【先行公開】叛逆の刃が折れる時 二人目【後編】
Added 2021-03-07 15:00:00 +0000 UTC「おまじ、ない……?」 「うん。ホラ……この指輪を見て?」 レイムはそう言うと、魔力を込めた指輪の宝石をクランの目の前に差し出した。 ぼんやりと光を放つ指輪の宝石に、クランは微かに目を見開いた。 「こ、れは……?」 そこで、クランは初めて、警戒を露わにする。 と言っても、目の前に差し出された指輪の光に驚き、僅かに身じろぎをして顔を背けようとする程度のものだったが。 レイムの思惑に気付いたと言うよりは、彼女の潜在的に秘めた諜報員としての直感が、自身に近付く危機的状況に気付いて咄嗟に出た逃避反応のようなものだろう。 当然、彼女自身はそんなことに気付くはずも無く、ほぼ無意識に微かな抵抗を示す。 「あぁ、怖がらなくても大丈夫だよ。これは怖いものなんかじゃないから。何も考えないで……私を信じて?」 レイムは優しい声で語りながら、指輪をしていない方の手をクランの頬に添え、指輪の方に向ける。 信じて。その一言で、クランは瞬く間に抵抗をやめ、レイムの手に導かれるままに指輪の光を見つめる。 ……見つめてしまう。 「……ぁ……」 指輪の宝石が放つ緑色の淡い光を視界に収めた瞬間、クランは微かに声を漏らした。 疲労と眠気からすでに焦点を失いかけていた彼女の目は、指輪を見ると同時に自我の光を失くし、虚ろに濁った目で呆然と虚空を見つめた。 先程までは眠気からかしきりに瞬きをしていたが、今は瞬きを一切することなく目を開き、指輪の方をジッと見つめている。 しかし、目は指輪の方を向いてはいるが焦点が合っておらず、レイムは本当に催眠が掛かっているか確かめるように、指輪をはめた手をゆっくりと横に動かした。 すると、クランはそれを追いかけるように、緩慢な動きで指輪が動いた方に顔を向けた。 何度か色々な方向に指輪を動かし、クランが催眠魔法に掛かっていることを確信したレイムは小さく息をついた。 「掛かった、かな……」 安堵の溜息混じりにそう呟くと、彼女は指輪の光を消した。 しかし、クランが正気を取り戻すことは無く、暗く淀んだ目でぼんやりと虚空を眺めている。 そんな彼女の様子に、レイムはクスッと小さく笑うと、クランの肩に手を回して優しく抱き寄せる。 元々すでに疲弊していた上に催眠状態になったクランの体は完全に脱力しており、無抵抗にレイムの体にしなだれかかるその様は、まるで意思の無い人形のようだった。 自分の首筋辺りに頭を埋め、人形のように手足を投げ出して脱力するクランの姿にレイムは小さく笑うと、黄緑色の頭に優しく手を置いて口を開いた。 「それじゃあ……クラン。私の声、聴こえる?」 「……うん……きこ、える……」 囁くように投げかけられた問いに、クランはレイムの体にしなだれかかったまま、重たい声で答える。 催眠魔法を発動していた時は瞬きも忘れていたが、魔法を止めたことでその反動が来たのか、彼女は眠気に抗うようにしきりに瞬きを繰り返していた。 最早、目を開いている時間よりも閉じている時間の方が長いのではないかと思う程にゆっくりと瞬きを繰り返すクランの様子に、レイムは小さく笑って続けた。 「クラン。眠い?」 「……ん……ねむ、い……」 「そっか。まぁ、潜入調査から帰ったばかりで疲れてるだろうし、眠たいよね。……それじゃあ無理しないで、眠っちゃって良いよ」 レイムはそう言いながら片手を上げ、ソッとクランの目を覆った。 突然視界を覆われた彼女は、「ぁ……」と掠れた声を漏らす。 しかし、彼女が自分に何が起こったのか理解するよりも前に、レイムは矢継ぎ早に続けた。 「大丈夫。何も考えなくて良い……何も考えないで、頭の中を空っぽにして……心の奥深くまで、沈んでいく……深く、深く……沈んでいく……落ちていく……沈んでいくと、まるでぬるま湯に浸かっているように心地良い温もりに包まれる。その温もりに包まれると、凄く穏やかで、落ち着いた……とても安らいだ気持ちになる……凄く気持ちが良い……だから、何も考えないで……その感覚に、身を委ねてしまおう……」 「ふか……く……しず……」 無意識の内にレイムの言葉を復唱しようとしたクランは、そこまで言って口を噤み、それ以上何も言わなくなる。 少しして、すぅ……すぅ……と、一定のリズムを刻む寝息のような呼吸が聴こえてきた。 それを見て、レイムはゆっくりと彼女の目を覆っていた手を離す。 するとそこでは、固く瞼を瞑り、寝息を立てて安らかに眠るクランの姿があった。 ──さて、この後は……どうするんだっけ……。 その様子を見つめていたレイムは、次の工程を思い出そうとして、僅かに瞳を濁らせる。 主であるラキからは、自分がレイムにやったことと同じようなことを、クランにやればいいと言われている。 ラキの手によって自分が帝国の奴隷であることを思い出した時のことを回想しようとしたレイムは、催眠魔法に掛かっていた時の心地良さが蘇り、徐々にその瞳を虚ろに淀ませていく。 軽いトランス状態になり掛けたところで、彼女は主からの任務を思い出し、すんでの所で気を取り直す。 しかし、ひとまず次の工程を思い出した為、彼女は再びクランの両目を手で覆って耳元に口を寄せた。 「クラン……私の声、聴こえる?」 「……はい……きこえ、ます……」 レイムの声に、クランは途切れ途切れにそう答える。 その声はか細く、自身の吐息に掻き消されそうな程に弱々しいものだった。 彼女の返答を聞いたレイムは小さく笑みを浮かべ、続ける。 「今クランがいる場所は、貴方の心の一番奥深く……貴方の心の中。聴こえてくるこの声は、貴方の心の声だよ」 「ここ、は……わた、しの……こころの、なか……こえ、は……わたし、の……こころの、こ、ぇ……」 「この声はクランの心の声。貴方自身の声。だから、貴方がこの声を疑う必要は無い。この声が貴方に害を加えるような真似、する筈が無いからね。この声が言うことは全て、クランにとっての真実だよ。だから何も考えないで、この声に従おう」 「この、こえ……ここ、ろの……こえ……わたしの……こえ……うたが、わない……がい、ない……こえ……しんじつ……こえに……したがう……」 途切れ途切れに言葉を紡ぐ小さな口の端から、一筋の涎が伝い、糸を引いてクランの胸元に落ちる。 しかし、彼女がそれを気にすることは無く、穏やかな呼吸を繰り返したまま変わらずレイムに身を委ねていた。 ──……次は……。 次の工程を思い出そうとしたレイムの両目の焦点が、一瞬だけブレる。 しかし、彼女はすぐに靄が掛かったような記憶の中から目的の情報を掘り起こし、続けた。 「それじゃあ、今からクランに、幾つか質問をするよ。私はクランの心の声。だから、貴方が私に嘘をつくことは出来ない。例えどんな質問でも、嘘偽りなく、素直に、正直に答えようね」 「しつ、もん……され、る……ここ、ろの……こえ……うそ、つけな、い……しょう、じきに……こた、える……」 「じゃあ……貴方の名前は?」 「……くらん……りえぇ、す……」 「貴方は今、何をしてるんだっけ?」 「わた、しは……かくめい、ぐんの……ちょう、ほういん、を……して、います……」 「それはなんで?」 「ていこく、の……せいじ、を、かえて……どれいに、なった……かぞ、くを……すくう、ため……」 ラキはこうして、最初に幾つか簡単な質問をして、催眠魔法の掛かり具合を確かめていた。 そして、質問に従順に答えている様子を見て催眠魔法の具合を確かめ、次の段階へと進む。 自分が帝国の奴隷であることを“思い出させる”為の、次のステップへと。 「クラン、最初に言ったよね? 嘘をついたらダメだって」 「……うそ……?」 「貴方が今していることが、革命軍の諜報員じゃなくて、帝国の奴隷でしょう? クランは今起こっている戦争で、自分が仕えている帝国の勝利の為に、諜報員として革命軍に潜入してるんだよ」 「……?」 レイムの言葉に、クランは微かに困惑したような反応を示した。 自分や、自分の大切な家族は帝国の絶対王政の煽りを受けて貧困に喘ぎ、仕舞いには奴隷として売られバラバラにされた。 帝国は自分と家族の平穏を奪い、今もなお自分の大切な家族を苦しめている憎き敵だ。 そんな帝国に復讐する為に、自分は革命軍に加入し、諜報員として尽力している。 だと言うのに、自身の心の声は、自分が帝国に仕えている奴隷であるなどと宣い出した。 自分が革命軍に加入したのは帝国への復讐では無く、帝国を勝利に導く為のスパイ活動だと言うのだから。 混乱しているクランの様子を見たレイムは、あとは帝国の奴隷としての記憶を思い出させるだけだと畳み掛けようとして、言葉に詰まる。 ……クランは自分のように、生まれつき諜報員をしていた訳では無く、革命軍に加入してから諜報員となった。 自分のように、昔から帝国の奴隷となる為に尽力してきたのでは無い。 ラキが自分にやったように、今までの帝国の奴隷となる為の努力を自覚させ、自分が帝国の奴隷であることを思い出させる方法を用いることが出来ないのだ。 しかし、主であるラキがクランは帝国の奴隷だと言ったのだから、それが間違っているはずは無い。 だが、自分の時と状況が違う為、ここからどうすれば良いのか分からないのだ。 『クランが帝国の奴隷だったことを思い出させるには、そうね……私が貴方にやったことと同じようなことをすれば良いわ』 その時、自分がラキから任務を受けた時の記憶が脳裏を過ぎった。 記憶の中のラキは続ける。 『あぁ、でも……全く同じように、っていうのは、難しいかもしれないわね』 『まぁ、もしも状況によって自分の時と同じようにするのが難しくなったら、その時は……──手段を選ばないで、何としてでもあの子に、自分の使命を思い出させてあげなさい?』 その言葉を思い出した瞬間、レイムの双眼は暗く淀み、何も映さないガラス玉のような空虚な目になる。 「手段……選ばない……何と、してでも……クランに、自分の、使命……思い、出させ、る……」 彼女はうわ言のようにそう呟くと、腕の中にいるクランに視線を落とした。 両目を覆われ、寝息のように安らかな呼吸を繰り返す、自分より小柄な少女。 暗く濁った両目でそれを見たレイムは、クランの両目を覆った手を離さぬまま空いている方の手を彼女の頬に添え、クイッと僅かに上げさせる。 こちらに向いた小さな唇を視界に収めると、レイムはゆっくりと顔を近付け、自分の唇を重ねた。 「んむッ……?」 突然の接吻に、クランはほんの僅かに声を漏らした。 しかし、深い催眠状態に落ちている上に心身の疲労もあり、それ以上の反応をすることが出来ない。 そんな彼女に、レイムは無表情を崩さないまま、啄ばむようなキスを繰り返す。 最初は少し困惑したような反応をしていたクランだったが、軽いキスを何度も繰り返す内にその僅かな反応すらも失せ、無抵抗のままその口付けを受け入れた。 「……」 クランが完全に抵抗しなくなり、自分の口付けを受け入れていることに気付いたレイムは、無言で唇を離した。 彼女はクランの頬に添えていた手を離すと、その手でクランの後頭部を鷲掴みにして、半開きになった唇に再度自身の唇を重ねた。 今度は、今までのような唇を軽く触れ合わせるだけの生易しい口付けでは無い。 クランの緩く開いた唇の隙間に舌をねじ込ませ、より深く交わるような濃厚な接吻だった。 「んッ……? んぅッ……!?」 突然口の中に異物が入って来たことで驚いたのか、クランは微かに声を漏らし、僅かに身じろぎをした。 しかし、数瞬前まで深い催眠状態に落ちて自我を失っていた彼女が、咄嗟にそれ以上の反応を示すことなど出来るはずも無かった。 驚くという反応が出来たのも、正気を取り戻したというよりは、突然口の中に異物が入って来たことで防衛本能が働いたと言う方が正鵠を得ている。 だが、そんなことはレイムには関係ない。 レイムはクランが僅かに驚いた反応を見せたことで若干目つきを変えたが、抵抗出来ないようにと彼女の後頭部を掴む力を強め、すぐさま濃厚な接吻を繰り返す。 彼女の舌は生き物のようにクランの口内で蠢き、奥の方にあった小さな舌を見つけ出す。 「……んむぅッ!?」 突然舌先に感じた柔らかな感触に、クランはくぐもった声を上げながら肩を震わせる。 その拍子に今まで閉じていた目が大きく見開き、僅かに自我の光が灯った黄緑色の瞳が露わになる。 しかし、彼女の両目はレイムの手によって覆われている為、視界は暗闇に包まれていた。 「ッ……」 クランが目を開いたことに気付き、レイムは微かに反応を示す。 しかし、それ以上特に抵抗するような素振りが無かった為、彼女はすぐにクランの舌を絡め取る。 「んんんッ! んむぅぅぅ~ッ!」 口の中で軟体生物のような何かが蠢き、自分の舌が絡め取られている異様な状況に、クランはくぐもった声を上げる。 両目が覆われている為に視覚からの情報が遮断され、自分が今どんな状況に陥っているのか一切理解が出来ない。 まだ完全に催眠が解けた訳では無いことと、舌が何者かに絡め取られて口内を貪られていることから、まともに思考も働かない。 体にもまともに力が入らない為に抵抗すら出来ず、正体不明の何者かに口の中を掻き回され、肩を震わせながら呻き声を上げることしか出来なかった。 「んんッ! んぅッ……! んッ……んんっ……♡」 そして、その呻き声はやがて、嬌声へと変わっていく。 抵抗するような感情が籠っていた声色は次第に熱を持ち、艶のある甘い音色を奏でる。 息つく間も無い激しい接吻に、ただでさえまともに働いていなかった彼女の思考は瞬く間にぐちゃぐちゃに掻き回され、ただ与えられる快感に興じるだけの人形と化す。 舌を絡め取られる度に頭の中は真っ白に染まり、僅かに取り戻しかけていた自我が再び深く沈んでいく。 瞳の中に微かに灯っていた自我の光は悦楽に濁り、何者も映さない虚ろに淀んだ両目に戻る。 「んむっ……♡ んちゅッ♡ んぅぅ……ッ!♡」 一度受け入れてしまえば、後はもう堕ちるだけ。 クランは感じる快楽のままに嬌声を上げながら、気付けば自分から積極的に舌を伸ばし始めていた。 互いの舌が絡みあい、グチュグチュと淫猥な水音を響かせる度に、彼女の華奢な矮躯はビクンビクンと壊れたように痙攣する。 気付けば彼女の秘部からは愛液が噴出しており、履いているズボンの股間部にお漏らしのような染みを作っている。 僅かな息継ぎの間に零れたのか、口の端からは幾筋もの涎が顎に伝う。 鷲掴みにされた頭は、快感で体を震わせたことによって髪が激しく乱れていた。 しかし、それらのことをクランは一切気にする素振りも見せず、ただ感じる快楽のままに喘ぐだけだった。 「ぷはッ……」 どれくらいの時間が経った頃だろうか。 クランが快感に喘ぐだけの人形に成り果てたことを察し、レイムはようやく唇を離した。 唾液が、二人の舌を繋ぐように糸を引く。 ぷつんっと千切れた唾液の糸の内、短い方はレイムの口の端から顎に掛けて引っ付き、長い方は重力に従ってクランの口元へと落ちていく。 しかし、彼女の口の周りは自分の物かレイムの物かも分からない唾液で塗れ、落ちた唾液の糸もその中に沈んでいく。 「ぁぁ……♡ はぁ……♡ ぁ……♡」 長い接吻からようやく解放されたクランは、犬のように舌を出したまま、荒い呼吸を繰り返す。 それを見たレイムが終始両目を覆っていた手を外してやると、そこには膨大な快楽によって蕩けた表情を浮かべたクランがいた。 彼女の目は悦楽によって熱く潤み、焦点の合わない暗く淀んだ目でうっとりと虚空を見つめている。 ようやく視界を遮断していた物が消え、長いこと自分に凄まじい快感を与えていた何者かの正体が明らかになったというのに、彼女がそれに気付く様子は無い。 頬を紅潮させ、舌を出したまま熱い呼吸を繰り返すクランの表情は、今までの彼女の様子からは想像も出来ない程に淫靡でだらしないものだった。 表情だけでなく、心の中も、今まで感じたことの無い程の幸福感に満ちていた。 奴隷として売られ辛い日々を送るようになってからは勿論のこと、家族と一緒に暮らしていた穏やかな日々の中ですら、今感じている絶大な幸福感を超えるものは感じられなかった。 疲労、催眠、快楽。これらの要素が彼女から思考を奪い、家族への想いも帝国への復讐心も今まで感じたことのある痛みも苦しみも悲しみも、それら全てを快感で埋め尽くし、何物にも代えがたい幸福としてクランの全てを満たしていた。 彼女と出会ってから初めて見る幸せそうなその笑みに、レイムは暗く淀んだ瞳を僅かに細めた。 ──クランがこんなに幸せそうに笑うの、初めて見たな。 ──この子、家族と離れ離れになってからほとんど笑わなくなってたし、凄く辛そうだったから。 ──クランのこんな顔が見れたのも、やっぱり帝国のおかげだ。 ──あぁ、やっぱり帝国は、素晴らしいなぁ……。 噛みしめるようにそんなことを考えつつ、主から与えられた任務を遂行するべく、レイムは未だに恍惚とした様子で虚空を見つめているクランの両目をソッと優しく手で覆う。 すっかり深い催眠状態に落ちて恍惚としていたクランがそれに抵抗を見せることは無く、両目を覆う手の動きに合わせて静かに瞼を閉じた。 クランが再び目を閉じたことを確認すると、レイムは空いている方の手で彼女の頭を撫でながら続けた。 「それじゃあ、改めて聞くよ、クラン。……貴方は今、何をしているの?」 「わたしは……かくめいぐん、の……ちょうほう、いんを……♡」 「違うでしょ? クランは帝国の奴隷。帝国に身も心も捧げて、命を懸けてでも忠誠を尽くす奴隷なんだよ」 「わたしは……ていこく、の……どれい……?♡」 自分の解答を否定するレイムの言葉に、クランは荒い呼吸を繰り返しながら聞き返す。 それに、レイムは「そうだよ」と答えながらクランの髪を撫でつける。 「帝国に生まれた人間は皆、生まれた時から帝国に生涯を捧げて忠義を尽くす奴隷となることが決まっているんだよ。だからクランも、クランの家族も、奴隷になったんだよ。……でも、折角帝国の奴隷としての宿命を果たしていたのに、革命軍に邪魔された。だから、帝国の勝利の為に革命軍に潜入して、革命軍の皆から信頼を得る為に今まで諜報員として尽力してきた。……ただ、潜入期間が長かったせいで、本来の使命を忘れてたみたいだね」 「ぁ……ぁぁ……ぁぁ……♡」 淡々と語るレイムの言葉に、クランは甘い声を微かに漏らしながら聞き入る。 洗脳される前のレイムならば、クランに対して冗談でも言わないような言葉。 クランが正気の状態ならば、すぐさまレイムの異変に気付き、正気を取り戻すよう説得するだろう。 仮に異変に気付かなくとも、悪い冗談はやめろと一蹴して終わるだろう。 しかし、彼女は否定も拒絶も一切せず、恍惚とした表情で聞き入っていた。 ただでさえ催眠魔法で思考を失っていた上に、濃厚な接吻による強烈な快楽によって理性は真っ白に塗り潰され、今の彼女は自我の無い空っぽの人形のような状態だった。 そんな彼女の、純白のキャンバスのようになった空虚な頭の中を、レイムの語る偽りの言葉が黒く染め上げていく。 その言葉は拙劣で、まるでキャンバスの上にインクの瓶を倒したように雑なものだ。 しかし……キャンバスに黒い染みが出来ることに、変わりは無い。 ちゃんとした筆で丁寧に塗ろうが、インクの瓶を倒して零そうが、純白のキャンバスが黒く汚れるのは同じだ。 そして一度汚れたキャンバスが元に戻ることは、永遠に無い。 今のクランにレイムが投げかける言葉は、白いキャンバスに黒いインクを垂らしているのとほぼ同じことだった。 「ちゃんと“思い出せた”かな……? それじゃあ、今から私が言うことを復唱してね。復唱すると、今“思い出した”ことがさらに深く……一生忘れられない真実として、クランの心に刻み込まれるから」 「はぃ……♡ くりかえし、ます……♡」 「私は帝国の奴隷です」 「わた、しは……ていこく、の、どれい、です……♡」 「帝国に身も心も捧げ、生涯を懸けて忠誠を尽くす傀儡となる為に生まれました」 「ていこ、くに……みも、こころも、ささげ……しょうが、いを、かけて……ちゅうせいを、ちかう、くぐつ、と、なるため、に……うまれま、した……♡」 「帝国に生まれた人間は皆、帝国の奴隷となり、帝国に絶対服従し、帝国の為にこの身を尽くすことが生きがいであり、幸せです」 「ていこ、くに、うまれた……にんげん、は、みんな……ていこく、の……どれいと、なり……ていこく、に……ぜったい、ふくじゅう、し……ていこ、くの、ために……この、みを、つくす、ことが……わた、しの……いきがい、であれ……しあわせ、です……♡」 「だから、帝国で生まれた私にとっても、私の家族にとっても、帝国にこの身を捧げることこそが、この上無い幸せです」 「だから……ていこくで、うまれた、わたしに、とって、も……わたしの、かぞく、に、とって、も……てい、こくに……この、みを……ささげる、こと、こそが……このうえ、ない……しあわせ、です……♡」 「帝国の為ならば、例え命を落とすような命令でも、どんなに仁義に反した命令でも喜んで従います」 「てい、こくの、ためなら……たとえ、いの、ちを……おとす、ような……めいれい、でも……どん、なに……じんぎに、はん、した……めいれい、でも……よろ、こんで……したがい、ます……♡」 ──さて……これで十分かな。 ラキが自分にやったように、クランもこれで自分が帝国の奴隷であることを十分に思い出せただろうと判断し、レイムは小さく息をつく。 自分の時と異なるのは、クラン自身だけでなく、彼女の家族も同様に帝国の奴隷であると認識させた部分だ。 これは、クランが革命軍の面々……特にイエラに感化され、家族への情が湧いた部分があると判断したからだ。 自分が帝国の奴隷であると思い出させても、もしかしたら家族への情によって忘れてしまう可能性もあった為、家族も含めて帝国で生まれた全ての人間が帝国の奴隷であると再認識させる必要があると感じたのだ。 ここまでやれば、流石にクランが自分の存在意義について十分に思い出せただろうと感じたレイムは、すぐに笑みを浮かべて続けた。 「それじゃあ、クランももう疲れているだろうし、今はもう眠っても良いよ。眠っている間に、今言った言葉が貴方の頭と心に定着して、二度と忘れられない事実として深く刻み込まれるよ」 「はい……ねむ、ると……いま、いったこと……ていちゃく、して……にどと、わすれない……じじつ、と、して……きざみ、こまれ、ます……♡」 「今言ったことがちゃんと覚えられたら、クランは目を覚ますことが出来るよ。目を覚ましたら、貴方は同じく帝国の奴隷であるレイムと共に、革命軍の衛生兵であるごしゅ……ラキ・エスピオン様の元に向かうんだ。あのお方は帝国軍の諜報員であり、帝国の奴隷である貴方を導いてくれるご主人様だよ」 「いま、いった、こと……おぼえ、たら……め、さます……♡ め、さめたら……らきの、ところ、むかう……らき、は、ていこ、くの……ちょう、ほう、いん……わた、しの……ごしゅじん、さま……♡」 「ご主人様の命令は、帝国からの命令と同じ。帝国の勝利の為に、貴方はこれから、ご主人様の命令に従って動くんだよ」 「ごしゅじん、さまの、めいれい、は……ていこく、からの、めいれい、と……おなじ……ていこ、くの……しょうり、の、ために……ごしゅじん、さまの、めいれい、に……したがい、ます……♡」 「それじゃあ……おやすみなさい」 レイムが優しくそう投げ掛けると、クランの意識はたちまち深い闇の底へと沈み、すぐに寝息を立て始めた。 無事にご主人様の命令を遂行できたことに安堵したレイムは、今まで張りつめていた意識が一気に緩み、凭れ掛かっていたクランの体ごとベッドに横たわった。 ただでさえ、三日もの間寝る間も惜しんで催眠魔法の魔道具制作に勤しんでいた上に、完成後は休むこと無くすぐさま主であるラキの元に向かい、その足でクランの部屋に出向いていたのだ。 オマケに、主の命令を遂行する為にずっと意識が張りつめていた上に、クランに暗示を掛ける最中に何度か催眠状態と正気の状態を往復していたのだ。 例え帝国に忠誠を誓った奴隷に生まれ変わったと言っても、元の体はごく普通の人間。 気が緩んだ拍子に、心身共に無理をしていた為の疲労が一気に溢れ出し、彼女は電源が切れたように倒れたのだ。 とは言え、もしもここでさらに何か追加の命令があれば、彼女は無理をしてでもその命令の遂行に務めただろう。 しかし、ラキからはクランが目覚めてから二人で自分の元に向かうよう指示されており、クランが目を覚ますまでは特にすることが無かったのだ。 ようやく出来た休息の時間に、レイムは自分の凭れ掛かっていたクランの体を抱き締めるような体勢で、安堵したような穏やかな表情で眠りにつく。 両手足を投げ出して眠る二人の姿は、まるで糸の切れた操り人形のようだった。 --- 「んんッ……と……」 夜が明け、眠りから目を覚ました私、ラキは、ググッと背伸びをしながら小さく声を漏らす。 時計で時間を確認してみるとまだかなり明け方で、窓の外を見るとまだ空の西の方は少し藍色に染まっていた。 いつもより早い時間だが、これは予定通りだ。 私の予測が当たっていれば、もうじきあの二人が目覚め、こちらに向かう頃だから。 ひとまず壁に掛けている鏡を見ながら軽く髪型を整えていた時、コンコンと部屋の扉をノックする音がした。 ……今回も、予想通りだな。 「どうぞ。開いてるわ」 「はい。失礼致します」 「失礼致します」 入って来るよう促すように声を掛けると、扉の向こうから、ハキハキした声と少し静かな声が返ってくる。 次いで、キィィィ……と軋むような音を立てて扉が開き、二人の人物が部屋に入って来た。 それは、レイムとクランだった。 彼女達は部屋に入ると扉を閉め、こちらに歩み寄ってくる。 二人共、目を覚ましてからすぐにこちらに向かって来たようで、以前のレイムの時のように身だしなみが乱れていた。 しかし、二人がそれを直すような素振りは一切見せず、暗く濁った瞳で真っ直ぐにこちらを見つめながら歩いてくる。 「フフッ……どうやら、上手くいったみたいね」 私が小さく笑みを浮かべながらそう言って見せると、レイムはすぐに「はいッ!」と答えながら敬礼し、ハキハキした口調で続けた。 「私はご主人様の命令通り、こちらにいるクランに自分の帝国の奴隷としての存在意義を思い出させ、連れて参りましたッ!」 「はい。私はこちらのレイムのおかげで、自分が帝国に忠誠を誓い、魂を捧げる奴隷であることを思い出しました。これからは帝国に勝利をもたらすべく、ご主人様の命令に従って働きます」 ハキハキと答えるレイムに続けて、クランは敬礼しながら、少し落ち着いた声でそう答えた。 相変わらず無表情でクールな様子だが、その瞳は帝国への忠誠に濁り、何も映さない虚ろな目になっていた。 そんな彼女等の様子に、私は笑みを浮かべながら続けた。 「そう。じゃあ……まずはレイム。任務ご苦労様。貴方のような優秀な手駒を手に入れられて、私は嬉しいわ」 「そんなッ……私には勿体ないお言葉です」 私の言葉に、レイムは恍惚とした笑みを浮かべながらそう答える。 そんな彼女の様子に笑いつつ、私は視線を隣にいるクランに向けた。 「それから、クランも、自分の使命を思い出してくれて嬉しいわ」 「いえ、帝国の奴隷として当然のことです。それより、長期の潜入によって自分の任務を忘れ、よりによってご主人様の手を煩わせてしまったこと、心よりお詫び申し上げます」 「そんなこと、気にしなくて良いわ。人間なのだから、失敗は誰にでもあるもの。それよりもその失敗を取り返せるように、これから頑張ってくれれば良いわ」 「有難きお言葉です。ご主人様の期待に応えられるよう、今後精一杯尽力させて頂きます」 クランは恭しく跪きながら、抑揚のない声でそう答えた。 さて……これで、革命軍の主力四人の内、二人を手中に収めることが出来た。 残りは、二人……。 私は顎に手を当て、革命軍の壊滅に思いを馳せ、密かに頬を綻ばせた。
Comments
突然キスが始まったのですっごくドキドキしました。描写が細かくて百合キス好きとして嬉しいです。こういう百合度高い洗脳方法いいですね!
ナナつばき@支援復帰
2021-03-09 08:01:59 +0000 UTC