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女王の手駒に堕ちる時・続2

--- <美凰視点> 「みおうさま……♡ みおうさまぁ……♡」  自我の光が失せた虚ろな目でこちらを見つめ、うっとりとしたような表情を浮かべながら、翡翠は私に縋りついてくる。  飛車の駒を出した後は、雅ちゃんの時と同様、単純な作業が続いた。  彼女の駒を全部奪ってその駒を盤上に出し、完全に彼女の心を手中に収めた上で王将を勝ち取る。  ……途中までの激しい抵抗が嘘のように、あっさりと堕ちた。  飛車と角行を出しても尚抵抗し続けた雅ちゃんの方が、まだ面白味があったというものだ。  ……案外、これも彼女の作戦だったりして。  彼女は今まで会った人間の中では、最も賢い人だった。  雅ちゃんのように限界まで抵抗しても私の嗜虐心をそそるだけだと判断し、早々に勝負を諦めて、彼女を手に入れた時に感じる満足感を少なくしようと努めた結果なのではないか。  考えすぎだと言われればそれまでだが、彼女程の頭脳の持ち主であれば、有り得ない話では無い。  心を読んでいた為、彼女が意識的に考えたことではないことは分かっている。  しかし、彼女程の頭脳の持ち主であれば、無意識的に私という人間を理解していた可能性が否めない。  実際、私は少し物足りなさを感じている。  翡翠という人間自体、物凄く欲しいかと言われれば、正直言うとそこまでだ。  確かに彼女は実年齢に比べるとその見た目はあまりにも若々しく、パッと見では雅ちゃんの少し年上程度にしか見えない。  顔も整っており、白い長髪に翡翠色の目をした浮世離れした見た目は、私の傍に侍らせる分には申し分ない。  しかし、一番欲しかったくノ一である雅ちゃんを手に入れた今、彼女はそのついで程度にしか見えない。  せめて最後の最後まで惨めに抗ってくれれば、十年前の鬱憤を晴らせたというのに……。  途中経過はどうあれ、結果として、彼女の決断が私の心に靄を残したのは言うまでも無い。 「本当に……大した人ね、貴方は」  私はそう呟きながら、翡翠の頭を撫でた。  すると、彼女は虚ろな表情のまま、コテンと首を傾げた。  何はともあれ、彼女が私のモノになったことには変わりない。  正直、今まで生きてきて一番手強い相手だったと言っても過言では無いだろう。  そもそも、一時的とはいえ、私の野望を邪魔出来た者は一人もいなかったのだから。  形はどうあれ、ひとまず彼女を手駒に出来たことはかなり大きい。  しかし、そこまで聡明な彼女だからこそ、雅ちゃん以上に念入りに堕としきらなければならない。  彼女程の人間ならば、いつ正気を取り戻すか分かったものではない。  油断などしない。例えどんな相手でも、最大限の力を尽くす。  それが、私の座右の銘のようなものだ。 「桜。翡翠には“仕上げ作業”をするから、例のモノを持って来てくれる?」 「かしこまりました」  私の言葉に、終始部屋の片隅に立っていた桜は抑揚の無い声で言うと、部屋を出ていった。  彼女は、こうして雅ちゃんを手に入れる為に可愛い女の子を何人か誘拐した中で、一番に手に入れた子だ。  顔も可愛いし、元々近くの茶屋で働いていた為に召使としても優秀で、ちょっと暗示を刷り込んだ後は私の下僕として従順に働いてくれている。  そんな風に過去を懐かしんでいると、桜が書道用の筆と一つの瓶を持って部屋に入ってきた。 「美凰様。お待たせ致しました」 「えぇ、どうも」  恭しく言いながら、桜は私の傍に持ってきた物を置く。  それに、私は軽く礼を言いながら瓶を手に取り、蓋を開ける。  瓶の中身は、墨汁のように真っ黒な液体で満たされていた。  私は持っていた瓶を畳の上に置き、その手に力を込める。  すると、翡翠から奪った心の粒が掌の上に集まっていき、やがて白く光る石を形成する。  それに、私の体に縋りついて甘えていた翡翠はキョトンとした表情で顔を上げ、私の手の中にある石を見つめた。 「みおうさま……?♡ それは……?♡」 「フフッ、これは翡翠ちゃんの心よ。これから、私色に染め上げてあげるの」  そう言いながら頭を撫でてやると、彼女の顔はトロンと蕩ける。  うっとりとしたような恍惚の笑みを浮かべながら、彼女は「みおうさまの……いろ……♡」と呟いた。  つい先刻までの敵意が嘘のような彼女の態度に笑いつつ、私は石を持っていない方の手で筆を持ち、畳の上に置いた瓶の中に浸す。  まるで雪のように純白だった筆の穂先は、液体に浸すことで漆黒に染まっていく。  穂の根元まで漆黒に染まっていくのを確認すると、私はソッと筆を持ち上げる。  すると、穂先からポタポタと黒い雫が滴り落ちる。 「翡翠ちゃん、この石をよく見ていてね~」  私の言葉に、翡翠は顔を上げて私の手元を見た。  それに私は笑い返し、雫が滴り落ちる筆の穂先の下に、翡翠の心を持っていく。  すると、穂先から滴り落ちた漆黒の雫が、白い石に黒い染みを幾つも作っていく。 「ぁ……♡ ぁぁ……♡」  同時に、翡翠が微かな声を上げながら、ビクビクと肩を震わせている。  彼女の反応が可笑しくて、私は焦らすように雫が滴り落ちる穂先を動かし、翡翠の心の具現化である白い石に点々と水玉模様をつけていく。 「み、みおう、さまッ……♡ みおう、さまぁッ……♡」 「フフッ、可愛い反応♡」  頬を紅潮させ、ビクビクと肩を震わせながら言う翡翠に、私はそう笑いながら彼女の心に筆を這わせた。 「ひんッ!♡」  すると、彼女はビクンッ! と一際強く体を震わせて弓なりに体を逸らした。  それに私は笑みを浮かべつつ、ベチャベチャと掌の中にある石を汚していく。  見た目の美しさも、色むらが出来ることも気にしない。  ただ白い所が無くなるように、筆を乱雑に這わせていく。  筆の穂先が渇いて擦れてくる度に瓶に筆の穂先を浸し、また乱暴に塗りたくっていく。  まだ白い部分を筆が掠める度に、翡翠は口から嬌声を上げ、ビクビクと体を激しく震わせる。 「……さて、こんなものかしら?」 「ぁッ……♡ ぁはッ……♡ あへぁッ……♡ はぁッ……♡」  小さく呟く私に、翡翠は答えない。  彼女の心の石は、私がとある妖術を込めた特殊な墨汁で塗りたくられ、白い所を一切残してはいなかった。  心を塗りたくられることがあまりにも気持ちよかったのか、彼女の黒目の部分はほとんど白目を剥きかけており、舌を出して涎を垂らしてだらしなく笑っていた。  荒い呼吸を繰り返しながら淫靡な笑みを浮かべる彼女の様子に笑いつつ、私は漆黒に染まった心の石を光の粒に戻した。  漆黒に染まった心は、光の粒となっても一粒も残さず黒く染まっていた。  私はその光の粒を指先に集め、彼女の口元に差し出した。 「ほら、これは元々貴方の心だもの。全部返してあげる」 「ぁは……♡ ぁぇ……?♡」  私の言葉に、未だに快感によがっていた翡翠は、口元に差し出した私の指を見つめた。  しかし、やはり元は聡い頭を持った彼女だからか、すぐに私の言葉を理解したらしい。  ソッと私の手を掴むと、漆黒の光に包まれた指を躊躇わずに口に含んだ。 「んちゅッ……♡ んんぅ……♡ ちゅぷッ……♡ ちゅッ……♡」 「フフッ……もっとよく味わいなさい? 一つも残さないようにね?」  私はそう言いながら、口の中にある指をクイクイッと軽く動かした。  すると、彼女はそれに「んんぅッ!?♡」とくぐもった声を上げながら、ビクビクと体を震わせた。  彼女の反応が面白くて、私は口内を掻き乱すように指を動かした。  少し指を曲げるだけで、彼女の口の中からはグチュグチュといやらしい水の音が響き渡り、唇の隙間からはどこか苦しそうなくぐもった嬌声が漏れ出る。  しかし、それでも彼女が指から口を離すことは無く、一生懸命にむしゃぶりついている。  彼女の様子に笑いつつ、そろそろ大丈夫かと思い、彼女の肩を掴んで口から指を引きぬいた。  ちゅぽんっと音を立てて指が引き抜かれると、翡翠はキョトンとしたような表情を浮かべ、口の端から涎が垂れていることも気にせずにこちらを見つめている。  その両目には、自我の光の代わりと云わんばかりに、くっきりと二つの紋様が浮かんでいた。  上方には丸みを帯びた二つの双丘があり、下方にいくにつれてくびれを作りながら細くなっていき、下端は少し尖った奇妙な形状。  確か、異国では“ハートマーク”と呼ばれている模様だったはずだ。  元々は心臓を模したものらしいが、今では主に恋愛感情を示す為に用いられている。  そんな模様が浮かんだ目でぼんやりと私を見つめた翡翠は、やがてドロリと溶けるような笑みを浮かべ、私の体に抱き着いた。 「みおうさまぁ……♡」  甘ったるい声で言いながら、翡翠は私の体をさらに強く抱きしめる。  完全な堕落。彼女の心を手に入れるだけでなく、心の奥深くまで私の妖術を染み込ませてやった。  心自体は彼女に返したが、彼女の心が私の手中にあることには変わりない。  私の気分一つでいつでも取り出すことは出来るし、好きな時に好きなように書き換えて弄ぶことが出来る。  一度苦渋を味あわされた身。これからは、私の暇潰しとして遊ばれる玩具になってもらおう。 「みおうさまっ♡」  すると、雅ちゃんが甘えたような声で言いながら、私の体に抱き着いてきた。  それに驚いていると、彼女は縋りつくように私の顔を見上げ、続けた。 「さっきの、こころをそめるの……♡ わたしにも、やってほしい、です……♡ わたしの、こころも……♡ みおうさまの、いろで……そめて、ほしい、です……♡」 「フフッ、そうね。そんなに言うなら、雅ちゃんにもやってあげる♡」  私の言葉に、雅ちゃんの顔がパァッと明るく輝いた。  それに笑っていた時、翡翠が私の顔を見上げて口を開いた。 「みおうさまぁ♡ はやく、わたしであそんでください♡ わたしはみおうさまのおにんぎょうなので♡ はやくあそんでほしいですっ♡」 「大丈夫よ。ちゃんと遊んであげるから」  私はそう言いながら、翡翠の頭を撫でて宥める。  さて、ずっと欲しかったくノ一ちゃんは手に入れたことだし、次はどんなことをしようかしら。  しばらくはこの子達で楽しめそうだけど、この子達に飽きたら次はどんな子を手に入れよう。  両手の中にいる新しい収集物を愛でながら、私はこれからのことに思いを馳せた。


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