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あいまり
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【先行公開】その輪廻が淫靡に染まる時【前編】

 木刀が風を切る心地良い音が、のどかな村に響き渡る。  空は快晴。暑すぎず寒すぎない丁度良い空気を感じながら、私、リンカ・ネーションは木で出来た刀で剣の訓練に励んでいた。  汗が体に滲み、呼吸が乱れる。  そろそろ休憩しようかと、剣の素振りを僅かに止めた時だった。 「ギュイィィ」 「……?」  頭上から聴こえた妙な鳴き声に、私は動きを止めて顔を上げた。  するとそこには、雲一つない空に翼を羽ばたかせながら飛ぶ鳥のような生物がいた。  あれは確か……この辺りに生息する、フライシュフォーゲルって魔物だった気がする。  基本的には害の無い温和な魔物だが、たまに村の農作物を荒らす為、農家の人達からはあまり良く思われていない。  しかし、この魔物の肉は中々美味だ。  特に、“この世界での”私の母がコイツの肉で作るシチューは絶品で、私の大好物だ。  思い出すだけで腹が減ったので、私は空を飛ぶ魔物に手を向けて標準を定め、口を開いた。 「火の生命よ。我に従い、小さき球を成してこの者に攻撃し給え。ファイアボール」  呟いた直後、掌からボッと小さな火の球が出現し、空を飛ぶ魔物に向かって勢いよく射出された。  一筋の光となって射出された火の球は、数瞬後には上空の魔物の脳天を貫いた。  顎から火の球を貫通された魔物は上空で体を揺らがせ、重力に従って落下した。  ズシャッと鈍い音を立てて落下した魔物の元に、私はすぐさま駆け寄った。  その時、家の扉が開いた。 「なんだか凄い音がしたけど、一体どうしたの?」  家から出てきた人物であり、現世での私の母であるシオン・ネーションはそんな声を上げた。  しかし、私の目の前に転がっている魔物を見るとすぐに困ったように笑い、こちらに向かって駆け寄ってきた。  太陽の光を反射してキラキラ輝く綺麗な金色の長髪を靡かせ、海のように澄んだ青い目を細めて、彼女は私の元まで来る。  それから私が仕留めた魔物を見て、「まぁまぁ」と続ける。 「これ……またリンちゃんが仕留めちゃったの?」 「うん。だって、ママが作るシチュー好きなんだもん」 「フフッ、嬉しいこと言ってくれるじゃない。しょうがないわねぇ、今夜はシチューね」  困ったように笑いながら、シオンは私の頭を優しく撫でた。  この世界に生まれて十二年になるが、やはり親に頭を撫でて褒められるという経験には未だに慣れず、なんだかむず痒い気分になる。  とりあえず笑って誤魔化していた時、背後から「おー」と声が上がった。 「またリンカが仕留めたのか? すげぇなー!」  どこか雑な感じの声に、私は振り返る。  するとそこでは、肩にイノシシのような魔物を担いだ男……この世界での私の父、ソーマ・ネーションがこちらに向かって歩いて来ていた。  彼の言葉に「うん!」と頷いて見せていた時、背後から両肩をポンッと強く叩かれた。 「そうなの! この子ったら、私の作るフライシュフォーゲルのシチューが食べたいからって仕留めたんですって」 「っはは、そうなのか! 流石俺の娘だリンカ!」  ソーマはそう言いながらしゃがんで私と視線を合わせ、ゴツゴツした手でワシャワシャと乱雑に撫でてくる。  少し乱暴な手つきに困惑しつつも、私は「えへへ」と笑った。  茶色の短髪に炎のように真紅の目をした彼は、そんな私を見てシシシッと笑い、立ち上がってシオンに視線を向けた。 「じゃあ、コイツは干し肉にして明日食おうか」 「えぇ、そうね。じゃあ、ちょっとこの魔物も台所の方に運んでくれる?」 「おう! 任せとけ!」  シオンの言葉にソーマは元気に答えると、空いている方の手で私が仕留めた魔物を抱え、そのままシオンと共に家の中に入って行った。  相変わらず仲睦まじい夫婦だと呆れつつ、私は落ちていた木刀を拾い、訓練を再開した。  ……私は、前世の記憶を持つ転生者だ。  元々私は、日本のとあるブラック企業で働くどこにでもいるOLだった。  友達もロクにおらず、夢も希望も無く、ただ毎日低い給料で残業を続けていた。  毎日続く上司からのセクハラと過労に疲弊していた私は、ある日会社からの帰り道でトラックに轢かれ、気付けば剣と魔法で溢れ返ったこのファンタジーな異世界へと転生していた。  前世では中身の無い退屈な人生を送っていた私は、現世ではもっと中身のある充実な人生を送るべく、幼い頃から剣と魔法の両方を鍛えていた。  父には剣術を習い、母には魔術を習い、七歳になる頃には父と母の教えは全て習得していた。  それからは一人で毎日訓練に励み、いつか何かがあった時の為に鍛え続けている。 「……ふぅ……」  しばらく剣の素振りをしていた私は、小さく息をつき、剣を下ろした。  それから空中に手を掲げ、小さく口を開いた。 「ステータスオープン」  誰にも聞かれないように小さな声で呟くと、ヴォンッと音を立てて視界に文字の羅列が浮かんだ。  名前:リンカ・ネーション  年齢:12歳  性別:女  レベル:8  HP:6500/6500  MP:4980/5000  SP:3419/4000  攻撃力:1900  防御力:1700  俊敏性:2000  筋力:1500  知力:1000  魔力:1800  相変わらずの高ステータスに、つい顔が綻ぶ。  転生者特典のようなものがあるのか、私のステータスはかなり伸びやすく、自主訓練やたまに魔物を仕留めているだけでかなりステータスが伸びていた。  私のステータスはこの世界の基準で見てもかなり高く、鑑定スキルで家族のステータスを見たところ、母の能力値は余裕で越えており、父の能力値にも迫る勢いだった。  しかし、ここで油断して今の強さに甘えて自堕落な人生を送れば、また前世のような中身の無い人生に逆戻りだ。 「……よしっ」  小さく声を発し、私は前方を見つめた。  剣術の次は魔術の訓練だ、と手に魔力を込めた時、前方の空間が歪んだ。  突然のことに驚き固まっていた時、目の前の空間が裂け、中から一人の女が出て来た。 「なッ……!?」  驚き、声を上げて私は固まった。  何だ、彼女は……!?  背中まである紫色の長髪に、桃色の目をした女。  まるで人形のように整った顔に、頭からは漆黒に染まった羊のツノのようなものが二本生えている。  胸が大きくスレンダーな体つきをしており、背中からはコウモリのような黒い羽が生えていた。  異質ながらも妖艶な美しさを持つ彼女の姿に、私は目を奪われる。  すると、女は空間に出来た裂け目を修復し、私に視線を向けてクスリと笑った。 「あら、そんなに見惚れちゃって……一目惚れしちゃった?」 「ッ……!」  女の言葉に、私はハッと我に返る。  いけない。彼女の姿に、一瞬我を忘れかけていた。  すぐに頭を振って気を取り直すと、私はすぐに木刀を構え、口を開いた。 「貴方は何者なの!? なんでここに、どうやって、どこから……何が目的……!?」 「フフッ、質問は一度にしてもらわないと……まぁ、私が何者なのかって質問には答えてあげる」  飄々とした態度で言うと、女は自分の胸に手を当て、私を見てニッコリと笑った。 「私は、魔族を統べる王……貴方達人族からは、魔王……と呼ばれているわね」 「まッ……魔王ッ……!?」  予想外の言葉に、私は驚いた。  なぜ、ここに魔王が……!?  私のいた世界でも魔王と言えばラスボス的な立ち位置にいる存在だが、この世界での魔王もその例に漏れなかった。  この世界では、私達人族と魔族という種族がいがみ合っており、何十年にも渡る争いを現在進行形で行っている。  私も幼い頃から魔族は人族の敵で魔王は恐ろしいものとして教えられており、この世界での恐怖の象徴とも言える存在だった。  そんな魔王が、なぜこんな小さな辺境の村にいるんだ……?  ふと浮かんだ疑問に答えるように、魔王はニヤリと笑い、ゆっくりと口を開いた。 「───」  それから紡がれた次の言葉に、私は息を呑んだ。  なぜなら、奴の口から紡がれたのは……私の前世での名前だったからだ。  木刀を構えたまま言葉を失う私を前に、魔王はクスクスと笑いながら口を開いた。 「フフッ……貴方のこと、何でも知ってるのよ? ───ちゃん。貴方が記憶を持った転生者であることも、前世でどんな風に生きてどんな風に死んだのかも、全て」 「なッ……なんでそれを……!」 「貴方が将来、勇者となる存在だから」  魔王の言葉に、私は「は……?」と聞き返す。  すると、彼女は長い髪を耳に掛け、浮かべていた表情を飄々とした軽い笑顔から冷たい笑みへと変え、続けた。 「私はね、今から五年後の未来から来たの。未来では貴方は今以上に凄まじい力を持ち、勇者となって私の首を打ち取りに来る。人族の敵である魔族を統べる王は勇者の剣によって切り裂かれ、百年にも渡る人族と魔族の戦争は終止符を打ち、勇者は人族の英雄として奉られ、世界は平和になりました。……それが、この世界の正史」 「な、何を……」 「私は命を落とす寸前に、残っていた魂を念のために用意していた予備の体に移すことで延命し、魔法を使って過去に戻って貴方に敗れる未来を変えようとした。最初はまだ幼い貴方を殺して勇者が生まれないようにした。けど、結局別の勇者が生まれて私は敗れた。次に、貴方が勇者となるきっかけを消すために、今から三年後にこの村を襲った事実を無かったことにした」 「この村を……!?」 「しかし、結局人族の王が辺境の村に暮らす最強の少女の存在に気付き、勇者は生まれて私は敗れた。……それから私は、勇者について必死に情報を集めた。勇者の強さの謎を調べて、それを軸に他にも色々試したけれど……未来は変えられなかった」  私の反応を無視して、魔王は淡々と語り続ける。  彼女の話すことは全て荒唐無稽で、とてもすぐに信じられるような内容では無かった。  もしかしたら魔王であるという話も嘘なのではないかと思った時、彼女は「だから」と言って私を見つめた。 「私は考えたの。勇者が生まれる事実を変えられないなら……これから勇者となる少女を、前もって私の物にしておけばいい……ってね」 「……はい?」  突然の言葉が理解出来ず、私は聞き返す。  勇者となる少女……って、私のことで良いんだよね?  つまり、彼女は……私を自分の物にすると言っているのか?  理解が追いつかない私に、魔王は緩やかに笑みを浮かべながら続けた。 「だから、未来に影響が無い程度に貴方を私の物にしておいて、将来貴方が私の元に来た時に私を殺さないようにすればいいの。貴方が強くなるのは確定事項のようなものだし、優秀な駒も手に入って一石二鳥みたいな作戦でしょう?」  何を……言っているんだ……?  彼女の言っていることが理解出来ず、私は木刀を握り締めたまま立ち尽くした。  ただ、何だか嫌な予感がした。  この女はヤバい。ここで倒しておかなければならない。 「うおおおおおおッ!」  考えるより先に、体が動いた。  私は地面を強く蹴って魔王との距離を詰め、木刀を振りかぶった。  まさか私が襲ってくると思っていなかったのか、彼女は驚いたように目を見開いて私を見つめた。  すぐに私は身を捻り、魔王の首筋に向かって迷わず剣を振るった。 「……な……に……?」 「やっぱり……将来の勇者様も、この時代だと所詮この程度なのね」  私の振り下ろした木刀を片手で受け止めながら、彼女はそう言った。  咄嗟に木刀を引き戻そうとしても、強く握り締められている為に叶わない。  ヤバい、どうしよう……!? いや、剣が敵わないなら、魔法を……!  私はすぐに木刀を離してバックステップで離れると、掌を魔王に向けて標準を合わせ、口を開いた。 「火の生命よ! 我に従い、大いなる業火で全ての生命を燃やし尽くせ! フレイムエクスプロージョンッ!」  詠唱を唱えた瞬間、掌から巨大な炎が噴射した。  私の掌から噴出された炎は魔王を含めた辺り一帯を燃やし、瞬く間に広がって行く。  魔王を倒す為とはいえ、辺りを焼き野原にするわけにはいかないと判断し、私はすぐに両手を構えて続けた。 「風の生命よ! 我に従い、大いなる竜巻となって天に昇れ! トルネードディザスター!」  叫んだ瞬間、燃え広がる炎の中心に巨大な竜巻が出現した。  竜巻は炎を巻き込むと巨大な火柱となり、天を貫くように打ち上がる。  上空に向かって巨大な火柱が出来るのを見上げながら、私はその場にへたり込み、肩で息をした。  先程使った火魔法も風魔法も最上位魔法で、しかも私の持っている魔力の全てを注ぎ込んだものだ。  流石の魔王でも、耐えきれるものではないだろう。 「……やったか……?」  徐々に収まっていく火柱を見つめながら、私は呟く。  直後、小さくなっていく火柱の中心に……平然と立ち尽くす魔王の姿があった。 「な……!?」 「ふぅん……この程度?」  そう呟く魔王は片手に私の木刀を持っており、それは先程の炎の竜巻を纏っていた。  まさか、コイツ……私の魔力を木刀に纏わせることで威力を殺したのか!?  動揺する私に気付いているのか否か、彼女は炎の竜巻を纏った剣をゆっくりと振りかぶり、思い切り振るった。  刹那、木刀から放たれた炎風の斬撃が私に襲い掛かる。  魔力切れを起こし動けない私はそれを避けることすら出来ず、真正面から受け止めた。 「がぁぁぁッ……!」  斬撃を喰らった瞬間、壮絶な痛みと熱気が私を襲った。  上半身が燃えるような熱気と共に、激しい痛みが襲い掛かる。  私は斬られた箇所を押さえながら、痛みを逃がすように必死に悶える。 「あら……木刀が壊れちゃったわ。脆いものね」  すると、魔王が退屈そうにそう呟いたのが聴こえた。  振り向くとそこでは、持ち手より先が炭となってボロボロと崩れる愛用の木刀の姿があった。  しかし、魔王が何かを呟くと、瞬く間に木刀は元の姿を取り戻す。  あれも時間を戻す魔法と一種か……? と悶えながらも考えていると、彼女は木刀をその辺に放り、ゆっくりとこちらに歩いて来た。 「さて……もう抵抗も出来なさそうだし、ようやくメインディッシュに入れそうね」 「ッ……!?」  魔王の言葉に、私は言葉を失った。  メインディッシュ、だって……?  コイツは、先程の私の全力の攻撃を全て、前菜だと言うのか……!?  私は全力で戦って魔力を切らし、瀕死の傷を負っていると言うのに、目の前にいる女にとっては戦いにすらならなかったのか……?  彼女の言うことを信じれば、未来では私が彼女を殺しているらしいが……こんなに力の差を見せつけられると、全く信じられなかった。  傷を押さえて地に伏せながら、私は目の前にいる魔王を睨んだ。  すると、彼女は私を見下ろして小さく笑うと、私の前にしゃがみ込んだ。 「そんなに睨まないで? ボロボロになって……私が治してあげる」 「ッ……触るな……!」  こちらに手を伸ばしてくる魔王に、私は咄嗟にそう声を上げた。  しかし、彼女はそれを気にする素振りを見せず、ソッと優しく私の頬を挟み込むように両手を添えた。  直後、手を添えられた箇所を中心に、じんわりと温もりが広がっていくような感覚があった。 「ぁ……」  小さく声を漏らす。  温もりは徐々に体中に広がっていき、傷の痛みが和らいでいく。  何だろう、これ……ぬるま湯に浸かっているような、変な感じ……。  よく分からないけど、フワフワして……気持ち……良い……?  そう感じていた時、パッと顔から手を離された。 「ぇ……?」 「さっき触るなって言われちゃったし……これくらいにしておくわね」  頭上から降ってきた言葉に、先程私が言ったことを思い出す。  ……確かに、先程私は、彼女に対して触るなと言った。  しかし、今は……──と考えていた時、傷がズキッ……と疼くように痛んだ。  そうか、魔王が手を離したから……!  私は傷を押さえ、小さく呻く。  すると、またもや頬に手を添えられた。 「フフッ、痛いのね」 「ぁ……」 「貴方は嫌かもしれないけど……痛みを和らげる為だもの。仕方がないわよね」  そう言いながら、彼女は私の頬を撫でる。  あぁ、そうか……そうだ……。  傷が痛いから、痛みを和らげてくれる彼女に触れられることが気持ち良いと感じるのは、仕方のないことなんだ……。  この傷さえ治ってしまえば、何の問題も無いんだ……。 「でも、こうしているとちょっと治しにくいわね……あ、そうだ♪」  私の頬に触れていた彼女は、小さく声を上げる。  どうしたのかと思っていると、彼女はその場で正座をして、膝の上に私の頭を置かせた。  彼女が着ている服は全体的に露出が多く、足も、付け根より少し下程までしかないようなパンツに膝下までのロングブーツをはいていた。  つまり、太腿はほとんど露出された状態になっており、私の顔は彼女の柔肌に直接触れる形となる。  膝枕をされた瞬間、またもやじんわりとした温もりに包み込まれるような感覚がした。  同時に傷の痛みが和らぎ、ふわふわと心地良い感覚がする。  ぁぁ……きもちぃ……。 「ふふ……こうして私の肌に触れていると、すごく気持ち良いでしょう?」 「……はい……きもち、いい……です……」  魔王の言葉に、無意識に答える。  だって、本当に気持ち良いんだもの。  この状況はまずいのかもしれないが、仮にここで戦闘態勢に入ったところで、今の私に勝ち目は無い。  彼女から離れた瞬間傷が復活し、戦うどころか動くことすらままならなくなってしまっている。  魔力も切らしているし、剣も魔法も使えない今の私では、戦いにすらならない。  それなら、なぜか気まぐれで私の傷を治してくれている魔王に身を委ねるのが、今は賢明な判断だと言えるだろう。  大丈夫。傷が治ったら戦えば良い。大丈夫、大丈夫……。 「……ぁ……」  心の中で必死に自分を律していた時、ソッと誰かの手が私の頭に触れるのを感じた。  その手は、まるで愛でるように優しく、私の頭を撫でる。  ガラス細工に触れるような繊細な力加減で、愛おしそうに……。  彼女の手が私の頭に触れる度に、体を包んでいる温もりがジワジワと体の芯に伝わってくるような感覚がした。  今までこの世界の両親に幾度となく頭を撫でられてきたが、子供扱いされているような感覚に蝕まれ、気持ち良いとか感じることは無かった。  前世でも幼い頃はたまに親に頭を撫でられることはあったが、その時の記憶などほとんど残っていない。  だから、ここまで気持ち良く感じる愛撫は初めてだった。 「……ぁぁ……」  自覚すると、余計に温もりが体の芯まで染み込んでいくような気がした。  気付けば緊張の糸が解けて、何だか眠たくなってきた。  瞼が重い。段々と意識が遠くなっていく。 「あら、眠いの?」  すると、頭上からそんな声がした。  それに、私は「ぅん……」と小さく頷いた。  暖かくてフワフワして、このまま睡魔に身を委ねてしまいそうだ。  瞼は閉じかけて、視界はほとんど真っ暗になっていた。  体にも力が入らず、脱力して魔王に身を委ねてしまいそうになる。  すると、彼女は私の頭を優しく撫でながら「良いわよ」と答えた。 「貴方の瞼は段々重くなっていく……ゆっくりと瞼が下がって完全に閉じると、貴方は眠りにつきます。眠りにつくと、心のふかぁい所に落ちていく。心の一番深い所に行くと、貴方の無意識の部分が目を覚まして表に出てきます。さぁ、眠りましょう」  魔王に言われた瞬間、私の瞼は完全に閉じ、視界は真っ暗闇に支配された。  途端にフワフワした浮遊感がして、まるで深海に沈むように意識が落ちていく。  いや……深海ではないか。  だって、体中が心地よい温もりに包まれているのだから。  まるで母親の腹の中にいるような優しい温もりを感じながら、私は意識を手放した。


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