした。  そこに立っていたのは……銀髪に赤い目をした、年端もいかぬ少女だった。  銀髪に赤い目というのは、魔族の見た目で有名な特徴だが……魔族の少女が、どうしてこんな所に……?  それに、勇者様……? 「あはっ♪ なぁに? お化けでも見たような顔しちゃって~♪ さっきまで命懸けで戦い合った仲じゃな~い♪」 「いのち……がけ……?」  思いもよらぬ少女の言葉に、私は咄嗟に彼女の言葉を復唱する。  さっきまで私が命懸けで戦い合った相手……?  そんな奴、一人しか……── 「ま、まさか……ッ!」 「もぉ~やっと気付いたの? そうだよ。さっきまで勇者様と戦っていた、魔王のアルマ・フェニーチェだよっ!」  忘れるなんて酷いよ~と頬を膨らませながら言うアルマの名を騙る少女の姿に、私は口を半開きにした状態でポカンと呆れてしまった。  いや……目の前にいる年端もいかぬ少女がアルマだなんて突拍子のない話、信じろという方が無理な話だ。  銀髪で赤い目という特徴は一致しているが、そもそもそれは魔族共通のモノ。  それ以外で目の前の少女とアルマに共通する特徴はなく、彼女の言葉は根も葉もない虚言としか思えなかった。  困惑する私に、少女はムッとした表情で続けた。 「あっ、その顔は信じてないな~? まぁどうせ後で知ることだし、この際だから全部説明してあげるっ!」  彼女は嬉々とした様子でそう言うが早いが、パチンッと指を鳴らした。  突如、突然一面純白だった世界が一変し、どこかの風景になる。  それは少し前まで私がいた魔王城の王室に酷似した豪勢な城の一室で、奥には豪奢な椅子が鎮座していた。  目を凝らしてみると、その椅子の上に誰かが座っている。  あれは一体……? とさらに目を凝らした私は、すぐに大きく目を見開いた。 「あ、あれは……!」 「そ! 私!」  どこからか聴こえた声に、私はすぐに辺りを見渡して声の主を探す。  軽く辺りを見渡してみて、少し離れた場所に先程の少女が立っているのを見つけた。  そして、部屋の奥にある豪奢な椅子に座っているのも、同じ少女だった。  同じ少女が二人……? どういうことだ?  困惑している私に気付いたのか否か、先程私に声を掛けてきた少女は満面の笑みでこちらまで駆け寄ってくると、両手を大きく広げながら続けた。 「ね、ビックリした? これは私の記憶なの!」 「記憶……? 一体、どういう……」 「実は私、昔は不老不死の魔王だったんだよね」  あっけらかんとした様子で言う少女の言葉に、私は「はっ……?」と聞き返した。  すると彼女はどこか得意気な笑みを浮かべて続ける。 「言葉のまんまの意味だよ~。本当に不老不死、殺しても死なない最強の魔王として君臨してたんだ~」 「何を、急に……」 「でも、ある日突然現れた勇者一行によって……私は初めて、敗北したの」  その言葉と共に、周りの風景がまた変化した。  魔王城の室内に四人程の人間が攻め込み、少女と決死の死闘を繰り広げている。  不老不死の少女による死を恐れない猛攻によって勇者一行とやらは劣勢だったが、隙を見て勇者一行の魔術師と回復術師の手によって大型の魔法が発動し、少女の動きが封じられた。  そこから勇者と剣士らしき二人の協力も加わり、四人がかりの大型魔法の光に少女の体は包み込まれ、やがて彼女の体は消え去った。 「消えた……?」 「死んではいないよ。……封印されたの」  どこか感情のこもっていないような声で言う少女に、私は咄嗟に彼女に視線を向けた。  すると、彼女はニコッと明るい笑みを浮かべて続けた。 「私はどんな手を使っても殺せない不老不死だったからね。封印するっていう手段しか無かったんだと思うよ」 「……どうして、そんな……他人事みたいに……」 「もうずっと昔のことだもん。なんかもう、自分のことって感じがしなくて」  目の前の少女がケラケラと笑いながら言う間にも、周りの風景は変わっていく。  この風景は少女の記憶ということもあってか彼女の視点で進むようで、先程の魔王城からは一変し、今は色とりどりの光で覆い尽くされた世界が周りに広がっていた。  その中心には、先程の少女とおぼしき人のような形をした光の物体が浮かんでいる。 「これは……」 「魔力によって封印された私は、自分を封印している魔力を分析し、自力で封印魔法からの脱出を試みたの。……でも、勇者達が掛けた封印魔法はかなり複雑な最上級魔法だったみたいでね。……完全な脱出はできなかったよ」 「……どういうこと……?」 「どれだけ頑張っても、完全な脱出は不可能だった。だから私は何とか封印魔法に干渉して隙間を作り、その隙を縫うようにして封印魔法を抜け出したの。……肉体を犠牲にして、ね」  彼女の言葉と同時に、人の形をした光が二つに分裂した。  まだ人の形を保ったままの光と、形が安定しないスライムのような動きをする光だ。  その内、不定形な光は辺りを覆う光と光の僅かな隙間を縫うようにして動き、その世界を脱出した。 「今のは……まさか……」 「そ。さっき出ていったのが、私」  そんな少女の言葉と同時に人型の光が残った魔力の世界が眩い光を放ち、数瞬後には、まるでそこには元から何も無かったかのような暗闇だけが残った。  かと思えば場面は変わり、どこかの国の城下町のような場所へと変わる。  上空から町を観察するように、不定形の光は空中をふわふわと漂っていた。 「封印魔法から脱出した私は、私を封印した勇者一行に復讐する為に、魔力の痕跡を辿って人族の町に来たの」  少女がそう言うのと同時に、空を飛んでいた光は城下町の中でも一番大きい屋敷に入った。  屋敷の一角には剣の訓練場のような広い部屋があり、その中心では剣の素振りをする十代後半程の少女と、それを見守る七、八十代くらいの老人の姿があった。  この老人は……まさか……。 「私が封印魔法を解くまでに、外の世界では大体六十年くらいの時間が経っていたみたいでね。……勇者一行のほとんどはすでに老衰で亡くなり、唯一生き残っていた勇者も、すでに戦いを引退していた。……この剣を振っている女の子は、勇者の孫だよ」  説明する少女の声色からは、いつしか先程までの楽天さは失せ、淡々とした声になっているのを感じた。  彼女の言葉に、私はゴクリと音を立てて生唾を飲み込み、目の前に広がる光景を見つめていることしか出来ない。  すると、不定形の光が剣を振るう少女に近付いた。 「私は勇者一行に復讐したかったのに、すでにそのほとんどはこの世にいない。……だから私は、その唯一の生き残りを地獄に落とすことにした」  彼女がそう言うのとほぼ同時に、剣を振っていた少女の体に、不定形の光が入り込んだ。  光が完全に入り込んだ瞬間、少女は苦しそうに胸を押さえながら持っていた剣を落とし、その場に踞る。  それを見た老人は心配そうな表情で立ち上がり、何やら声を掛けながら少女の元に駆け寄った。 「……ダメ……」  この次に何が起こるのかをなんとなく察し、私は咄嗟に声を上げる。  しかし、ただの記憶の再生でしか無い老人に私の声は届かず、彼は少女の元に駆け寄って声を掛けながら背中を擦ってやる。  すると、先程まで苦しそうに悶えていた少女の動きが止まり、突然何事も無かったかのように剣を持って立ち上がる。  彼女は驚いた様子で自分を見上げている老人の方に体を向けると……握っていた剣で、老人の体を切り裂いた。 「なッ……」 「あはははっ! やっぱりこの光景は何回見ても爽快だなぁ~! あんなに心配するくらい大切な孫に突然殺されて、あの勇者はどんな気持ちだったんだろうね~!」  明るい声で少女が言う中も、映像は止まらない。  元勇者の老人は体を切り裂かれ、大量の血を流しながらその場に倒れ込む。  しかし、少女は念には念をと言わんばかりに剣を振るい、満身創痍の老人の体に何度も剣を突き立てる。  何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。 「まぁこんな感じで、私は勇者の血を引いた肉体を手に入れて、改めて魔王として君臨したの。それからは、私の肉体を奪った人族達に復讐する為に、魔王として人間達に攻撃を仕掛けた。けど、その度に人間の方からは魔王を討伐する為の勇者が現れてね。私の肉体はもう不老不死じゃないから、強い勇者が現れるとどうしても勝てない時があった。……でも、肉体はともかく、魂は不老不死のまま。だから、肉体を殺される度に自分を殺した更に強い肉体に憑依し、また殺されたら更に強い肉体に憑依する。それを繰り返して……今に至る、ってわけ」  少女……魔王アルマの説明と共に、目の前に広がっていた記憶の再生映像は終わり、元の真っ白な世界に戻る。  私はしばし放心していたが、頭のどこか冷静な部分が、私の頭の中に一つの疑問を浮かべさせた。 「……お前の言うことが、本当だとしたら……どうして、今日私が倒した魔王は、魔族の姿をしていたんだ? さっきの話を聞いている限り、お前が憑依するのは人族だけなんだろう?」 「あ~、あれ? 私もよく分かってないんだけどさ~、そもそも人族と魔族って、根本的な部分ではほとんど一緒の生き物みたいなんだよね。違いは単純に魔力量。んで、魔力っていうのは基本的には魂の質? みたいなもので決まっているみたい。だから、魔族の中でもトップクラスの魔力を持った私の魂が人族の体に入ると、私の魔力がその肉体に干渉して、魔族の体に作り替えるみたいなんだ~」  あっけらかんとした口調で説明をするアルマの言葉に、私はゴクリと音を立てて生唾を飲み込みながら、静かに拳を強く握りしめた。  つまり、コイツは……今まで多くの人族の体を乗っ取り、自分の魔力でその肉体を人族の物へと変貌させ、魔王として猛威を振るっていたというのか……!  そして、わざわざこんな説明をしたということは……── 「じゃあ、次は……──私の体を魔族の物に変える、ってこと?」 「わぁ、察しが良いねぇ~! ……って、ここまで説明してたら誰でも気付くか! あはっ♪」  快活な笑みを浮かべながら言うアルマに、私はすぐに臨戦態勢に入った。  最初は剣を構えようとしたが所持していなかった為、両手に拳を作って徒手空拳での戦いの構えを取る。  警戒を露わにした私の様子に、アルマはヒュゥ~と茶化すように口笛を吹いた。 「うわぁ~勇者様カッコいい~♪ もしかして、私と戦うつもりなの~?♪」 「当たり前でしょッ! 私の体を乗っ取って、魔王として人族を苦しめるなんて……そんなこと、絶対にさせないッ!」  私はそう声を張り上げつつ、アルマからどんな攻撃が来ても対処できるように重心を下げ、地面を踏みしめる力を強くする。  すると奴はクスクスと楽しそうに笑いつつ、両手を構えた私の元に一歩踏み出した。 「そうそう、勇者様ならそうこなくっちゃ♪ いつからだったかなぁ~……憑依した後、勇者の魂が抵抗を見せるようになったのは」 「な、舐めているのか……!?」  声を張り上げながら、私は目の前まで迫ってきたアルマの顔に正拳突きを放つ。  しかし、彼女は至近距離だったにも関わらず、私の拳を紙一重の距離で躱してみせた。  彼女はクルリと身を翻しながら笑みを浮かべ、続けた。 「やっぱり、魔王を倒す勇者ともなると、段々肉体だけじゃなくって精神も強固な人間が増えてきてね~。昔は肉体に憑依さえしてしまえば元の肉体の持ち主の心はポッキリ折れて、魂が弱ったところを消滅させることが出来たんだけどね~」 「ぐッ……クソッ……!」  淡々と語るアルマに、私は素早く拳や蹴りを放つ。  しかし、そのどれもを彼女は悠々とした動きで容易く避けながら続けた。 「でも、より強い肉体に憑依していく内に、次第に肉体の元所有者の魂が残っている期間が多くなって、ついには肉体そのものが死ぬまで残り続けるようになった。それでもまぁ、私が人族を惨殺している光景を元の所有者が肉体越しに見て悲しんでいる姿は中々面白かったんだけど……ついには抵抗されるようになってね。元所有者の魂が私の支配に抗い、肉体の所有権を取り戻そうとする動きが増えた。……だからね、私もそれに対処することにしたの」  私の素早い攻撃を躱しながら話しているとは思えない程に淡々とした口調で言いながら、彼女は突然こちらに急接近し、私の懐に潜り込んでくる。  速い……! この距離では、殴ることも蹴ることも出来ないじゃないか……!  動揺する私の様子に気付いたのか、彼女はクスッと小さく笑みを浮かべると私の顔を覗き込み、そして……──。 「はぁぁぁぁ……♡」 「ぐッ……!?」  突然顔に吐息を吹き付けられ、私は小さく声を漏らしながら体を硬直させた。  一体何を……と考えたのは、ほんの一瞬のこと。  体勢を立て直すべく、一度呼吸をした時のことだった。  甘い匂いが鼻孔を通り、私の脳を直接揺らしたのは。 「ッなぁっ……!?」  ぐわんっ、と意識が大きく揺らぎ、私はその場にへたり込んだ。  何だ、これは……!?  まるで脳震盪を起こしたかのような、甘い匂いによって脳味噌を直接揺らされたかのような、妙な感覚。  一瞬目の前が真っ白に染まって、気が遠くなるような感覚がした。  困惑しながらも立ち上がろうとしたが、先程の匂いで完全に腰を抜かしてしまったようで、足腰に力が入らない。  上手く立ち上がれない状況に動揺していると、目の前に立っていたアルマがしゃがみ込み、私と視線を合わせてニコッと明るい笑みを浮かべた。 「はぁぁぁぁぁぁ♡」  かと思えば、またもや私の顔に吐息を吹きかけてくる。  私が息を吸うタイミングに合わせて息を吹き付けてきた為に、咄嗟に息を止める等の対処を取ることが出来ず、私はその吐息を素直に吸い込んでしまう。 「なっ……はぁっ……?」  脳が揺らされる。気が遠くなる。意識が飛ぶ。  まるで、砂糖や蜂蜜等のこの世にある甘味を全て鍋の中にぶち込み、長い年月を掛けてじっくり煮込んだかのような、凝縮された甘い匂い。  いや、これはもう、甘いどころの話では無い。  甘ったるい。甘すぎる。胸やけする程の過剰な甘さ。  最早匂いを通り越して味すらも感じるのではないかと錯覚する程の甘ったるい香りを嗅ぎながら、私は呆然と目の前にいるアルマを見つめる。  すると、彼女は無邪気な笑みを浮かべながら続けた。 「勇者様ってば、すっかりトロトロになっちゃって良い顔してるね~♪ さっきまでのキリッとした感じの顔もカッコよくて良かったけど、今のぼんやりしたトロ顔もすっごく可愛いよ♪ あはっ♪」 「いったい……わた、しに……なにを……」 「ん? う~ん……そういえば言って無かったっけ? ここは勇者様の精神世界というか、勇者様の心の中なのね? それで、今の勇者様は、言ってみれば勇者様の魂? みたいな存在なんだよね~。ここまでは良いでしょ?」  アルマはそう言いながら私の肩を掴み、優しい手つきで私の体を倒す。  先程嗅いだ甘い吐息の余韻が未だに抜けず、思考すらままならない状態の私がそれに抗えるはずも無く、なすがまま仰向けに寝かされる。  すると、彼女は「よっと♪」と明るい声で声を上げながら私の腹部に跨り、こちらを見下ろして悦に満ちた笑みを浮かべた。 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……♡」  またもや吐息を吹き付けられる。  今の私に抗う術は無く、浴びせられた吐息を無抵抗に吸い込んだ。  軽く息を吸っただけだと言うのに甘ったるい吐息が私の頭の中に充満し、僅かに残っていた正常な思考すらも掻き消していく。 「ぁぁ……♡ ぁ……♡」 「フフッ、勇者様ってば良い顔~♡ それで何の話をしてたんだっけ……あぁ、そうそう! 私が勇者様に何をしてるかってことだったね!」  浴びせられた吐息に陶然とする私に、アルマはそんな風に独り言を言いつつ自分の胸の前で手を打ち、こちらの顔を覗き込んで続けた。 「憑依した肉体の元所有者が抵抗するようになってから、私は対処をすることにした。……憑依する前に、その肉体の所有者の精神に干渉して、先にその人の心を掌握することにしたの。私に憑依されても抵抗しないように……それどころか、私に憑依されて肉体を操られることに悦びを覚えて、自分から喜んで私の支配を受け入れるようにね♡」 「な……にを……♡」 「今勇者様にしているように、憑依する前に精神世界に干渉して、私の魔力をたっぷり込めた吐息を嗅がせてあげてるんだ~♡」  こんな風にね♡ という言葉と共に、アルマは再度私に吐息を浴びせる。  彼女の説明を聞いて、これ以上この吐息を嗅いではいけないと頭では理解しているのに、体が言うことを聞かない。  私はすんすんと鼻を鳴らしてその甘ったるい匂いを自ら吸入し、自身の精神を蝕む媚毒を取り込んでいく。  そんな私の姿を見たアルマはクスクスと楽しそうに笑いつつ、私の頭を優しく撫でて続けた。 「この匂いを嗅ぐとね、どんなに強い精神力を持った人でもたちまちメロメロになっちゃって、私のことがだぁいすきになるの。勇者としての使命とかぁ、故郷のこととかぁ、ぜぇ~んぶどうでもよくなっちゃって、私に身も心も支配されることが一番の幸せになっちゃうんだよ~。ね、ねっ、素敵でしょっ?」  満面の笑みを浮かべながら言うアルマの言葉に、私は答えられなかった。  先程から嗅がされている甘い吐息によって私の思考は溶かされ、正常な判断が出来なくなりつつあった。  事実、数刻前まであったはずの彼女への敵意はすっかり消えており、彼女に肉体を支配されるのも悪く無いのではないかと考え始めている始末だった。  これ以上はマズいと頭では理解しているのに、息を止めることすらままならない。 「ん~……このまま吐息で陥落させても良いんだけど、時間かかっちゃうしつまんないんだよね~。やり方変えてみよっかな~」  すると、アルマは自分の顎に手を当てながらそんなことを言い始める。  まるで玩具で遊ぶ無垢な子供の独り言のような無邪気な呟きに、私は完全に彼女の掌の上で踊らされ、弄ばれている現状に気付く。  気付いた、が……こんな状況になってしまえば、最早抗う術など無い。  私の現状を一言で表すのならば、正に俎板の鯉。  自分に起こる最悪の結末を知っていながら指先一つ満足に動かすことも出来ず、アルマの意向に沿ってされるがままに弄ばれることしか出来ない。  そんな私を見下ろしたアルマは、自分の顎をトントンと叩きながらしばらく考え込んでいたが、やがてポンッと手を打って「そうだっ!」と声を発した。  何を思いついたんだ……? と考えていると、彼女は両手で私の頬を挟み込み、自分の方に私の顔が向くよう調節する。  満足のいく位置で私の顔を止めると、アルマはにんまりと満足気な笑みを浮かべ……私の唇を奪った。 「んんむぅッ……!?」  突然の接吻に、私は咄嗟にくぐもった声を漏らしながら肩を震わせ、咄嗟に腕に力を込めて彼女の体を押し返そうとした。  しかし、彼女の吐息によって散々脳内を蕩かされた状態では体に上手く力が入らず、自分より小さな矮躯を押し返すことすら叶わない。  せめて頭を振って接吻そのものを躱そうとするが、彼女の両手によって顔を固定されているせいでそれすらも叶わず、結局は彼女の接吻を受け入れることしか出来ない。 「んんんぅッ……ぷぁッ……んんんッ……? んんぅぅッ……」  何度も接吻を交わす度に、彼女の吐息が私の口を通して直接体内に入り込んでくる。  香りを嗅ぐだけで意識が蕩ける程の吐息だ。それが口内に入ってくると、香りだけでなく本当に甘い味がするかのような錯覚に見舞われる。  口の中だけじゃない。彼女の吐息は私の体を蝕み、その蜂蜜のような甘ったるい匂いで私の思考をドロドロに溶かしていく。  何とか彼女の体を押しのけようともがいていた腕にはさらに力が入らなくなり、気付けば腕を持ち上げることすら億劫になり、完全に脱力した状態で手足を投げ出すような形になっていた。 「んんぅッ……んんっ……ん……♡」  甘い吐息を体内に取り込んでいく内に、次第にそんなことは全てどうでもよく感じていた。  甘い……良い匂い……美味しい……気持ちいい……幸せ……。  そんな正の感情しか湧いてこず、私はくぐもった声を漏らしながら、アルマからの接吻を受け入れる。 「んんっ……ぷはぁっ……フフッ、勇者様ってばすっかりトロンとしちゃって、可愛いなぁ♡」  すると、アルマは唇を離しながらそう言いつつ、ぼんやりと虚空を見つめる私の頬を撫でる。  彼女の言葉に、私は答えることが出来ない。  先程の接吻によって彼女の吐息を大量に取り込んだせいか、体には力が入らず、頭の中はフワフワと宙を漂っているような浮遊感に襲われていた。  そんな私を見てアルマはクスッと悪戯っぽい笑みを浮かべると、仰向けに寝転がった私の体にしなだれかかるようにして体を重ね、耳元に口を近付けてきた。 「ね……勇者様♡」  媚びを売るような甘ったるい声で、彼女が囁いてくる。  彼女の吐息にも負けないくらい甘い……まるで、耳に蜂蜜を塗りたくられているかのようなその声に、私は静かに生唾を飲み込んで次の言葉を待つ。  そんな私の様子が何か可笑しかったのか、彼女はクスクスと楽しそうに笑いつつ、私の体を抱き締めて服の上から撫で回しながら続けた。 「勇者様ぁ……♡ 私、勇者様の体が欲しいなぁ……♡」 「から……だ……?」 「そう。強くて頑丈で、スタイルも良くて顔も良い、勇者様の立派なか・ら・だ♡ ……欲しいなぁ……♡」  まるで店先に並ぶ商品を強請る生娘のような猫撫で声で言いながら、彼女は私の首筋に顔を埋める。  体が欲しい。  その言葉に、心の奥深い部分まで沈んでいた理性が首をもたげ、僅かながら私は我を取り戻す。  アルマはそんな私の様子に気付いているのか否か、甘えるように私の首筋に何度か口付けをしながら続ける。 「ね、良いでしょう? 勇者様♡ 私、体が無くて……勇者様の体を使わせてくれたら、私すっごく嬉しいの。だから……ね。ダメ?」 「……だ……め……」  上目遣いで強請るアルマに、私は必死に声を振り絞って拒絶の言葉を紡ぐ。  すると彼女はキョトンとした表情を浮かべて体を起こし、こちらの顔を見下ろす。 「あれ? もしかして、ちょっと正気取り戻しちゃった? 体の自由は奪ったままみたいだけど……」 「ぁ……ぁ……わた、しの……からだ、だけ、は……」 「ん~……ね、勇者様っ♡」  何とか拒絶の言葉を紡ごうとする私に対し、アルマは相変わらずの鼻に掛かったような甘えた声で言いながら私の頬を両手で挟み、強引に目を合わさせて来る。  目と目が合うと、彼女は満面の笑みを浮かべて顔を近付け……── 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……♡♡♡」  ──息を吹き付けられる。  顔に掛かった吐息を嗅いだ瞬間、その甘ったるい匂いによって私の思考はグズグズに溶かされ、微かに取り戻しつつあった理性をあっさり手放してしまう。  甘い、甘い、甘い、甘ったるい、良い匂い、もっと嗅いでいたい、良い匂い、気持ちいい、幸せ、幸せ、幸せ……♡♡♡ 「あぁ~ビックリした。まさかここで正気を取り戻すなんて、やっぱり勇者ともなる人は精神力が強いね~」 「ぁぁ……ぁ……ぁ……?♡」 「フフッ、でもちょっと吐息を吹きかけるだけでこんなにトロトロになっちゃって……勇者様ってば可愛いなぁ、もぅ♡」  陶酔感に浸る私の頬を両手で揉みながら、アルマはどこか楽しそうにそう言う。  何を言っているのかはよく分からないけど、彼女が楽しそうにしているのを見ていると何だかこちらも嬉しくなるので何でも良いかと、私はすぐに思考を放棄した。  すると、彼女は私の体にしなだれかかり、続けた。 「ねぇねぇ勇者様っ♡ 今どんな気持ちか教えて?♡」 「えぁ……?♡ えへぇ……きもちいぃ……♡」 「んふふっ♡ 勇者様ってば素直で可愛いねぇ~♡ じゃあさぁ、そんな勇者様にお願いがあるんだけど、聞いてもらっても良~い?」  彼女はそう問いかけながら、ツー……と私の胸元を指でなぞる。  お願い……? よく分からないけど、こんなに気持ちよくしてもらってるんだから、彼女のお願いは聞いてあげなくちゃ……。  頭の中がぼんやりと微睡む中、私は何とか力無く頷くことで首肯を返す。  すると、彼女はパァッとその顔を輝かせて「本当っ?」と聞き返した。 「それじゃあ、お願いなんだけどぉ……勇者様の体、私にちょーだい?」 「えぁ……?♡ からだぁ……?♡」 「そっ、体っ♡ 勇者様の体ってぇ、強くて立派だからぁ、欲しいなぁ~って思って♡ もしもこのお願いを聞いてくれたら、今よりも~っと気持ちよくしてあげるっ!♡ ねっ、ねっ、どう?」  明るい声で聞き返す彼女の言葉に、私は僅かに息を呑んだ。  これだけ気持ちよくしてもらっている手前、どんなお願いでも聞いてあげたいと思っていたのに……願いを聞いたら、さらに気持ちよくしてくれる?  ただでさえ、願いを聞いて彼女が喜んでくれるだけで私には十分すぎる報酬だと言うのに、さらに願いを聞けばもっと気持ちよくしてくれるだなんて……最高じゃないか。  彼女が喜んでくれるのなら、私の肉体なんて喜んで差し出す。断る理由なんて無い。  強いて言うなら、頭の中の奥深く……本能とも呼ぶべき部分が、『この願いを聞いてはいけない』と警告を鳴らしているような感覚はあるが……気のせいだろう。  私はすぐにガクガクと頷き、口を開いた。 「あげるっ♡ 私の体も、何なら心でも、何でもあげるからっ……!♡ だから、もっと気持ちよくしてくださ……──んむぅッ!?」  もっと気持ちよくしてほしいと懇願しようとした私の言葉は、突然口に密着してきたアルマの……ご主人様の唇によって、遮られる。  先程の接吻の再来かと思ったが、すぐにそうではないことを察する。  なぜなら私の唇を割って、ご主人様の舌が口内に進入してきたからだ。 「んんんぅっ……!?♡ んんぅっ……!♡」  肩を震わせながらくぐもった嬌声を上げ、脱力していた体に僅かに力がこもったのは一瞬のこと。  すぐにご主人様の舌は私の舌を捕らえ、掬い上げ、絡め取る。  舌を絡ませ合うことで先程よりも深く交わり、その繋がり部分からご主人様の吐息を直に感じる。  いや……もう、吐息がどうこうなどという次元の低い話では無い。  上から下へ、ご主人様から下僕へ。  重力に従って、ゆっくりと流れ落ちてくるものがあった。  ……ご主人様の唾液だ。 「んんんんぅぅぅぅッ!♡」  突然舌を絡め取られた為に、気付くのが一瞬遅れた。  その一瞬の間に私の舌にはご主人様の唾液が塗りたくられ、今まで嗅いでいた吐息など比べ物にならない程の強烈な甘味が舌にある幾千もの味蕾を貫き、今まで私が感じてきた甘いという概念を一瞬で吹き飛ばした。  何だこれ!? 何だこれは!?  最早、甘いとか甘くないとか甘ったるいとか、そんな稚拙な言葉で表せるような代物では無い。  味覚がイかれる。舌が壊れる。魂が溶ける。意識が飛ぶ。  何とか今感じている強烈な甘味を受け止めようとするも、それよりも先にご主人様が舌を動かし、私の舌とを絡め合う。  これ以上はダメ……! 壊れる! 私が私では無くなってしまう……!  気持ちいい♡ 甘い♡ 美味しい♡ ご主人様とキス♡ 嬉しい♡ 幸せ♡  危機感と幸福感が同時に沸き起こり、すぐにご主人様の舌によってグチャグチャに掻き混ぜられる。  記憶も感情も理性も本能も人格も自我も、私という人間を構成する全ての要素がグチャグチャに掻き混ぜられ、最早原型等留めてもいない液状に溶かされていくような感覚。  自分が自分では無くなっていく感覚は不思議と不快では無く、むしろ目の前にいるご主人様の色で染め上げられていくような幸福感があり、もっとしてほしいという気持ちすらあった。  その気持ちを態度で示すように、私は必死に舌を伸ばし、口内を掻き混ぜるご主人様の舌に自分の舌を必死に絡める。  すると、目の前にあるご主人様の目がどこか楽しそうに細められ、すぐに私の舌は絡め取られる。  嬉しい♡ ご主人様が応えてくれた♡ 嬉しい♡ 気持ちいい♡ 幸せ♡ 幸せ♡ 幸せ♡  膨大な快楽の波に襲われ、天にも昇るような多幸感に酔い痴れる。  永遠に続くかと思われた交わりの時間だったが、ご主人様が私の口から自分の唇を離したことによって、それは終わりを告げた。 「ぷはぁっ……はい、これでおしまいっ!」 「っ……?♡ ……?♡」  明るい声で言うご主人様に、私は咄嗟に応えることが出来ない。  長時間繰り返された深い接吻によってグチャグチャに搔き混ぜられた私の口は、まともに言葉を紡ぐことすら出来そうになかった。  顎に力が入らず半開きになった口の端からは涎が垂れ、伸ばしっぱなしになった舌を出しながら荒い呼吸を繰り返す私の姿は、発情期の雌犬くらい浅ましい姿をしていることだろう。  すると、ご主人様はそんな私の顔を見下ろして小さく笑み、こちらの耳元に口を近付けて続けた。 「それじゃあ……これからは貴方の体、好きなように使わせて貰うからね? 勇者様♡」 「……♡♡♡」  ご主人様に文字通り身も心も全て捧げ、好きなように使って貰える。  それだけでこの上ない多幸感に酔い痴れ、私は口元にだらしのない笑みを浮かべるのだった。 --- 「おい! 起きろ! フォルテ!」 「フォルテさん! 目を覚まして下さい!」 「フォルテ……目を覚まして……!」  頭上から降ってくる声に、私……アルマ・フェニーチェは、ゆっくりと瞼を開いた。  するとそこには、大柄な肉体に鎧を身につけた男性と、ローブを着た少しひ弱そうな青年、大きな木彫りの杖を両手で握り締めた少女がいた。  彼等は私と目が合うと、パァッとその顔を輝かせた。 「フォルテ! 目を覚ましたのか……!?」 「うん。えっと、ごめん。皆は、どうして……」 「心配したんですよ? 魔王の部下を倒してこの部屋まで来たら、フォルテさんが意識を失っているのですから」 「魔王は死んでるから、てっきり、相討ちになったのかと……」  私が問い掛けた言葉に、ローブを着た青年……ベシルと、杖を持った少女、アンがそう答える。  二人の言葉に、私は「すまない」と謝って見せる。 「恐らく、魔王との戦いの中で魔力を消費し過ぎたみたいでな。戦いが終わって、すぐに気を失ってしまった」 「そうなんですか。……一応、目に見える傷は治しましたが、他に何か異常はありませんか?」 「異常……?」  会話の中に出てきた単語に、私は咄嗟に聞き返す。  異常……異常、ねぇ……。  まぁ、確かに……“私”が意識を失っている間に、劇的に変わった部分はあるか。  私は気取られない程度にほくそ笑んだが、すぐにその顔に笑みを貼り付け、ベシルの肩に手を置いてポンポンと軽く叩いた。 「大丈夫。何の問題も無いさ」 「それなら良かった……」 「特に問題が無いのなら、さっさと国に戻っちまおうぜ。フォルテも疲れてるみたいだし、魔王討伐成功の報告は早く済ませたいだろ?」  鎧を着た男、イディオは白い歯を見せながらそう言って笑いつつ、身の丈程もある大剣を肩に背負った。  彼の言葉に、私は「そうだな」と答えつつ立ち上がり、自分の胸に手を当てた。  ……完全にこの肉体の所有権を勝ち取り憑依した為か、このフォルテ・ボドルーテという人間の記憶や性格を、肉体を通して感じることが出来た。  彼女は昔から正義感の強い実直な性格のようで、自分の家族や友人等の身近な人々を守る為に、幼い日から勇者として魔王を倒す日々を夢見て鍛錬を積んできたらしい。  背中まである程の、この金色の長い髪も、故郷を旅立った日から魔王を倒す為の願掛けとして伸ばし始めたものらしい。  魔王を倒す為に生涯を捧げた肉体が、魔王によって乗っ取られるなんて……中々に皮肉が効いた人生だな。  ねぇ、勇者様。  今からこの体で勇者様の故郷に行って、私の魂がこの肉体に馴染んできたらその町に住んでいる人々を皆殺しにして新しく魔王としての拠点を作ろうと思うんだけど、構わないよね? 『はいっ♡ 構いませんっ♡ その肉体はもうご主人様のモノですから、ご主人様のお好きなようにお使い下さいっ!♡』  本当に? 嬉しいなぁ♪  あとさ、勇者様が私を倒す為の願掛けとして伸ばしていた髪も、邪魔くさいから切っちゃって構わないよね? 『勿論構いませんっ!♡』  心の奥深くから返ってくる、この肉体の元所有者の声に、私は込み上げてくる笑いを何とか堪える。  全く、本当に無様なものだ。  物心ついた時から魔王を倒す為に生きてきたというのに、今では魔王である私に肉体を支配されて悦んでいる。  私の魂が肉体に馴染んで来れば、元所有者の魂は自然消滅する。  それまでは、彼女の滑稽な姿を楽しむのもまた一興かな。  私は内心でそう考えつつ、背中まである長い髪を片手で纏め、空いている方の手で懐から短剣を取り出して髪を束ねている手の近くまで持っていった。  そして、素早くスライドさせて、私は長い髪を断ち切った。 「……フォルテ……?」  そんな私の姿を見て、アンが驚いた表情で名前を呼んだ。  彼女の反応に、私は肩を竦めつつ口を開いた。 「もう魔王は倒したんだもの。……これ以上、髪を伸ばす必要は無いでしょう?」  私はそう答えながら、足元に広がっている“魔王”の血で出来た水溜まりの上に、握り締めていた髪の束を落とした。  そして小走りで三人を追いかけるようにして、王室を後にするのだった。

Comments

キス描写がえっちで素敵でした。百合キス、良いですよね・・・

ナナつばき@支援復帰


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