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あいまり
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新たな自分が宿る時【無料公開版】

「本当にありがとうございました! 何とお礼をすれば良いか……!」 「いえいえ、私は依頼をこなしただけですよ。それより、大事なご家族が見つかって良かったです」  何度も深く頭を下げながら礼を言う女性に、私、伊瀬知 優希は、そう答えながら彼女の足元に視線を落とした。  そこには動物用のキャリーケースが置いてあり、中にはクリクリした大きな目でこちらを見上げる、可愛らしい一匹の子犬がいた。  ここはとあるビルに二階にある、私が経営している探偵事務所だ。  元々は父が経営していたのだが二年前に事故で亡くなり、私が後を継いだ。  父は探偵業を家業にするつもりは無く、自分が死んだらこの事務所は売るなり新しい店を営む為に使うなり、自由に使っても良いと生前に言っていた。  しかし、私は困っている人の為に大小関係無く多くの依頼をこなしていた父の姿に憧れ、この探偵事務所を継いで探偵となった。  裕福とは言えないが、元々父の常連だった客の多くが今でも通ってくれており、何とか安定した生活を送ることが出来ている。  今目の前にいる女性も元々は父の常連の一人であり、今日の依頼主でもある。  依頼内容は迷子になった愛犬を探してほしいという内容で、ついさっき、その依頼を遂行することに成功したのだ。 「ふぅ……」  事務所を出る寸前まで感謝の言葉を述べていた女性を見送り、私は小さく息をついた。  彼女は父が探偵をしていた頃はまだ子供だったらしいのだが、その頃から犬を飼っていたらしく、よく飼い犬の捜索依頼や、逆に拾った犬の飼い主の捜索等でこの事務所に来ていたらしい。  私が後を継いでからもたまに来てくれるのだが、彼女は筋金入りの愛犬家で、彼女の依頼は犬が関係していることが多い。  だから彼女が犬に対して絶大な愛情を注いでいることは知っているが、毎度依頼をこなす度に必要以上に感謝されてしまい、相手をするのも一苦労だ。  とは言え、依頼が完了した時の彼女の笑顔を見ると、こちらも嬉しくなる。  こうして依頼主の笑顔を見れることは、探偵の仕事をする中では一種のやりがいでもある。  そんな風に考えつつ仕事終わりのコーヒーを淹れていた時、事務所の扉が開く音がした。  さっきの女性が忘れ物でもしたのか……?  そう思って顔を上げた私は、目を見開いた。 「……結衣……?」 「やっほ、優希。……今って、時間ある?」  そう言って軽く手を振るのは、幼馴染である私の親友の、関内 結衣だった。  彼女の父親は警視監をしており、彼女自身も警察官として働いている。  元々、私の父と彼女の父が事件の調査等で交流があり、その影響で私達も小さい頃から仲良くしていた。  探偵と警察。似て非なる道に進んだ私達は、互いの人生を歩みながらも頻繁に連絡を取り合い、たまに会って談笑したり遊んだりしていた。  彼女がこの事務所に遊びに来ることも珍しくは無いのだが、そういう時は前以って連絡を入れてくれており、こうしてアポ無しでの訪問は初めてだ。 「時間はあるけど……連絡も無しに来るなんて珍しいね? どうかした?」 「うん。ちょっと、話したいことがあって……良いかな?」 「それは構わないけど……あ、丁度今からコーヒー飲むところだったんだけど、結衣もどう?」 「……それじゃあ、お願いしようかな」  緩く笑みを浮かべる結衣に笑い返しつつ、私は可愛らしい熊のイラストが描かれた自分用のマグカップと、彼女の為に客人用の白いマグカップを取り出し、それぞれのコーヒーを注ぐ。  その間に結衣が依頼主との会話用のソファに座る為、ひとまず私は彼女と向かい合う形で対面のソファに腰を下ろし、コーヒーの入った白いマグカップを差し出した。  彼女はそれを両手で受け取ると、「ありがと」と小さな声で言いつつ自分の手元に持っていった。 「……それで、話って何?」  何も入れてないブラックコーヒーを一口啜った私は、そう聞き返しながらマグカップをテーブルに置いた。  私の言葉に、結衣はコーヒーを一口飲んだ後でマグカップをテーブルに置き、両手の指を組んで私を見つめた。 「急にごめんね。……優希はさ、最近行方不明事件が多発しているの、知ってる?」 「行方不明……?」  彼女の言葉にそう聞き返しながら、私はテーブルの端に置いた朝刊に視線を向けた。  そう言えば、今日の朝刊にも何やらそんな感じの事件が書いてあったような……。  しかし、今日こなした依頼のようにペットの捜索ならともかく、行方不明者の捜索は基本的には警察に頼むもので、私にそう言った依頼が来ることは少ない。  だから、あまり意識していなかったのだが……。 「そういえば、新聞やニュースでは結構見るかも……ごめん。私のところには、そういう行方不明者の捜索依頼ってほとんど無くて」 「ううん、良いの。……じゃあさ、パラシー研究所って知ってる?」 「……? うん。この町にある研究所だよね? 白い……豆腐みたいな建物の」  私はそう答えながら、街中にある白い建物を思い浮かべる。  何の研究をしているかとかはよく知らないが、確か私がこの探偵事務所を継いだ後に出来た研究所、ということは分かっている。 「パラシー研究所は、医薬品や健康食品の研究と開発をしている研究所よ。……表向きには、ね」 「……表向き……?」  何やら含みのある口調で言う結衣に、私はつい聞き返す。  すると、彼女はコーヒーを一口飲み、マグカップを両手で持ったまま続ける。 「……実は、今起こっている行方不明者多発事件に、この研究所が関与している可能性があるの」 「え……?」 「と言っても、行方不明者の約半分が最後に目撃された場所が、この研究所周辺なのよね。それに、その内の過半数はパラシー研究所と提携している病院の医療関係者や健康食品会社の社員だったりして……正直、全くの無関係だとは思えないの」  目を伏せながら言う結衣の声色は、勝気な彼女にしては珍しく自身無さそうで、不安そうだった。  まぁ確かに、話を聞いただけでは、正直考えすぎじゃないかと思ってしまう部分もある。  しかし、正義感の強い彼女のことだから、少しでも行方不明者の居所を見つけ出せる可能性があるのならば、例えどんなに僅かな可能性でも見逃せないのだろう。 「……つまり、私にこの研究所を調査して、事件との関係性を決定づける証拠を掴んで欲しいってこと?」  私はマグカップを持ち上げながらそう聞き返し、渇いた口の中をコーヒーで潤す。  そんな私の言葉に、結衣はハッとしたような表情で顔を上げたが、すぐにコクッと一度大きく頷いた。 「この話を上司にしても、信じて貰えなくて……私が独断で調査をするわけにもいかないし……でも、だからと言ってこのままにしておくわけにはいかないと思ったの。……迷惑だと思うし、危険な事件に巻き込む可能性があるのは分かってるんだけど、良かったら調査をして欲しいの。勿論、ちゃんと報酬は払うから……!」 「大丈夫、迷惑なんかじゃないよ。……大切な幼馴染の頼みは、無下には出来ないからね」  申し訳なさそうに頼む結衣に、私はそう答えながら笑みを返す。  そんな私の言葉に、結衣はパッと表情を明るくし、すぐに笑みを浮かべて「ありがとう」と呟くように答えた。 --- 「ぅ……? ん……?」  小さく呻くような声を発しながら、私は重たい瞼をゆっくりと開いた。  気が付くと、目の前には無機質な純白の天井が広がっており、円形の白い照明が輝いている。  首を動かして状況を確認してみると、どうやら私は一糸纏わぬ裸体で鉄製のベッドの上に仰向けの状態で拘束されているようで、周囲には至る所に機械のようなものが設置されている。  一体、どうしてこんな状況に……?  確か私は、結衣に頼まれてパラシー研究所の調査をしていて……そうだ。行方不明者多発事件との関連性を調べる為に、研究所に張り込みをしていたんだ。  そしたら突然口元に布を当てられて、甘い匂いがしたと思ったら、急に意識がなくなって……気が付いたら、ここにいたんだ。  じゃあ、もしかしてここは……パラシー研究所の中……?  もしかして……気付かれて……?  そんな風に考えていた時、部屋の扉が開いた。 「あら、目を覚ましたみたいね。寝心地はどうだった?」  部屋に入って来たのは、白衣を着た長髪の女性だった。  彼女は黒い髪を耳に掛けながらそう聞きつつ、私の周囲にある機械の操作を始める。  そんな彼女の言葉に、私は両手の拳を強く握りしめながら必死に声を張り上げる。 「貴方は一体誰……!? ここはどこなの!? それに、私に一体何をしたの……!?」 「ちょっと、そんなにいっぺんに質問されても答えられないわよ。一つずつにしてくれない?」  動揺をそのまま吐き出すように矢継ぎ早に問いを投げ掛ける私に、白衣の女は不快そうに答えながら機械の操作を続ける。  幾つかの機械が起動するのを音で感じつつ、私はグッと口を噤んで思考を巡らせる。  癪だが、今この場において全ての主導権は彼女が握っている。  ひとまず私は情報が欲しいし……ここは、彼女の言うことを聞いておいた方が良い。 「……貴方は誰……? 何者なの……?」  沸々と込み上げてくる怒りや動揺を押し殺しながら、私は出来るだけ静かな声でそう問い掛けた。  そんな私の言葉に、白衣の女はクスリと小さく笑い、口を開いた。 「そうね。一つずつの質問なら答えてあげる。……私の名前は佐原 伊都。このパラシー研究所の研究部門長よ」  このパラシー研究所……ということは、やはりここはパラシー研究所の一室ということか。  何の部屋なのか……は、今聞いてもどうしようも無いな。  仮に部屋の名前を聞いたところで何をする部屋なのかも分からないだろうし、仮に分かったところで、機械がたくさんある中でベッドに拘束されている時点で良いことでは無いのは確実。  建物の中でどの階のどこら辺の部屋なのか聞いたとしても、ベッドに拘束された現状では特に意味は無い。  このことから考えるに、場所について聞く利点は全くと言って良い程に無い。  ならば、あとは……。 「……どうして、私がパラシー研究所の一室にいるの? 一体、私に何をしたの?」 「フフッ、良い質問ね。お嬢さん。……いいえ、伊瀬知探偵事務所の、伊瀬知 優希さん?」 「なッ……どうして、私の名前を……!?」  冷たい微笑を浮かべながら、事もなげに私の名前を言い当てる佐原に、私は大きく目を見開きながら、咄嗟にそう聞き返す。  どうして私の名前や事務所名を知っている……!?  彼女とは初対面の筈だし、まだ名前すら名乗っていないというのに……! 一体どこで、どうやって……!?  そんな風に動揺していた時、彼女がクスクスと楽しそうに笑う声がした。 「そんなに動揺しないで頂戴? 私はただ、貴方の持ち物から情報を頂いただけよ」  そう言って佐原がヒラヒラと軽く振る手には、私が自己紹介用に持ち歩いている名刺が持たれていた。  あぁ、そうか。名刺には、名前も事務所名も書いてある。  考えてもみれば、私は今身ぐるみを剥がされたような状態なのだから、彼女達が私の持ち物等からこちらの個人情報を把握していても何らおかしいことは無い。  ヤバい。こんな状況は今まで探偵業を営んできて初のことで、動揺で思考が動転している。  落ち着け……この場において、動揺は何よりも命取りだ。  とにかく落ち着いて、会話の中で現状の打開策を考えるんだ。 「それで……貴方がどうしてここにいるんだって話だったわね。フフッ、別に大したことじゃないわ。少し前からこの研究所の周りをうろついている“ネズミ”がいたから、“駆除”に至ったというわけ」  駆除、という言葉を平然と使う佐原に私は静かに生唾を飲み込む。  裏を探っていた研究所の研究部門長などに捕まっている時点で、そういうことだろうとは思っていたが……改めて言葉にされると、精神的に辛いものがある。  言葉に詰まる私に、彼女はクスリと笑って続けた。 「貴方に何をしたか、は……これも単純な話よ。部下に依頼して、張り込みに夢中になっていた貴方にクロロホルムを嗅がせたの。それで、貴方が眠っている間に持ち物を奪い、拘束させて頂いたわけ」  淡々と説明しながら、彼女は数本程のコードを手に取る。  コードの先には丸い電極のようなものが付いており、コードの動きに合わせてユラユラと揺れている。  佐原はコードを手近な機械に掛けると、机の上に置いていた箱から何やら白い湿った布のようなものを一枚取り出す。 「……それは……?」 「これはただのアルコール綿。別に危ないものなんかじゃないわ」  彼女はそう言いながら、そのアルコール綿とやらを片手に、ベッドの上で拘束されている私の元に歩み寄る。  両手足をガッチリと拘束された私が彼女から逃れる術は無く、ほぼ反射的に体を強張らせることしか出来ない。  そんな私の姿に、彼女はクスッと小さく笑うと、私の胸元をアルコール綿で撫でた。 「ッ……!?」 「あら、ちょっと冷たかったかしら。大丈夫よ。すぐに終わるから」  突然、ひんやりと冷たい感触を胸元に感じ、咄嗟に小さく息を呑む。  そんな私の様子を見て、佐原は相変わらずの微笑を崩さぬままそう言うと、私の鎖骨の下と、左腋下にある肋骨の線をなぞるようにアルコール綿で撫でる。 「それにしても、貴方ってかなり優秀な探偵さんみたいね」  すると、突然彼女はそんなことを言い始めた。  あまりに脈絡のないその言葉に、私は「何ッ……?」と小さく聞き返した。  彼女はそれに、私の肌にアルコール綿を擦り付けるのを止め、機械に掛けたコードから赤いコードを一本手に取った。  手に取ったコードの先端に付いている丸い電極を指で摘まむと、チューブで白い糊のようなものを付着させながら、彼女は続けた。 「だって、貴方が張り込みをしていた時期って、私が把握していた限りではかなり短期間だったわ。なのに、貴方が持っていたメモ帳には、この研究所の情報がかなり事細かに書かれていた。だから、随分優秀な探偵だと思ったのよ」  彼女はそう言いながら、摘まんでいた電極を私から見て右側の鎖骨の下に装着した。  突然当てられた電極の感触に、私は微かに息を詰まらせる。  すると、彼女は白いテープのようなもので電極を皮膚に貼り付けながら続けた。 「最初はね、あれだけの情報を知った人間は排除しようと思ったわ。……けど、優秀な探偵なら顔も広いだろうし、警察と繋がっている可能性だって高い。……利用価値は十分にあると判断したわ」  淡々と説明をしながら、彼女は赤いコードの時と同じような手順で黄色のコードの電極を左鎖骨下に、緑色のコードの電極を左腋下の辺りに手際よく貼り付けていく。  ……まぁ確かに、顔は広い方だとは思うし、結衣のことがあって警察ともある程度の接点はある。  しかし、それで利用価値だって……?  不審に思っていると、彼女は壁に設置されていた固定電話を取り、どこかに電話を掛け始めた。 「……こちら、研究部門長の佐原 伊都。今すぐに、──室に試作品Pr-10を持ってきて貰える? ……えぇ、出来るだけ早急に。よろしく頼むわ」  彼女は電話の相手に早口でそう伝えると、受話器を壁に掛けてこちらに視線を向けた。  早口だった為に、この部屋の名前を聞き取ることは出来なかったが……彼女がこの部屋に、何かの試作品を持って来るように頼んだのは分かった。 「……何を頼んだの……?」 「最近開発していた、とある試作品よ。……そうね。どうせもう関係無いのだし、この研究所について教えてあげようかしら」  彼女はそう言いながら別のコードを取り出し、先程と同じような手順で私の体に電極を装着していく。  自分の体に電極が貼り付けられていくのを感じながらも、私は静かに思考を巡らせた。  この研究所について、教える……?  いや、ただ張り込みをしていただけの私を攫って拘束し、研究部門長がこうして私に電極を繋げている時点で普通の研究所では無いことは明らかだが……。 「そもそも、貴方がずっと張り込み捜査していたのも、この研究所を怪しく思ったからなんでしょう? 大方……最近起こっている行方不明者多発事件との関係性を調べていた、ってところかしら?」  その言葉に、私は微かに目を見開いた。  今回彼女が押収したであろう私の持ち物の中に、このパラシー研究所と行方不明者多発事件の関連性について述べたものは無い。  張り込み調査中はとにかく研究所の情報をメモ帳に記し、事務所に戻ってからパソコンの中に行方不明者多発事件との関連性についての考察をデータとして残しているからだ。  今のように誘拐される可能性を考えていた訳では無いが、仮に張り込み調査中にメモ帳を紛失して研究所の関係者に回収された場合、事件と関与する証拠を隠蔽される可能性が高いと考えたからだ。  つまり、仮にこの研究所が行方不明者多発事件と関係が無ければ、私の調査理由と事件の関係性など考えもしないはずなのだ。  ……確かに、私も最初は結衣の考えすぎだろうと思っていたが……調査していく中で、次第に彼女の仮説がただの思い込みでは無いことに気付きつつあった。  まだ確証は無かったのだが……今の言葉で、私の疑念は確信へと変わった。 「まさか……本当に、行方不明事件との関係が……!?」  コンコンッ。  私が咄嗟に聞き返した時、部屋の扉がノックされる音がした。  それに、私は咄嗟に言葉を詰まらせた。  誰か入ってくる……? 「少し待っていてね」  佐原はそう言って私との会話を中断すると、部屋の扉がある方に歩み寄り、「はい」と返事をしながら扉を開けた。  誰かが入って来たのか……?  私は何とか首を動かして扉の方に視線を向けると、佐原が扉の向こうにいる誰かと会話している様子が視界に入って来た。 「佐原研究部門長。内線で頼まれた通り、試作品Pr-10を持って参りました」  そう言ったのは、無機質な男性の声だった。  しかし、角度の問題や体が拘束されていることからか、こちらからではその姿を確認することが出来ない。  彼の言葉に、佐原は緩く笑みを浮かべながら「ありがとう」と答える。 「丁度良いタイミングね。このまま部屋に入れて頂戴?」 「はい。かしこまりました」  そう答えた男性に、佐原は彼を促すように部屋に招き入れる。  彼が部屋に入って来ることでようやくその姿を捉えた私は、僅かに目を見開いて「なッ……」と小さく声を漏らした。  部屋に入って来たのは、二十代前半くらいで黒縁の眼鏡を掛け、それ以外に特に特筆すべき点も見当たらないような、ごく普通の男性だった。  しかし、彼が両手に抱えて持っているものは、平凡な成人男性が持っていて良いものでは無かった。  彼が持ってきたものは、ジャムの入れ物に使われていそうなガラス瓶だった。  しかし、瓶の中は透明の液体で満たされ……中には、何やら数匹程の生き物が、水中を静かに遊泳していた。  アレは……なんだ……?  遠目に見ているので細かい部分までは分からないが、魚のような、虫のような……何とも言えない見た目をしている。  謎の生き物を持ってきた男性は、佐原の指示で空いているテーブルの上に慎重に瓶を置くと、すぐに部屋を後にした。  男性がいなくなると、佐原はユラリとこちらに視線を向け、小さく笑みを浮かべた。 「あら……この生き物が気になって仕方がない、って感じね?」  男性が置いていった瓶の蓋を軽く指で小突きながら言う彼女に、まるで自分の考えを見透かされたような気持ちになった私は、口を噤んで静かに視線を逸らした。  すると、彼女はクスクスと小さく笑いながら続けた。 「別に、隠す必要なんて無いわよ。……それで、この研究所が、最近起こっている行方不明事件に関係しているって話だったかしら?」  突然の来訪者によって中断していた会話の内容を口にする佐原に、私は微かに目を見開き、すぐに彼女に視線を戻した。  すると、彼女は冷たい笑みを浮かべ、続けた。 「貴方の予想通り……このパラシー研究所と、行方不明者多発事件には、強い関係があるわ。……というか、この研究所が全ての原因、と言っても過言では無いわね」  突然放たれたその言葉に、私は言葉を失った。  確かに、関係があるということまでは辿り着いていたが……まさか、この研究所が元凶だったなんて……。  私の驚きに気付いているのか否か、佐原は瓶の蓋を指先で軽く撫でながら続ける。 「確かに、このパラシー研究所では、主に医薬品や健康食品の開発を行っているわ。……表向きには、ね」 「……表向き……?」 「そ。あくまでそれは、研究所に対する社会からの信頼を確固たるものにする為の建前であり、本質ではない。この研究所が本当に行っているのは……違法薬物や化学兵器、生物兵器等の開発、研究よ」  事もなげに言う佐原に、私は息を呑んだ。  薬物や、兵器の開発だって……?  そんなことをしていたなんて……張り込み調査の中でも、そこまでは調べ切れていなかった。  張り込みしていた期間自体が短かった上に、あくまで行方不明者多発事件との関連性についての調査だった為、主に出入りする人間や関係者などの人間周りについての調査が中心だった。  行方不明者多発事件に関与している可能性がある以上、業務内容にも何かあるだろうと疑ってはいたが、まさか薬物や兵器の開発をしていただなんて……。 「ど、どうして……そんなもの……」 「薬物は国内外問わず需要が多いし、化学兵器や生物兵器は外国に多く売れるの。戦争の兵器になるのは言うまでも無く、軍の拷問道具や富豪達のちょっとした遊びとしても使われているわ」  平然と語ってみせる佐原に、私は言葉を失う。  戦争の兵器に……軍の拷問や、富豪の遊びだって……?  予想だにしなかった突拍子の無い言葉の羅列に、私の脳内は完全に混乱し、上手くまとまらない。 「が、外国の方が、売れるなら……よく売れる国に、研究所を作れば、良かったんじゃ……」 「私達が作っている物はどこの国でも違法だから、見つかったら捕まるのは同じよ。だったら、日本の方が住み慣れていて融通が利くし、足が付きにくいと判断したのよ」  回らない頭でなんとか言葉を紡ぐ私に、佐原は淡々とした口調で説明しながら白いゴム手袋を両手に装着する。  彼女の説明に、私はしばし思考を巡らせた後、ゆっくりと口を開いた。 「それじゃあ……行方不明者、多発事件との……関係に、ついては……?」 「うん?」 「この研究所が……色々と、ヤバい研究を、しているのは、分かったけど……それと、行方不明事件に、何の関係が……?」 「そんなもの……人体実験をする為に、色々な人を攫ってきたからに決まっているじゃない」  悪びれることなく平然と言う佐原に、私は言葉を失った。  ……人体……実験……?  違法薬物や、戦争や拷問で使われるような兵器の開発に……?  攫って来た人間を……? 「とは言え、探偵の貴方が動き出すなんて……少し派手に動き過ぎたかしら。これからはもう少し気を付けないとね」  すると、佐原は独り言のように呟きながら、先程男性が持ってきた瓶の蓋を開ける。  彼女は手近にあったピンセットを瓶の中に入れると、液体の中で浮遊する生き物の一匹を摘まみ、水の中から引き上げる。  突然水中から出されたその生き物は、ピンセットに摘ままれたまま、もがくようにビチビチと跳ねた。  まるで陸に打ち上げられた魚のように跳ねる正体不明の生物は気色が悪く、私は反射的に顔を顰めてしまった。 「そんな顔しないで? この子が今から、貴方の脳に寄生するんだから」  すると、佐原は突然とんでもないことを言い始めた。  突拍子の無いその言葉に、私は「は……?」と聞き返した。 「脳に、寄生……って、どういうこと……?」 「この子は試作品Pr-10。人の脳に寄生し、自分達の都合が良いように宿主の人格や思考を作り替える……まぁ、簡単に言えば、寄生虫ね」  寄生虫。  その言葉に、ゾクッと背筋に寒気が走るのを感じた。  しかも、寄生した人間の脳を作り替える、だって……? 「まだ試作品段階なのだけれど、マウスを使った実験には成功していて、ほぼ完成品と言っても過言では無いわ。でも、人体実験はしたことが無くて……だから、貴方はこのPr-10の被験体第一号って訳。どう? 素晴らしいと思わない?」 「……素晴らしい……?」  嬉々とした様子で語る佐原に、私は反射的に聞き返す。  あんな気味の悪い寄生虫の被験体第一号に選ばれることが、素晴らしいことだと言うのか?  コイツは……この女は、狂っている……ッ!  人間を何だと思っているんだ……!? 「このPr-10は、生みの親である私の命令に従う生態を持っているわ。……貴方は探偵としては優れた能力を持っているみたいだし、それほど優秀な探偵なら人望も厚いはず。だから、このPr-10を使って、その優れた能力を私の為に思う存分振るってくれる奴隷になってもらおうと思うの。もしこの実験が失敗しても、貴方は廃人になるだけだから、そうしたら他の人体実験の方に回してあげる。フフッ……どっちにしろ、未来永劫に渡ってこの研究所の発展に尽くす傀儡として生まれ変わるのよ。どう? 凄く嬉しいでしょう?」  うっとりとしたような悦に満ちた笑みを浮かべながら言う佐原に、私は焦燥感に駆られ、この場から逃げようと両手足に力を込める。  しかし、どれだけ動こうとしても鉄の枷によって固定され、その場から一ミリたりとも動くことが出来なかった。  ヤバい……こんな展開になるなんて、予想もしていなかった……ッ!  てっきり、尋問という名の拷問によって殺されるのだと思っていた。  結衣には、私からの連絡が三日以上途絶えた場合、事務所のPCの中にあるこの研究所に関するデータを纏めたフォルダを確認するよう伝えてある。  だから、もし死んだとしても、この研究所の悪事を公にする算段はあった。  しかし寄生虫で洗脳などされれば、きっと私は目の前にいる狂った女の為に、今まで集めてきた証拠を自ら喜んでもみ消すような存在になるのだろう。  いや、それだけで済めばまだマシな話だ。  あの女の命令によっては、私の探偵事務所に来てくれる常連の人達や唯一無二の親友までも、この研究所の人体実験の被験者として差し出すような真似をさせられるかもしれない。  かけがえのない大切な人達を、自分の手で傷付けるようなことをさせられるかもしれない。  それだけは嫌だ……ッ! そんなことをするくらいなら、死んだ方がマシだ……ッ! 「い、嫌だ……ッ! やめろ……ッ! お前の奴隷になんか、なりたくないぃ……ッ!」  自分でも分かる程に情けない声で言いながら、私は必死にその場でもがく。  すると、彼女はどこか楽しそうな笑みを浮かべながら、ピンセットでPr-10とやらを摘まんだままこちらに歩み寄ってくる。 「あらあら……そんなに怖がらなくても、大丈夫よ。どうせ、すぐに痛みも苦しみも恐怖も、全て消え去って……なぁんにも分からなくなるんだから」 「嫌ッ……お願い、止めてくださいッ……! 他のことならッ……! 他の人体実験の被験者とか、何でもしますから……ッ! だから、お願いだからッ……それだけはッ……!」  無様に懇願する私に、佐原は「ん~」と考え込むように声を漏らしながら、私の頭のすぐ近くで立ち止まる。  頼むから、この場で彼女の気が変わって欲しいと、強く願う。  彼女はしばし考え込んだ後、ニコッと笑みを浮かべて、口を開いた。 「却下♡」  妙に明るい声でそう言ったのと、ピンセットで摘まんだPr-10を私の耳に入れるのは、ほとんど同時だった。 「ぃひぃッ!?」  耳の中にぬめぬめとした柔らかい何かが入り、耳の穴の中を這って進んでくる感触に、私は素っ頓狂な声を発した。  必死にあの生き物を振り払おうとブンブンと頭を振ってみるが、耳の中に入った虫のような生き物が出てくることは無く、耳の奥に何かが詰まっているような嫌な感触があった。  片耳のみから、狭い洞窟の中で何かが這いずり回っているような音がする。  耳搔き等で私でも触れたことのないような、耳の奥にある未知の空間を、あの生き物が這い進んでいく感触が伝わってくる。 「い……嫌だッ……! それ以上、私の中に入って来ないで……ッ!」  こんなことを言っても無駄だということは分かっている。  今私の耳の中にいる生き物に、私の言葉を理解出来るような知性など無いだろう。  もしくは、知性はあって私の言葉自体は理解しているのかもしれないが、それよりも寄生虫としての本能を優先しているか。  どちらにせよ、この生き物が私の言葉を聞き入れる様子など無く、無情にも私の耳の穴の奥へと這い進んでいく。  そして……── 「かッ……!?」  ──……グヂュリ、と……頭の奥の方から、耳障りな水音がした。  同時に、先程まで焦燥感に駆られ凄まじい速度で駆け巡っていた思考が一瞬で霧散し、頭の中が真っ白になっていく。  そんな中で、頭の中のどこか冷静な部分が、Pr-10が私の脳に寄生したのだという一つの仮説を立てる。  グヂュリ。  しかし、そんな仮説ももう一度響いた水音によって掻き消され、私の意識は朦朧とし始める。 「フフッ、寄生が始まったみたいね。心拍数、体温、呼吸数上昇……強い筋収縮を確認……発汗量の増幅……被験体の激しい抵抗反応が見られる、と……」  佐原の言葉が、やけに遠くに感じる。  今の私の頭では彼女の言葉の意味を理解することすら出来ず、喉から振り絞ったような声を漏らしながら、グチュグチュと私の頭を弄る水音に身を委ねることしか出来ない。  視界がチカチカと激しく明滅し、抵抗を示すように体がビクンビクンと痙攣する。  今、自分に何が起こっているのかを理解することも出来ない。  ただ、私が私で無くなっていくのが、感覚で分かった。  脳に寄生した生き物が私の脳を弄り、佐原の奴隷として作り替えていく。  私の価値観が、人格が、性格が……──伊瀬知 優希という人間を構築する全ての要素が、汚らしい水音と共に壊されていく。  何よりも恐ろしいのが、自分の存在が乱暴に壊されていくような状況が怖くて仕方がないはずなのに……どういうわけか、そう言った負の感情が一切湧き上がってこないのだ。  むしろ、もっと私の脳をグチャグチャに掻き回し、早く“私”という存在を壊して欲しいとすら願っている自分がいるのだ。  このままではいけないと分かっているのに、今の私にはどうしようも……──  ──グヂュリ── 「……ぁあッ……!?♡」  ──あれ? さっきまで何か考えていたような気がするけど……何だっけ?  何か焦っていたような、不安な感情が込み上げてきたような気がするんだけど……一体、何について悩んでいたんだっけ?  全く思い出せない……けど、私にとって凄く大切で、重要なことだったような……──  ──グヂュリ── 「んぁぁッ……!♡」  ──あるぇ? また何かわすれたような……?  というか、わたしは今、なにをしていたんだっけ……?  そもそも、わたしって誰、だっけ……?  あれ……? どうして、おもいだせな──  ──グヂュリ── 「ふぁぁ……♡」  ──あは♡ なんにもわかんなぁい♡  あたまんなかまっしろで、ふわふわして、きもちぃ~♡  よくわかんないけど、あたまぐちゅぐちゅされるのきもちぃなぁ♡  もっとしてほしい♡ もっと♡ もっと♡  ──グヂュリ。  ──グヂュッ、グヂュグチュッ。  ──グチュッ、グヂュッ、グヂュッ。 「あッ♡ あッ♡ あぁッ♡ んッ♡ はぁッ♡ あッ♡ あぁぁ……♡」  何も考えられない。  何も思い出せない。  何も分からない。  思考は無に帰し、頭の中から与えられる快楽のままに、開いた口から嬌声を上げるだけの人形に成り果てる。  “私”という人間を構成していた全ての物質が壊され、原子レベルまでに分解されていくような、妙な感覚。  自分に何が起こっているのか、これからどうなるのか、何も分からない。  ただ……気持ち良いということだけは分かる。  今の私には……それだけで十分だった。 「……あッ……♡」  ドクンッ……と、自分の中で何かが脈打つような感覚と共に、今まで壊されていた“私”が、一ヶ所に集まっていくのを感じた。  細かい原子のようにバラバラになった私が、一つ、また一つと結合し、新しい私を構築していくのを感じる。  私の存在意義とか、性格とか、思考とか、価値観とか……そう言ったものが積み重なり、紡がれ、“私”という名の器に詰め込まれていく。 「あぁッ……♡ ぁぁッ……ぁ……」  吐息混じりの嬌声を漏らしながら、私は新たに構築される自分を受け入れていく。  壊れたように激しく続いていた体の痙攣も次第に収まり、その場にぐったりと脱力した。 「はーッ……はーッ……はぁッ……」  荒い呼吸を繰り返しながら、私は呆然と虚空を見つめた。  あれ……? さっきまで……何してたんだっけ……?  一体、どれくらい時間が経ったんだろう……? 「心拍数、体温、呼吸数の低下……筋収縮の減少を確認……完全に着床したみたいね」  すると、どこからかそんな声がした。  その声を聴いた瞬間、まるで主の声を聴いた飼い犬のように気分が高揚し、胸が熱くなっていくのを感じる。  得も言えぬ高揚感に満たされる中、その声の主と思しき人影が私の寝ているベッドに近付いてくるのを感じた。 「お疲れ様。調子はどう?」  微笑を浮かべながらそう尋ねてきた女性の顔を見た瞬間、一気に視界が明るくなったような、モノクロの世界が鮮やかに色付いたような、そんな感覚がした。  ドッドッドッと心臓が激しく脈を打ち、まるで今この瞬間から心臓が動き出したように感じる。  この人……佐原伊都様は“私”の産みの親であり、所有者であり、ご主人様だ。  “私”はこの人に身も心も捧げ、生涯を懸けて付き従う為に生まれたのだと、瞬時に理解した。 「……はい。特に異常はありません」 「フフッ、研究も成功みたいね。貴方のおかげで、良いデータが取れたわ」  “ご主人様”は笑みを浮かべながらそう言うと、私の体に張り付いていた電極を一つずつ外していく。  テープと糊のようなもので接着されていたようで、剝がされる度に僅かな痛みがあった。  しかし、ご主人様から与えられる痛みには不快感などあるはずも無く、むしろ一種の心地良さを感じる程だった。  ご主人様は私の体から電極を剥がし終えると、皮膚に残った糊をアルコール綿で拭き取り、両手足を拘束していた枷を外した。 「台から下りなさい?」 「はい」  ご主人様の命令に従い、私は台から下り、ご主人様の目の前に直立する。  姿勢は指示されていなかったが、ひとまず失礼が無いように気を付けをしておく。  すると、ご主人様はどこか満足そうな笑みを浮かべ、私の体を上から下まで舐めるようにジッと見つめる。  一糸纏わぬ私の裸体をご主人様に見られていると感じると、それだけで何とも言えない心地良さが腹の奥から込み上げ、下腹部を熱くする。  すると、ご主人様はクスリと小さく笑みを浮かべると、私にゆっくりと近付いてくる。  そして……── 「……ぁふッ……♡」 「フフッ……♪ どうやら、体にも異常は無さそうね♪」  どこか楽しそうな口調で言いながら、ご主人様は両手で私の全身を満遍なく撫で回す。  たまに感触を確かめるように指に力がこもり、皮膚に圧力を掛けられる。  自分の主に直接触れられ愛撫されている状況に、私は込み上げてきた劣情を吐き出すように熱い声を漏らしながら、自身の体を撫でている主の手に身を委ねる。  そんな私を見てご主人様はクスクスと笑いつつ、続ける。 「貴方に寄生したPr-10は、寄生した人間の脳味噌全体に触手を張り巡らし、自分が生存する為に宿主の人格を支配して思うがままに操るわ。つまり、一度Pr-10に寄生されればその人間が元に戻ることは無く、永遠にPr-10の操り人形というわけ」 「あんッ♡ そう、なんですか……♡」 「あと、Pr-10は、産みの親であり育成していた私に服従するようにしてあるわ。つまり、Pr-10に寄生された貴方も、永遠に私の命令には絶対服従のお人形になったってことよ」 「はぁッ♡ んッ♡ それは、すばらしいッ、こと、ですね……♡」  全身への愛撫を続けながら説明するご主人様に、私は嬌声混じりにそう答える。  今更そんな説明をされたところで、私がご主人様の所有物であることには変わりないし、その忠誠心が揺らぐことも無い。  むしろ、私の脳にご主人様が開発した生物が寄生し、ご主人様の手によって永遠にご主人様の操り人形になれたという事実に、興奮すら覚える。  そんな私の様子に満足したのか、ご主人様は満足そうに笑みを浮かべて愛撫する手を止めると、ゆっくりと口を開いた。 「ねぇ、優希。教えて? 貴方はどうして、この研究所を調査していたの?」 「……はい。警察官をしている幼馴染が、最近多発している行方不明事件とこの研究所に関係があるのではないかと推測し、確実な証拠が無いので捜査することが出来ない為、探偵事務所をやっている私に調査してほしいと依頼してきたんです」 「ふぅん……警察官の幼馴染、ねぇ……その子の名前は?」 「はい。関内結衣です」  ご主人様に聞かれたことに対し、私は正直に答える。  なぜだかこれは答えてはいけないことのような気がしたが、ご主人様の命令に従うより重要なことなど無いに決まっているので、気にせずに答える。  私の返答に、ご主人様は満足そうにうんうんと何度か頷いた後、私の耳元に口を寄せて続けた。 「それじゃあ、命令。貴方はこれから探偵事務所に戻り、もしこの研究所に関する証拠が他に残っているなら、それらを全て処分しなさい」 「はい。事務所に残っている証拠を全て処分します」 「それから、その依頼主である警察官にもPr-10を寄生させなさい。寄生を終えたら、その子を連れてこの研究所に戻ってきなさい。上手く出来たら、ご褒美を上げるわ」 「はい。結衣にもPr-10を寄生させ、必ず彼女を連れて戻って参ります」  ご褒美、という言葉に胸が高鳴り、下腹部が熱くなる。  私が欲情していることに気付いたのか、ご主人様は私の顔を見てクスッと小さく笑うと、私の髪を撫でつけた。 「期待しているわ。私の可愛いお人形さん♡」  優しい声でそう言うと、彼女は私の髪に口付けをした。  その瞬間、下腹部に溜まっていた淫熱が一気に爆発し、マグマのように熱くなった血液が全身の血管を駆け巡った。 「あッ……!♡ はいッ!♡ ご主人様の期待に応えられるよう、精一杯尽力させて頂きますッ!♡」  今にも腰が抜けそうになるのを何とか堪えながら、私は何とかそう答えてみせる。  すると、ご主人様がとても嬉しそうな笑みを浮かべてくれたのが分かった。


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