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あいまり
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甘い吐息に溶ける時

 冒険者ギルドの中は、今日も多くの冒険者で賑わっていた。  ダンジョンで手に入れた宝を換金する者。  手に入れた金をギルドの銀行に入金する者。  受けていた依頼を遂行し、報酬を貰う者。  掲示板にて新しい依頼が無いか、または新しい掲示物が無いかを確認する者。  ギルド内にて購入した飲食物を食べつつ談笑する者。  その時、建物の扉が開く。  入って来たのは、一人の少女だった。  大人ばかりのギルド内にて、その少女の存在は異質だった。  年齢は見た目から察するに十代前後。  栗色の短髪に、頭には同色の犬耳が生えている。  本来人の耳がある場所は、髪が生える形で隠れている。  尾骨の辺りからは髪と同じ色の毛の尻尾が生え、彼女の鼻歌に合わせてフリフリと揺れている。  そして、彼女が肩に抱えているのは……巨大なドラゴンの尻尾だった。  尻尾だけで、大人の男二人分の大きさがある。  彼女はそれを片手で軽々と抱え、もう片方の手には皮の袋を提げている。  まるで買い物帰りのような気楽さで、彼女はギルドの受付に進んでいき、持っていた荷物をカウンターに置いた。  そして、懐から一枚の紙を取り出し、スッと差し出した。 「依頼、完了しました」 「……ハイ。今確認しますね」  少女の言葉に、受付嬢の女性はそう言って微笑み、紙を受け取った。  それから内容を確認し、うんうんと何度か頷いた。 「Sランク依頼、『フント火山に住み着くヴルカーンドラゴンの尻尾と牙の収集』ですね。では、鑑定しますので、こちらの荷物はお預かりします」  そう言って、受付嬢は袋を取り、何人かスタッフを呼んで尻尾を運ばせた。  少女が軽々と運んでいたソレは、初老の男性三人程でようやく持ち上げられる程の重さだった。  初老とはいえ、彼等も元は冒険者。引退したとはいえ、その筋力は一般人に比べれば充分に高い。  そんな彼等ですらようやく運べる程の尻尾を軽々と運んでいた少女を、奇異の目で見る者は少なかった。  むしろ納得と言うか、当たり前のことのように受け入れている者がほとんどだった。  しかし、それも全員というわけではなく、中には驚きの表情を浮かべている者もいた。  その内の一人である、新米冒険者の青年が、近くにいた先輩冒険者の肩を叩いた。 「あの……なんで皆、あの子があんなに重たい物を運んで来たことに対してそこまで驚いていないんですか?」 「……お前、もしかしてアイツのこと知らねぇのかッ?」  驚きの表情を浮かべる男の言葉に、青年は「えぇッ?」と素っ頓狂な声を上げた。  それに、男は一度少女をチラッと見やってから再度青年に視線を戻し、口を寄せて小声で話しかけた。 「アイツはSランク冒険者のラニア。人呼んで、『猛犬ラニア』。そりゃあもうつえぇ冒険者でな、まだ活動を始めて一年くらいっつーのに、バンバン冒険者ランクを上げまくって、一ヶ月でSランクになっちまったっつー化け物よ」 「ひょぇぇ……マジっすか?」 「あぁ。どこのパーティも攻略出来なかった討伐依頼も一人でバンバンクリアしまくっていくもんだから、最初は心良く思わない奴もいたさ。ラニアの実力を疑う奴もな。だが、アイツはちょっかいを掛けてきた馬鹿共も片っ端から倒していっちまうもんだから、もうアイツの力を疑う奴はいねぇ。……ま、たまーに何も知らない常識知らずの馬鹿がちょっかい掛けて、返り討ちに遭ったりはあるがな」 「あー……なんとなく想像出来ますね」  苦笑気味に青年が言った時、ラニアの戦利品の鑑定が終わる。  本物だったことが判明したため、報酬として大量の金貨が入った袋がラニアの前に置かれた。  彼女はそれを片手で持ち、腰に提げている『道具袋』の中に入れた。  ちなみに余談だが、道具袋とは空間魔法を利用した、無限に道具を入れられる袋の事だ。  物を取り出す時は、必要な物を頭に念じながら手を入れれば取り出せる仕組みになっている。  金貨を仕舞い終えたラニアは、次の依頼を受けるべく、掲示板の前に向かった。  すると、掲示板を見ていた四人パーティの内の一人が、ふとラニアに視線を向ける。  それは、ラニアと同い年くらいの少年だった。  少しして、パッとその表情を明るくした。 「よっ! ラニア!」 「……あぁ、リントか」  声を掛けられたラニアは、明るい笑みを浮かべるリントに反し、あまり表情を変えずにそう答えた。  それに、リントはガクッとずっこける動作をした。 「相変わらずつめてぇなぁ……良い加減許してくれても良いじゃねぇか。もう一年も前のことだろ?」 「それでも許さないから。……獣人族を馬鹿にしたこと」  冷ややかな声で言うラニアに、リントは溜息をつきながら、自身エメラルドグリーン色の髪を乱暴に掻いた。  それは、まだラニアが冒険者になって日も浅い頃。  偶然出会った際に、リントはラニアの犬耳と尻尾を馬鹿にした。  と言うよりは、ネタで付けている偽物だと思って、笑った。  結果、ラニアの蹴りがリントに炸裂し、記念すべき一人目のラニアの逆襲を受けた被害者となったのだ。 「だから悪かったって言ってるじゃんかよぉ……もう許してくれよぉ」 「やだよ。……それで? 何か良い依頼ある?」  ラニアはそう言いながらリントの隣に並び、Sランクの依頼を見上げた。  それに、リントは「そうだなぁ」と言いながら、依頼を見上げた。 「例えば、難攻不落なダンジョンで有名な『死の迷宮』のボスの討伐とか……後は、二又の首を持つダブルヘッドドラゴンの鱗の採集とかも……!」 「……何これ……ッ!」 「あ?」  リントが間抜けな声で聞き返したのと、ラニアがバンッと壁を殴ったのはほとんど同時だった。  それに、リントはビクッと肩を震わせ、その場で固まった。  ラニアは琥珀色の目を怒りに染め上げながら、一つの依頼を睨んでいた。 『北の森の奥に住む魔女の討伐。※獣人族は不可』 「……あー、その依頼はだな……」  説明しようとするリントを無視して、ラニアは踵を返し、歩き出そうとする。  それに、リントはラニアの手を掴み「おいおい」と呼び止めた。 「どこ行くんだよ」 「決まってるでしょ。北の森の魔女の討伐だよ」 「はッ? おい、ちゃんと聞けって……」  そこまで言って、リントは言葉を失った。  なぜなら、ラニアの顔が……怒りに染まっていたから。  大きな琥珀色の目は鋭くなり、歯は鋭い犬歯に変わっている。  体中の毛が逆立ち、喉の奥から「グルルルル……」と唸るような声がする。  それにリントが言葉を失っていると、ラニアは軽く彼の手を振り払い、すぐにギルドの建物を出て行ってしまった。  置いて行かれたリントは、しばらく呆然としていたが、やがて大きく息をついてボリボリと頭を掻いた。  すると、少し離れた場所で様子を伺っていたパーティのメンバーの内、小柄な少女がリントの背中を強く叩いた。 「リント、また振られてやんの! もう諦めなって!」 「は!? 何をだよッ!」 「あれだけ冷たくされても諦めない態度は尊敬に値するけどね……流石にしつこいんじゃない?」  ヒーラーを務める、ローブを着た少年の言葉に、リントは「何ッ!?」と聞き返す。  すると、大きなとんがり帽子を被り長い杖を持った少女が、ラニアが出て行った方を見てコテンと首を傾げた。 「ラニアちゃん怒ってたみたいだけど……リー君次は何言ったの?」 「違ッ……俺は何もッ……ただ、獣人族は不可って依頼を見てぶち切れちまって……」 「……あー。あの子、獣人族差別には特に敏感だからねぇ」  ヒーラーの少年の言葉に、リントは「だよなぁ」と言う。  それから、ラニアが激怒したきっかけである依頼の紙を見て、小さく溜息をついた。 「今回の依頼は、マジでヤベェんだけどなぁ……」 --- <ラニア視点> 「……ここか……」  北の森の奥深くに佇む、大きな屋敷。  私はそれを見上げながら、小さく息をついた。  感情に任せて飛び出してきたが……今回の依頼は見過ごせなかった。  獣人族。  体の半分は獣で出来ていると言われている、獣と人間が混ざった種族。  私達獣人族は……他のどの種族よりも劣っていると言われ、差別を受けてきた。  差別で町を追いやられ、森の奥に獣人族だけの集落を幾つか作って、密やかに過ごしていた。  しかし、今から約一年前に……冒険者と呼ばれる人間どもが、私の暮らす集落にやって来た。  奴等は暇つぶしと称して私達の集落を燃やし、私以外の全ての獣人族を攫ってしまった。  私は命からがら逃げ延び、水と木の実で生き延びて、なんとか町へと下りた。  奴隷商の手を逃れ、迫害を避けながらその冒険者を探し出し、他の獣人族の居所を聞けば……皆、奴隷商に売り払ったとほざきやがる。  今ではもう、皆どこかの貴族に買われているだろう、と言う。  怒り狂う私に、奴等はヘラヘラと笑いながら言った。  「獣人族は所詮人間のペットとして生きていく運命なんだよ」「アイツ等は獣として正しい生活に戻ったんだ」「お前も犬らしい生活に戻してやる」。  ……ふざけるな。  獣人族だって……人間なんだよ……ッ! 私達が何をしたって言うんだ……ッ!  私は何とかその冒険者の手を逃れ、自分も冒険者になることを選んだ。  というか、故郷が無くなった今、そうすることしか生きていく術は無かった。  私は冒険者登録を終えると、すぐに低ランクの依頼を片っ端から受けていった。  とにかく戦って、生き延びて、強くなることだけを考えていた。  そうすることで、私は人族の奴等に、獣人族の存在を見返させてやろうと思った。  ちょっかいを掛けてくる輩や、獣人族を笑う奴等も、片っ端から倒していった。  昔から喧嘩は強い方だったし、戦っていく内にさらに強くなっていって、気付けば私は冒険者の中でもかなり強い方になっていた。  もう私を笑う奴等もいなくなって、獣人族の存在が世間に認められるのも時間の問題だと思っていた。  だというのに……獣人族は不可?  どうやら、私の努力は無駄だったらしい。……怒りを通り越して、笑いが込み上げて来る。  私は小さく笑いながら前髪を掻き上げ……目の前にある屋敷を睨んだ。  この依頼を遂行して……改めて思い知らせてやる。  獣人族は人族より劣ってなどいない、と。家畜ではない、と。  獣人族だって、人間なのだ。  考える力だってあるし、言葉だって話せる。  自分で考えて、誰にも従わずに一人で生きて行く力だってある。  それを、この館に住んでいるという魔女の首でも土産にして、訴えるんだッ!  私は決意を固め、重厚な扉を開けた。 「……うッ!?」  ほんの僅かに扉を開けた瞬間……甘ったるい匂いが、私の鼻孔をくすぐった。  反射的に、私は口に手を当て、後ろに飛び退いた。  ……何だ今の匂いは……。  ほんの一瞬嗅いだだけだというのに、一瞬、意識が飛んだ。  私は大きく深呼吸をして新鮮な空気を取り込み、意識を覚醒させる。  ……これは、用心しておいた方が良いのかもしれない。  私は道具袋からスカーフを取り出し、口と鼻を覆うように巻いた。  念の為その上からもう一枚のスカーフを巻き、さらに口元に手を当てることで、先程の匂いを完全にブロックする。  大丈夫……大丈夫だ……。 「……ふぅ」  小さく息をつき、私は改めて、屋敷の扉を開けた。  ギィィィィ……と重々しい音を立てて、扉が開く。  すると、モワッとした空気が、私の体に纏わりつくような感覚がした。 「うぅ……」  小さく呻きつつ、私は屋敷に踏み込む。  扉は開けておこう。  そうすれば、屋敷内の空気も換気されて、少しは呼吸しやすくなるだろう。  しかし、屋敷の中に踏み入って数歩程度歩いていた時、背後でバタンと扉が閉まる音がした。 「……ッ!?」  驚き、バッと後ろに振り返る。  開けたままにしておいたはずの扉が、今ではピッチリと閉まっていた。  当然換気など出来るはずもなく、先程の甘いニオイが辺りに充満していくのを感じた。  二重に巻いたスカーフと手のおかげで、意識こそ保てているものの……これはきっと、長くは続かない。  こんな中で魔女と戦わなければならないのか、と辟易としつつ、私は屋敷の散策を開始した。  なんとなく、獣人族は不可、の意味を理解した。  獣人族は獣の遺伝子が入っている為、五感が人族よりも鋭敏になっている。  特に私のように犬の獣人は、嗅覚が鋭い。  そのため、人族や他の獣人族よりも、匂いに敏感になっているのだ。  ……まさか、こういう意味だったとは……。  もしかしたら、リントの奴は知っていたのかもしれない。  だから、私を止めようとしたのか……。  後悔先に立たずということわざを痛感しつつ、私は屋敷の散策を続ける。  一階には何も無かったので、二階に行くことにする。  階段を上っていくと、匂いが少し濃厚になっていくのを感じた。  クソッ……このままじゃ、このスカーフもあってないようなものじゃないか……。  小さく舌打ちをしつつ、屋敷の散策を続けた。  二階にも何も無く、私は三階に上がった。  この屋敷は三階建てらしく、階段は三階で途切れていた。  なので、恐らくこの階に魔女はいるのだろう。  三階は二階よりもさらに匂いが濃厚で、すでに私の意識は、少し朦朧とし始めていた。  ダメだ……しっかりしろ……。  そう自分に言い聞かせつつ、私は必死に足を動かし、散策を続けた。  しばらく散策して、とある扉を開けると、そこに……奴はいた。 「……あら? これはこれは……可愛らしい来客ですこと……」  そう言って笑むのは、一人の女だった。  背中まである黒くて艶やかな長髪を靡かせ、切れ長の同色の目でこちらを見ている。  彼女の言葉に、私は「うるさい」と言いつつ、腰に付けた鞘から短刀を取り出した。 「お前を……殺して……やる……」 「まぁ、そんな物騒な物、可愛い貴方に似合わないわよ」 「うるさい……ッ!」  小さく呟きながら、私は短刀を構え、女に向かって駆け出す。  すぐさま短刀を振り上げ、女に向かって振り下ろ── 「ふぅぅぅぅ」  ──ようとしたところで、突然息を吹きかけられた。  その途端、スカーフの隙間からあの甘ったるい匂いが流れ込んでくるのを感じる。  視界がグラリと揺らぎ、振り下ろした短刀は空を切る。  すぐにその場を離れるべきだとは分かっていたが、体が言うことを聞かず、私はその場に膝をついてしまう。  何だ……この感覚……。  体が浮いているような……意識が浮遊しているような、そんな感覚がする。  頭を押さえて思考を整えようとするも、体に力が入らない。  その場にへたり込む形になっていると、女がクスクスと笑うのが聴こえた。 「フフッ、一丁上がり。良く見たら貴方……獣人族なのね。獣人族の子って確か、嗅覚が人族よりも敏感なんでしょう? それなのにこんな場所に来るなんて……おバカさんなのかしら?」  言いながら、女は私の前に立ち、ゆっくりとしゃがみ込んでくる。  反射的に顔を上げると……しゃがんだ女と、目が合った。  すると、彼女はニヤリと笑い……私の口を隠すスカーフに、指を掛けた。 「……あっ」  ペロン……と、それは、いとも容易く剥がされてしまう。  スカーフと共に引き締めた覚悟と共に、引き剥がされていく。  二重に巻いたスカーフの中は相当蒸れていたらしく、口元が外気に触れるのが、汗が冷えて行く感覚で分かる。  そして……今まで嗅いでいたものの、何倍も濃厚になった匂いを直に感じた。  何だ……この匂い……。  油断すると、すぐに意識が蕩けてしまいそうになる。  もう体は言うことを聞かず、自我を保つのがやっとという状態だった。  何とか手には短刀を持っているが、上手く握れている自信が無い。  頭の中で警鐘が鳴り響く。とにかく、一度この女から離れ──。 「ふぅぅぅぅぅぅぅ」  私の思考を遮るように……吐息が吹きかけられる。  その瞬間、さらに甘ったるい匂いが私の鼻孔をくすぐる。  あぁ、ダメだ……堕ちる……。 「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」  崩れかける意識に後押しするように、さらに強く吐息が掛かる。  ……ダメ……。  私が、私じゃなくなっていく……。  手に力が入らなくなり、短刀が落ちるのを感じる。  拾わなきゃと思うのだが、落ちた短刀を拾う動作ですら、億劫に感じた。  何も出来ずにいると、女はクスッと小さく笑った。 「良い顔になってきたわね……ホラ、こうすれば楽になるわよ」  言いながら、彼女は私の肩にソッと優しく両手を添え、優しく倒してくる。  それに抗うことは出来ず、私は促されるまま……彼女の胸に顔を埋めた。 「んんぅッ……」  突然のことに小さく呻くが、最早抗うことは出来なかった。  豊満な胸の中に顔を埋めると、まるで彼女の吐息のような濃厚な甘い香りが、一気に私の脳髄を揺らした。  それだけではない。顔に直接感じるマシュマロのような柔らかさと、包み込むような温もりが、一気に押し寄せて来るのだ。  ギリギリのところで保っていた意識が、一気に大きく揺らいでいく。  ほんの僅かに残っていた思考が、彼女の吐息によって、まるで塵のように吹き飛ばされていくのを感じる。  これ以上は、ダメだッ! 逃げろッ!  頭の中にいる誰かが、必死にそう叫んでいるような気がした。  それでも、甘ったるい匂いに逆らうことは出来ず、私の思考はどんどん沈んでいく。  何とか吹き飛ばされた思考を手繰り寄せようとするも、もう風前の灯火も同然だった。  必死に息を止めようとしても、最早体がこの香りを欲している。  今の私には、精々呼吸が深呼吸にならないように堪えることしか出来ない。 「顔を上げて?」  頭上からそんな声がして、私は咄嗟に顔を上げる。……上げてしまう。  ダメなことだとは分かっていても、ほとんど思考を失った私には、彼女の言葉に抗うことは出来なかった。  そして── 「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」  ──彼女の吐息。  ほぼゼロ距離で吹きつけられたそれを避けることも出来なければ、抗うことも出来なかった。 「ぁ……ぁぁ……」  僅かに残っていた理性が、ぶちぶちと音を立てて、引き千切れていく。  折角手繰り寄せた思考が、無意味だと云わんばかりに吹き飛ばされていく。  そんな私を見て、女はクスッと小さく微笑み、口を開いた。 「……今の気分はどう?」  ドクンッ……と、心臓が強く脈打つ。  今の……気分……?  そんなもの……一つに決まっている。 「……すごく……きもちいい……♡」  言いながら、私は彼女の腰の両手を絡め、強く抱きしめた。  気持ち良い。良く分からないけど、ただひたすら気持ち良い。  頭の中がフワフワして、ポカポカして、もう何もかもがどうでもよくなってくる。  私は彼女の胸の中に顔を埋め、何度も深呼吸をする。  大きく息を吸う度に甘い香りがして、頭の中がボーッとして気持ち良くなっていく。 「すぅぅぅぅ……はぁぁ……♡ ぁぁ……♡」 「フフッ……すっかり蕩けた顔になっちゃって……可愛い」  ぁ……♡ 頭撫でられてる……♡  頭を優しく撫でられてる感触が伝わって来て、すごく気持ち良くなってくる。  しかも可愛いって言われた♡ 嬉しい♡  嬉しさのあまり尻尾をパタパタと振っていると、彼女がクスクスと小さく笑っているのが聴こえた。 「獣人族の子ってホントに可愛い。他の種族の子よりもすぐに従順になってくれるし、見た目も可愛い子が多いもの」  そう言いながら、彼女は片手で私の犬耳を弄ぶ。  右耳が彼女の左手によって揉まれているのが、感触で分かる。  くすぐったいけど、今はそれよりも気持ちが良くて、特に気にならなかった。  彼女の胸に顔を埋めて深呼吸をする度に、甘ったるい匂いが脳髄を溶かす。  尻尾を振り回しながら匂いを嗅いでいた時、肩を掴まれた。  何かと思えば、胸から顔を離された。 「……えぁ……?」  小さく声を漏らしつつ、私は顏を上げる。  するとそこでは、女が私を見て微笑んでいた。  ぁ……♡ 綺麗な顔……♡  見惚れていると、彼女は私の頬に手を添えた。  冷たい手が、火照った私の頬を優しく撫でる。  それから、ソッと私の唇に親指を当てて、なぞるように撫でた。  意図が分からずに惚けていると、彼女はクスッと笑って顔を近付けて── 「んぅッ!?」  ──私の唇を奪った。  キス……ではない。  そんな稚拙な言葉で表せる行為では無かった。  まるで私の唇に自分の唇で蓋をするような、そんな感覚だった。  惚けて半開きになっていた口は完全に塞がれ、息をする隙間も無い。  突然のことに驚いていると、彼女は私の口の中に……自分の吐息を吹き込んだ。 「んんッ──ッ!?」  今までの吐息など子供騙しだと云わんばかりの、濃厚な香り。  吹き込んで来た吐息は気管を通り、私の肺を犯していく。  肺を犯し切った後は、私の血管に混じり、血流に乗って全身に巡る。  無知な私に身体の構造など分からない。  だけど、実際に彼女の吐息が全身に巡っているような感覚がした。  血流に乗って全身に巡った吐息はやがて、脳に辿り着く。  甘ったるくなったそれは私の脳を犯し、溶かしていく。  何も考えられない。ただ、彼女の成すがままにされることしか出来ない。 「ぷはっ……」  口の中の酸素が無くなったのか、一度口を離される。  彼女は一度、大きく深呼吸をする。  すると、深呼吸の際に吐かれた息が、私の顔に掛かった。 「……ぁぁ……♡」  それだけで、頭の中が真っ白に染まっていく。  すると、彼女はそんな私を見て微笑み、左手で私の後頭部を掴んで再度唇を奪う。  また吐息が吹きこまれるのかと思ったのは、ほんの一瞬のことだった。  舌が入って来た。  唇の隙間から、何やらぬめっとした生温かい物体が入り込んでくる。  それは私の口の中を舐め、歯を一本ずつ丁寧に撫でるように這っていく。  とっくに蕩けた私の脳は、その舌の動きでさらにかき乱される。  体は勝手にビクビクと震え、尻尾がその動きに合わせて激しく振れる。 「んんッ……♡ んッ……んんんーッ!?♡」  快楽に酔いしれていた時、突然、視界が真っ白に染まった。  まるで雷のような何かが、私の脳天を貫くように走る。  体がビクンビクンッ! と壊れたように激しく跳ね、口からは悲鳴のような嬌声が出た。  しばらくその強烈な刺激に震えていたが、やがて体の痙攣が収まり、私は一気に脱力した。 「んッ……」  私の異変に気付いたのか、目の前にある瞳の色が、微かに変わったような気がした。  彼女は私の両頬に両手を添え、私の顔を持ち上げて行く。  唇が繋がったまま、顔を持ち上げられて上を向く形になったものだから……口の中に、何かが流れ込んで来た。 「……ッ♡」  それが彼女の唾液であることは、すぐに分かった。  だって、まるで吐息の甘さを凝縮したような、甘い液体だったから。  私は一滴も零すものかと、必死に嚥下する。  ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み込んでいた時、喉頭の辺りに指が当たった。  ……飲み込むなと言うことだ。  私は彼女の意図を理解し、すぐに飲み込むのを辞めた。  その間にも流れ込んでくる唾液は、口の中に溜めていく。  甘い蜜が口の中に溜まっていくと、そこから香った甘い香りが鼻に抜けて行く。  呼吸をするだけで、甘い香りを感じる。  口と鼻、味覚と嗅覚の両方が犯されているような不思議な快楽に酔いしれていると、女は私の頬から手を離してソッと肩に手を当てた。 「……ぷはぁ……」  唇が離れる。  それに物寂しいような感覚を覚えつつ、口の中に溜めた唾液が零れないように、すぐに口を閉じる。  すると、彼女はそんな私を見て微笑み、ゆっくりと口を開く。 「よぉく味わって……飲み込みなさい?」  その言葉に頷き、私は彼女の唾液を良く味わう。  クチュクチュと水音を響かせながら、舌にこの味を覚えさせるように……口内全体に、唾液を染み込ませるように……。  水音が響く度に意識が眩み、すぐにでも気を失いそうになる。  それを堪えつつ、私は上を向いて……唾液を、胃の中へと流し込む。 「……口を開けて、中を良く見せて?」  目の前に入る女がそう言うので、私は身を乗り出すような体勢で彼女に顔を近付けて、口を大きく開けて中を見せた。  言いつけを守って、ちゃんと良く味わって飲み込んだことを見せると、彼女はフフッと小さく笑った。 「良く出来ました。偉い偉い」  そう言いながら……私の頭を撫でられる。  今ではもう、それだけで気持ち良い。  呼吸が荒くなり、最早言葉を発することも出来なかった。  けど、しばらく頭を撫でられるとなんだか落ち着いてきて、快楽で昂っていた頭の中が徐々に醒めていくような感覚がした。  荒くなった呼吸も徐々に落ち着いて行き、なんだか体から一気に力が抜けていった。  前のめりに倒れると、彼女に抱きしめられる形になり、彼女に身を委ねる形になる。  すると、彼女は私の頭を撫でるのを止め、ポンポンと優しく私の背中を叩く。  ……あぁ……眠い……。  穏やかな震動が眠気を助長し、私は少しずつ瞼を閉じていく。  彼女の肉肌と体温……そして、甘い香りに包まれながら、私の視界は闇に染まった。 「……貴方の名前は何?」  耳元で囁くような声がした。 「……ラニア……です……」  それに、私は無意識の内に答える。  すると、彼女は小さく笑い、「そう。良い名前ね」と言った。 「それじゃあ……ラニア? 私の声を良く聞いていてね。返事はいらないわ」 「……」 「私の声は、ラニアの心の声。だから、私の声は絶対であり、ラニアにとっての事実。何も間違ったことは無い。だから、私の声に従うの」  その言葉に、私は答えない。  返事はいらないと言われたから。  何も言わない私に、彼女が小さく笑ったのが聴こえた。  それから彼女は私の耳にさらに口を寄せ、私の頭を撫でながら続けた。 「ラニアは、私のペットよ」 「私……ご主人様のことが大好きな、従順なワンちゃん」 「ご主人様の言うことに従うのは、気持ちの良いこと」 「大好きなご主人様の言うことを聞くと、すごく気持ちが良くなる」 「だから、ご主人様の命令は何でも従うし、ご主人様のことは例え命に代えてでも守るの」 「ご主人様に褒めて貰えると、凄く嬉しい」 「凄く気持ち良くなる」 「ホラ、頭を撫でて貰えるだけで気持ち良い」 「フフッ……そんなに尻尾振っちゃって……可愛い」 「頭を撫でて貰うと気持ち良いし、キスをしてもらうと凄く幸せ」 「それ以上のことをされたら、貴方は極上の快楽を得るの」 「ご褒美が欲しいでしょう?」 「……フフッ、ご褒美を貰う想像だけで涎垂らしてる」 「じゃあ、私が言ったことを頭の中で何度も復唱して、ちゃんと心の中に刻み付けて?」 「ちゃんと全部心の奥にしまえたら……ゆっくりと目を開けるの」 「そうしたらもう、貴方は私のペットとして生まれ変わっているわ」  その言葉に、私は頭の中で、ご主人様の言ったことを全て、何度も復唱する。  何度も何度も繰り返し、忘れないように心に刻み込む。  ………………。  …………。  ……。 「……」  ゆっくりと瞼を開くと、そこには……最愛のご主人様がいた。  彼女を見た瞬間、一気に気持ちが高揚する。 「ワンッ♡ ワンッ♡」  私は何度も吠えながら、ご主人様に抱きついた。  私は犬だから、人間の言葉なんていらない。  その代わりに、ご主人様大好きって気持ちを込めて、精一杯鳴く。  すると、ご主人様は笑いつつ、私を受け止めた。 「ラニアったら……どうしたの?」 「ヘッ♡ ヘッ♡ ワンワンッ♡」  精一杯吠えながら、私はご主人様の体を強く抱きしめる。  すると、ご主人様は私の背中をポンポンと叩き、私の体を離させた。 「ラニア……甘える前に、やることがあるよね?」 「……?」 「なんでワンちゃんが服なんて着てるの?」  その言葉に、私はハッとして、自分の格好を見た。  ご主人様の言う通り、私は今、服を着ていた。  こんなのおかしい。だって、犬は服なんて着ないもの。  ……?  そこまで考えて、一瞬、何かが引っ掛かった。  何が気になるのかは分からないけど……何か、重要なことな気がする……。  ……でも、きっとどうでもいいこと。  ご主人様が言うことは全部正しいのだから、気にする必要は無い。  大体、私は犬なんだから、そんな細かいこと考える必要も無いのだ。  とにかく服を脱ごうとしたところで、犬なので、自分では服を脱げないことに気付く。 「……クゥン……クゥン……」 「ん? ……あぁ、はいはい」  縋りつくように鳴いて見せると、ご主人様は呆れたように笑いつつ、私の服に手を掛ける。  首に掛かったスカーフや、腰から提げた袋や短刀の鞘が、簡単に外されていく。  他の服を脱ぐのは少し手間取ったが、瞬く間に私は一糸纏わぬ裸体となった。 「ラニア、おすわり」  ご主人様に命令されたので、私はすぐに「ワンッ!♡」と、おすわりの姿勢を取る。  すると、ご主人様は微笑み、こちらに手を差し出した。 「お手」 「ワンッ♡」 「おかわり」 「ワンッ♡」 「ちんちん」 「ワンッ♡」  ご主人様の命令に従い、私はちんちんの体勢を取る。  がに股になってしゃがみ込む形で、前足を胸の高さまで持ち上げ、ご主人様に秘部が良く見えるような体勢になる。  すると、ご主人様は優しく微笑み、私の頭を撫でた。 「よしよし、良く出来ました」 「ハッ♡ ハッ♡ ハッ♡ ハッ♡」  ご主人様に褒められ、すぐに気持ち良くなってしまう。  やっぱりご主人様の命令に従うのは気持ちが良い。  もう、ご主人様がいないと生きていけない。  ……もう?  私はずっと、ご主人様のペットなのに……昔から、ご主人様がいないと生きていけないはずなのに……なんで、そんなことを……?  あっ……キスされた……♡ 気持ち良い♡ もうどうでもいいや♡  ご主人様の唇が離れると、呼吸が荒くなり、私は甘い快感に身を委ねる。  すると、ご主人様は懐から首輪を取り出し、私の前でしゃがみ込んだ。 「ホラ、首輪付けてあげるから、上向いて?」 「ワンッ♡」  ご主人様の言葉に、私はすぐに上を向いた。  すると、ご主人様は嬉しそうに微笑んで、私の首に赤い首輪を装着した。 「これで貴方は完全に私のペットね」 「ワンッ♡」  ご主人様が嬉しそうにしているのが嬉しくて、私は「うんっ!」という意味を込めて、精一杯鳴く。  すると、ご主人様はもっと嬉しそうに笑って、私の頭を撫でた。


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