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あいまり
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【先行公開】叛逆の刃が折れる時 一人目

 世界各国の中でも高度な生活水準を誇る大国、レボルシオン帝国。通称、帝国。  帝国の豊かな生活は、全ての国民を平等に愛する博愛主義者の二十七代目の国王と、その国王に仕えた忠誠心の高い騎士団団長によりもたらされたものだった。  しかし、その国王が亡くなり後を継いだ二十八代目の国王は、それまで行われていた全ての国民の為の政治を撤廃した。  そして国王が全ての権限を握り、王族や貴族等の高位の身分の者達ばかりを優遇し、平民達を虐げる絶対王政を作り出した。  この政治に強く反対したのが、先代国王に仕えていた帝国騎士団の団長、ソルド・モンベルクだった。  彼は全ての国民を愛した先代国王に忠誠を誓い、国王が愛した国民を守る為にその命を賭して戦ってきた。  そんな彼だからこそ、現国王の王政によって多くの国民が貧困に喘ぐ様子に耐えられなかった。  しかし、それでも国王が代わってから数年もの間は、必死に歯を食いしばって堪えてきた。  他の家臣達が国王を咎めるか、国王が何かしらの形で自身の過ちに気付き、王政を変えることを期待していたのだ。  だが、家臣達は先代国王に比べて自分達の生活を優遇してくれる現国王の王政を良く思い、咎めるどころか賛同していた。  国王自身もそれに気分を良くし、絶対王政は改善どころか加速する一方だった。  その様子にソルドはついに業を煮やし、今の平民を虐げ高貴の者達を優遇する絶対王政は間違っていると、現国王に直談判した。  国王はそれを反逆罪とし、平民達の見せしめにすべく公開処刑を行った。  王都の広場にて公開処刑が行われた日、国民の中にソルドと同等かそれ以上に強く、帝国の絶対王政に強く反発した者がいた。  ソルド・モンベルクの一人娘、イエラ・モンベルクだった。  彼女は今まで国民の為に奮闘する父の背中を見て育ち、そんな父を尊敬していた。  だからこそ、父が命を賭して守ろうとした国民を虐げる絶対王政には強く反対しており、国民を守ろうとした父が処刑されたことでその反発心は怒りを伴って爆発した。  父の遺志を継ぎ、国民を虐げる帝国に反旗を翻すべく、彼女は革命軍を立ち上げた。  まず仲間になったのは、ソルドを尊敬していた一部の騎士団員達だった。  彼等も今の王政には納得しておらず、ソルドが処刑されたことで帝国に対して反発心が芽生えた矢先に娘のイエラが革命軍を立ち上げたこともあり、即座に革命軍への加入を志願した。  イエラは幼い頃から父に鍛え上げられた体と剣術で敵を切り伏せ、父親譲りのカリスマ性で軍を率いり、少しずつ革命軍を大きなものにしていった。  当初は革命などという無謀な試みに傍観していた平民達も、徐々に強大な組織へと変わっていく革命軍を見て、一人、また一人と、革命軍に参加していく人々も増えていった。  最初は一人の少女による無謀な革命だったが、それは徐々に軍隊へと代わり、いつしか帝国軍対革命軍の歴史に残る大規模な戦争へと変貌していった。 ---  帝国軍と革命軍の戦争が始まり、早二年が経過した。  一年程経過した頃から戦争は長期化し、勝利を掴む為に、互いの様子を見て慎重に戦略を練っている状況だった。  戦況自体、どちらが有利と言った明確な差も無く、完全に拮抗した状態。  過半数は平民の寄せ集めで出来ている革命軍が、元々軍事力にも長けている帝国軍と対等に渡り合っている現状を、一体誰が予想出来ただろうか。  要因としては、騎士団長だった父を持つイエラ自身の卓越した統率力が主だが、それ以外にも革命軍には優秀な人材が多かったというのもある。  各々の優れた能力が上手い具合に互いを補い合い、帝国軍にも対抗できる戦力を手に入れたのだろう。  今でこそ互いに均衡を保っているが、革命軍の持つ戦力の可能性は未だ計り知れず、何かしらの形で均衡を崩して帝国軍に打ち勝つ未来も十分にあり得る。  ……だからこそ私、ラキ・エスピオンは……そろそろこの革命軍を、内部から崩壊させなければならない。 「さて、と……」  日も沈み、外は完全に暗闇に包まれた深夜のこと。  革命軍の本拠地の救護室にて、私は机に向かい、帝国軍に送る調査資料の執筆にとりかかる。  私は革命軍の中では衛生兵の総括を任されており、回復薬の調合やそれに関わる物資の管理等もあり、基地内の救護室の一角を寝室代わりに使わせて貰っている。  回復魔法や回復薬で怪我の治療自体はすぐに終わる為、長期療養が必要となる者はほとんどおらず、夜になれば救護室は基本的に私の私室のようなものだった。  おかげで、こうして誰かに怪しまれること無く、帝国への調査資料を書くことが出来る。  私が革命軍に潜入したのは、一年程前のこと。  丁度革命軍の規模が大きくなり、戦争が長期化の兆しを見せ始めた時のこと。  この時、王族達も革命軍の持つ戦力の可能性に気付いており、このままでは帝国軍の敗北の可能性が高いことにも気付いていた。  だからこそ、彼等は革命軍を内部から崩壊させるべく、私を潜入させた。  潜入自体は容易かった。  丁度、多くの平民達が革命軍に加入し始めた頃だったので、その平民に紛れて革命軍に加入することが出来た。  帝国軍の諜報員である私は王族の一部にしか顔を見せておらず、平民出身の人間は勿論のこと、革命軍に寝返った騎士団員や王族に近しい人物ですら私の正体に気付く者はいなかった。  そうして潜入した後、一年掛けて、私は今の地位を手にした。  一年も掛けた理由は、主に革命軍の結束力の強さによるものだ。  元々帝国という共通の敵を持った者達が集っていることもあり、その結束力は下手な軍隊や騎士団等は遥かに凌駕する程に強いものだった。  だからこそ、入隊してすぐに動いたりすれば簡単に見破られてしまう。  実際、私の前に革命軍に潜入した諜報員は何人かいたが、皆潜入してから短期間で連絡が途絶えた。  人質として捕縛している可能性も考えていたが、潜入してみて帝国軍の諜報員を捕まえている様子も無かったので、恐らく……殺されたと見て良い。  ……まぁ、革命軍からしてみれば帝国側の人間は自分達の生活を脅かした忌々しい存在であるわけだし、生かしておく理由も無いだろう。  だからこそ、私は一年掛けて慎重に動いた。  まず、命の危険性があり帝国に直接害を与えることになる前線は避けるべく、私には戦闘能力が無いことをすぐに主張した。  そして代わりに回復魔法が使えることをアピールし、戦いに直接の関与が少ない衛生兵を志願した。  無論、私が回復した革命軍の兵士達が帝国軍に害を与える可能性はあるが、そこまで言い出したらキリが無くなるので割愛した。  あとは一年掛けて衛生兵として革命軍に尽力し信頼を築きつつ、革命軍の主力となっている人材や内部の状態について慎重に調査した。  時間は掛かったが、今ではこうして衛生兵の総括を任される程に強固な信頼関係も築けたし、内部の状況についても把握することが出来た。  私が衛生兵の総括を行うことで、食事や療養に関する衛生面についての主力は現状私となっていると言っても良い。  それ以外の面での革命軍の主力は、主に四人。  まずは言わずもがな、革命軍のリーダーを担う、イエラ・モンベルク。  元騎士団長であるソルド・モンベルクの一人娘であり、父親譲りのカリスマ性で革命軍を率いる先導者だ。  革命軍を内部から崩す上で、彼女の攻略はまず必須だろう。  潜入してからの調査にて、イエラ自身の人柄や性質についてもなんとなく把握した。  彼女は父のソルドを誰よりも尊敬しているようで、彼によく似た、正義感が強く人の為に動ける心優しい性格をしている。  しかし力を持たない平民の為に奮闘していた父親の影響か、イエラ自身も力の無い人間を優遇する傾向にあり、そう言った人間を虐げる者には容赦の無い冷酷な一面もあった。  特に帝国に関しては、尊敬していた父を殺した仇である為か、余計に感情的になりやすい傾向が見える。  以前潜入した諜報員が始末されたのも、主に彼女の采配によるものだろう。  しかし天性のカリスマがあるとは言え、帝国軍に対して感情的になりやすい面のあるイエラ一人で革命軍を帝国軍と互角に渡り合える程の強大な組織にすることは、ハッキリ言って不可能だ。  必ず、冷静に戦況を分析し緻密に戦略を練る、云わばブレインのような存在が必要になる。  それが、革命軍の副リーダーであり参謀でもある、アイン・ヴェーチェルだ。  彼女の両親は帝国で大臣を務めており、彼女自身も後継ぎとなるべく、幼い頃から英才教育を施されていたらしい。  優秀な大臣二人を両親に持ち、物心ついた時から国政に携わる為の経理や司法等の様々な教養を施されてきたアインは、当然と言わんばかりに優れた頭脳を持っていた。  彼女はその明晰な頭脳を革命軍のブレインとして遺憾なく発揮し、戦略や種々の計画等を立て、同時に感情的になりやすいイエラのブレーキのような役割も担っていた。  しかし、イエラのように帝国に家族を殺された訳でもなければ、絶対王政による貧困の煽りを受けた訳でも無い彼女が、どうして革命軍に加入したのか。  それは意外にも単純な話で、どうやらイエラとアインは幼馴染らしい。  と言うのも、イエラは幼い頃に母親を亡くしており、騎士団長としての仕事で多忙だったソルドは自身が不在の間はアインの家に預けていたのだとか。  騎士団長のソルドと帝国の大臣であるアインの両親の間には交友関係があり、その延長線で、アインの家でイエラの面倒を見て貰っていたようだ。  このことから、二人は幼馴染どころか、最早家族同然のような関係性になっていた。  その為、イエラが革命軍を創立した際に、アインも革命軍への加入を決めたらしい。  革命軍への加入理由には少し感情的な一面も見えるが、彼女は比較的落ち着いており、感情に任せて行動するような部分は私が知る限りでは見たこと無い。  広い視野で状況を客観的に把握し、どんな非常事態が起こってもその場に置いて最適な選択で冷静に対処する。  正に革命軍のブレインであり、参謀であり、リーダーの理性として革命軍を支える副リーダーだ。  そして帝国の内部に潜入して情報を集め、ブレインの補佐をする諜報員兼参謀補佐、クラン・リエース。  彼女は元々平凡な家に生まれ、兄一人、妹一人、弟一人の四人兄弟の中に生まれた。  絶対王政となり平民が貧困の煽りを受けた際に、大家族であるリエース家は特に生活が困窮した。  家族の生活を養う為に両親が借金をしたがそれも返せず、借金のカタとして家族全員が奴隷として売られたらしい。  平穏だった生活が壊れ、家族と離れ離れになり、奴隷としてこき使われる日々。  そんな辛い日々の中でクランは次第に感情を失い、あまり笑わないクールな性格になったらしい。  しかし、ある時イエラ率いる革命軍に救われ、彼女は奴隷としての生活から脱却する。  クランは革命軍に保護され、このまま上手くいけば平穏な生活に戻れるのではないかと期待したが、他のリエース家の面々が革命軍に保護されていないことに気付く。  家族が未だに奴隷として苦しい生活をしている中で、自分だけが安全な場所で保護されているわけにはいかないと判断し、彼女は革命軍に加入して共に戦うことを決意する。  そこで、ブレインであるアインがクランを諜報員に推薦した。  というのも、クランは元々活発的な部類で身体能力が高く、奴隷として酷い労働を強いられていたことから体力もあり、体を使う仕事が良いと判断したのだとか。  さらに、彼女は感情の起伏が少なく物静かな性格である為、敵の内部に潜入し冷静に情報収集を行えると判断したらしい。  このことから、クランは諜報員として帝国軍の情報を集めてアインに伝え、参謀の補佐をするようになった。  そして戦争では欠かせない、武器や防具の制作をするエンジニア、レイム・カンデーラ。  彼女は父親が武器鍛冶の仕事をしており、幼少の頃から父の工房に出向いて仕事を見学したり手伝ったりしていた為、自然と武器鍛冶としての技術を手に入れていたらしい。  一昔前までは剣や防具と魔法は別物として考えられ、戦争では防御力の高い鉄の鎧を身につけ、前線で兵士が剣を振るって戦いつつ後衛から魔術師が魔法を使って援護をするのが主流だった。  しかし十年前に剣や防具に魔力を付与して強化する技術が開発され、それ以降は服に魔力を付与した軍服を着用し、攻撃魔法の効果を付与した魔剣や回復魔法の効果がある魔道具や回復薬等を用いての戦いが主流になった。  そしてその技術を開拓したのが、レイムの父親だった。  父の仕事を見て武器鍛冶の技術を手に入れたレイム自身も当然この技術を扱うことが出来たが、彼女の父親はそれを秘匿していた。  と言うのも、物に魔力を付与する技術が開拓されたのはつい最近のことで、この技術が扱える存在は帝国内でもかなり希少だった。  だからこそ、そう言った技術を持つ人間を利用しようとする者は多く、レイムの父はそれを知ってレイムの技術をしばしの間隠蔽しておくことに決めた。  しかし、その隠蔽工作はむしろ裏目に出た。  絶対王政となり平民が貧困の煽りを受けた際に、レイムは町を歩いていたところを誘拐され、奴隷商に売られたのだ。  彼女の持つ魔道具制作の技術を公にしていれば、国から特別に保護してもらうことも出来ただろう。  しかし父の隠蔽によって国の保護を受けることが出来ず、彼女は奴隷として捕まってしまった。  父から受け継いでいた魔道具制作技術が公になることは無かったが、それを差し引いても高い武器鍛冶能力を持っており、それもあってかなり高額の奴隷として売買されたらしい。  彼女は奴隷を労働力としていた武器工場に買われ、酷い労働を強いられていたところを革命軍に救われた。  そこで初めて自分の持つ技術が貴重なものであることを知り、是非その技術を革命軍に役立てて欲しいと、自分から革命軍のエンジニアに立候補したらしい。  彼女は同じく元奴隷のクランと比べると比較的明るく快活な性格をしており、革命軍の中ではムードメーカーのような役割も持っている。  革命軍の主力となる人材を上げると、大体こんなものか。  これらの情報は、一年掛けてじっくり信頼関係を築きつつ、本人との会話や近しい人間からの又聞き等で慎重に集めたものだ。  一年も衛生兵として尽力してきたのだ。彼女達も私のことをすっかり信用しており、私が帝国の諜報員であるなど考えもしていないだろう。  私は小さく息をつき、密かにほくそ笑んだ。  さて……準備は整った。  情報は集まり、多少派手に動いても怪しまれない程度の信頼は築いた。  戦争は今のところ互いに様子を窺い均衡を保っているが、いつこの状況が崩れるか分かったものではない。  早急に革命軍を内部から崩壊させ、この戦争に終止符を打たねばならない。  しかし、帝国軍を戦争で勝たせる為だけに革命軍に潜入したのであれば、準備期間に一年も掛ける必要は無い。  革命軍を負けさせるだけならば、衛生兵としての信頼関係を築きつつ、主力の人間の食事に毒を盛って殺せば良い。  もしくは、慎重に調査を進めつつ帝国に機密情報を流し、戦争で敗戦させれば良い。  どちらにせよ、数ヶ月程度の時間があれば革命軍を内部から壊すことは容易なことだ。  だが、私の目的はそれだけでは無い。  確かに革命軍を内部から崩すことが第一目的であることに変わりはないが、まぁ……簡単に言えば、革命軍には戦争で失うには惜しい人材が多すぎるのだ。  元騎士団長ソルドと同等かそれ以上の統率力と剣術で有象無象の衆である革命軍を率いるイエラ。  元は有象無象の集まりでしかなかった革命軍を帝国軍と互角に渡り合える程の組織に成長させたアイン。  天性の身体能力と諜報技術で帝国の内情を調査しブレインを補佐するクラン。  世界的に見て希少な魔道具制作技術を持つレイム。  彼女等は優秀で、戦争で失うには惜しい人材だ。  戦争が終わった時、彼女達を帝国に引き込むことが出来れば、帝国は更なる大国へと成長することが出来るだろう。  だから私は、この主力四人を……帝国の戦力として篭絡する。  革命軍を内部から崩壊させて戦争に勝利するだけなど、生ぬるい。  この主力の四人を懐柔し、戦争が終わった後も、その能力を帝国の戦力として遺憾なく発揮してもらう。  無論、この提案に彼女達が従うはずも無いことは十分に理解している。  だから、自分から従うように仕向ける。  心の底から帝国に服従し、帝国に反発し革命を起こそうとしたことすら深く後悔する程に、徹底的に……その心を塗り替えてしまおう。  心だけじゃない。思考も、性格も、人格も……その人間を構成する性質全てを、作り替えてやろう。 「ふぅ……」  帝国宛に近況報告と、これから革命軍主力の懐柔に向けて動き出す旨について端的に記し、私は小さく息をついた。  それからその紙を細く折り、机の上に置いていた小指程のサイズの筒状の器に仕舞う。  この器には転送魔法が付与されており、この中に帝国への報告書を入れれば、帝国の城に転送されるという仕組みだ。  これだけ小さな魔道具になると、どれだけ優れた魔術師でも魔力探知はほぼ不可能となり、気付かれることは無い。  私は器を机の上に置きつつ、小さく笑みを浮かべた。 ---  翌日。  私は革命軍の面々に怪しまれぬよう、いつものように衛生兵総括としての仕事を果たした。  衛生兵の仕事は、主に怪我や病気の治療。  前線に出た戦士の怪我や、病気になった者がいれば回復魔法を用いて治療したり、あらかじめ回復魔法を付与した魔道具や回復薬等を前線に出る戦士に持たせたりする。  他にも、日々の食事や革命軍のメンバーの健康管理等、細かい仕事は山ほどあるが……まぁ、今のところは割愛する。  とにかく、私達衛生兵の主な仕事は、治療だ。  衛生兵が革命軍の中で治療する対象は、主に二通りある。  まずは前述した通り、前線に出る戦士達。  そしてもう一つは……──。 「……おっ、ラキ。おはよ」  工房に入って来た私を見て、何やら新しい魔剣の制作をしていた様子のレイムが顔を上げ、明るく笑いながら声を掛けてくる。  そう。衛生兵が主に治療する対象のもう一つは、エンジニアであるレイムだ。  彼女の持っている魔道具作成技術は帝国内でも数えられる程度の人間しか保有しておらず、過半数が平民で形成されている革命軍の中でこの技術を持っているのは、彼女しかいない。  だからこそ、彼女の手は革命軍の生命線と言っても過言では無く、絶対に失うわけにはいかない。  しかし、攻撃魔法を付与する魔剣の作成には、危険がつきものだ。  武器に魔法を付与するにはかなり繊細な技術が必要で、少しでも失敗すれば魔力が暴発し、場合によっては命に関わる重傷を負うケースも少なくない。  故に、レイムが魔剣を作成する際には常に衛生兵を一人以上配置し、有事に備えておく必要がある。 「おはよう……って、もうすぐお昼だけどね」 「まぁまぁ、朝であることに変わりは無いって」  呆れたように呟く私に、レイムはヒラヒラと軽く手を振りながら明るく答える。  彼女の返答に私は軽く嘆息しつつ、口を開いた。 「はいはい。……それで、魔剣の作成はどんな感じ?」 「あぁ。丁度今、型が出来たところなんだ。ナイスタイミング」  レイムはそう言いながら、目の前に置いていた剣を持ち上げて電灯の明かりにかざし、私を見て白い歯を見せてシシッと笑った。  彼女の動きに合わせて、作業しやすいようにと一つに束ねられた赤い髪が揺れる。  私はそれを眺めつつ、彼女の持つ剣に視線を戻した。  彼女の言う型とは、文字通り魔剣の型。  魔力等は一切付加していない、ごく普通の状態の剣のことを言う。  柄の部分にくぼみがあり、そこに魔力を込めた魔石をはめ込むことで剣に魔力が装填され、魔剣が完成する。  しかし、剣全体に魔力を行き渡らせ魔剣とするにはかなり緻密な技巧が必要となってくる。 「そう。……でも、昨日は確か、型の土台部分しか出来て無かったよね? もしかして、夜通し型作りをしてたの?」 「いや、ちょっとは寝たよ。でも、中途半端な状態で置いとくと気になっちゃってさ。むしろ今は、さっきまで作業に熱中してたからか、目が冴えてるくらいだよ」  レイムはそう言うと型を机の上に置き、傍らに置いていた赤い石を手に取る。  あれは、火属性の魔石……ということは、今から作るのは火の魔剣か。  私は作業の様子を視界に収めつつ、工房の中を見渡して誰もいないことを確認する。  この魔道具作成工房は、原則としてレイム以外の出入りは禁止されている。  何度も言うように、魔剣はかなり精密な技巧によって出来上がる代物であり、その作成には凄まじい集中力を必要とする。  その為、レイムには専用の工房が用意され、彼女の集中を乱さない為に他の人間は出入りしないように決まっている。  しかし魔剣作成は危険も伴う為、怪我をしてもすぐに対応できるように、今の私のように衛生兵が一人傍についていることが義務付けられている。  今日の当番は私である為、今この工房には私とレイムしかいない。 「……ぁづッ!」  周りの様子を軽く観察していた時、突然バヂィッ! と鈍い音が鳴ると同時に赤い閃光が瞬き、レイムが声を上げる。  それに、私はすぐさま彼女の元に駆け寄った。 「レイム、早く見せてッ!」 「いっつつ……」  私の言葉に、彼女は痛みに顔を顰めつつ怪我をした右手を見せてきた。  やはり魔力の暴発が起こったようで、彼女の右手首から下に掛けて酷い火傷を負っており、特に作業に使っていた親指、人差し指、中指の皮膚は爛れていた。  私はすぐに回復魔法の詠唱を唱え、彼女の傷を癒してやる。  爛れた皮膚が回復していくのを確認しつつ、私は顔を上げて机の上を確認した。  見ると、剣の柄の魔石をはめる部分が黒く焦げ、縁の部分に幾筋もの亀裂が走っていた。  そして肝心の魔石は、先程の暴発で弾かれたのだろうか、数メートル程離れた場所に転がっている。 「ごめん、ミスっちゃって……治してくれてありがと」  その時、レイムが火傷の治った手を摩りながら、申し訳なさそうに笑いつつ礼を言ってきた。  彼女の言葉に、私は彼女に視線を戻して答えた。 「そんなの当たり前じゃない。仲間なんだから」 「あはは、それもそっか。でもおっかしいなぁ。今回は成功すると思ったのに」  我ながら白々しいと思えるような綺麗事を笑顔で吐く私に、レイムはポリポリと頬を掻きながら破損した剣を見つめる。  こちらを全く疑うことの無い彼女の様子に、私は気取られない程度にほくそ笑みつつ、口を開いた。 「やっぱり疲れてるのよ。今は戦況も拮抗してるんだし、焦らないでゆっくり休むべきよ」 「そんなこと言っても、戦況なんていつ変わるか分からないし、今の内に少しでも準備しておかないと……」 「だからって貴方が体を壊したら意味無いじゃない。ホラ、私の目を見て?」 「うん……?」  私の言葉に従い、レイムは顔を上げてこちらを見つめてきた。  その動きに合わせて、私は目に魔力を込め、催眠魔法を発動する。  目が合った瞬間、彼女は「なッ……」と小さく声を漏らしながら、髪と同色の赤い目を大きく見開く。  彼女の反応に私は微笑を返しつつ、口を開く。 「どうしたの? 私の顔に、何か付いてる……?」 「いや……何か付いてる、というか……目が、光って……離せな……」 「大丈夫よ。レイム」  掠れた声で呟くレイムを安心させるように囁きながら、私は彼女の頭の上に手を置き、優しく撫でつける。  その動きの中で彼女の髪を縛るヘアゴムに指を掛け、ゆっくりと引き抜くように下ろした。  一定の所まで行くと、ゴムに縛られていた髪が重力に従ってサラサラと落ちていく。  結んでいた髪が解かれる中、レイムは私の目を呆然と見つめたまま、微動だにしなかった。  彼女の様子に私は笑いつつ、指に引っかかっていたゴムを机の上に放り、その手で彼女の頭を優しく撫でてやる。 「大丈夫、大丈夫……何も心配する必要なんて無いわ。何も考えなくて良いのよ」 「なにも……しんぱい、ない……なにも、かんがえなくて、いい……?」  私の言葉に、レイムがどこか不安そうな声色で呟く。  彼女の中で違和感が生じているのか、ピクピクと微かに眉が震えているのが分かった。  それに、私は顔を近付けて至近距離で彼女の目を見つめながら続けた。 「そう。貴方は疲れてるんだから、ゆっくり休むべきよ。考えることをやめて……身も心も、ゆっくり休ませるの」 「つかれてるから、やすむ……かんがえること、やめて……みも、こころも……やすむ……」  重たい声で復唱するレイムの目から、徐々に力が抜けていくのが分かった。  彼女の様子に私は小さく笑み、畳み掛けるように続けた。 「そう。何も考えないで……思考を放棄して、頭の中を空っぽにしてしまいましょう」 「しこうを、ほうき……あたま、からっぽ……」 「怖いことなんて何も無いわ。だって、傍には私が付いているんだもの。何かあっても、すぐに助けてあげる。だから何も心配しないで……──空っぽになってしまいなさい?」  私がそう囁いた瞬間、まるで何かのスイッチが切れたように、レイムの体から力が抜けた。  先程まで強張っていた体から一気に力が抜け、椅子の背凭れに体重を預けて脱力する。  腕はダランと重力に従って垂れ、足は無造作に投げ出されている。  首にも力が入っておらず、体が脱力した際の衝撃のままにガクンと前に倒れ、そのまま力無く項垂れている。  それに合わせて赤い長髪が垂れ、俯く彼女の顔を隠していた。 「さて、と」  小さく息をついた私は、目に込めていた魔力を消し、催眠魔法を解除する。  今、レイムは深い催眠状態に落ちている。  彼女の思考は眠りにつき、心の奥深く……レイム・カンデーラという人間を構成しているであろう、魂とも言うべき性質的な面が剝き出しになった状態。  私は一度彼女の元から離れ、工房の扉に近付き、鍵を閉める。  これで、誰もこの部屋に入って来れない。  レイムが魔剣開発の中で大きな音を立てたりする為、この工房には防音処理がされている。  つまり、扉の鍵を閉めてしまえば、今この部屋の状況に気付ける人間は私とレイム以外いないというわけだ。 「それじゃあ、これからどうしてあげましょうか」  私はそう呟きながらレイムの後ろに周り、彼女の頭を両手で持ち上げる。  すると、赤い長髪で隠れていた彼女の顔が露わになる。  自我の光が消えて暗く濁り、焦点が合わず虚ろになった赤い目。  その目はまるで、ガラス玉で出来た人形の眼球のような、感情の失せた空虚な目だった。  彼女はその目で呆然と虚空を見つめながら、力無く半開きになった口から涎を垂らしている。 「フフッ……良い顔」  私はそれに笑いつつ、彼女の両目を片手で覆った。  突然視界を覆われたからか、彼女は「ぁ……」と小さく声を漏らす。 「大丈夫。何も心配する必要無いのよ。何も考えないで、私の手に身を委ねて……」  そう囁きながら、私は空いている方の手で彼女の頭を支え、両目を覆ったままゆっくりと彼女の頭を回し始める。  すると彼女は「ぅぁ……ぁ……」と微かに声を漏らしながらも、私の手に抵抗素振りを一切見せず、成すがままに頭を回されている。 「ほぉら、こうして頭を回されると、思考が抜け落ちて、頭の中が空っぽになっていく……何も考えられなくなっていく……何も考えないで、どんどん深く落ちていく……貴方の心の、一番奥ふかぁくまで落ちていく……」  まるで子供を寝かしつけるかのように、優しく、ゆっくりと……語り掛ける。  話しながらも、レイムの頭を回す手は止めない。  最初は微かに抵抗の声を漏らしていた彼女も、気付けば声を発することは無くなり、されるがままに頭を回されていた。 「深く、深く、ふかぁく……沈んでいきます……心の中の、奥ふかぁい場所まで……まるで、深海に沈んでいくように……深く、沈んでいく……落ちていく……」 「……」 「そこは寒くも暑くもない……まるで、ぬるま湯に浸っているように、心地良い温もりが貴方を包んでいます……気持ちいい……だから、怖がる必要なんて何も無い……何も考えずに、その心地良い穏やかな感覚に、身を委ねましょう……」  私は語り掛けながらも、レイムの頭をゆっくりと回し続ける。  反応は無いが、私の言葉は彼女の頭にしっかりと刻み込まれ、私の言う通りの状態になっていることだろう。  それを裏付けるように、半開きになった彼女の口から零れた涎が糸を引き、服の上に落ちて染みを作っている。  ……すっかり堕ちたみたいね……。  レイムが完全に深い催眠状態に堕ちたことを確信し、私は彼女の頭を回す手を止めた。  彼女の両目を覆った手を離さぬままに、頭を抱え込むようにもう片方の手を添え、そのまま両手で優しく胸に抱く。  私の手に逆らわず無抵抗に頭を抱かれている彼女の様子は、まるで自分の意思を持たないぬいぐるみのようだと考えた。  いや……あながち間違いでは無いか。  今の彼女は私の言葉で思考を失い、自分で何かを考えることの出来ない、空っぽの人形のような状態なのだから。 「はい。貴方は今、心の一番奥深い所にいます。ここは貴方の心の中。聴こえてくるこの声は、貴方の心の声です」 「ここは……わたしの、こころのなか……こえは……こころの、こえ……」 「貴方がこの声を疑う必要はありません。だって貴方の心の声なんだから、この声が貴方に害を与える訳が無い。この声は全て正しい。この声が言うことは、全て真実です。だから何も考えないで、この声に従いましょう」 「こえ……うたがわ、ない……がい、ない……ぜんぶ、ただしい……しんじつ……こえに、したがう……」  私が囁くと、レイムは眠そうな重たい声で、うわ言のように復唱する。  恐らく、彼女もほとんど無意識に繰り返しているのだろう。云わば一種の寝言のようなものだ。  どうやら、かなり深く催眠に掛かっているらしい。  作戦が順調に進んでいる状況に笑みを浮かべつつ、私は彼女の耳元に口を寄せて続けた。 「それでは、これから貴方に質問をします。私は貴方の心の声。だから、この声に対して貴方は、嘘偽りなどは一切つけません。例えどんな質問でも、素直に、正直に答えなさい」 「しつもん……こたえる……こころの、こえ……うそ、つけない……しょうじきに、こたえる……」  さて……それじゃあ、簡単な質問から始めようか。 「それじゃあ……貴方の名前は?」 「……れいむ、かんでぇら……」 「貴方は今何をしているの?」 「わたしは……かくめいぐん、の……えんじにあを、しています……」 「それはどうして?」 「ていこく、ぐんに……うちかつ、ために……わたしの、ちからを……やくだてて、ほしくて……」  まずは暗示の掛かり具合を知る為に、答えが分かり切っている質問から。  とは言え、特に嘘をついたりすることも無く、従順に質問に答えている。  暗示もちゃんと掛かっているな。それでは……──。 「残念。貴方は嘘をついたわね」 「……わたしは……うそを……?」 「貴方が今していることは、帝国の奴隷。貴方は今、戦争で帝国軍を勝利に導く為に、偽のエンジニアとして革命軍に潜入しているの」  私の言葉に、レイムは答えない。  今、彼女の思考はかなり混乱していることだろう。  帝国軍に打ち勝つ為に革命軍のエンジニアをしているはずなのに、“自分の心の声”が、自分は帝国の奴隷で革命軍を倒す為にエンジニアとして潜入しているなどと言い始めるのだから。  しかしその混乱は想定済み。むしろ、上手くいっていると言っても良い。  混乱しているなら、その思考を“正解”に導いてやれば良いだけなのだから。 「それじゃあ、貴方が生まれた意味は何?」  続ける私の質問に、レイムは「ぇ……?」と掠れた声を漏らす。  思考を巡らせる暇も無い程に、矢継ぎ早に私は続けた。 「答えて? 貴方はどうして生まれたの? 何の為に生まれたの?」 「そ……れは……」 「教えてあげる。貴方が生まれた理由は……帝国の奴隷になる為よ」  私がそう囁いた瞬間、彼女が微かに息を呑んだことに気付いた。  ただでさえ思考が上手く働かない状態の中で、矢継ぎ早に上手く答えられない質問を幾つも投げ込まれて混乱していた思考に、その質問の回答とも言える言葉が投げかけられる。  その答えは今の彼女にとって、まるで一寸先すらも見えないような深い霧の中に差し込んだ、一筋の光のようなもの。  例えその光が無害かどうかは分からなくても、自分で回答を出すことが出来ない現状では、その光に縋ることしか出来ない。  ……だって、縋ることしか出来ないように、私が仕向けたのだから。 「それじゃあ、少しずつ思い出してみましょうか。貴方が革命軍に来る前は、何をしていたの?」 「わたしは……どれいをはたらかせる、ぶきこうじょうで……はたらかされて、いました……」 「どうしてそんな所で働かされていたの?」 「それは……わたしが、どれいだったから……?」 「武器工場で働かされていたのはどうして?」 「わたしの、おとうさんが……ぶきかじの、しごとをしていて……ぶきをつくる、ぎじゅつが、あったから……」  私が促すままに、彼女は重たい声で途切れ途切れになりながらも、自分の過去について口に出す。  舌足らずな口調で拙くも紡がれたその言葉に、私は小さく笑み、続けた。 「じゃあ……貴方はどうして、武器を作る技術を手に入れたの?」 「それは……おとうさんが、ぶきかじのしごとを、してたから……」 「お父さんが武器鍛冶の仕事をしているからって、遺伝して同じような技術を手に入れられるわけじゃないでしょう? お父さんの仕事を見学したり、手伝ったりして……何度も練習したりして、その技術を手に入れたんじゃないの?」 「……ぁ……」 「お父さんの武器鍛冶の仕事を間近で観察したりして、たまに手伝ったりして……自分でも出来るようにって、何度も失敗を繰り返しながら、一生懸命鍛錬を繰り返しながら手に入れた技術でしょう?」 「ぁ……ぁぁ……」  私の言葉に、レイムは絞り出すように掠れた声を漏らす。  ……そう。魔道具作成の技術に限らず、彼女の持っている武器鍛冶能力は父親の仕事を見学したり手伝ったりしていたからと言って、自然に手に入るような代物では無い。  何度も失敗を繰り返し、それでも諦めずに必死に歯を食いしばりながら、懸命に努力してようやく手に入れられる高尚な能力なのだ。  しかし、彼女には努力した自覚が無かった。  彼女にとって武器鍛冶の仕事は幼い頃からずっと触れてきたものであり、最早彼女の体の一部と言っても過言では無い、当たり前の存在になっているからだ。  武器鍛冶としての技術を手に入れる為の修練も、その為に必要な失敗や努力も彼女にとっては当たり前のことで、必死に努力して手に入れたという自覚が無いのだ。  無論、彼女自身の父親譲りの才能や、武器鍛冶という仕事に対する熱意や愛情もあるだろう。  武器鍛冶の技術を手に入れる為の努力が苦痛では無かったのは、そう言った点が関与していると考えて良い。  だから私は、まずその努力を自覚させた。  私の言葉によって、彼女は幼少期から当たり前のように行ってきた武器鍛冶としての作業が、全て武器鍛冶の技術を手に入れる為の努力であったことを自覚した。  自分が今まで武器鍛冶になる為に努力してきた軌跡を思い出し、それが努力であったと認識した。 「じゃあ……どうしてそこまで努力をしてきたの?」  答えは簡単。武器鍛冶の仕事が好きだったから。  だから当たり前のように努力し、苦労すること無く武器鍛冶の技術を手に入れた。 「それ……は……」  しかし、今の彼女にそれを自覚することは出来ない。  今まで自分が好きでやっていたことが努力だったことを知った彼女の思考は、今まで以上に混乱していることだろう。  自分がなぜ努力してきたのか。  幼少期から時間を掛けて武器鍛冶の技術を習得してきた、その理由はなぜか。  こういう疑問で混乱した時、人間とは理屈を求めたがる生き物だ。  好きだから頑張ってきただけ、なんて精神論は咄嗟には思いつかない。  深く考えれば考える程、思考を巡らせれば巡らせる程、人は理屈で説明できる解凍を考えがちになる。  何の為に頑張ってきたのか、何になる為に努力してきたのか、そう言った目的を求めたがるものだ。  だから……── 「それはね、帝国の奴隷として働く為よ」  ──正解を導き出す前に、偽りの答えを提示してやる。  理屈で説明できる、明確な目的を示してやる。  彼女が理解するよりも前に、私はさらに続けた。 「貴方は帝国の奴隷になる為に生まれて、帝国の奴隷になる為に努力してきたの。……ホラ、思い出して? 貴方はどうして幼少期から父親の工房で武器鍛冶の仕事に触れてきたのか。どうして奴隷として武器工場で働かされてきたのか」 「ぁ……ぁ……」 「全ては帝国に忠誠を誓い、帝国に身も心も捧げる奴隷となる為。だから幼少期から武器鍛冶の技術を習得する為に必死に努力してきたのよ。……けど、折角武器工房で帝国の奴隷としての宿命を果たしていたのに、革命軍に邪魔されてしまった」 「ぁぁ……ぁ……」 「だから貴方は、帝国の勝利の為にエンジニアとして革命軍に潜入し、指示があるまで革命軍の面々からの信頼を得るべく尽力してきた。……でも、潜入期間が長かったせいで、本来の使命を忘れてしまっていたようね」 「……」  彼女が正気の状態ならば、そんなこと有り得ないと即座にはねのけているであろう言葉。  しかし、彼女は否定の言葉を一切上げることなく、気付けば私の言葉に聞き入っていた。  私の言葉は彼女の心に真実として刻み込まれ、レイム・カンデーラという人間の存在を書き換えていく。  ここまで来てしまえば、もう後戻りなんて出来ない。  革命軍のエンジニアである彼女の存在は完全に塗り潰され、帝国の奴隷である新たなレイムという存在が、今まさに彼女の人格を構築しようとしている。  あとはもう、仕上げをしてやるだけだ。 「それじゃあ、これから私が言うことを復唱しなさい。復唱すると、その言葉は貴方の心の奥深くに、真実と刻み込まれるわ」 「はい……」 「私は帝国の奴隷です」 「わたしは、ていこくの……どれい、です……」 「帝国に身も心も捧げ、命を賭して隷属する傀儡となる為に生まれました」 「ていこくに、みも、こころも、ささげ……いのちを、として、れいぞくする……くぐつと、なるために……うまれ、ました……」 「帝国に絶対服従し、帝国の為にこの身を尽くすことこそが私の生きがいであり、至上の幸せです」 「ていこくに、ぜったいふくじゅう、し……ていこくの、ために、このみを、つくす、ことが……わたしの、いきがいで……しじょうの、しあわせ、です……」 「帝国の為ならば、例え命を落とすような命令でも、どんなに仁義に反した命令でも喜んで従います」 「ていこくの、ためなら、ば……たとえ、いのちをおとす、ような……めいれい、でも……どんなに、じんぎにはんした、めいれい、でも……よろこんで、したがい、ます……」  さて、暗示はこんなもので十分か。  あとは……──。 「それでは、今からもう一度質問をするから、ちゃんと正直に答えなさい」 「はい……しつもん……しょうじき、に、こたえます……」 「貴方の名前は?」 「れいむ、かんでぇら、です……」 「貴方は今何をしているの?」 「わたしは……ていこくの、どれいであり……えんじにあ、として……かくめい、ぐんに……せんにゅう、して、います……」 「それはどうして?」 「ていこく、ぐんに……しょうり、を、もたらす……ため、です……」 「貴方の生まれた意味は何?」 「わたし、は……ていこく、の……どれいに、なる、ために……うまれ、ました……ていこくに、ふくじゅう、することが……わたしの、いきがいで……しあわせ、です……」  虚ろな声で質問に答えるレイムの様子に、私は笑みを浮かべた。  ここまで来れば、もうほとんど完成したようなものだ。  私は彼女の頭を優しく撫でながら、続けた。 「フフッ、自分の存在意義が、ちゃんと理解出来たみたいですね。……でも、貴方は一度自分の使命を“忘れて”しまっている。だから、もう二度と忘れないように、自分がどういう存在なのか……声に出して何度も繰り返しなさい?」 「はい……くりかえし、ます……」 「繰り返す度に、その言葉は貴方の心の深く刻み込まれ、貴方の存在を帝国の奴隷としてより相応しいものにしてくれます」 「はい……くりかえ、すと……ことば、ふかく、きざみ、こまれる……ていこくの、どれいに……より、ふさわしいものに、なれる……」 「何度も繰り返して、もう二度と忘れられないくらいしっかりとその言葉を頭と心に刻み込むことが出来たら、貴方は心の深い所から戻ってくることが出来ます」 「はい……なんども、くりかえして……あたまと、こころ、に、きざみ、こめたら……もどって、くることが……できます……」 「戻ってきたら、革命軍の衛生兵であるラキ・エスピオンの元に行きなさい。彼女は帝国軍の諜報員であり、帝国の奴隷である貴方を導いてくれるご主人様です」 「はい……めが、さめたら……らきの、もとに、いきます……らきは、ていこくの、ちょうほういんで……わたしの、ごしゅじんさま、です……」 「ご主人様の命令は、帝国からの命令と同じ。帝国の勝利の為に、貴方はこれから、ご主人様の命令に従って動きなさい」 「はい……ごしゅじんさまの、めいれいは……ていこく、からの、めいれいと、おなじ……ていこく、の……しょうりの、ために……ごしゅじん、さまの、めいれいに……したがいます……」 「それじゃあ、復唱を始めなさい」 「はい……わたしは、ていこくの、どれい……えんじにあ、として……かくめいぐんに、せんにゅう、してる……ていこく、に、みも、こころも、ささげる、どれいに、なるために、うまれた……」  抑揚のない声で淡々と復唱を始めるレイムの様子に、私は彼女の目を覆っていた手を離す。  彼女の首には力が入っておらず、手を離すとカクンと前に倒れ、そのまま力無く項垂れた。  しかし、彼女が今までの暗示を復唱する声は止まらず、俯いたままブツブツと何かを呟いている声が聴こえた。  今、これまで私が仕込んできた暗示が、彼女の心を深く蝕んでいることだろう。  彼女の価値観、存在意義、人格……レイムという存在を構成する全ての因子が、細胞一つ一つに至るまで、帝国の奴隷として相応しいものに作り替えられているのだ。  全ての暗示が定着するには、恐らくかなり長い時間を要する。  しばらくはこのまま放置しておいて良いだろう。 「私はもう行くわ、レイム。……終わったら、たくさん働いてもらうからね」  彼女の耳元に口を寄せ、そう囁いてやる。  しかし彼女が私の言葉に反応することは無く、相変わらず何かを呟いている声が聴こえてくるだけだった。  そんな様子の彼女に私は小さく笑みを浮かべると、武器制作の工房を出た。 ---  日も沈み、すっかり夜も更けてきた頃。  私は救護室の一角にて、エンジニアであるレイムを帝国の奴隷として洗脳し、手中に収めた旨を帝国宛の報告書に書き記す。  しかし、まだ送信はしない。  完全に成功したか、まだ成果を確認できていないからだ。 「さて……そろそろかしら……」  壁に掛けた時計を確認し、私は小さく呟いた。  すると、それに呼応するように、コンコンと部屋の扉をノックする音がした。  ……計算通り。 「どうぞ。開いてるわ」 「はい。失礼致します」  入って来るよう促すと、扉の向こうから抑揚のない声が返って来た。  次いで、キィィ……と微かに軋むような音を立て、扉が開く。  入って来たのは予想通り、レイムだった。  彼女は本当に復唱が終わってからすぐにこちらに向かって来たようで、私が催眠を施した際の恰好のままだった。  長い髪は無造作に下ろされ、服もよだれの染みや椅子の上で脱力した為に付いた皺がそのままになっている。  口から零れた涎の痕もそのままになっており、その上から新たな涎が顎の方に伝っている。  しかし、彼女がそれらを気にする素振りは一切見せず、後ろ手に扉を閉めるとフラフラとこちらに歩いてきた。 「あら、レイム……どうしたの? 私に何か用?」  私がそう問いかけてみせると、彼女はすぐさまその場でビシッと敬礼し、口を開いた。 「はいッ! 私は帝国に忠誠を誓い、魂を捧げる奴隷であります! 帝国に勝利をもたらすべく、ご主人様から命令を頂きたく参りましたッ!」  ハキハキとした口調で語るレイムの様子に、私は自分の頬が緩むのを感じた。  ……どうやら、洗脳は上手くいったようだ。  これなら、他の人間を堕とすのも造作も無いことだろう。 「そう。それじゃあ、早速命令に従って貰おうかしら。丁度やって欲しいことがあったの」 「……! はいッ! 何なりとお申し付けくださいッ!」  私の言葉に、彼女は嬉々とした表情で答える。  彼女の様子に私は笑みを浮かべつつ、机の引き出しから緑色の魔石を一つ取り出し、彼女の前に差し出した。  すると、彼女は恭しい態度でその魔石を受け取り、不思議そうな表情で私の顔を見上げた。 「あの、ご主人様。無知で申し訳ないのですが……こちらは?」 「この魔石には、催眠魔法の魔力が込められているの。だから、この魔石を使って、誰でも人に催眠魔法を掛けられる魔道具の作成をしなさい」 「かしこまりました」 「あと、私と二人きりの時以外は、皆に怪しまれないように今まで通り普通に過ごしなさい。私のことも、皆の前では今まで通りラキと、名前で呼びなさい」 「かしこまりました。ご主人様」  私の命令に、レイムは抑揚のない声で答えた。  その顔は、私の命令に従える悦びからか、今まで見たこと無い程に恍惚とした笑みを浮かべていた。

Comments

すでに完成されている共同体を内側から崩していくシチュエーションがすごいワクワクします。まずはムードメーカーから篭絡しましたが、他のメンバーはなかなか手ごわそうですね。

ナナつばき@支援復帰

第一人…竟然是系列嗎?太讚了!(一人目…シリーズですか?素晴らしいです!)

T.C.


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