【無料公開版】歌姫が淫らに狂う時
Added 2021-04-06 15:01:05 +0000 UTC『今回もひめのん可愛すぎ!結婚して!』 『歌も動画も美しすぎる……好きです……』 『推しが推しの曲を歌ってる。つまり神』 スマホの画面に表示されているコメント欄を見て、私、ひめのんこと、歌野 姫はニマニマと口元を緩ませた。 私は有名な動画サイトでひめのんという名前で歌い手活動をしており、チャンネル登録者数は50万人を超える、最近話題の人気歌い手だ。 自分で最近話題とか人気とか言うことではないとは思うのだが、実際にネットニュースやテレビで取り上げられたりして、世間からもかなり注目されている。 昔から歌うことが好きで、母に協力してもらって小さい頃から歌い手活動をしていたのだが、注目され始めたのは数年前……私が動画の中で顔を出すようになってからだ。 元々は顔を出さずに歌ってみたや歌枠配信等で活動していたのだが、中学生の頃の生配信中に操作ミスでパソコンのインカメラが作動してしまい、配信中に顔が出てしまったのだ。 顔が出ていた時間自体は数秒程ですぐに元の画面に戻して配信を切り、アーカイブも残さないようにしていたのだが、配信を見ていた視聴者の中に何人か私の顔のスクショを撮っていた人がいてすぐに拡散されてしまった。 てっきり、思っていたのと違うとか言われて炎上するのではないかと危惧していたのだが……私の予想に反し、炎上はしなかった。 それどころか、どうやら私の顔は世間的に見てかなり良い方らしく、思っていたより美少女だった~とかでむしろ好印象だったのだ。 私としては、元々身長が低い上に童顔で実年齢より幼く見られることが多く、自分の顔はコンプレックスだったのだが……どうやら世間的に見ると、それはむしろステータスとなり得るらしい。 さらに、動画の中でも顔を出してほしいという声も相次ぎ、今の顔出しをした状態での活動に至ったというわけだ。 顔出しをするようになってからは、歌ってみた動画は基本的に実写で撮るようになった。 折角なら歌う曲の内容や世界観を動画でも表したいと考え、曲に合わせて服装やメイクを変え、動画編集で曲のMVの雰囲気を再現するような演出を加えた。 するとそれがまた好評でさらに人気が上がり、高校生になって一人暮らしをするようになって動画投稿の頻度が上がったことも加わり、ここ数年で一気に私の人気は急増した。 最近ではネットで人気のある作曲家さんに依頼して曲を書き下ろして貰ったりもして、そのオリジナル曲がまた好評を博していることもあり、私の人気は着々と上がってきていた。 今は一応高校に通っている為に本格的な活動は出来ていないが、幾つかのCD会社からデビューの誘いもあり、高校を卒業すれば晴れてアーティストとして本格的に活動を開始したいと思っている。 そんな訳で、今日私が訪れたのは、家の近くにあるカラオケ屋さんだった。 このカラオケ屋さんは幼い頃から通っており、今でも歌の練習をする為に月に一、二回程来ていた。 今日も次に歌ってみたを上げる予定の曲や歌枠で歌う予定の曲の練習をする為、このカラオケ屋さんに来ていた。 「いらっしゃいませっ」 店に入ると、受付に立っていた店員さんが出迎えてくれる。 この人は、私が中学生くらいの時からここで働いているお姉さんだ。 長い黒髪を一つ結びにしており、黒縁の眼鏡を掛けている大学生くらいの女の人。 あまり目立った特徴の無い、どこにでもいそうな感じの見た目をしている人だが、私が行く時にはいつもこの人が接客してくれるので勝手に親しみを感じている。 と言っても、この人からすれば私なんて、この店にたくさん来る客の内の一人でしか無いのだろうが。 ネットで顔を出して活動していると言っても、オフの私に気付く人間なんてほとんどいない。 動画の中ではフルメイクに加えてエクステで髪型を変えているが、基本的に私の髪はショートヘアだし、化粧は高校の校則で禁止されていることもあって私生活はスッピンで過ごすことの方が多い。 とはいえ、ごく稀に熱狂的なファンが気付くことがある為に普段は常にマスクで顔を隠し、服も黒を基調とした地味な恰好をするようにしている。 こんな特徴の無い客の顔なんて覚えもしないだろうし、仮にこのお姉さんが私の視聴者だったとしても、私とひめのんを結び付けることは無いだろう。 実際、顔出しをしてからもう何年もここに通っているのに何も言われていない辺り、視聴者ですらない可能性が高いとは思うのだが。 「……はい。それでは、13番の部屋です」 いつものように業務的なやり取りを終えると、お姉さんはそう言って何やら機材等が入った白いカゴと、ドリンクバー用のコップを渡してくる。 カゴの中には、カラオケの機材やマイク、お絞り等が入っていた。 私はそれを受け取って「ありがとうございます」と返し、向かう途中にあるドリンクバーで飲み物を注ぎ、言われた部屋に向かった。 「さぁて、と……歌うか~!」 部屋に入った私は荷物を下ろし、そんな風に声を上げながらマスクを外した。 私がこのカラオケ屋さんに通っている一番の理由は、何と言ってもスタンドマイクがあることだ。 スタンドマイクにはヘッドホンが付いており、これで自分の声を聴きながら歌える為、歌の練習にはもってこいなのだ。 しかも、部屋の壁には大きなスクリーンが貼ってあり、ここにプロジェクターでカラオケ映像が映し出される。 一応機械の操作用等で普通のテレビも置いてあるが、圧倒的にプロジェクターの方が見やすい為、歌う時はそっちを見ていることの方が多い。 私は早速機械で曲を入れ、まずはマイクや音楽の音量調節の為にマイクを手に持って一曲歌う。 声出しも兼ねて軽く歌いながら音量調節を終えるとスタンドマイクに切り替え、本格的に歌の練習に取り掛かる。 次に歌ってみた動画を出す予定なのは、昔から人気のボカロPさんが一ヶ月ほど前に出して話題になっているボカロ曲だ。 可愛らしい雰囲気の中に女のリアルな闇や毒々しさが秘められており、曲調と歌詞のギャップが人気を呼んでいる。 この曲に私の声や雰囲気が合いそうという話になり、視聴者から歌って欲しいとのリクエストが続出したのだ。 その為、次の歌ってみた動画ではこの曲を歌うことにしている。 まずは一度歌ってみてキーを確認し、大丈夫そうならさらに何回か歌って洗練させていく。 音程を崩さない範囲でどう表現力を発揮していくか、どこに力を入れてどこで力を抜くか。 そう言ったところを、ヘッドホンから聴こえる自分の声に耳を澄ましながら、一つ一つ丁寧に歌い上げる。 「……あれ……?」 それは、数回ほど同じ曲を練習し、あと一回歌ったら少し休憩しようかと思っていた時のことだった。 曲を入れ、スタンドマイクの前でスタンバイしていたと言うのに中々曲が始まらず、不審に思いヘッドホンを外そうとした時。 突然、壁のスクリーンに映し出されたプロジェクターの映像がグニャリと歪み、中心に向かってゆっくりと渦を描き始めたのだ。 「なッ……何が、起こって……?」 咄嗟に漏らしたその声がスタンドマイクに入り、耳に付けたヘッドホンから私の声が反芻する。 一体、何が起こっていると言うんだ……? まさか故障……? けど、今まで故障なんてしたことも無いし、大体こんな故障の仕方は聞いたことも無い。 とにかく、ここは部屋に備え付けられた電話で店員さんを呼んだ方が良いだろう。 ……頭では、そう理解していた。 なのに……── 「……なん……で……」 小さく呟きながら、私はスタンドマイクの前で立ち尽くし、目の前に広がるシロと黒の渦巻きをぼんやりと見つめた。 どうしてだろう……──この渦巻きから、目が離せない……。 グルグル……グルグル……ぐるぐる……ぐるぐる……。 中心に、中心に……吸い込まれていく……ような、感覚、が……する、ような……? リーン……リーン……。 耳に付けたままのヘッドホンからは、いつの間にか鈴の音のような何かが聴こえてくる。 無機質で、まるで頭の中に直接響いてくるような、不思議な音。 この音が頭の中に響く度に、思考が蕩けて、渦の中に沈んで、吸い込まれていくような感じが、する……。 何も考えられなくなって、頭の中が空っぽになっていくような、不思議な感覚。 けど……嫌な感じはしない。 むしろ、凄く安心するような……体から力が抜けて、リラックスするような感覚がする。 気付けば私の腕は重力に従ってダランと垂れ、首も座らず、カクンと横に倒れたような状態だった。 顎にも力が入らず、口が半開きになっているのがなんとなく分かる。 しかし、そんな状態でも私はその場に立ち尽くしたまま、目の前の渦巻きを呆然と見つめた。 すると、渦の真ん中にぼんやりと白い文字が浮かんだ。 『今から表示される文章を読み上げなさい』 今から、表示される文章を……読み上げる……。 ぼんやりとその文字を頭の中で読んでいると、その文字が消え、すぐに別の文章が表示された。 『私は人形です』 「わたしは……にんぎょう、です……」 先程読んだ文章の通りに、私は目の前に表示された文章を読み上げる。 すると、スタンドマイクが私の声を拾い、ヘッドホンからその声が流れてくる。 自分で読み上げ、さらにヘッドホンからその声を聴くことで、読み上げた文章の内容が私の頭の中に刻み込まれていくのを感じる。 文章が切り替わる。 『私は何も考えない、何も感じない、空っぽの操り人形です』 「わたしは……なにも、かんがえない……なにも、かんじない……からっぽの、あやつり、にんぎょう、です……」 文章が変わる。 『私は空っぽなので、どんな命令でも素直に従います』 「わたしは、からっぽ、なので……どんな、めいれいでも……すなおに、したがい、ます……」 『私は操り人形なので、誰かに命令されて操られることが生きがいであり、何よりも幸せです』 「わたしは、あやつり、にんぎょう、なので……だれかに、めいれい、されて……あやつられる、ことが……いきがい、で、あり……なにより、も……しあわせ、です……」 『私は空っぽの操り人形なので、言われたことは全て真実となり、私の中を満たしてくれます』 「わたしは、からっぽ、の……あやつり、にんぎょう、なので……いわれたこと、は、すべて、しんじつ、となり……わたしの、なかを……みたして、くれ、ます……」 『普段はそのことを忘れていますが、私の心の奥にしっかり刻み込まれています』 「ふだん、は……そのこと、を……わすれて、いますが……わた、しの、こころの、おくに……しっかり、きざみ、こまれて、います……」 『私は『可愛い操り人形のひめのん』と言われると、自分が空っぽの操り人形であることを思い出し、今の状態になります』 「わたし、は……『かわいい、あやつりにんぎょうの、ひめのん』と、いわれると……じぶんが、からっぽの、あやつりにんぎょうで、あることを……おもい、だし……いまの、じょうたいに、なります……」 『もう文章は読み上げなくても大丈夫です』 『それでは、カラオケのフリータイム終了を知らせる電話が来るまでの間、今まで言ってきたことを何度も復唱し、忘れないように自分の頭に刻み込みましょう』 『電話が来た時、貴方は目を覚まし、このカラオケルームであったことを全て忘れます』 『貴方には今日、フリータイムの間ずっと一人で歌って満足したという記憶だけが残っています』 『多少記憶に違和感があったとしても、貴方がそのことに違和感を抱くことはありません』 『しかし、貴方に刻み込まれた暗示は全て貴方の心に刻み込まれ、キーワードを言われたら今の状態に戻ってくることが出来ます』 『それでは、復唱を始めましょう』 「はい……わたしはにんぎょうです……わたしはなにもかんがえない、なにもかんじない、からっぽのあやつりにんぎょうです……わたしはからっぽなので、どんなめいれいでも……──」 繰り返す。 視界に広がる二色の渦巻きを呆然と見つめながら、さっき読み上げた文章の言葉を何度も口にする。 あんな一回読み上げただけの文章を覚えられるはずも無いのに、不思議と頭の奥から湯水のように次々と湧いて来て、口から零れ落ちる。 紡がれた暗示はマイクを通し、耳に付けたヘッドホンから私の頭の中に流れ込む。 目の前の渦巻き、ヘッドホンから聴こえてくる鈴の音、自分で復唱し刻み付けていく暗示。 その全てが私の思考を溶かし、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜ、私という存在を暗示の通りに書き換えていく。 しかし、不思議と恐怖や不安の感情は一切無く、ぬるま湯に浸かっているかのようなリラックスした状態でそれらを受け入れる。 プルルルルルルッ、プルルルルルルッ。 「ッ……!」 部屋に備え付けられた電話が鳴り響く音に、私はハッと我に返った。 すぐにヘッドホンを外し、受話器を取って耳に当てる。 「はい……?」 『フリータイム終了十五分前です』 「あ、分かりました! ありがとうございますっ」 受話器の向こうから聴こえてきたフリータイム終了の知らせに、私はすぐにそう答え、受話器を戻した。 気付かない内に、もうそんな時間になっていたのか。 楽しい時間っていうのはあっという間に過ぎるものだなぁ……としみじみしつつ、私は帰り支度を始めた。 ずっと歌っていたせいか、何だか喉が痛いな……。 私は温くなったドリンクを一気に飲み干してからマスクを着け、機材やマイクをカゴの中に戻して鞄を肩に掛けて部屋を後にする。 それにしても、今日もたくさん歌ったなぁ……。 あれだけ練習したんだから、次の歌ってみた動画の撮影も万全の状態で挑むことが出来るだろう。 歌うことに一生懸命になっていたからか、今日歌った曲やどんな風に歌っていたかをあまり覚えていないが……まぁ、気にする必要は無いだろう。 「ありがとうございました~」 「はい、どうもありがとうございました」 お礼を言いながら受付にカゴを返却すると、カウンターに立っていた店員さんがにこやかに答えながらそれを受け取った。 ふむ……今のは初めて見る店員さんだったな。 若い、二十代くらいの男の人。 いつも見るお姉さんは、交代の時間なのかな? そんな風に考えながらカラオケ店を出た時、入り口の近くに誰かが立っていることに気付いた。 「……? ……あっ」 誰だろう? と目を凝らしてみると、すぐに、その人がいつも私の接客をしてくれるお姉さんであることに気付いた。 今日はもうシフトが終わって、丁度帰るところなのだろうか? というか、咄嗟に反応しちゃったけど、どうせ向こうは私のことなんて覚えてないよね。 さっさと家に帰ろう、と思い、鞄を肩に掛け直して歩を速めようとした時だった。 「『可愛い操り人形のひめのん』」 突然、お姉さんがそんな言葉を口にした。 その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中で、何かが切り替わる音がしたのを感じた。 途端に体からガクンッと一気に力が抜け、私はその場で足を止める。 あぁ、そうだ……私は、空っぽの、操り人形……何も考えない、何も感じない、言われたことに従うだけの、操り人形……。 「えっと……聴こえてる?」 「……はい……聴こえてます……」 「後催眠もしっかりと効いてる……! やった、成功したんだ……!」 ぼんやりと立ち尽くす私を見て、目の前に立つ女性は両手に拳を作り、どこか興奮した様子で言う。 彼女はしばらく私の顔をジロジロと観察した後、私の付けていたマスクの紐に手を掛け、ゆっくりと外した。 「わ、凄い……本物のひめのんちゃんだ……! こんなに近くで見るの初めて……わぁ、凄い……」 「……」 「もっとよく見ていたいけど、流石にここだと目立つよね……ひめのんちゃんって、確か今は一人暮らししてるんだよね?」 「……はい……ひとり、ぐらしを……して、います……」 「それじゃあ、家族とかは気にしなくて良いか。……命令。今から私に付いて来なさい」 命令。 その言葉に、私の体に一気に力が入るような感覚がした。 まるで体の関節についた操り糸がピンと張り、無理矢理体を動かすかのような不思議な感覚。 あぁ、命令された……従わないと……だって、私は、誰かの命令に従って操られることが生きがいであり、幸せなのだから……。 「……はい……ついて、いきます……」 そう口にしながら、私は何かに引き寄せられるように、フラフラと歩き出す。 私に命令したお姉さんの後を追って歩いていくと、お姉さんは歩きながらどこかから車の鍵を取り出し、スイッチを押した。 すると、ガチャッと機械音を立てて一台の車の黄色いランプが点滅する。 「命令。この車の助手席に乗りなさい」 彼女はそう言うと、その車の助手席側の扉を開き、椅子を手で示した。 「はい……くるまに、のります……」 私は命令を復唱すると、フラフラとその車の助手席に歩み寄り、椅子の上に腰を下ろした。 すると、彼女は車の前を通って運転席の方に向かい、私の隣に乗ってくる。 彼女は椅子の上で手足を投げ出すようにして脱力している私にシートベルトを付けさせると、自分にもシートベルトを装着し、エンジンを掛けた。 そして、車は静かに発進しだした。