恩師の毒牙に掛けられて #1
Added 2020-05-14 15:04:53 +0000 UTC「ありがとうございました!」 「「「ありがとうございました~!」」」 部長の挨拶に続けるように、私達はテニスコートに向かって挨拶をした。 それから一年生達がテニスコートにトンボを掛け始めるのを横目に見つつ、私、生駒愛里はグランドの隅に置いといた水筒を手に取り、中に入っているスポーツドリンクを口に含む。 口の中に広がる甘酸っぱい味に、私は「ぷはぁ……ッ!」と息を吐きながら水筒から口を離した。 「パスパ~ス」 すると、どこからか聞き覚えのある声がした。 それに顔を上げると、私達の練習しているテニスコートとネットフェンスを隔てた向こう側にあるグランドでは、サッカー部が練習をしていた。 先程聴こえた声はサッカー部であり同級生の池宮修斗で、彼はボールを受け取るとドリブルでディフェンスを素早く躱していき、鋭いシュートを放った。 ボールは目にも止まらぬ速さでキーパーの手をすり抜け、パシュッと小気味良い音を立ててゴールネットに吸い込まれていった。 彼はそれに「よしっ!」と言いながら小さくガッツポーズをすると、すぐさま自分のポジションへと戻っていく。 「……凄いなぁ……」 ポツリと、私は呟いた。 修斗は、元々小学校が同じで、小学生の頃はそれなりに仲の良い同級生だった。 しかし小学三年生の頃に親の転勤がきっかけで彼は引っ越し、この高校で奇跡的に再会したのだ。 数年ぶりに再会した修斗は、当たり前だが記憶にある姿よりも成長しており、背も高く端整な顔立ちをしていた。 勉強はあまり出来ないみたいだが運動神経は良く、誰とでも分け隔てなく話すフレンドリーさから、学年内ではかなりの人気を誇っている。 当然女子からもモテており、何より私も彼に惚れている女子の一人なのだが……。 「何ボーッとしてんの?」 「あうッ」 ペシッと軽く後頭部を叩かれ、私は小さく声を漏らしながら顔を上げた。 するとそこでは、同じ部活であり親友の進藤優美が立っていた。 顔を上げた私に対し、彼女は呆れたように溜息をつきながら続けた。 「まぁた池宮君? ホント好きだねぇ」 「鋭いなぁ……しょうがないじゃん。好きなんだから」 「まぁ分からなくもないけど……ってか、早く帰んなくて良いの? 今日家庭教師来るんでしょ?」 優美の言葉に、私はハッとした。 半年ほど前の一年生の頃から、私は家庭教師を雇って勉強を見てもらっているのだ。 元々勉強はあまり得意では無かったが、家庭教師の入江咲良先生に教えて貰っているおかげで成績は伸び、最近の中間テストでは過去最高順位を記録した。 「あっ、いっけない! ごめん、片付け任せるね!」 「おっけー。また明日ね~」 「うん! また明日!」 気怠そうな口調で言う優美に挨拶を返し、私は道具を纏めて部室へと急いだ。 部活と勉強の両立は大変だが、それでも今、私は凄く充実していた。 --- 「うーん……分からんなぁ……」 頭を抱えて目の前に広げられた問題集を睨みつけるのは、生駒愛里という少女だった。 悩んでいる様子の彼女に、私、入江咲良は彼女の悩んでいる問題を見て口を開いた。 「この問題には、さっき使った公式を当てはめるのよ。ホラ、ここをこうして……」 私がそう言いつつ公式に数字を当てはめて見せると、生駒さんはパァッと目を輝かせて「なるほどっ!」と呟いた。 それから公式の通りに問題を解いていく彼女を見て、私は小さく笑った。 「次の問題も同じ方法で解けるから、続けてやってみましょう?」 「は、はいっ……」 小さく答えつつ、彼女はカリカリとシャーペンで問題を解き進めていく。 それから時計を見てみると、もうすぐ夜の八時になるところだった。 「あぁ……もう時間になるし、今日のところはこの辺でおしまいにしましょうか」 「……あっ、はい。ありがとうございました」 私の言葉に、生駒さんはそう言って満面の笑みを浮かべた。 それからせっせと勉強道具を片づける彼女を横目に、私も開いていた参考書を閉じ、鞄の中に仕舞う。 私がアルバイトで生駒さんの家庭教師をするようになって、かれこれ半年ほどの月日が経った。 彼女は女子テニス部に所属しており、勉強と部活の両立が上手くいっていないようで、あまり成績が良くなかった。 そこで家庭教師を付けようという話になり、私が雇われることとなった。 とは言え、恐らく彼女は勉強のやり方が分からなかっただけで頭自体は悪く無く、私が教えていくと吸い込むように次々と教えたことを覚えていった。 今では部活も勉強も上手くいっているようで、雇われたばかりの頃に比べると目に見えて明るくなったように感じる。 「あっ、そういえば先生。実は今日、丁度中間テストの結果が返って来たんですよ!」 すると、ある程度勉強道具を片づけた生駒さんが、そう言いながらスマホを取り出して何やらポチポチと操作する。 彼女の様子に、私は顔を上げた。 「へぇ、どうだったの?」 「えへへっ、じゃーん!」 生駒さんは満面の笑みで言いながら、スマホの画面をこちらに見せてきた。 見ると、そこには何やら文字の羅列が書かれた画像が映し出されていた。 「何と学年内で二十四位だったんです! それで、私の学校って三十位以上だとこうして貼り出されるんですよ。だから、ホラ! ここに私の名前が!」 明るい声で言いながら、彼女は画面の一部を指さした。 指さされた場所を見てみると、確かにそこには、24という数字の横に彼女の名前が書かれている。 私はそれを見て「へぇ~! 凄いじゃない!」と素直に褒め称えた。 すると、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせて「えへへへっ」と笑った。 「これも先生のおかげですよ。本当にありがとうございます!」 「フフッ、大袈裟ね。生駒さんが頑張った成果でしょう?」 「でも、私一人だったら絶対ここまで頑張れませんでしたよ。……先生が勉強を教えてくれたおかげです」 嬉しそうに言う生駒さんに、私は静かに笑みを返す。 ……この半年で、彼女はすっかり私を信頼している。 勉強で上手くいっていることもあるし、そのおかげで部活や学校生活も順風満帆らしいのだ。 それらの根底に『入江咲良先生のおかげ』という感情が蔓延っている為、彼女の生活が上手くいく程、比例して私への信頼度は高くなる。 今の彼女にとって、私は恩師のような存在になっているであろう。 ……ここまでくれば……──。 「明日は土曜日で大学も休みだし、急ぎの用事も無いし……もしも生駒さんが良ければ、ちょっとしたご褒美をあげようと思うんだけど……」 「……ご褒美……ですか……!?」 私の言葉に、生駒さんは目をキラキラと輝かせながら答える。 それに、私は「えぇ、ご褒美」と答えながら、鞄から取り出したペンライトを見せる。 彼女はそれを見て、目を丸くした。 「それは……?」 「生駒さんは……催眠術、って知ってる?」 私の言葉に、生駒さんは目を丸くする。 それからすぐにコテンと首を傾げ、「催眠術、ですか?」と聞き返す。 「そう。ホラ、五円玉を糸に括りつけて、振り子みたいにして……貴方は段々眠くなる~ってやるやつ」 「……あぁ~! テレビでよく見る奴ですね!」 「そうそう。実は私、今大学で心理学を学んでいて、催眠術も心理療法の一種として勉強しているの。勉強疲れの解消になるし、もしも生駒さんが良ければ、少しだけどうかと思って」 「良いですね! 面白そうです!」 満面の笑みで言う生駒さんに、私は静かに笑みを浮かべた。 掛かった……と、心の中で呟く。 ひとまず、必要に応じて横になったりも出来るよう、彼女をベッドに腰かけさせた。 時間も限られているし、少しでも催眠に掛かりやすくするべく、私は部屋の灯りを少し暗くした。 それからベッドに腰掛ける生駒さんの目を閉じさせ、一メートル程離れてから、彼女の頭より少し高い位置でペンライトを持った。 「それじゃあ、これから静かに目を開けて貰うけど、目を開けても顔や頭は動かさないでね? 目線を動かすことはあっても、顔や頭の位置は固定して動かさないようにして下さい」 私の言葉に、生駒さんはコクッと一度頷き、「はい、先生」と呟くように答えた。 それに私は小さく息をつき、彼女の眉間に向けてペンライトを点けた。 「はい。じゃあ、静かに目を開けて……この小さな灯りをジッと見つめましょう」 生駒さんは静かに瞼を開き、目の前にあるペンライトの灯りを見つめた。 「決して他の所に目を逸らさずに、この灯りだけに心を集中させましょう」 私がそう言うと、彼女がペンライトの灯りを見つめる目に僅かに力がこもったのを感じる。 しかし、この少し暗い部屋の中ではペンライトの光は眩しいようで、少しずつ瞬きが増えていく。 すかさず、私は続けた。 「この光を見ていると、段々目が疲れてきて、瞼がどんどん重た~くなっていきます。瞼がおもた~い、おもた~い……瞼がおもた~い、重たい……」 私の言葉に釣られるように、彼女の瞬きが少しずつ増えていく。 段々と、目を開けている時間よりも閉じている時間の方が増えていく。 それに伴って眠気も催しているのか、首が僅かにコックリコックリと船を漕ぎ始めている。 「瞼が重くて、もう開けていられない。……このまま、瞼を閉じてしまいましょう」 そう言ってやると、生駒さんの瞼が完全に閉じる。 私はそれを見て、すぐに続けた。 「はい。瞼が完全に閉じてしまいました。もう目が開きません。瞼を閉じていると、目の疲れがスーッと引いていって、凄く気持ちが良くなります」 目を瞑った生駒さんの顔が安らかになっていく。 私はペンライトの光を消すとポケットに仕舞い、ベッドに乗り上げて彼女後ろに回り込むように座り、ソッと彼女の目を手で覆った。 「はい。目の疲れが引いていくと、段々体からも力が引いていきますよ。スーッ、と……空気が抜けるように、力が抜ける……もう体に力が入らない……自分の力で支えられなくなる……」 「……ぁ……」 小さく声を漏らした生駒さんの体から、徐々に力が抜けていく。 自分の力で体を支えられなくなったのか、彼女の体が大きく揺らぐ。 私は空いている方の手で彼女の肩を掴み、私の体に凭れ掛からせる形で彼女の体を受け止めた。 完全に脱力している様子で、彼女は人形のように手足を投げ出している。 ……ここまでで分かったことだが、彼女は大分被暗示性が高いようだ。 「はい。体からも力が抜けると、頭の中からも力が抜けていきますよ~。力が抜けて、頭の中がフワフワしてきます……フワフワ……ふわふわ……何も考えられなくなって、深く、ふかぁく沈んでいく……心のふかぁい所まで、沈んでいく……落ちていく……はい。貴方は深い催眠状態になりました」 そう言いつつ、私は生駒さんの目を覆っていた手を離した。 するとそこには、瞼を固く瞑り、完全に私に身を委ねている彼女の姿があった。 あぁ、ようやくこの時が来た……。 彼女の頭を優しく撫でつつ、私は密かにほくそ笑んだ。 遅ればせながら、私は同性愛者だ。 同性である女性を好み、今まで好きになった女性は手段を選ばず手に入れて来た。 大学で心理学を学んでいるのは本当。だが、催眠術の技術自体はもっと前から手に入れていたものだ。 この生駒愛里という少女は私好みの見た目をしており、彼女の家庭教師になった時から、こうして彼女を手に入れてやろうと密かに画策していた。 家庭教師として彼女の勉強をサポートし、長い月日を経て彼女の信頼を勝ち取った。 彼女から圧倒的な信頼を寄せられている今の私ならば、催眠術を使って彼女の心を歪めることは可能だ。 しかし、今日はあまり時間を掛けられない。 あまり長居していると保護者の方も不審に思うだろうし、もしも私の策略が知られれば、下手すればクビも有り得る。 そんなことがあれば、これまでの半年の月日が全て無駄だ。 ここは焦らず時間を掛けて、じっくりと歪めていこう。 ひとまず、今日は……。 「はい。貴方は深い催眠状態になりました。何も考えられず、何も感じない……フワフワした、気持ち良い感覚です」 「……はい……きもち、いい、です……」 重たい声で復唱する生駒さんに、私は僅かに目を見開いた。 今まで色々な女の子に催眠を掛けてきたが、こちらから命令せずとも復唱するのは、比較的被暗示性が高い証拠だ。 これは、思っているよりも上手くいくかもしれないな……なんて考えつつ、私は続けた。 「そう。すごく気持ちが良いです。気持ち良いことは好きですね?」 「はい……きもちいいことは、すき、です……」 「だから、貴方はこの状態……催眠状態が好き……催眠を掛けて貰うことが好きになります……」 「はい……さいみん、すき……」 重たい声で復唱する生駒さんに、私は静かに笑みを浮かべる。 催眠の掛かりは上々。これなら……。 「それじゃあ、これから私が三つ数えて手を叩くと、貴方は目を覚まして催眠状態では無くなります。目を覚ますとスッキリして、催眠を掛けられている間のことは全て忘れてしまいます。ですが、貴方は私に『優等生の愛里ちゃん』と言われると、今の深い催眠状態に戻ってくることが出来ます。私に言われたこと……催眠状態は気持ちよくて、自分が催眠を掛けて貰うことが好きということは、貴方の心の奥深くにしっかりと刻み込まれます。」 「……はい……わたしは、めをさますと……いまのこと、わすれます……でも、こころ……おぼえて、る……」 「普段はそのことを思い出すことは出来ません。……でも、催眠を掛けて貰って気持ちよかったこと……また催眠を掛けてほしいという気持ちは、常に心の中にあります。次の私の授業の日、その気持ちは抑えきれなくなって、貴方はまた催眠を掛けてほしいと懇願するようになります。でも、それは悪いことではありません。我慢する必要はありませんよ」 「……」 矢継ぎ早に刷り込んでいく私の暗示に、生駒さんは目を瞑ったまま、安らかな表情で耳を傾けている。 ひとまず、今日のところはこんなところかしら。 私は彼女の体をベッドに寝かし、彼女と向き合う形で立った。 「はい。それでは目を覚ましましょう。さん、にぃ、いち……」 パンッと手を叩いてやると、生駒さんはハッと目を覚ました。 彼女はパッと体を起こすと、キョロキョロと辺りを見渡し、すぐに私を見つめた。 「あれ、先生……催眠術は……?」 「フフッ、生駒さんったらすっかり催眠術に掛かってたわよ」 「えぇ~!? 本当ですか!? 全然覚えてない!」 「まぁ、そうねぇ……催眠と言っても、ほとんど寝ているようなものだから、覚えていないのかもしれないわね。……気分はどう? 変な気分になったりしてない?」 「あ、それは大丈夫ですよ。むしろなんかスッキリしました」 彼女はそう言いながら両手を上に伸ばし、大きく伸びをする。 それに、私は「それは良かった」と笑いつつ、すでに纏めていた自分の荷物を持った。 「じゃあ、今日はもう帰るわね。また次の授業で」 「あ、ハイ! ありがとうございました! お気をつけて!」 明るい声で言う生駒さんに笑い返しつつ、私は彼女の部屋を後にした。 帰る際に彼女の両親にも挨拶されたので、それに答えつつ、私は家を出た。 次の授業は二日後。後暗示も上手く入っているみたいだし、これなら問題なく事が進められそうね。 ポケットから取り出したペンライトを鼻歌交じりに指先でクルクルと回しつつ、私は今後のことに期待を膨らませた。