【無料公開分】二度目の神童が堕ちる時Ⅱ 前編
Added 2020-11-17 15:00:37 +0000 UTC私、努野ワカバには、大好きな人が二人いる。 一人目は、五歳の頃に交通事故で両親を亡くした私のことを今まで育ててくれたおばあちゃん。 小さい頃に両親を亡くして落ち込んでいた私がその悲しみから立ち直れたのは、おばあちゃんのおかげだ。 「若葉って言うのはね、萌え出て間もない葉っぱっていう意味があるんだよ。まだ生えて間もない葉っぱみたいに、ワカバちゃんはこれからずっと、成長し続けるんだ。こうして、ずっと土の中に閉じこもっていたらいけない。何があってもへこたれないで、若葉のように、晴れた空に向かって高く伸び続けて欲しい、成長し続けて欲しい。……それが、お父さんとお母さんがワカバちゃんの名前に込めた願いなんだよ」 塞ぎ込んだ私に、おばあちゃんは一度だけ、そんな話をしてくれた。 そんなおばあちゃんの言葉に奮い立たされ、私は両親を失った悲しみから立ち直ることが出来たのだ。 立ち直ってからも、おばあちゃんは優しく、温かく……いつも私のことを見守ってくれていた。 優しく語り掛けてくれたおばあちゃんの言葉は、いつも私の胸の中に生きていた。 どんなに辛いことがあっても、おばあちゃんの言葉があったから、私はへこたれずに何度も立ち上がることが出来た。 そんな大好きなおばあちゃんを守りたかったから、私は魔法少女になる道を選んだ。 異世界から流れ込んできたという魔力から魔人というものが生まれ、その魔人を倒す為に政府は魔法少女テクノロジーというものを生み出した。 魔法少女テクノロジーは私のような中高生くらいの女子学生にしか使えないらしく、さらにその魔法少女としての力を扱う為には色々と条件が必要で、その適正があるものを見つける為に全国の学校で魔法少女の適正検査が行われた。 身体検査、学力検査、アンケート方式の心理検査、よく分からない機械を使った魔力検査? とかいう検査。 様々な検査を行った結果……私には、魔法少女としての適正があることが分かった。 魔人との戦いは命懸けの戦いになる為、魔法少女としての適正があるからと言って、強制的に魔法少女にさせられるということは無い。 しかし、魔法少女になれば毎月高額の謝礼金が振り込まれ、魔法少女の家族は政府が特別に保護して安全を保障してくれるという特典があった。 それだけでなく、魔法少女になれば中学、高校の卒業資格が与えられ、戦いが収束した後の生活も保障して貰えるとのことだった。 元々私は魔法少女になるつもりだったが、その話を聞いて、断る理由は無くなった。 魔法少女になる為には、魔法少女を育成する魔法少女アカデミアという施設に入り、訓練を受ける必要があった。 その施設に入る為には、色々と提出しなければならない書類があり……保護者が記入しなければならないものも、いくつかあった。 ……保護者の許可を、貰わなければならなかった。 だから私は、その書類を持って家に帰り、おばあちゃんに全てをきちんと説明した。 私には魔法少女としての適正があること。 魔人と戦う魔法少女というものになりたいということ。 その為には魔法少女アカデミアという施設に入って訓練を受けなければならないこと。 その施設に入る為に記入して欲しい書類があるということ。 私が魔法少女になれば、おばあちゃんは政府に特別に保護してもらえるということ。 他にも色々と報酬があること。 全てを話した。 「ワカバちゃん……」 私の話を全て聞いたおばあちゃんは、今までに見たことないくらいに悲愴な面持ちをしていた。 おばあちゃんは私が貰って来た魔法少女についての資料を幾つか見つめ、眉間にしわを寄せたまま続けた。 「本当に……魔法少女マカダミアなんてところに入るのかい?」 「おばあちゃん……魔法少女“アカデミア”、だよ」 アカデミア、という単語をゆっくりと強調するように言ってみせると、おばあちゃんは「今はそんなことどうでもいいんだよ」と遮った。 「その魔法少女ブラジリアってところに行ったら、魔人とか言う化け物と戦うんだろう? 死ぬかもしれない……命を落とすかもしれない、危険な戦いなんだろう……?」 「おばあちゃん……」 「ワカバちゃん」 おばあちゃんは私の目を見つめながら名前を呼び、私の手を取った。 私の手を両手で大事そうに握りしめながら、おばあちゃんは続けた。 「おばあちゃんはね、高い謝礼金も、安全なんかもいらない。……ワカバちゃんには、危険な目に遭って欲しくないんだよ……」 暗い面持ちで言うおばあちゃんに、私は何も言えなかった。 おばあちゃんにとって、私は唯一残った家族なんだと……ここで初めて、自覚した。 私にとっておばあちゃんが唯一の家族であるように、おばあちゃんにとっても、そうなんだ。 唯一無二の大切な家族が、自ら命を落とすような危険な戦いに参加しようとしている。 そう考えてみると、何だか自分がとても残酷なことをしているような気分になった。 ……でも……── 「──おばあちゃん、言ってくれたよね。私の名前には、若葉のように成長し続けて欲しい、っていう意味がある……って。だから、私は成長したいの。おばあちゃんや、町の人達……魔人のせいで困っている、たくさんの人々を守れるような人間に、成長したいの」 「でも、ワカバちゃんが……」 「勿論、おばあちゃんの為に……っていう気持ちもあるよ? でも、私が決めたの。魔法少女になりたい、って……たくさんの人々を守れるような人になりたいって、思ったの……!」 両手に拳を作って強く握りしめながら、私はそう力説した。 そんな私の言葉に、おばあちゃんは驚いた様子で目を丸くしていた。 数秒間の静寂が過ぎた後、おばあちゃんは小さく溜息をつき、私の目を見て優しく微笑んだ。 「……分かった。ワカバちゃんが決めたことなら……止めやしないよ」 「おばあちゃん……!」 「でも、せめて約束して? 絶対に命を落とすような真似はしないこと。万が一の時は、何よりもまず自分の命を優先すること」 そう言いながら、おばあちゃんは私の頭にポフッと手を置いた。 私の頭を優しく撫でながら、おばあちゃんは優しく微笑んだ。 「あと……絶対に、後悔はしないこと」 「……うん! ありがとう、おばあちゃん!」 私はそうお礼を言いながら、おばあちゃんに抱き着いた。 こうして、私は魔法少女アカデミアに入ることが出来た。 しかし、魔法少女になる為の訓練は、思っていたよりも厳しいものがあった。 というのも、魔法少女に変身して魔力を使って戦うというのはかなり繊細な技術が必要で、中々コツを掴むことが出来なかったのだ。 しかも、どうやらそう感じているのは私だけのようで、私が苦戦している間に他の少女達はメキメキと魔法少女としての力を付けていった。 皆が当たり前のように出来ていることが上手く出来ず、次第に皆から疎まれるようになった。 そんな中で私は、二人目の大好きな人である、才野レイちゃんに出会った。 レイちゃんは、魔法少女アカデミアに入った時から魔法少女としての力を難なく使うことが出来て、アカデミア内で一番の天才だった。 しかし、彼女は決して威張ったりせず、劣等生と言われている私に優しくしてくれた。 訓練の時には魔法少女としての戦い方のコツを教えてくれたり、訓練が終わった後は私の特訓に付き合ってくれたりした。 彼女自身も、優れた才能があるにも関わらず必死に努力していた。 辛い訓練に心が折れそうになっても、その姿に何度も励まされた。 アカデミア内で一番の優等生であるレイちゃんに鍛えて貰い、私も自分なりに一生懸命努力したおかげか、少しずつ私は力を付けていった。 周りの人達も私のことを認めてくれるようになり、気付けばアカデミア内で二番目に強い魔法少女になっていた。 「もしもし、おばあちゃん?」 『おぉ、ワカバちゃん。調子はどうだい? 魔法少女タンザニアでは上手くやっているかい?』 週に一度、私は魔法少女アカデミアの寮内にある内線電話を使って、政府が魔法少女の家族を保護してくれている施設に電話を掛けていた。 電話の相手は、勿論おばあちゃん。 相変わらずアカデミアという単語を覚えられないおばあちゃんに、私は訂正する気も失せ、苦笑を零しつつ口を開いた。 「うん。元気にしてるよ」 『本当かい? 無理してたりしてないかい?』 「大丈夫だよ! だって……私には親友がいるんだもん」 周りに誰もいないことを確認して、私はそう答えた。 ……劣等生の私なんかがレイちゃんのことを親友と呼ぶのは、ちょっとおこがましいかもしれない。 でも、私は……レイちゃんのことが大好きだ。 才能があるのに威張ったりしなくて、皆から馬鹿にされてた私にずっと寄り添ってくれて、共に切磋琢磨してくれたレイちゃんを……私は勝手に、親友だと思ってる。 彼女も私のことをそんな風に思ってくれているかは分からないけど……親友とまでは思って無くても、他の子よりも特別に思ってくれていたら、嬉しいな。 『親友……あぁ、いつも言ってるレイちゃんって子かい?』 「うん! ……あっ、そういえばこの前ね、レイちゃんと一緒に買い物に行ったんだよ。それで、私ね……──」 こんな風に、私は週に一度、近況報告をしたりおばあちゃんの施設での様子を聞いたりする。 おばあちゃんも施設では楽しく過ごしているみたいで、他の魔法少女の家族と仲良くしているらしい。 「──それでね、レイちゃんってばそのお店で見た可愛い雑貨に凄くはしゃいじゃってさ~。その姿が本当に可愛かったの……!」 『へぇぇ……フフッ、ワカバちゃんは本当に、そのレイちゃんって子が大好きなんだねぇ』 話の最中に突然おばあちゃんがそんなことを言ってくるので、私は自分の顔が熱くなるのを感じながら「えぇ!? なんで!?」と声を上げてしまった。 すると、おばあちゃんはクスクスと楽しそうに笑って続けた。 『だって、さっきからずっとレイちゃんの話しかしてないじゃないか』 「え、そうかなぁ……? あはは……」 自分でも無意識だったので、私はそう惚けて見せながら、誤魔化すように笑った。 本当に、おばあちゃんには敵わないな。 私は誤魔化し笑いを止めて表情を引き締め、ゆっくりと続けた。 「うん。……大好き」 『……フフッ、楽しくやってるみたいで良かったよ』 小さく呟くように答えた私に、おばあちゃんは安心したように笑って言った。 それに照れ臭い気分になっていると、おばあちゃんは続けた。 『ワカバちゃんの話を聞いてると、おばあちゃんもそのレイちゃんって子に会いたくなってきたよ。……魔人との戦いが終わったら、会わせてくれるかい?』 「……! うん! 絶対会わせる!」 続いた言葉に、私は嬉しくなってそう答えた。 おばあちゃんもレイちゃんも、二人共私の大好きな人だ。 その大好きな二人が仲良くしてくれたら、どれだけ嬉しいことだろう。 私はその時が待ち遠しかった。早く魔人との戦いが終わって欲しいと、この時強く願った。 しかし、レイちゃんは……魔人との戦いの最中に、行方不明になった。 ……私のせいだった。 ある日、魔法少女アカデミアに、理性を失った魔人の大群が襲撃してきた。 私はレイちゃんや他の魔法少女達と一緒に、その魔人の相手をしていた。 レイちゃんのおかげで大分強くなった今の私は、理性を失った魔人であれば、大群でも何とか倒すことが出来た。 しかも、レイちゃんも常に私の傍にいて、苦戦した時はサポートしてくれた。 二人で協力しながら何とか魔人の大群を倒し、襲撃してきた魔人の数も大分少なくなってきた頃……事件は起きた。 突然、今まで全く見たことの無い、漆黒の魔人が現れたのだ。 その魔人は強く、私の力では足元にも及ばなかった為か、すぐさまレイちゃんが助太刀に来てくれた。 アカデミアの中で一番強いレイちゃんですら苦戦したが、二人で力を合わせて必死に戦った。 戦いの最中で、レイちゃんが魔力で作り出した剣が奇跡的に魔人の体を切り裂き……──それによって魔人の体は突如スライムのような漆黒の流動体となり、レイちゃんの体を呑み込んで、消えていった。 それは、あまりにも一瞬の出来事だった。 私が言葉を失っている間に、魔人の大群は他の魔法少女によって駆逐され、その場は収まった。 ……私のせいだ。 私が弱いから……一人であの漆黒の魔人を倒せなかったから、レイちゃんが助けに入ってこないといけなくなった。 私にはあの魔人に傷を付ける程の力がないから、レイちゃんが攻撃しなければならなかった。 アカデミアの皆は私のせいじゃないと慰めてくれたが、私は自分が許せなかった。 その悔しさから、私は毎日訓練に明け暮れた。 またあの漆黒の魔人が現れれば……もしあの魔人が、おばあちゃんがいる施設を襲ったら……。 もう二度と大好きな人を失わない為に、私は必死に強くなった。 戦いの日々の中で、魔人が生まれる原因となった、地球と異世界の壁の歪みを生じさせた諸悪の根源が存在することを知った。 邪神『ノア』。それが、この戦いを引き起こした黒幕の正体だった。 『ノア』を倒せば、地球に流れ込んできた魔力が異世界へと戻り、世界が元に戻るらしい。 それを知ってからは、私達魔法少女達は邪神『ノア』を討つべく、魔人達と共に戦うことになった。 紆余曲折あり、私は皆に支えられながら、邪神『ノア』がいるという時空の狭間の手前まで辿り着いた。 「……ここが……時空の狭間……」 目の前の空間に出来た巨大な亀裂を前に、私はそう呟きながら、魔法のステッキを握りしめた。 ……ここに、邪神『ノア』がいる。 そいつを倒せば、きっと世界は元に戻る。 ……レイちゃんも……戻ってくるのかな……。 一瞬沸いた思考に、私はすぐに首を横に振り、気を取り直した。 「絶対に……勝つッ!」 自らを奮い立たせるようにそう言い、私は時空の狭間の中へと足を踏み入れた。 --- 邪神『ノア』がいるという時空の狭間の中は、前も後ろも上下も分からない程に、漆黒の闇に包まれていた。 一応、地に足が着いているという自覚はあるのだが、本当にこれが地面であるという確証は無い。 もしかしたら私が足を着けているのは急な斜面になっている場所かもしれないし、壁に足を着けて横向きに立っているかもしれない。 それか、天井に足を着けて逆さまになっている可能性もある。 しかし、そんなことは大した問題では無い。 とにかく先に進まなければという気持ちで、私は先も見えない漆黒の闇の中を進んでいく。 その時、突然辺りを覆っていた闇が晴れた。 「……!? ここは……!?」 そう呟きながら、私は辺りを見渡した。 気付けば、私はどこかのお城の一室のような場所に出ていた。 壁や天井、床などは基本的に全て漆黒に染まった大理石のようなもので出来ており、足元には血のように赤いレッドカーペットが敷かれていた。 後ろに振り向いて今まで私が歩いてきたであろう通路を見てみると、長いレッドカーペットがずっと後ろまで永遠に続いており、途中から暗闇に呑み込まれていて終わりが見えなかった。 おかしい……さっきまで、私は暗闇の中を歩いてきたはずなのに……。 よく見れば、時空の狭間に踏み込んだ時は魔法少女に変身していたはずなのに、その変身も解けている。 これは一体どうして……? と、様々な疑問の念が脳裏を過ぎるが、私はグッと堪えて後ろを振り向き、先程私の目の前にあったものを睨んだ。 そこにあったのは……玉座だった。 クッションの部分は黒く、足や肘置き、背凭れを縁取る精巧な模様が彫り込まれた金属は銀色だった。 私のよく知る玉座とは異なる奇妙な椅子に腰を下ろしているのは……一人の女性だった。 いや……彼女を女性と表すのが正鵠を得ているのかも、分からない。 確かに、彼女は“人間で言えば”女性に該当する見た目をしている。 しかし、彼女が本当に人間であれば、の話だ。 彼女は暗い紫色のメッシュが入った黒い長髪をしており、その隙間から、アニメや漫画に出てくる妖精のような長い耳が飛び出ていた。 辺りの闇に飲み込まれてしまいそうな漆黒の髪に対して、肌は雪のように白く、所々に蛇のような鱗が局在している。 こちらを静かに見つめている目つきは鋭く、桃色と紫色のオッドアイをしていて、その瞳孔は蛇のように細かった。 「そんなに見つめないで頂戴? ……照れちゃうじゃない」 ……彼女の手が、私の心臓を撫でた。 咄嗟にそう認識した瞬間、ゾクゾクッ! と凄まじい冷気が背筋を走った。 慌てて自分の胸に手を当てて、心臓の所在を確認する。 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッと激しく脈打つ音を聴き、先程の感覚が錯覚であることを瞬時に理解する。 ……怖い……。 カタカタと指先が震え、冷や汗が掌に滲む。 殺されたかと思った。死んだかと思った。心臓を握り潰されたかと思った。 自分の胸に手を当てたまま動けない私に、目の前にいる女は小さく溜息をついて口を開いた。 「レイもそうだけど、どうして皆、私が話しかけるだけで怖がるのかしら? 怖がられないように優しく話してるつもりなのに……」 その言葉を聞いた瞬間、私はハッと目を見開いた。 レイ……? 今、この人は……レイ、って言った……? 「……ここに、レイちゃんがいるの……?」 「あら……口が滑っちゃったかしら?」 「誤魔化さないで答えてッ!」 つい大声でそう言うと、彼女は少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐにやれやれと首を横に振った。 「全く、もう少し静かにして欲しいわね。……少しはレイを見習って欲しいくらい」 「ッ……やっぱり、レイちゃんはここに……」 「本当は、もう少し貴方ともお喋りしたかったんだけどね。……レイ、来なさい?」 女がそう言うと、コツ……コツ……と、どこからか乾いた足音がした。 少しして、漆黒の玉座の後ろから、ゆっくりと誰かが姿を現した。 その姿を見た瞬間、私は目を見開いた。 「……レイ……ちゃん……?」 「……」 私の呼びかけに、彼女──レイちゃんは答えない。 彼女の姿は、私の記憶に残っている彼女の姿とは大きく異なっていた。 白銀色の綺麗な髪は、記憶よりも少し伸びたような気はするが、あまり変わらない。 しかし、前髪の一部に、辺りを覆っている暗闇を彷彿とさせるような漆黒のメッシュが入っている。 海のように澄んだ青い目は暗く濁り、その奥にはハートの形を模した紋様のようなものが刻み込まれていた。 それに、彼女は元々髪色か目の色に合わせているのか、白か青の服をよく好んで着ていた。 加えて、彼女は動きやすそうなボーイッシュな恰好を好んでいた。 しかし今の彼女は、黒一色の薄手のワンピース一枚だけを身に纏っていた。 記憶とは大きく異なる姿だが、私は目の前にいる少女がレイちゃんであると確信した。 「レイちゃん……だよね……? 良かった、生きてて……私、てっきりあの時、魔人に殺されちゃったとばかり……」 「……」 「ごめん……私、弱いから……レイちゃんの足手まといになっちゃって……でも、私、強くなったんだよ……! レイちゃんより強くは、無いかもしれないけど……もう、レイちゃんの足手まといになんてならないから……だから、今度は二人で戦おうよ! 私達二人なら、邪神ノアにも負けな──」 「ぷッ……あっはははははッ!」 私の言葉を遮るように、突然女が笑いだした。 突然のことに私は驚き、咄嗟に口を噤む。 それに対し、レイちゃんは女が突然笑い出したにも関わらず、その場に気を付けの姿勢で直立したまま動かない。 一人高笑いをした女は、やがてユラリとどこか見下すように私を見て、続けた。 「馬鹿ねぇ、まだ気付かないの? この子はもう、貴方の知っている才野レイじゃなくなったのよ?」 「な、何をッ……!」 「フフッ、貴方から紹介しなさい? レイ。自分が何者なのか、詳しく」 「……はい。ご主人様」 女の言葉に、ここで初めて、レイちゃんが声を発した。 その声は抑揚が無く、淡々としていた。 彼女は一歩前に出ると、自分の胸に手を当てて口を開いた。 「私、レイは、ここにおられるご主人様……ノア様の命令に絶対服従の所有物です」 「……ノア……!?」 「私にとって、ご主人様は世界の全てであり、ご主人様の命令に従うことが私の喜びです。ご主人様の幸せが、私にとっての幸せです。私はご主人様の所有物だから、ご主人様がくれる幸せ以外は何もいりません。ご主人様がいれば、それで良いです」 淡々とした口調で言うレイちゃんに、私は絶句した。 まるで当然のことのように紡がれた彼女の言葉も信じられなかったが、それよりも、私の心を奪ったのは別の言葉だった。 私はレイちゃんの後ろで冷たい微笑を浮かべている女を見て、口を開いた。 「まさか……貴方が、邪神、ノア……?」 「うん? ……あぁ。やっと気付いたの?」 馬鹿にするように笑いながら放たれたその一言に、私は頭に血が上るような感覚がした。 今すぐにでも飛び掛かりたかったが、変身が解けた今の状態では敵わない。 私は拳を強く握りしめたまま、憤る気持ちを必死に堪え、ゆっくりと口を開いた。 「ノア……レイちゃんに、何をしたの……?」 「何、って……見て分からない?」 ノアはそう言いながら立ち上がり、彼女の少し前に立っているレイちゃんの元に歩み寄り、手近にあった肩にソッと手を置いた。 肩に手を置かれてもレイちゃんが表情を崩すことは無く、ハートの紋様が浮かんだ目で虚空を見つめたまま微動だにしなかった。 「この子……レイちゃん、だっけ? この子って面白い子よねぇ……」 そう言いながら、ノアはレイちゃんの肩に置いていた手を離し、レイちゃんの肩を抱くように反対側の肩に回した。 レイちゃんを抱き寄せる形になると、空いている方の手で彼女の頭を優しく撫でる。 すると、ずっと無表情だったレイちゃんの顔が僅かに綻び、どこか幸せそうな表情が浮かぶ。 しかし、ノアはそんなレイちゃんの様子に構うこと無く続けた。 「この子が選ぶ選択肢は、いつもその場に置いて最善の選択で……まるで、未来が分かっているかのようだった。まだ精神的にも未熟な年齢だと言うのに、魔法少女として優れた才能を持っていて周りから称賛されても増長せず、なぜか劣等生の貴方ばかりを気に掛けていた」 「それはッ……レイちゃんが優しいからッ……!」 「違うわ。貴方が、この世界の主人公だからよ」 突然放たれた一言に、私は目を見開いた。 私が……主人公……? 突拍子の無い一言に呆然としていると、ノアは小さく笑ってレイちゃんの髪を優しく撫でつけながら続けた。 「私も最初に聞いた時は驚いた話だけど、どうやらこの世界は、貴方……努野ワカバという少女を主人公として作られた、『マギア・エフォート』という名の漫画の世界らしいのよ」 「……なッ……!?」 思いもよらぬ言葉に、私は絶句した。 この世界が……漫画の、世界……!? それに、マギア・エフォート、って……私達が魔法少女に変身する時に言う掛け声にある言葉じゃないか……! 言葉を失っている私に、ノアは続けた。 「天真爛漫、純粋無垢……そんな言葉がよく似合う主人公、努野ワカバが、魔法少女としての才能が周りより劣っていて馬鹿にされる中、めげずに必死に努力し続けて、ついには魔法少女として優れた才能を持っていた才野レイを追い越し……まぁ色々あって、最後は黒幕である邪神ノアを打ち倒してハッピーエンド。それが、この世界の本来の流れよ」 「……私が……レイちゃんを、越す……?」 ノアが淡々と語って見せた話の中に、どうしても聞き逃せない言葉があり、私はつい聞き返した。 私が、レイちゃんを越す、だって……? レイちゃんは魔法少女としての才能があって、努力も怠らない天才で、魔法少女アカデミアの中でも随一の優等生だ。 そんな彼女を、私が追い越すだって……? あまりに信じられない言葉に呆けていると、ノアは「えぇ、そうよ」と続けた。 「“本来”であれば、レイは優れた才能に驕って努力を怠り、必死に努力したワカバに越されるはずだった。……馬鹿にしていたワカバに越されて劣等感に苛まれたレイは、黒幕である邪神ノアに見初められて誘拐され、闇の魔力によって洗脳された状態でワカバと対峙し……ワカバの手によって、殺されるはずだった」 「私が……レイちゃんを……?」 大好きなレイちゃんを……私が自分の手で、殺す……? あまりに信じられない言葉に、私は呆然とした。 それに、他にも信じられない言葉が幾つかあった。 レイちゃんが才能に驕って努力を怠る? 私以上に必死に努力していたレイちゃんが? 私のことを馬鹿にしていた? 誰よりも真摯になって私に寄り添ってくれていたレイちゃんが? 私に越されて劣等感に苛まれた? 私が強くなるのを誰よりも喜んでくれていたレイちゃんが? 「そッ……そんなわけないッ! レイちゃんッ! コイツの言ってること、全部嘘だよねッ!?」 あまりにも信じられない言葉に、私はレイちゃんにそう訴えかけた。 しかし、彼女はやはり反応を見せない。 無表情のまま、ノアの成すがままにされている。 そんなレイちゃんの様子に何も言えずにいると、ノアは彼女の頭を両手で包み、優しく自分の胸に抱き寄せた。 「そうね……“本来”の才野レイであれば、そうなることが正しかった。でも、ならなかった。だって、ここにいるレイは……本来の才野レイでは無いんだもの」 「は……?」 「ここにいるレイには、前世の記憶があるの。……この世界とは別の世界で、この世界が描かれた『マギア・エフォート』という漫画を読んだ、その記憶が」 「ッ……!?」 追撃のように突き付けられた新たな事実に、私は思わず息を呑んだ。 すると、ノアは胸に抱いたレイちゃんの頭を愛でるように優しく撫でながら続けた。 「この子の中には、この世界とは別の世界の住人である、──の魂が込められているの。──としての記憶が、残っているの」 ノアの口から紡がれたのは、聞いたこともない名前だった。 少女の名前であることは分かる。……しかし、そんな名前も聞いたこともないような少女がレイちゃんの中にいる、なんて話は……とてもではないが、信じられなかった。 言葉を失う私に、ノアは続けた。 「だから、彼女は自分が才野レイという漫画のキャラクターに生まれたことを知り、漫画のように自分が殺される未来を変える為に、必死に努力していたの。優れた才能があるからと調子に乗ったりせず、主人公である貴方のことも馬鹿にしたりせず、それどころか貴方のことを支えて共に切磋琢磨し合う友となり……貴方に越されて劣等感に苛まれ、挙句の果てには殺されるという未来を変えようとしたらしいのよ。……フフッ、どう? 面白い子でしょう?」 言いながら、ノアはレイちゃんの頭を強く抱き締めた。 彼女の言葉に、私は答えられなかった。 今まで信じていたものが、ガラガラと崩れ落ちていく感覚がする。 気付けば腰から力が抜け、私はその場にへたり込んでいた。 「それで、何の話だったかしら? ……あぁ、レイに何をしたかって話だったかしら」 そんな私を見て、ノアはどこか演技がかったようなわざとらしい口調で、今思い出したかのように言う。 彼女は胸に抱いたレイちゃんの頭を撫でながら、続けた。 「勿論、私も最初はこの事実は知らなかったわ。ただ、この子が面白い子だったから捕まえて、記憶を覗いて、この事実を知ったの。……まぁ、私も初めて知った時は驚いたから、今の貴方の気持ちは分かるわ」 心にも思っていないであろう同情の言葉に、私は微かに眉を顰めた。 そんな私の苛立ちに気付いているのか否か、彼女は特に気にしないまま、さらに続けた。 「それでね、このままレイに闇の魔力を流して洗脳しても、貴方との戦いの最中にレイは意識を取り戻し、貴方が勝利するまでの漫画通りの流れが出来上がってしまう。幸いにも、レイがその流れを変える為に努力していたおかげで、魔法少女としての力は貴方よりも優れているみたいだけど……何が起こるか分からないじゃない?」 そう言いながら、ノアは胸に抱いたレイちゃんの頭を優しく撫でた。 レイちゃんは両手をダランと垂らし、成すがままになっている。 胸に顔を埋めている為、彼女の表情は分からない。 しかし……ビクビクと、僅かに体が痙攣していた。 その様子を見ていると、ノアに頭を撫でられている時に浮かべていた幸福そうな表情が脳裏を過ぎった。 彼女の口から紡がれた言葉と、目の前で行われている出来事が私の頭の中でグチャグチャに混ざり合い、思考が上手く働かない。 何も言えずにいると、ノアは続けた。 「だから、“本来”よりも念入りに洗脳したの。戦いの途中で自我を取り戻さないように、その前世の記憶も、この世界での記憶も、余計な感情も全て消して……私への忠誠心だけを植え付けたの。あとは……分かるでしょう?」 その言葉を聞いた瞬間、私の中で切れた。 ……細かいことは、よく分からない。 レイちゃんに前世の記憶があるとか、この世界は漫画の世界で私が主人公とか、理解できないことはたくさんある。 でも、今分かることは……目の前にいる邪神が、私の大切な人に、酷いことをしたということッ! 私は足に力を入れてゆっくりと立ち上がり、目の前にいる邪神を睨んだ。 そんな私を見て、ノアは目を見開いた。 「ちょっと……何をするつもり?」 「貴方の言ったことは信じられないし、正直、まだ気持ちの整理なんて出来てないけど……でもッ! レイちゃんが私を支えてくれて、私の大切な人であることには変わりないからッ! 私はレイちゃんを……大切な人を、信じたいッ!」 叫びながら、私はポケットからコンパクトを取り出し、強く握りしめた。 すると、ノアはそんな私を見て、小さく口笛を吹いた。 「へぇ……てっきり、これで心が折れると思ったのに……。レイ、邪魔者が現れたわ。相手をしてあげなさい」 言いながら、ノアは自分の胸からレイちゃんの頭を離させた。 レイちゃんは胸に顔を埋めていたせいで髪がボサボサになっていたが、気にする素振りなど見せず、ノアの言葉に「はい、ご主人様」と答えた。 それからゆっくりとこちらに体を向け、私と向き合う形になる。 ノアは続けた。 「彼女には利用価値があるわ。出来れば生け捕りが望ましいけれど……殺しても蘇生できるから、手加減なんてせずに全力でやってしまいなさい」 「はい。ご主人様」 淡々とした口調で答えながら、レイちゃんはワンピースのポケットから、漆黒に染まったコンパクトを取り出して構えた。 ……まさか、レイちゃんと戦わないといけないの……? その事実に、私は一瞬怖気づきそうになったが、すぐにそれをグッと堪えた。 これは、レイちゃんを倒す為の戦いじゃない。助ける為の戦いなんだ。 私はレイちゃんよりも弱かったけど……レイちゃんがいなくなってから、必死に努力して強くなった。 この戦い……絶対に、負けるわけにはいかない。 「大切な人を守る為に、私は戦うッ!」 怖気づく自分を奮い立たせるように言いながら、私は握りしめた純白のコンパクトを構える。 しばしの静寂の後、私とレイちゃんは、同時に口を開いた。 「「マギア・エフォート・ドレスアップッ!」」 そう掛け声を発した瞬間、コンパクトが眩い光を放った。 --- 「「マギア・エフォート・ドレスアップッ!」」 そう掛け声を発した瞬間、コンパクトが眩い光を放った。 同時に、私の身に着けていた衣服は全て光の粒となって消え去り、私の体のラインをなぞるように裸体に纏わりつく。 コンパクトから放たれた純白の煌めきは私の体を覆い、ピンクを基調とした可愛らしい魔法少女衣装が私の体を包み込む。 先端に大きなハート形の宝石が付いたステッキを握り、私は変身を完了する。 「……レイちゃん……」 変身を終えて顔を上げた私は、掠れた声でそう呟いた。 そこに立っていたのは、白銀色だった髪が黒く染まり、漆黒の魔法少女衣装に身を包んだレイちゃんだったから。 元々、彼女の着ていた魔法少女の衣装は全体的に白を基調としたもので、所々に青色のアクセントが入った服だった。 しかし今の彼女が着ている服は、白かった部分は黒く染まり、青色のアクセント部分は毒のように禍々しい紫がかった桃色に変わっていた。 まるで闇をそのまま身に纏ったかのような漆黒の衣装を着た彼女は、同じく漆黒に染まった魔法少女のステッキを、ゆっくりと私の方に向けた。 「……倒す……」 そんな言葉と共に、黒い光の弾が私に向かって放たれた。 「ッ……!?」 私は咄嗟に後ろに跳ぶ形で、その光を避ける。 すると、光は数瞬前まで私がいた場所に着弾し、乾いた破裂音を発しながら消滅する。 こんなにすぐに攻撃してくるなんて……ッ! 私は地面に着地すると、すぐにステッキを構え、レイちゃんの元に駆け出した。 「レイちゃんッ! 目を覚ましてッ!」 叫びながら、私はレイちゃんに向かって光の弾を放つ。 桃色の光は目にも止まらぬ速さでレイちゃんの元に飛んでいくが、彼女はそれを、首を傾げるような動きだけで避ける。 紙一重で避けられた光は後ろの壁にぶつかり、消滅する。 しかし私はすぐに体勢を立て直し、ステッキに桃色の光を纏わせる。 「レイちゃんッ! 正気に戻ってよッ!」 叫びながら、私は杖を剣のようにしてレイちゃんに殴り掛かった。 彼女はそれを、漆黒の光を纏わせたステッキで受け止めた。 まるで剣と剣の鍔迫り合いのようにステッキをぶつけ合わせながら、私は続けた。 「レイちゃんッ! お願い、目を覚ましてッ! 私のことを思い出してッ!」 「……お前などッ……知らないッ!」 必死に叫ぶ私に対し、彼女はこちらを睨み付けながら冷たい声でそう言った。 かと思えば、ステッキの先端に黒い光が集まっていく。 マズい……ッ! 離れなければ……ッ! 咄嗟にそう感じたが、ステッキ同士で競っている今の状態では難しかった。 レイちゃんの力は強く、彼女のステッキをいなして距離を取るようなことも出来そうになく、このままでは彼女の魔法を直に喰らうハメになるのが目に見えていた。 私はギリッと強く歯ぎしりをすると、すぐに同じようにステッキの先端に魔力を溜めた。 「ッ……! 死ねぇぇぇッ!」 彼女は忌々しそうにそう呟くと同時に、私に向かって魔力を放った。 私はその魔力に反発させるように、ステッキの先端に集めていた魔力を放つ。 黒の光と桃色の光が反発し、視界を眩い光が包み込んだ。 その際に競っていたステッキの力が緩むのを感じ、私は彼女のステッキをいなした。 すぐ目の前で起こった閃光のせいで視界もままならない状態だったが、私は何とか前方に向かってステッキを構えた。 「お願い、レイちゃん……ッ! 元のレイちゃんに戻ってッ!」 叫びながら、私は続けて前方に魔力を放つ。 そこでようやく視界が戻り、徐々に世界が明瞭になっていく。 すると、そこには……誰もいなかった。 「なッ……!?」 「甘い」 驚いた時、背後から冷たい声が聴こえた。 その声に振り向こうとした瞬間、背中を強く蹴り飛ばされた。 私の体は横に吹き飛び、黒い大理石で出来た床を何度も跳ねる。 「かはぁッ……!? くッ……」 私はすぐに体勢を立て直し、レイちゃんに向かって反撃しようとした。 しかし、すでに彼女は目の前に立っており、体勢を崩していた私の顔を迷わず蹴り飛ばす。 視界に閃光が走り、世界が激しく揺れる。 顎を揺らされたのだと考えた時には、私はレイちゃんに組み伏せられ、首筋にステッキを突き付けられた。 「動くな。抵抗しなければ、悪いようにはしない」 「ッ……レイ……ちゃん……」 冷淡な声で囁くレイちゃんに、私は掠れた声で呟いた。 やっぱり……レイちゃんには敵わないな。 誰よりも魔法少女として優れた才能を持っていて、それなのに調子に乗ったりせずに、誰よりも努力するんだもん。 私なんかが……敵う訳がない。 「ホント……レイちゃんは、強いなぁ……」 掠れた声で呟きながら、私は辛うじて動かせる左手をゆっくりと懐に持っていき、魔法少女に変身する為のコンパクトを取り出す。 このコンパクトは、私達魔法少女にとっては二つ目の心臓と言っても過言では無い程に、大切なものだ。 「私、知ってるよ。レイちゃんが、こんなことをする為に、強くなったわけじゃないってこと……貴方が、本当は……誰よりも優しい人だ、ってこと……」 私はそのコンパクトを床に転がし、ステッキの先端をコンパクトに触れさせる。 ノアの言う通り、レイちゃんが本当は別の世界の人間だったとしても……こうしてノアの操り人形となり、私を傷付ける為に強くなった訳ではないことは分かっている。 奴の言うことを全て信じるなら、レイちゃんはただ……死にたくなかっただけなんだ。 その為に強くなって、この世界の主人公であるらしい私に優しくしただけのこと。 確かに、彼女が私に優しくしてくれたのは、打算があってのことだったのかもしれない。 しかし、それでも……私が彼女に救われたことには変わりない。 それに、仮に彼女が打算的に私に優しくしていたのだとしても、彼女が私に掛けてくれた言葉の全てが嘘だったとは思えない。 本当に彼女の性根が腐っていて、それを隠して私に優しくしていたのなら……絶対に、どこかで気付いているはずなんだ。 ずっと一緒にいたのだから、絶対にどこかでボロが出てくるはずなんだ。 それが、ノアに言われるまで全く気付きもしなかったのは……彼女が本当に優しい人だから、だと思う。 だから……優しい彼女に、これ以上誰かを傷付けるような真似はさせたくない。 これが、私……努野ワカバが、才野レイという少女に出来る、“最期”の恩返しだと思うから。 「レイちゃん……もしも、生まれ変わったら、その時は……──」 喉が掠れて、後半の方はほとんど声にならなかった。 けど、それでも構わなかった。 自分の口が僅かに綻ぶのを感じながら、私はステッキを介してコンパクトに魔力を流し込む。 コンパクト内の魔力を逆流させ、反発させ……暴発させる。 体中に激しい痛みが走り、意識が霞んでいく。 直後、魔力を流したコンパクトは今まで見た中で一番眩しい光を放ち、爆散する。 意識が消えていくのを感じながら、私は静かに目を瞑った。 レイちゃん、今まで優しくしてくれてありがとう。 例え今までの関係が打算だったとしても、私が貴方に救われたのは事実だから。 次に生まれ変わった時には、お互いに隠し事の無い……──本当の友達に、なりたいな……。 「……大好きだよ。レイちゃん」 意識が潰える寸前で、私はそう呟いた。 直後、私は……──。