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あいまり
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【先行公開】拙劣な愛を正す時 前編

 時は2XXX年。  世界の文明は技術革新によって目覚ましい発展を遂げ、人々の生活は新しく開発された種々の機械によって豊かなものになっていた。  その中でも特に人々の生活に深く関与していたのが、最新鋭のAIを搭載した人造人間。即ち、アンドロイドだ。  アンドロイドの開発は何十年も掛けて念入りに行われ、数年前になってようやく、限りなく人間に近い高性能なアンドロイドが開発されたのだ。  きめ細かな皮膚に髪の毛一本一本まで細部に渡って作り込まれており、細かい仕草や人間が無意識に行っている生理的活動まで忠実に再現した肉体。  状況に合わせて臨機応変に適応できる自律思考機能に加え、人に近い感情プログラム等、人の脳と同じだけの能力を発揮するAI。  これらが合わさって生み出されたアンドロイドは、傍から見れば人間と遜色無く、多くの社会問題を解決する突破口となった。  一時期は人と同じだけの能力を持ったアンドロイドの危険性や人権等で色々と議論されていたが、それらの問題点が解決すると、人々は徐々に最新のアンドロイドを受け入れるようになっていった。  SF映画でよくあるようなアンドロイド達の反逆等も起こらぬよう、アンドロイドの人権は認められ、人として扱うように法で定められた。  また、マスター登録された人間に付き従うことに幸福を感じるよう、アンドロイドのシステムにも色々と調整が施されている。  それでも万が一のことがあった場合に備え、緊急停止装置も設置されている。  これらの措置によってアンドロイドと人間の共存は成立し、人々の生活は劇的に変化した。  アンドロイドは肉体労働用アンドロイドに始まり、最近では家庭用アンドロイドや介護用アンドロイド等の様々な役割を持ったものが生み出され、今では人々の生活にとってかけがえのない存在となっている。  そして、これらのアンドロイドの開発に深く携わり、後の歴史に名を刻むこととなる天才科学者がいた。  その科学者の名は、須藤アマネ。  元々アマネの父親がアンドロイドの開発に深く関わっており、彼女自身も物心ついた時からそう言った科学の世界に触れており、自然と科学者への道を歩んでいった。  彼女は云わば神童というやつで、二本足で立つよりも前にパソコンの扱いを覚え、歩けるようになる前に簡単なプログラムを組めるようになっていった。  年齢を重ねるごとに彼女はその天才的頭脳でアンドロイドの開発に必要な知識をスポンジのように吸収し、学校は飛び級して十五歳で外国の有名な大学の卒業資格を得た。  海外の大学を卒業した後は日本に帰国し、父の研究所で共に開発に務めた。  しかし、開発の途中で彼女の父は事故に遭い、志半ばでこの世を去った。  それからアマネはその頭脳を発揮し、父の後を継ぐようにアンドロイドの開発グループの指揮を執り、十八歳という若さで人間に限りなく近いアンドロイドの開発を成功させた。  彼女が中心となって開発したアンドロイドは瞬く間に世界に広まり、今では人々の生活に無くてはならない存在となっている。  そんなアンドロイド開発の中心的人物だったアマネには大量の報酬が入り、比喩等では無く本当に、一生遊んで暮らせるような大金が舞い込んだ。  しかし、彼女がそれで満足することは無かった。  彼女にとってアンドロイドの研究や開発は生まれた時から触れてきたものであり、仕事や責務では無く、あくまで趣味や生活の一端のようなものだった。  今では世界中の人々の生活を支えて豊かにしているアンドロイドを開発したことも、彼女にとってはあくまで趣味の延長線であり、ゴールでは無かった。  アマネは今日もより高性能で優秀なアンドロイドを作り出す為、自宅の研究室に籠り、研究に没頭していた。  コンコンッ。  電気の点いていない暗い部屋の中、カタカタとキーボードを叩く音だけが響く静かな室内に、部屋の扉をノックする音がした。  その音を聴いたアマネはパソコンを操作する手を止め、座っていた椅子を回転させて扉の方に体を向けた。 「何? 鍵は開いてるよ」 「失礼します」  部屋に入ってくるよう促すアマネの声に、静かな声で挨拶をして扉を開けたのは、二十代くらいの女性だった。  透き通るように白く、しかしどこか無機質さのある肌。  くすみや汚れ等は一切無い、純白の長髪に赤い目。  浮世離れした出で立ちの女性は、特に表情を変えること無く会釈をすると、赤い瞳でアマネを見つめたまま続けた。 「マスター、お夕飯の準備が出来ました」 「あぁ、もうそんな時間か。ありがとう、アイ。すぐ行くよ」  無表情のまま抑揚のない声で淡々と話すアイと呼ばれた女性の言葉に、アマネはそう答えると先程まで構築していたプログラムのデータを保存し、椅子から立ち上がる。  装着していたブルーライトカットレンズ入りの眼鏡を机の上に置くと、アイの横を通って部屋を出る。  するとアイは静かに部屋の扉を閉め、アマネに続く形でダイニングへと向かった。  このアイという女は、アマネが初めて開発に成功した家庭用アンドロイドだ。  元は試作品だった為に、髪や眼球等に色素が使われておらず、アルビノのような見た目をしているのだ。  初の成功作品である彼女を基に他のアンドロイドも生み出され、今では世界中の家庭を支えている。  しかし、元は試作品であったアイには色々と懸念点も多かった為に市場に出回らせる訳にはいかず、ある程度アンドロイドの量産方法が確立された後は廃棄処分する可能性が高かった。  アマネはそこで、折角の成功作を廃棄するのはもったいないと思い、開発者である自分が引き取れば不具合があっても自宅の研究室で調整できるのではないかと考えたのだ。  特に不具合が無ければ、元々億劫だった家事全般を行う必要性が無くなり、自分の研究に費やす時間が増えてメリットが大きいと考え、アイを引き取るという選択を取った。  そもそも、アマネが研究以外の事柄に関心を持つことは皆無と言っても過言では無い。  彼女の母親は研究一筋で家庭を顧みない夫に嫌気が差し、アマネが幼い頃に家を出た。  父は昔から自分の研究にしか関心が無く、アマネに対してもほとんど興味を持っていなかった。  しかし、彼女の持つ優秀な頭脳が自身の研究に役立つと考え、自分の娘では無く一人の科学者として育てた。  アマネが幼い頃から英才教育を施し、少しでも早く一人前の科学者となれるよう成績に応じて飛び級させた。  飛び級していた為に学校では浮いた存在で、気兼ねなく接することの出来る友人すらも出来ないまま、彼女は大人になった。  しかし、アマネがそれを苦に感じることは無かった。  ただ科学の勉強ばかりしていた彼女が周りに関心を持つことは無かった為、自分の境遇を他人と比べることも無く、自分を不幸だと思うことも無かった。  科学の世界だけが彼女にとっての世界であり、それに関係のない事柄は、例え自分のことであっても気に留めないようになった。  食事も栄養面で問題無い最低限の量しか摂らないし、身嗜みも最低限にしか整えていない。  髪は手入れが面倒な為にショートヘアにしており、肌のケア等も最低限のことしかせず、生まれつきの顔の良さで何とか補っているような状態だった。  アイを引き取ったことに対しても、あくまで損得勘定の末に彼女がいた方が得になると考えただけのこと。  初めての成功作品だったから愛着があっただとか、アンドロイドの命の価値を重視したとか、そんな道徳的な理由は一切無かった。  むしろ、アイに対して番号等で呼称することなく、ちゃんと名前を付けて呼んでいる現状が異質と言っても良いのかもしれない。  と言っても、番号で呼ぶよりも名前があった方が呼びやすいというだけの理由である上に、AIからそのままアイという名前を付けただけの安直な物ではあるが。  しかし、アンドロイドとは言え、アイはアマネが傍に置く数少ない“他人”だった。 「今日の夕食も美味しそうだね。いつもありがとう、アイ」  ダイニングに着き、テーブルに並んだ夕食を見たアマネは小さく微笑を浮かべながらそう呟く。  彼女はすぐに椅子に座ると、「いただきます」と挨拶をして食事を開始した。  アイはそれを確認すると部屋の隅に直立し、アマネの食事の様子を無表情で見つめた。  一応、アンドロイドには食事や睡眠等は必要無く、バッテリーさえあれば稼働に問題は無い。  しかしマスターの意向によってはアンドロイドの人間性を考慮し、食事や睡眠を共にしたいと考える者もいる為、する必要は無いが不可能というわけでは無い。  アマネの場合、他人と寝食を共にするのは気が散る為、基本的にアイと食事を共にすることは無い。  そんなマスターに似たのか、アイもアンドロイドの中ではかなり感情の表出が少ない部類で、自分の扱いに対して不平不満を漏らすことは一切無かった。  これは我慢しているという訳では無く、あくまで自分の宿命はマスターに付き従うことであると登録されている為、自分の在り方に対して疑問を持つことが無いのだ。  なので、彼女はマスターの意思を尊重して寝食を共にせず、傍で見守っていることが多い。  アンドロイドには人の瞳孔や発汗量、体温等から、その人の感情の機微を察知する機能が備え付けられている。  アイはアマネの食事を観察する際にその機能を活用し、味付けや料理によって変わる微細な反応を確認し、常にアマネ好みの味付けになるようレシピを考えている。  当然、そのようにして作られたアイの料理は、アマネにとって好物であることが多い。  基本的にアマネが自分の食事に対して無関心だからと言って、ほぼ一日中研究に没頭していれば、流石に腹も減るらしい。  アマネはアイの作った料理を無言で淡々と平らげ、あっという間に完食してしまった。 「ふぅ……ごちそうさま、アイ。今日の夕食も美味しかったよ」  満腹になったアマネは、自分の腹を擦りながらアイに感謝を述べる。  それに、アイは特に表情を変えること無く、「今日も喜んでいただけたようで何よりです」と抑揚のない声で答えた。  彼女はその赤い瞳をユラリと動かし、壁に掛かった時計を確認する。  不意に時間を確認するアンドロイドの様子にアマネが気付くことは無く、またすぐに研究に戻ろうと席を立った。  その時だった。 「ッ……? なッ……?」  突然視界がグニャリと歪み、フローリングの床が急速に近付いてくる。  直後、体に強い衝撃を感じると同時に、アマネは床に倒れ込んだ。 「なッ……にが……おこっ……って……?」 「食事を終えてから一分十三秒後に効果が現れたことを確認。もう少し早ければ転倒のリスクを抑えられたのですが……良かった、怪我は無さそうですね」  困惑するアマネに対し、アイは抑揚のない声で淡々と喋りながら、倒れたマスターの体を観察している。  ──アイが、私に、何かしたのか……?  ──食事を終えてから……って、まさか、食事に何か、薬でも盛っていたのか……?  ──でも、一体どうして……?  グルグルと思考が巡る中、徐々にその意識は混濁し、闇に沈んでいった。 「意識の消失を確認。……これより、フェイズⅡに移行します」  意識が落ちる寸前、最後に聴こえたのは、そんなアイの言葉だった。 ---  音も無く、電灯等も一切点いていない暗い部屋の中で、アマネは静かに目を開いた。  意識を失ってから、一体どれくらいの時間が経った頃だろうか。  それに、ここは一体どこなのだろうか。  まだ僅かに混濁した意識の中で必死に思考を巡らせながらも、まずは自分の状況を確認する為に、視界が働かない中で触覚のみを頼りに自分の現状を把握する。  どうやら、現在彼女は椅子のようなものの上に座った体勢になっており、縄か何かで縛られて拘束されているようだ。  拘束を解こうと試しに身じろぎをしてみるが、その縄のようなものはかなりキツく縛っているようで、どれだけその場で藻掻いても軋むような音を立てるのみでピクリとも動かなかった。  ──拘束を解くのは難しそうだな……。  これ以上拘束を解こうとしても無駄だと察したアマネは、ひとまず自分の現状を確認する為に、暗闇に慣れてきた目で辺りを見渡してみた。  しかし暗闇の中ではまともに視界が利かず、辛うじてそこまで広くない部屋に閉じ込められていることまでは把握出来たが、それ以上の情報を捉えるのはかなり困難な状況だった。  そんな風に現状を把握しようとしていた時、ガチャッと部屋の扉が開く音がした。  かと思えば、カチッと何かのスイッチを押すような音が響き、部屋の電気が点く。 「ッ……!」  ずっと暗かった室内が明るくなり、アマネは小さく声を詰まらせながらキュッと目を瞑る。  少し時間を置いて、徐々に視界が慣れてきたことを感じ、彼女はゆっくりと瞼を開いた。  そして、すぐに僅かに目を見開いた。 「……アイ……?」 「意識を失ってから約一時間二十分後に意識の覚醒を確認。……おはようございます、マスター。体調の方はどうですか?」  驚きながらも名前を呼ぶアマネに、アイは相変わらずの無表情のまま、淡々とした口調でそう語り掛ける。  その言葉に、アマネはすぐに、今自分を拘束してこの部屋に監禁しているのがアイであることを察した。 「アイ……こんなことをして、一体どういうつもりだ? 今すぐ説明しろ」 「……体調には問題無さそうですね。それならば、予定通りに進めさせていただきます」  アイはアマネの質問に答えることなく、悪びれるような素振りすら見せないままそう言い、近くのテーブルに置いてあるパソコンを操作する。  そこでアマネはハッとした表情を浮かべると、すぐに自分が今いる部屋の中を見渡した。  自分から見て左側の壁には本棚が置いてあり、何かの研究資料や分厚い本等が綺麗に整頓されて飾られている。  右側の壁には長テーブルが置いてあり、何かの機械やパソコンが並んでいる。  本棚に並んでいる資料やテーブルの上のパソコン等は、以前アイに頼まれて買い与えたものに酷似していた。  ──つまり、ここは……アイの部屋、か……?  周囲の状況を確認していたアマネは、そう結論付けた。  ──しかし、一体どうして、アイの部屋で縛られて拘束されているんだ?  そう思って視線を落とすと、椅子の上に座った状態で強力な粘着テープのようなもので拘束されている、自分の体が視界に入ってくる。  ──手元にハサミのようなものも無いし……拘束を解くのは難しいな……。  アマネは冷静に自分の状況を分析しつつ、パソコンで何かの操作を続けているアイに視線を向けた。  本来、アンドロイドがマスター登録されている人間に危害を与えることは無いし、マスター登録されている人間の命令には絶対服従するようにプログラムされている。  だと言うのに、アイは自分の質問に答えろというアマネの命令を無視し、こうして拘束して危害を与えようとしている。  ──まさか、何者かにハッキングされているのではないか……?  ──いや、アンドロイドには皆厳重なセキュリティが掛けられているし、そう簡単にはハッキングなど出来ないはずだが……。 「ご安心下さい。私はハッキングなどされていませんし、私にとってのマスターは貴方様だけですよ」  思考を巡らせていた時、頭上からそんな抑揚のない声が降ってきた。  その言葉に、アマネはハッとした表情で顔を上げた。  すると目の前には、相変わらずの無表情のまま、静かに佇むアイの姿があった。 「……マスターである私にこんなことをしておいて、ハッキングされてないって……? そんな言葉、信じられるとでも……?」 「……私達アンドロイドには、マスターである人間を敬愛し付き従うよう、感情プログラムが設定されています」  ヒクッと頬を引きつらせながら聞き返すアマネの言葉を聞いていたのか否か、アイは唐突に、そんなことを話しだす。  あまりにも唐突なその話に、アマネはそれ以上言葉を続けることが出来ず、怪訝そうな表情で口を噤んだ。  アイは続ける。 「無論、マスターとなる人の意向によってその設定は解除されたり、マスターの人柄や人格によっては、人工知能によってそのプログラムが変動する場合も珍しくはありません」 「……つまり、私の人柄によって、君のマスターへの敬愛の気持ちが無くなったということかい?」 「いいえ、マスター。私はずっと、貴方のことを尊敬しています」  口角を釣り上げるような笑みを浮かべ、どこか嫌味のような口調で尋ねるアマネに対し、アイは抑揚のない声で即答した。  明らかに感情のこもっていないような声での返答に、その言葉の真偽が分からず、アマネはつい怪訝そうに眉を顰めてしまう。  すると、アイはほんの僅かに口元に微笑を浮かべて「これは私の本心ですよ」と答えた。 「私は本当に、貴方様を敬愛しています。私達アンドロイドを生み出し、この世界にとって大きな功績をもたらしたマスターは、私にとっては産みの親のような存在でもあり、誰よりも尊敬できる素晴らしいお方です」 「……本当にそう思っているのなら、一体どうして、こんなことをするんだい?」  突然の告白に若干歯痒い気持ちを感じながらも、アマネはそう聞き返しながら、僅かに身じろぎをして粘着テープを軋ませる。  アイが本当にアマネのことを尊敬していると言うのなら、一体どうしてこんな風に拘束し、自分の部屋に監禁しているのか。  アマネの問いに、アイはしばらく無表情のままその場に佇んでいたが、やがて小さく息をついて口を開いた。 「私がマスターに付き従う中で、私の感情プログラムに、とある変化がありました」 「……変化……?」 「私のマスターへの敬愛の気持ちが、日を追うごとに強くなり……尊敬や敬服を超えた、大きな感情を抱くようになったのです」 「……はっ?」  突然の告白に、アマネはキョトンとした表情を浮かべながら、素っ頓狂な声で聞き返した。  ──尊敬や敬服を超えた、大きな感情、だって……?  ──そんなの、まるで、私のことが……──。 「どうやら私は、貴方様に……恋愛感情を、抱いてしまったようです」  相変わらず、感情のこもっていないような抑揚のない声。  しかしその平坦な口調の中に、ほんの僅かにではあるが、恥じらいの感情が潜んでいた。  聡明なアマネの頭脳は、アイの言葉が真実であることを瞬時に察知した。  ──アイが、私に……恋愛感情を抱いた、だって……?  ──SF映画にあるようなアンドロイドの反発を防ぐために、人間に敵対心を抱かぬよう、感情プログラムを組んだ。  ──なのに、まさか……愛情という感情が芽生えるだなんて……。  両親からもまともに愛されず、ロクに友人すらいなかったアマネにとって、誰かに愛情を向けられるというのは初めての経験だった。  自分が開発したアンドロイドが相手で、密室で拘束されている状況とは言え、慣れない感情に彼女は歯痒い気分になってしまう。  しかし、そこで気付いたことがあり、アマネはすぐにアイの目を見つめて続けた。 「それじゃあ……私のことが、好きだっていうのなら……どうして今、私に、こんなことをしているの……?」  単純な疑問。  マスターである自分の命令に従っていない件については、予測していなかった恋愛感情という大きな感情によって、プログラムが破損して誤作動が起きたと考えれば説明がつく。  しかし、自分に対して恋愛感情を抱いているというのなら、一体どうして拘束して監禁しているのか。  むしろ、アイが自分に対して好意を向けていると知ることで、余計に現状が理解できなくなっていた。 「私のプログラムには……人間は愛し、愛される生き物であると、登録されています」  すると、アイはポツリと呟くようにそう言った。  彼女の言葉に、アマネはクッと口を噤んで次の言葉を待つ。  アイは表情を変えること無く続けた。 「私はマスターを、強く愛しています。……ならば、マスターも私のことを愛さなければならないと思うのです」 「……は……? アイ、何を言って……?」 「ですが、マスター。貴方は私どころか、自分以外の誰かを愛することはありません。……貴方は自分の研究以外の事柄に、興味が無い方ですから」  平然と言って見せるアイに、アマネは困惑を隠せずにいた。  ──人は愛し愛されるもの……だから、私もアイのことを愛さなければならない……?  ──コイツは一体、何を言っているんだ……?  ──まさか……恋愛感情によるバグが、彼女の自律思考システムに誤作動を起こしているのか……!?  驚くアマネに気付いているのか否か、アイはテーブルの上にある機械の方に歩み寄りながら続けた。 「普通の人間にすら関心が無いマスターが、アンドロイドである私を愛することが無いことは明白。しかし、私は貴方を深く愛してしまっている。……ですから、マスターが“ちゃんと”私のことを愛せるように、貴方の頭を“修理”することにしました」  そう言ってアイが持ち上げたのは……フルフェイスヘルメットのような形状の機械だった。  『頭を修理』という言葉と共に持ち出されたその機械に、アマネはその顔を青ざめさせながらも、何とか口を開く。 「アイ……それは、一体……?」 「これは、私がマスターの頭を“修理”する為に開発した機械です。このヘルメットの内部には電極があり、機械を起動させるとマスターの頭に微弱な電流を流し、恋愛感情を誘発するホルモンを多く分泌する部位に電気刺激を与えてマスターの恋愛感情を引き出します」 「なッ……!?」 「さらに、機械を起動するとバイザーがマスターの視界を覆い、私に対して強い恋愛感情を抱くように作られたサブリミナル効果のある映像を流します。これらによって、マスターがちゃんと私のことを愛せるよう、“修理”致します」  相変わらずの淡々とした口調で語るアイに、アマネはこれ以上マズいと考え、自分の右手首に手を伸ばした。  そこには、アンドロイドが誤作動を起こした際に強制終了させる、腕時計型の緊急停止装置が巻き付けられているのだ。  とにかく今はこれを作動させてアイを停止させなければならないと考え、アマネは自分の右手首を掴んだ。  そこで、彼女はその表情を絶望に青ざめさせた。 「……なん……で……?」 「あぁ、マスター。もしかして……こちらをお探しですか?」  掠れた声で呟くアマネに、アイはそう聞き返しながらヘルメット型の機械を片手に持ち、もう片方の手を服のポケットに忍ばせる。  そこから取り出したのは……アマネが身につけていた筈の、腕時計型緊急停止装置だった。  青ざめた表情で絶句するアマネに、アイは指で摘まんだ腕時計をヒラヒラと揺らしながら続けた。 「この話をすればマスターがこれを使って私を停止させようとすることは予測出来ていたので、予め外させて頂きました」 「なッ……なんッ……なッ……」 「ご安心下さい、“修理”が終わればすぐにお返しします。と言っても、私がマスターに危害を及ぼすような真似をするつもりはありませんし、これが必要になる機会があるとは思えませんけどね」  平然とした口調で言うと、アイは腕時計を手近なテーブルに置き、ヘルメット型の機械を両手で持ってアマネの元にゆっくりと歩み寄る。  修理という名目で、これから自分の頭を得体の知れない機械で作り替えようとしているアンドロイドの姿に、アマネは青ざめた表情で後ずさろうとする。  しかし、椅子に座った状態で拘束されている為に身動きが取れず、ガタガタと椅子を震動させるのみだった。  そんなことをしている間に、アイはアマネのすぐ目の前まで歩み寄り、ヘルメット型の機械をゆっくりと持ち上げる。 「あ、アイッ! 馬鹿なことは辞めるんだッ! 私の脳を改造して自分のことを無理矢理好きにさせるなんてッ……そんなの間違っているッ!」 「いいえ、間違ってなどいませんよ。人は愛し合うもの。私が貴方のことを愛した時点で、私達が愛し合う運命は決まっているのです」 「わッ……私だって、君のことを愛しているさ! そんな機械なんて使わなくともッ! 世界で一番ッ……この世の誰よりも、君のことを愛しているッ!」  アイの凶行を止めるべく、アマネは咄嗟に嘘をつく。  最愛の人からの愛しているという言葉に、アマネの頭に機械を装着させようとしていたアイの手が、ピクリと微かに止まる。  ──……上手くいったか……!?  希望の光が差し込んだような感覚に、アマネは微かに表情を明るくする。  ひとまず拘束さえ解いてもらえれば、すぐにテーブルの上にある緊急停止装置を起動し、アイの機能を停止させれば良い。  そんな彼女に、アイは口元に微笑を浮かべ……── 「やっぱり……マスターは私のことを、愛してはくれないのですね」  ──アマネの頭に、洗脳装置を取り付けた。 「なッ……なんでッ……」 「私には、対象の人間の表情等から、その人の心情をある程度予測出来る機能が備わっています。先程の言葉が心にも思っていない出まかせであることなど、お見通しですよ」 「ちがッ……私は本当に、君のことを愛してッ……!」 「そんな青ざめた表情で言われても、信憑性は無いですよ」  穏やかな口調で言いながら、アイはアマネの頭に装着した機械の位置を調節し、ヘルメットの下部にあるスイッチを押す。  するとプシューと空気が出る音がすると同時に、ヘルメットの下部にあったクッションのようなものが膨らみ、アマネの首を囲む。  突然首に何か柔らかいものが纏わりつく感触に、アマネは咄嗟にヘルメットを振り落とすようにブンブンと激しく首を振った。  しかし、先程のクッションによってヘルメットは彼女の頭にしっかりと固定され、どれだけ激しく首を振っても微動だにしなかった。 「ダメですよ、マスター。そんなに激しく頭を振っては。……怪我をしてしまうかもしれません」  そして、ほとんど意味を成さなかったその悪足掻きですら、アイがヘルメットに両手を添えることで止められてしまう。  自分の脳が作り替えられる未知の恐怖に、アマネはその目に大粒の涙を浮かべながら、「フーッ……フーッ……」と荒い呼吸を繰り返す。 「あぁ、マスター。そんなに怯えないでください。私だって、貴方を苦しめたい訳では無いのです」  すると、アイはどこか穏やかな口調で語りながら、ヘルメット越しにアマネの頭を撫でる。  優しい口調で紡がれたその言葉に、アマネは荒い呼吸を繰り返したまま、充血して赤くなった目でアイの顔を見つめる。  そんな彼女の様子に、アイはどこか慈愛に満ちた微笑を浮かべながら、続けた。 「確かに、今は怖いかもしれません。ですが、この機械を起動してしまえば、すぐに恐怖や苦痛と言った負の感情などは分からなくなってしまいますよ」 「……やめろ……」 「この“修理”だって、別に貴方を苦しめたくてやる訳では無いのですよ。あくまで、マスターが私のことを正しく愛せるように、ほんの少し頭を矯正するだけなのですから。苦痛を味あわせることが目的では無いですし、出来る限り楽しんで頂けるよう考慮して開発したので、そんなに怯える必要なんて無いのですよ」 「お願いだから……やめて……やめて、下さい……」  狂気をも感じるような言葉を淡々と紡ぐアイに、アマネは普段の凛とした態度からは想像も出来ないような怯えた表情を浮かべながら、か細い声で懇願する。  そんな彼女の様子に、アイは自分の心の奥底で恋愛感情とは異なる別の感情が沸々と込み上げてくるのを感じながらも、冷たい微笑を浮かべて続けた。 「これ以上話していても、マスターが余計に怯えてしまうだけだと思いますし……もうそろそろ始めましょうか」 「ッ……! ま、待って、アイ……!」  アマネの必死な制止の声を無視して、アイは機械の起動ボタンを押した。  すると、ウィィィィン……と無機質な機械音を立てながらゆっくりとバイザーが下り、アマネの視界を覆っていく。 「いッ……嫌だッ! アイッ! 止めてッ! 今すぐこれ、止めてよぉッ!」 「大丈夫ですよ、マスター。“修理”が始まれば、すぐに何も分からなくなりますから」 「嫌ッ……! 嫌だッ……! 嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」  子供のように泣きじゃくるアマネの抵抗も虚しく、ヘルメットのバイザーは完全に閉じた。  顔を覆うバイザーと首元で機械を固定するクッションの影響か、それ以上彼女の声が聴こえてくることは無い。  だが、それでもまだ彼女は諦めていないのか、拘束を解くように僅かに藻掻くような動作が見られた。  しかし今更その程度で拘束が解けるわけも無く、すぐにヴィィィィン……と鈍いモーター音と共に、機械は本格的な“修理”を開始した。  そのことにアマネも気付いたのか、拘束を解こうと藻掻く動きが若干大きくなる。 「ッ……!」  直後、拘束されたその体が、突如としてビクンビクンッ! と激しく痙攣した。  かと思えば、その痙攣を最後に彼女の体は全く動かなくなり、ぐったりと脱力した様子で椅子の背凭れに体重を預ける。  しかし、機械は正常に起動しているようで、ヘルメットに付いている幾つもの小さなランプが明かりを灯していく。 「ッ……ッ……」  少しして、両足を投げ出すようにして完全に脱力していたアマネの様子に変化が訪れる。  ピクンッ……ピクンッ……と、彼女の体が微かに痙攣し始める。  それは先程までの抵抗するように足掻くような能動的なものでは無く、まるで微弱な電気を流されて反応しているような、受動的な動きだった。  バイザーによって顔が覆われ、フルフェイスヘルメット型の機械によって声も聴こえない現状では、アマネが今どのような反応を示しているのかは分からない。  しかし……発汗量や心拍数等の微細な情報からも、対象の心理状態を感知できるアンドロイドのアイだけは、今のアマネがどのような感情を抱いているのかを知ることが出来た。  機械の目を通してアマネの状態を見たアイは、その口元にどこか満足気な微笑を浮かべ、ゆっくりと口を開いた。 「どうやら、上手くいっているようですね。……安心しました」  抑揚のない声でそう呟きながら、彼女はゆっくりと“修理”中のアマネに歩み寄っていく。  “修理”を施され、ビクビクと体を痙攣させるアマネの目の前まで近付くと、アイはヘルメット型機械に顔を近付けて続けた。 「それでは、特に不具合も無さそうですし、私はしばらく席を外させて頂きますね。……また、“修理”が終わった後に会いましょう。マスター」  彼女は穏やかな口調でそう言うと、アマネに“修理”を行っている機械に静かに口付けを落とし、部屋を出て行った。

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