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わんちゃんの1日【pixiv公開分】

 ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ。 「んんッ……くはぁッ……んッ……」  部屋の中に鳴り響くアラームの音に、私は大きく欠伸をしながら両前足を伸ばし、背中を逸らして大きく伸びをする。  体中に血が巡るような感覚と共に寝ぼけていた頭が覚醒し、意識がハッキリしてくる。  軽く首を横に振って完全に目を覚まし、アラームの音が鳴り響く中、私は専用のベッドから抜け出し、部屋の主であり私の飼い主であるご主人様が眠るベッドに近付いた。 「ワン! ワン! ワン! ワン!」  けたたましく鳴り響くアラーム音にすら起きる気配のない主を起こすべく、私はベッドの傍に座って声を掛ける。  しかし、それでも彼女は起きる気配が無い。  仕方がないので、私は前足をベッドについて身を乗り出した。 「ワンワンッ! ワンッ! ワンワンッ!」  先程よりも気持ち大きめの声で吠えてみる。  すると、ベッドで眠るご主人様は「んんぅ……あと五分……」と呻くように言いながら、こちらに背中を向ける形で寝返りを打つ。  彼女の言葉に、私はむぅ、と頬を膨らませた。  朝の散歩も朝ごはんもまだだし、ご主人様はお仕事もあるのに……このままでは遅刻してしまう。  仕方がないので、私はベッドに乗り上げてご主人様に覆いかぶさり、ご主人様の顔を舌で舐め上げる。 「あははっ、くすぐったいよ。分かった、分かった。起きるってば」  そこでようやくご主人様は目を覚まし、私の体を押しのけるようにして起き上がる。  私はベッドから降り、舌を出して呼吸を荒くしながらご主人様に向き直る。  すると、彼女は体を起こして「んん~ッ」と伸びをすると、私を見て小さく微笑を浮かべた。 「おはよう。ポチ」 「ワンッ!♡」  ご主人様に名前を呼ばれ、私は嬉しい気持ちになりながら返事をする。  女性にしては少し短めのショートヘアには寝癖がついてボサボサで、服は少し乱れている。  だらしない恰好ではあるが、それでもご主人様には変わりない。  今日も朝からご主人様に名前を呼んでもらえて、私の気持ちは一気に高揚していた。  そんな私を見てご主人様はクスリと小さく笑い、ベッドから足を下ろして立ち上がる。 「ポチ、お座り」 「ワンッ!」  命令され、私は素直にその場でお座りをする。  すると、ご主人様はクスクスと楽しそうに笑い、私の頭をワシャワシャと撫でた。  ご主人様に撫でてもらえたことが嬉しくて、私は舌を出して呼吸を荒くし、激しく尻尾を振って喜びを露わにする。  そんな私を見てご主人様は楽しそうに笑み、私の頭から手を離した。 「ポチ、待て」 「ワンッ」  顔の前に掌を突き出されて言われた命令に従い、私はその場でお座りの体勢のまま動きを止める。  するとご主人様は小さく笑みを浮かべ、私の顔の前に差し出していた手を下ろした。 「それじゃあ、僕は今からシャワー浴びたり着替えたりしてくるから、そのまま待っていてね」 「ワンッ!」  了解の意味を込めて答えると、ご主人様は満足そうに頷き、朝の準備をする為に部屋を出て行く。  部屋の中に誰もいなくなっても、私はご主人様の言いつけを守るため、お座りの体勢のまま少しも動かなかった。  それにしても……と、私は僅かに尻尾を振る。  ……下腹部に何だか違和感がある。  起きてから、ご主人様を起こしたりご主人様に構ってもらったりして気にする暇など無かった。  しかし、こうして静かにしてると、何だか変な感じがした。  なんていうか、いつもあるものが無い感覚というか……何かが足りない感覚。  今すぐにでも首を動かして確かめたいところだが、ご主人様には“そのまま”待っていてと命令されている為、この体勢から動くことが出来ない。  仕方がないので、ご主人様が戻ってくるまでの間、私はその場に座ってただジッと待つ。 「お待たせ」  それからどれくらい経った頃だろうか。  ジッと座って待っていた時、身支度を整えたご主人様が部屋に戻って来る。  先程まで寝癖の付いていた髪はキッチリと整えられ、元々綺麗に整った中世的な顔には薄く化粧が施され、その体には暗いカーキ色の軍服のような服を着ていた。  これが仕事をする時のご主人様の恰好だ。  元々ご主人様のことは大好きだけど、特にこの格好をしている時のご主人様はカッコよくて、実はこの格好をしている時のご主人様が一番好きだ。 「ポチ、もう動いて良いよ」 「ワンッ!♡」  ご主人様の言葉に、私は一声吠えてお座りの体勢から四つ這い状態になり、ご主人様の足元に駆け寄る。  すると、ご主人様は笑顔で私を迎え入れ、ワシャワシャと私の頭を撫でてくれる。  それだけで先程までの違和感など全て吹き飛び、どうでもよくなる。  ご主人様♡ 好き♡ 好き♡ 「……あれ?」  その時、ご主人様は私を撫でる手を止めて、キョトンとした表情を浮かべた。  私はそれに顔を上げ、ご主人様の顔を見つめる。  すると、ご主人様は私の頭から手を離し、部屋のとある一点に向かって近付き、床に落ちていた何かを拾った。 「くぅん……?」  ご主人様が拾ったものが気になり、私はすぐにご主人様の元に駆け寄った。  すると、ご主人様は私を見ると小さく嘆息し、しゃがんで私に拾ったものを見せた。 「ダメじゃないか、ポチ。こんな大事なものを落としたら」  眉を潜めながら窘めるような口調で言うご主人様の手に握られているのは……──私の尻尾だった。  茶色のフサフサした毛に覆われた20cmくらいの長さの尻尾で、根本の方には黒いシリコン製の、ゴルフボールくらいの玉が幾つか付いている。  確かにそれは、私の尻尾だった。  犬なのに尻尾の無い私の為に、ご主人様がわざわざ用意してくれた大切なもの。  どうしてこんな大切なものを落としてしまっていたのだろう……もしかして、寝ている間に取れてしまっていたのか?  ご主人様に貰った大切な尻尾を落としてしまった罪悪感から、私は「くぅん……」と小さく鳴きながら俯いた。  すると、ポンッと頭に手を置かれる感触がした。 「大丈夫だよ。怒ってないから」  その言葉に、私はハッと顔を上げた。  するとそこには、私の頭に手を置いて優しく微笑むご主人様がいた。  怒って……ない……? 本当に……? という意味も込めて、私はご主人様の顔を見つめ返す。  ご主人様はそれに微笑み返し、ゆっくりと私の後ろに回った。 「ホラ、尻尾つけてあげるから……動かないで」  ご主人様に言われ、私はすぐに動きを止める。  すると、ご主人様は「良い子だね」と言い、私の臀部に手をあてがう。  ひんやりした手が優しく私の臀裂を割り開き、そこに尻尾の根本のボール部分をあてがい、ゆっくりと差し込んだ。 「わふぅッ……♡」  排泄の度に尻尾の挿入を繰り返しているお尻の穴はすっかり解れており、あっさりと尻尾の根本を飲み込む。  肛門部分に感じる異物感に、体の中がご主人様から頂いた物で満たされたような幸福感があり、私はつい声を漏らしながら僅かに体を震わせた。 「うーん、大分緩くなってきたなぁ……まさか寝てる最中に抜けるなんて……そろそろこれも新調かなぁ」  すると、ご主人様は独り言のように呟きながら、何かを確かめるように私の尻尾の根本をグリグリと動かす。  ご主人様が尻尾を動かす度に、肛門に挿し込まれた尻尾の根本がゴリゴリと直腸の壁を抉るような感覚がした。  その度に何かが背筋を走るような感覚があり、私はまたもや声を漏らしながら“尻尾”をビクビクと震わせてしまう。  体が熱を持ち、口から漏れる声や吐息に熱が帯び始めていた時、ご主人様が尻尾を動かす手を止めた。 「まぁ良いか……とりあえず、ポチ。散歩に行こう」  ご主人様はそう言うと床に転がっていたリードを拾い、紐の先端に付いている金具を私の首輪に装着した。  散歩。その単語に、熱に浮かされていた意識が覚醒する。  ご主人様との散歩! 朝の散歩! 嬉しい! 「ワンッ!♡ ワンッ!♡」 「ははッ、そんなに嬉しいか」  嬉しくてつい吠えると、ご主人様は楽しそうに笑いながら私の頭を撫でた。  それからご主人様に促され、私は散歩に行くべく、部屋を後にした。  ご主人様と私が住んでいるのは、ご主人様が働いている会社の中にあるマンションの一室のような生活スペースだった。  この会社には社員寮のようなものもあるらしいが、ご主人様はこの会社の中でもソートク? っていう一番偉い立場らしくて、寮とは別に専用の生活スペースが設けられているらしい。  流石私のご主人様♡  ご主人様専用の生活スペースを抜けてしばらく歩くと、他にもご主人様の部下らしき、軍服のようなものを着た人達が少しずつ増えていく。  皆ご主人様のことを慕っているらしく、ご主人様の顔を見ると口々に丁寧な挨拶をしている。  私は朝の散歩の中でも、特にこの瞬間が好きだ。  大好きなご主人様が凄い人なのだと改めて認識できるし、こんなに凄い人に飼って貰っているという事実に、誇らしい気持ちになる。  だから私は、ご主人様がつけてくれた首輪を見せびらかすように顔を上げ、同じくご主人様が私の為に着けてくれた尻尾を見せびらかすように腰を振ってアピールする。  腰を振ると尻尾の根本が肛門の内壁をグリグリと抉り、その度に甘い疼きが私を襲う。  そんな私を見て、ご主人様の部下の人達はクスクスと楽しそうに笑っている。  顔を上げれば、ご主人様も微笑ましそうな表情で私を見つめていた。  皆が楽しそうにしているのが嬉しくて、私は高揚した気持ちを表すように、さらに腰を振った。  しばらく廊下を進んでいくと、食堂に辿り着く。  私とご主人様は、いつもここで朝ごはんを食べているのだ。  食堂に着くと、ご主人様はカウンターのような場所で何かを伝え、私のリードを引いて食堂入り口近くの席に連れていく。  ご主人様は、大体いつもこの辺りの席でご飯を食べている。  この席は食堂の入り口に近い為人通りが多く、いつも私達の近くを通る人々は多い。  気にならないと言うと嘘になるが、私がご主人様に意見するなんておこがましい真似できるはずもないので、極力気にしないようにしている。  少しして、ご主人様と私にそれぞれ朝ごはんが運ばれてきた。  床に座っている私には、ご主人様の朝食が何なのかを見ることは出来ない。  私の朝食はいつも同じで、ペースト状のドッグフードが餌皿の中に盛られている。  それを、私は床に這いつくばる形で皿の中に顔を突っ込み、口と舌を使って上手く食べていく。  ペースト状のドッグフードは噛む必要も無く、口の中に入れれば片っ端からそのまま飲み込むことが出来る。  口の周りが汚れることも気にせず、私はガツガツと勢い良くドッグフードを食していく。  餌皿の中に盛られていたドッグフードはあっという間に無くなったが、ご主人様はまだ食事を続けていたので何だか手持ち無沙汰になり、紛らわすように空になった餌皿を舐めた。  ドッグフード自体はすごく美味しくて、皿を舐めると皿の中に僅かに残っていたドッグフードの残骸や風味が口の中に広がって、これはこれで美味しい。  ご主人様は食事を終えると、自分の食器と私の餌皿を片付ける。  それから私のリードを引き、食堂を後にする。  この後は食堂に来るまでに通った道を戻り、ご主人様は今日の仕事を始め、私はいつもの部屋でご主人様の仕事が終わるのを待つのがいつもの日課だ。  日中は基本的にご主人様に会えないことがほとんどだが、ご主人様の邪魔になりたくもないし、我慢するしかない。  けど、悪いことばかりではない。  お昼になればご主人様がお昼ご飯を持ってきてくれるのでその時に会えるし、部屋で待っている私の為に、色々な“玩具”を用意していてくれたりする。  どういう道具なのかはよく分かってないけど、使うと気持ちよくて楽しい気持ちになる。  たまに、ご主人様がカメラで私が“玩具”で遊んでいるところをコッソリ録画していて、夜に二人でその映像を見たりする。  私が一生懸命“玩具”で遊んでいる動画が勝手に録られているのは恥ずかしいが、録画を見ている時のご主人様はすごく楽しそうだし、ご主人様と一緒にいられる時間が増えるのでこれはこれで悪くない。 「わふぅ……んッ……」  そんな風に考えつつ歩いていた時、下腹部に違和感があり、私は小さく声を漏らしながらその場で足を止めた。  すると、ご主人様も足を止め、不思議そうな表情で私を見下ろした。 「ポチ? どうかしたのかい?」 「わふッ……くぅんッ……くぅん……」  首を傾げながら訪ねるご主人様に、私は腹部に感じる違和感を伝えるべく、必死に声を上げる。  すると、ご主人様はしばし不思議そうな表情をした後で「あぁ」と声を上げ、すぐに私の尻から尻尾を引き抜いた。  あまりに突然のことで心構えが出来ておらず、突然肛門に感じた衝撃に、私は思わず「きゃいんッ!?」と情けない声を上げてしまう。  しかし、ご主人様はそんな私の態度には興味を示す様子も無く、すぐに軍服のポケットから何やら折り畳まれた物を取り出した。  ご主人様はそれを素早く広げると、廊下の隅に敷いた。  よく見ると、それは白い正方形のシートだった。 「はい。どうぞ」 「ワンッ!」  ご主人様に言われ、私はすぐに敷かれたシートの元に駆け寄った。  これは散歩の最中に用を足したくなった際に、会社の廊下を汚すわけにはいかないので、私が用を足す為の吸水シートだ。  私はすぐさまそのシートの上で腰を下ろし、お尻の穴から力を緩める。  すると、お腹の中に溜まっていた尿が尿道を通り、しょわぁぁぁぁ……と僅かに音を立てながらシートに吸収されていく。  途端に先程までの違和感も消えていき、頭の中がスッキリしていくような感覚がした。  顔を上げれば、ご主人様や道行くご主人様の部下の人達が、こちらを笑顔で見つめている。  それに、私は笑い返──  ──……ザザッ……── 「……ッ?」  ──そうとしたところで、思考にノイズが掛かったような感覚があり、私は笑みを浮かべようと口角を僅かに上げた表情のまま固まった。  ……何だ……? 今の、感覚は……。  ほんの一瞬だけだが……──この状況はおかしいと、感じたのだ。  いや……おかしいところなんて何も無いはず……。  私はご主人様の飼い犬で、ご主人様のことが大好きで、今日もいつものように朝の散歩をして朝ごはんを食べて、これから帰ってご主人様が仕事している間玩具で遊んで……──???  ……あれ……? そもそも、私って……私の名前って……“ポチ”じゃ……──。 「ポチ?」  その時名前を呼ばれ、私は反射的に顔を上げる。  するとそこでは、ジッと私の顔を覗き込むゴシュジンサマの顔があった。  大好きなゴシュジンサマの顔なのに、なぜか今は、嬉しいとか楽しいとかそういう感情は一切湧かなかった。 「ぁ……ぁぁ……?」  頭の中がグチャグチャに混ざり合い、ゴシュジンサマの言葉に上手く反応出来ず、喉から絞り出したような奇怪な声を漏らしてしまう。  ──逃げなきゃ。  根拠の無い漠然とした感情が、私の思考に、突如として浮上した。  逃げる? 逃げるって何から? どうやって? どこに?  グルグルと思考が巡る中、ゴシュジンサマはポリポリと頬を掻きつつ、軍服のポケットからスマートフォンを取り出してポチポチと何やら操作を始める。 「あ~、覚めかけてるね。とはいえ、前回の“メンテナンス”からは大体一ヶ月……頻度も大分下がってきてるし、そろそろ完全に定着しても良い頃だとは思うんだけどなぁ……」  独り言のようにブツブツと呟きながら、ゴシュジンサマはスマートフォンの操作を続けつつ、空いている方の手で私のリードを引っ張った。  ほぼ強引に引っ張られる形で私は吸水シートから離れ、足早に歩くゴシュジンサマの背中を追いかける形で歩き出す。  ゴシュジンサマは近くにいた部下の人にシートを片付けておくように指示を出し、私のリードを引っ張って歩き続ける。  首輪が引っ張られている為に息が苦しくなり、私はその苦しさを訴えるように必死に吠えた。 「あぁ、苦しいかい? 悪いけど急ぐからね、我慢して付いて来てくれよ」  こちらに見向きもせずに放たれたゴシュジンサマの言葉に、今の私には、少しでも苦しさを和らげる為に歩を速めることしか出来なかった。  ほぼゴシュジンサマに引っ張られる形で辿り着いたのは、私達の部屋に帰るいつもの道から少し外れた場所にある一つの部屋だった。  ゴシュジンサマが立ち止まったことによって首輪を引っ張られる力が弱まり、私はその場に崩れ落ちるように倒れ込んだ。  呼吸が荒い。ずっと呼吸もままならない状態で歩いてきていたから、酸欠で頭が回らない。  意識が朦朧とする中、私はゆっくりと顔を上げ、辺りを見渡した。  ゴシュジンサマが無理矢理引っ張ってまで連れてきたのは、天井、壁、床……全てが異様なまでに白い、無機質な部屋だった。  部屋の中には、まず私達が入って来た扉が一つあり、その壁と対になるような奥の壁には同じように扉が一つある。  右手側の壁際には室内と同じくらい白い棚が幾つか並んでいる。  棚の中には、難しそうな本や何かの模型が無造作に並んでいる。  左手側の壁際には難しそうな機械が幾つも並んでおり、赤や青、黄色など、色とりどりの光を放っている。  そして部屋のど真ん中には、病院にある手術台のような、機械質な大きいベッドが一つ鎮座している。  ……この部屋は……? と一瞬疑問に思っていた時、奥の扉が開いて白衣を身に纏った女の人が一人部屋に入って来た。 「全く、朝から急に連絡してきて……こっちの事情も少しは考えてよね」 「ははっ、ごめんごめん。でも仕方がないだろう? ……どうやら、彼女のセンノウが弱まってきているみたいでね」 「……本当? パッと見、特に問題は無さそうだけど……」 「まぁ、そういう素振りが見えたってだけなんだけどね。でも、前に似たようなことがあった時に放置していたら、彼女はジガを取り戻しかけていたからね。用心するに越したことはないだろう?」 「……そうね。分かったわ」  未だに収まらない荒い呼吸を繰り返しながら、私は二人の会話に耳を傾ける。  ……センノウ……? ジガ……?  聞き慣れないよく分からない単語に、私は首を傾げる。  理解しようとしても、意識が朦朧として頭が働かない。  少し呼吸が収まり始めたのを感じていた時、どうやら二人の会話が終わったようで、白衣の女性は壁際の機械に近付いて何やら操作を始めた。  ぼんやりとその様子を眺めていた時、ゴシュジンサマが私の前でしゃがみ込み、私の頭にポンッと手を置いた。 「それじゃあ、今から僕は仕事をしてくるから、ポチはここで待っていてね?」  思いもよらぬその一言に、私は目を丸くしてしまった。  どうして……? 今日もゴシュジンサマの部屋で一日オモチャで遊んでるんじゃないっけ?  そこで、一瞬、オモチャ? と、一瞬“オモチャ”という単語に引っかかってしまう。  オモチャ、は……いつも遊んでるオモチャ、だよね……?  あれ? でも、いつも遊んでるオモチャって……──と、そこまで考えていた時、ゴシュジンサマが私の頭を優しく撫でた。 「今、ポチは頭の病気で、少し頭が混乱しているみたいなんだ。だから、今からあそこにいるお医者さんが治してくれるんだよ。……大丈夫。あのお姉さんの言うことを聞いていれば、痛いことはされないからね」  柔らかい笑みを浮かべ、優しい声で言いながら、ゴシュジンサマは私の頭を撫で続ける。  いつもならそれだけで凄く幸せな気持ちになれるのに……今は、何とも言えない不安感が私の胸中を占めていた。  大好きなハズのゴシュジンサマが、なぜだか分からないけど、怖いと感じていたのだ。  もしかしたら、これがゴシュジンサマの言う“混乱している”という状態なのかもしれない。  いずれにせよ、私にはゴシュジンサマの言うことに従う以外の選択肢は無い。  ひとまず頷いて見せると、ゴシュジンサマは満面の笑みを浮かべて「良い子だね」と言って私の頭をワシャワシャと撫でてから立ち上がり、白衣の女性に私の首輪に繋がるリードを渡した。  それから女性と何やら言葉を交わし、私を見て微笑んだ。 「それじゃあ、仕事が終わったら迎えに来るよ」  ゴシュジンサマはそう言うと、部屋から出て行く。  ぼんやりとその様子を眺めていた時、クイッとリードが引っ張られるのが分かった。 「それじゃあ、早速せんn……あー……治療を始めるから、このベッドに上がってくれる?」  女性に言われ、私は言われるがままに手術台のようなベッドに乗りあがった。  ベッドは基本的に鉄でできており、乗るとひんやりした感覚が伝わって来た。  見ると、ベッドの四隅にそれぞれ鉄のリングのようなものが付いている。  これは一体……? と考えていた時、背後で白衣の女性が「あぁ」と呟くように言った。 「仰向けになるんだったら“尻尾”が邪魔になるわね。ちょっと抜くわよ」 「……わふぅんッ!?♡」  突然の言葉に疑問を抱く時間すら与えられず、尻尾が引き抜かれる。  直後、尻尾の付け根が肛門の内壁を抉る感覚が心地よく、反射的に声を漏らしながら体をビクつかせてしまう。 「ホラ、よがってる場合じゃないわよ。さっさとベッドの上でこっち側に頭を向けて仰向けになりなさい」 「くぅん……♡ わふぅ……♡」  続けざまに白衣の女性に命令され、私は先程の快感が抜けきらない体に鞭を打ち、言われた通りに仰向けになった。  すると、彼女は私の右手を引っ張り、ベッド上にある鉄のリングにはめていく。  あっという間に私は四肢を固定され、ベッドの上で磔にされたような状態になった。  その体勢のまま呆然と天井を眺めていた時、突然目元が何かで覆われ、視界が真っ暗闇に包まれる。  突然のことに驚いている間に、頭の周りで、カチリ、カチリと、何かを固定するような音が響いた。  目元を覆ったソレはどうやら耳まで覆っているようで、その音以降何も聴こえなかった。  先程の女医が動く物音すら全く聴こえず、一気に何とも言えない不安感が押し寄せた。  直後、目の前が真っ白に染まった。 「……ッ!」  突然のことに、私は思わず体を強張らせた。  一体何が起こるのか。これからどんなことをされるのか。 そもそも、脳の病気ってどんな風に治療するんだ?  動揺しながらもそんな風に考えていた時……耳元から、何やら穏やかな音楽が流れてきた。  その音楽はまるで小川のせせらぎのような、透き通った優しいメロディだった。  耳元から聴こえるその音は、まるで鼓膜を貫通して直接私の脳に響いているような、そのまま染み込んでいくような……そんな感覚がした。  先程まで真っ白だった視界はフッと一瞬暗くなり、次いで何やら光速で画像が切り替わる映像が視界いっぱいに広がった。  しかし、耳元から聴こえる音楽によって私の気持ちは落ち着いており、どこか夢見心地な状態のまま目の前の映像を見つめた。  頭が働かない。思考が上手く回らない。  何も考えられないまま、ただ呆然と目の前の映像を見つめ続けた。  相変わらず目の前では光速で次々に画像が切り替わる映像が流れ続け、耳元からは穏やかな音楽が流れ続けていた。  あぁ……“私”が、消えていく……。  無意識に、そんな考えが私の脳裏をよぎった。  どうしてそんなことを考えたのかは分からないし、根拠があったわけでもない。  ただ漠然と、自分が消えていくような感覚があった。  しかし、それは決して不快なものでは無かった。  その消えていく“私”とは、主に先程から胸中を占めていた違和感や恐怖感がほとんどで、それらが消えていくことでむしろ頭の中がスッキリするような感覚がした。  あぁ、“ご主人様”が言っていた治療とは、こういうことか……と、ぼんやりと考えた。  少しすると、目の前の映像と耳元から聴こえる音楽に変化が訪れた。  映像は相変わらず画像が光速で切り替わるものだったが、その画像の中に一瞬、文章のようなものが表示されるようになった。  文章が表示される時間は、一瞬で切り替わる画像に比べれば長い方ではあるが、それでもせいぜい画面二枚分といったところか。  結局ほとんど一瞬であることには関わらず、その文章を読むことなどは出来なかった。  加えて、文章の表示時間が微妙に長いことで画像と文章の切り替わるタイミングが微妙にズレており、何とも言えない歪さを醸し出していた。  そして、なぜかそのズレは不快なものでは無く、つい見入ってしまうような不思議な魅力があった。  さらに、耳元から聴こえる穏やかな音楽には、ノイズのようなものが混ざり始めた。  と言っても、音楽の中に僅かに紛れる程度の小さな音量によるもので、耳障りなものでもない。  しかし、ずっと聴いていた音楽の中に混ざる微かなノイズに、つい耳を澄ましてしまいそうになる。  目と耳。視覚と聴覚。  それぞれ別の情報が同時に与えられ、あっという間に脳が情報過多で参ってしまい、私は瞬きもせずに現状に身を任せた。  思考を失い、完全に心が剥き出しになった状態の私に、容赦なく多量の情報が浴びせられる。  その情報は私の常識となって、私の体に、頭に、そして心に刻み込まれていく。  この治療を受けるのは初めてではない。  突然、そんな漠然とした思考が、一瞬だけ脳裏をよぎった。  私は何度も……何度も何度も何度も、同じような治療を受けている。  今回みたいに……否、今回以上に“ポチとしての私”を忘れかける度に、こうして機械に繋がれて治療を受けてきた。  頭の中を漂白されて、飼い犬としての正しい知識と記憶を思い出させてもらって、もう記憶を無くさないように“治療”を施して貰っているのだ。  そんな考えがよぎったのもほんの一瞬のことで、瞬く間にかき消されていった。  真っ白になった頭の中に、膨大な情報が次々に叩き付けられていく。  快も不快も分からず、ただただ“私”という存在が“更新”されていくのを傍観することしか出来なかった。  どれくらい時間が経った頃だろうか。  気付いた時には映像も音声も終わっており、頭部に取り付けられていた機械も外されていた。  しかし、私は未だにどこかフワフワしたような夢見心地な状態のままで、頭が上手く働かない状態だった。  あれ……? ここ、どこだっけ……? 何してたんだっけ……?  ぼんやりとそんな風に考えていた時、誰かが私の顔を覗き込んだ。 「あら、やっと意識が戻ったかしら? 調子はどう?」  そう言って微笑むのは、白衣を着た女の人だった。  彼女の顔を見た瞬間、私はハッと我に返った。  あぁ、そうだ。思い出した。確か、私は頭の病気でちょっと頭が変なことになっちゃって、ご主人様の紹介でお医者さんに治してもらったんだった。  私の顔を覗き込んでいるのはご主人様と仲良しのお医者さんで、私の病気を治してくれた人。  ひとまず、私は大丈夫という意味を込めて「ワンッ!」と元気よく吠えた。  すると、お医者さんはクスッと小さく笑って「大丈夫そうね」と言い、ベッドの上で固定していた私の両前足と両後ろ足を解放した。 「はい、長い時間我慢して治療出来て良い子だね~。偉い偉い」  特に表情を変えないまま言いつつ、お医者さんは私のお腹を撫でてくれた。  彼女の言葉に、私は舌を出して「へッ♡へッ♡へッ♡へッ♡」と悦ぶ。  この人は私の大好きなご主人様のお友達だから、私もご主人様の次にこの人のことが大好きだ。  大好きな人にお腹を撫でてもらえて、私はすごく嬉しい気持ちになった。  しばらくお腹を撫でてもらった後で、私はお医者さんに促される形でベッドから下りた。  すると、お医者さんはどこからか私の尻尾を取り出した。 「はい、それじゃあ尻尾付けてあげるから、動かないでね~」 「ワンッ」  お医者さんの言葉に返事をして、私は動きを止める。  すると、お医者さんは私の背後に回り──「わひぃんッ!♡」──尻尾を挿入した。  肛門に突然何かが挿入された感覚に、私はつい声を漏らしてしまう。  視界に一瞬閃光が走り、バチンッ! と音を立てて、まだ少しフワフワしていた思考が落ち着く。  その感覚は、まるで足りていなかったピースが綺麗にはまったかのような、はたまた上手く作動していなかった歯車が正常に動き出したかのような、そんな爽快感にも似ていた。  当然か。私は犬だから、こうして尻尾がある状態が正常なのだから。  そんな風に納得していた時、部屋の扉が開いた。 「どうも。ポチの様子はどうかな?」 「ワンッ!♡ ワンワンッ!♡」  部屋の中に入って来たご主人様の姿に、私は込み上げてくる喜びを抑えきれず、元気に吠えながらご主人様の足元に駆け寄った。  すると、ご主人様は「おっと」と言って微笑みながらしゃがみ込み、甘える私の頭を優しく撫でた。  ご主人様♡ 好き♡ 好き♡ 撫でてもらえた♡ 嬉しい♡ 好き♡ 「あははっ、おーよしよし。……これは聞くまでも無い感じかな?」 「そうね。元々センノウの解け具合も軽かったし、今度こそ正気を取り戻さないように時間を掛けて念入りにやっておいたわ。ただ、もう十回目になるし脳への負荷が強いから、次に正気を取り戻すようなことがあったらいよいよハイジンになるかもしれないけど」 「うーん……まぁその時はその時だね」  お医者さんの言葉にそう答えながら、ご主人様は私の頭を撫でる。  何の話をしているのかはよく分からないけど、とりあえずご主人様に頭を撫でてもらえて嬉しいなぁ♡  そんな風に考えていると、ご主人様は立ち上がり、私の首輪に繋がったリードを持った。 「それじゃあ、今回もありがとう。また何かあったらよろしく頼むよ」 「はいはい。分かってるわよ」  どこか投げやりな口調で言うお医者さんにご主人様はクスッと小さく笑い、私を見て微笑んだ。 「それじゃあポチ、帰ろうか」 「ワンッ!♡」  ご主人様の言葉に、私はいつものように元気よく返事をする。  するとご主人様は優しく微笑み、私を連れて病院を後にした。  今日は頑張ったから、おうちに帰ったらきっといつもよりたくさん晩御飯をくれて、ご飯を食べた後はご主人様が玩具でいっぱい遊んでくれるはず♡  家に帰った後の楽しみに思いを馳せ、私はその気持ちを表す為に、尻尾を振るように腰を振った。 【登場人物紹介】 ポチ/専保 千明<せんぽ ちあき>  日本国内のとある軍が所有する敏腕スパイ。現在、西暦2XXX年、日本国内でとある派閥争いから発展し勃発した戦争での勝利の為に単身で敵軍に潜入し機密情報の入手を試みていた。しかし潜入捜査中にトラップに掛かり捕獲され、当時開発中だった洗脳技術によって逆に自軍の機密情報を全て吐露させられた挙句、敵軍の総督のことが大好きな飼い犬として洗脳される。しかし、元来の精神力の強さから何度か洗脳から正気を取り戻しかけているが、その度により強固な洗脳を施されている。元々は肩より少し下まである長い髪を一つに纏めていたが、犬になった際に邪魔だからと切られてショートヘアになった。 犬飼 理央<いぬかい りお>  千明の所属する軍と敵対関係にある軍の総督。髪をショートヘアにしており、顔も中性的で軍服を着ており、男性のような出で立ちをしている。基本的には優男のような物腰の柔らかい温和な性格に見えるが、その裏には敵に対しては容赦ない冷酷な性格が潜んでおり、自軍に潜入してきたスパイの千明に対しても彼女の人権と尊厳を悉く侵害する処置を施す。 剣崎 慶<けんざき けい>  理央が総督を務める軍にて専属の研究者をしている。優れた頭脳を持ち、軍の武器開発や薬品開発などの研究面において総監督を務める。千明を洗脳した機械の開発者でもある。どこかマッドサイエンティスト気質があり、総督の理央が捕獲した敵軍兵士やスパイ等に行う拷問等から馬が合うことが多く、研究費用や必要な物資を軍から支給してもらえることもあり、軍に所属している。研究の際にはいつも白衣を身に纏っている。


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