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異文化交流万歳

「これは……そう、神の思し召しなのです。私個人の意思としては、その、貴方を憎からず思っているのは事実ですがっ……決してっ、それだけではないと言いますか……」  顔を赤くして誤魔化す森の民の新婦。そんな彼女の様子を慣れたように新郎が見つめる。 「たとえ神の思し召しであったとしても、貴女と共にいられて、僕は嬉しいよ」 「っ……そ、そんな歯が浮くような事を真顔で……」 「本心だからね」  透き通るほど白い彼女の肌が、白粉でも隠せぬほど赤く染まる。特有の長耳までも真っ赤に。  傍から見れば、新婦が新郎に心を奪われているのは一目瞭然であるが、それを認めないのは生来の気難しさか。 はたまた、長命であっても未だ初心な彼女自身の問題か。  新郎の手が、新婦の手に重なる。細くしなやかな指が、一瞬硬直し、おずおずと新郎の指に絡む。 「……勿論、私も……嬉しくないわけではない、ですけど」 「それは、良かった」  新郎が、新婦の瞳を見据える。美しい深緑の瞳がゆっくり閉じられる。一世一代の化粧も相まって、此の世の物とは思えぬ美しさだ。  息を呑み、身体を寄せる。 「あのー、お姉様もお義兄様も、準備が出来たら早くしていただきたいのですけど~?」  ドアの向こうから声がして、二人の身体が跳ねる。  残念ながらここは寝室ではなく、教会の一室だ。そして、礼拝堂にはお互いの親類や友人が、主役の登場を今か今かと待っている最中でもある。 「……行きましょうか」 「は、はい……」  指を絡めたまま、新婦の妹に連れられる形で、礼拝堂に足を踏み入れる。  婚礼の儀は、盛大に執り行われた。 「これ、どうかな?」 「んむ……ん、美味しい。仄かな酸味は……この間の?」 「そう、君が教えてくれた木の実。煮詰めると良い感じでね。混ぜてみたんだ」 「ええ、とっても美味しい」  白い指に付着した、真っ白なクリームを舐めとり、満足げな彼女。 「その顔なら、お店に出しても平気だね。僕は片付けてくるから、残りも食べちゃっていいよ」 「……では、遠慮なく」  市街地の小さな菓子店は、彼女が種族特有の伝手を利用して入手する珍しい木の実や花、果実を使用しているのもあってそれなりに繁盛していた。  看板娘が美人なのもそれに一役買っているだろう。 「ぁむ……んふ、おいひい」 「本当に美味しそうに食べるよね」  喜色満面な彼女に彼が声をかければ、驚きと共に恨めしげな目をする。 「っ……見てたのね?」 「ははは、ごめんね」  ジトっとした目をしつつ、クリームの詰まった焼き菓子を平らげる。  菓子を作るのが彼なら、試食と接客が彼女の主な仕事だ。 「最初の頃は『こんなもの……』なんて言ってたのに」 「そ、それはだって、初めてだったし……」 彼女のような森の民が、俗世の物を口にするのも昨今では珍しくないが、彼女は敬虔な性分であったせいか、とんと縁がなかった。  その分、免疫も無かったせいで、彼に胃袋を掴まれた部分は無きにしもあらず。  森から街へ生活拠点を変えて数年、随分暮らしにも馴染んできた。  それに従って、舌も随分と俗世慣れしてきた。最初は顔をしかめる程だったクリームの甘さを、今では満面の笑みで平らげるほどに。 「僕は馴染んでくれて嬉しいよ」  拗ねたような彼女の身体を軽く抱き寄せる。腰に巻かれた前掛けの紐の上あたりに手を置けば、薄く脂肪に沈む。ふくよかとまでは言い難いが、年相応……見た目の年相応には脂肪を蓄えた体型は、想像する森の民のそれよりは幾分か太い。 「……森の民の恥だわ」 「可愛いじゃないか。良い宣伝にもなる」 「貴方のせいです」 「ははは、面目ないね」  少しもそんな事思っていない口ぶりに、彼女が苦笑する。  少しばかり重たくなった身体と、甘い物に慣れた味覚。そして、彼への慈愛。それが心地よい。 「じゃあ、これはおまけ」 「んむっ……、こっちも美味しい……」 「じゃ、これはサービスで出そうか」  同じ木の実のジャムを挟んだ一口サイズの焼き菓子に、満足そうな顔をする彼女。 「はぁ、少しは痩せないと」 「え、売り上げに関わるよ」 「っ、いいから貴方は片付けをしてきてくださいっ」  少しおどけた彼に、顔を赤くして怒る。  彼は笑い声をあげながら、厨の方へと戻っていった。テーブルの上に焼き菓子の袋を置いて。 「…………ぁむ」  そして、彼女は隙を見てまた一つ口にした。甘味を引き立たせる程よい酸味に、目を細めて、小さく声を漏らす。  看板娘の面目躍如だった。 「お姉様、こちら二つくださいな~」 「ええ、わかったわ。いつも通り森まで戻るのよね?氷袋、入れておくわね」 「ありがとうございます~、ところでお姉様、その……」 「わかってる、言わないで」  四十ほどしか年の離れていない仲の良い妹に、厳しい口調でそう制止する。 「けどお姉様、太り過ぎでは?」 「言わないでって……」  よく似た姉妹として有名だった姿は見る影もなく、妹の二倍はある胴と、肉がつき丸くなった手、そして輪郭が丸くやや朱がさした頬は今ではこの店の看板そのものであった。 通りで「珍しく太った森の民がいるらしいが……」と聞けば、十人中十人がこの店を教えるだろう。 「やあ、いらっしゃい。……どうかしたの?」  店の奥から店主がにゅっと顔を出す。 「なんでもありませんっ」 「そう?あ、お届けありがとうね。良いお菓子が作れそうだよ」  妹の方に視線を移した彼がそう言えば、森から木の実や香草などを渡しに来た彼女は頷き返す。 「それはなによりです~。上の姉様たちにもお義兄様のケーキは好評ですの」  以前は妻が自ら森へ戻り、散策と収穫をしていたが、店の繁盛ぶりと妻の体重増加に反比例するように、森へ帰る機会はめっきり減っていた。 ……というか、帰るのも今では億劫なうえ、遠路はるばると言った様子だろう。……無論、距離は変わらず、変わったのは彼女の体重と体力だ。 「それでは、失礼します~。お姉様、偶には森に顔を見せてくださいね~」 「ええ。……痩せたらそのうちね」  長命種の「そのうち」と、肥えた人間の「痩せたら」はあてにならない。 妹は小さくため息をつくと、菓子の詰まった箱を抱えて店を出て行った。 ほっそりとした、森の民然としている後姿が遠ざかる。 一方、店番に座っている彼女の、薄っすら脂肪が重なり積もった背中が、普段より少しシュンとしている。 「味見減らす?」 「え……」  夫の提案に、思わず悲壮な表情をする妻。この世の終わりを告げられたようだ。 「そ、そうよね……うぅ」 「あはは、冗談だよ」  これは無理だなと密かに思い、義姉妹たちに心の中でこっそり詫びる夫の気持ちを、彼女は知る由もなかった。 「お店、閉めましたよ」 「ああ。ありがとう……はい、お疲れ様」  夫が淹れたお茶を手に、妻が椅子に腰かける。ギシギシと嫌な音が鳴る家具も増えてきた。そろそろ修理に出す必要があるかもしれない。 「これが売上と……それから売れ残りです。…まったく、こんなに美味しいのに残ってしまうなんて」 「ははは、足りないよりはずっと良いよ。幸い、経営は問題ないからね、君のおかげだ」  手続きなどはともかく、金勘定に関しては妻の方にやや分があった。太ったとはいえ明晰な頭脳は健在だし、優れた動体視力は不届きな者を決して見逃さない。  そして、やはり何よりも目を引く体型と美しさは話題になる。それこそ、旅人などはこぞって脚を止めるほどだ。 「私としては…少しばかり不服です。ぁむ…んむ…」  日持ちしそうな焼き菓子はともかく、生菓子の売れ残りは処分するしかない。……そして、食材と自然を愛する彼女にとって、廃棄など考えられなかった。もっとも、半分以上はただ食べたいだけだが。 「んむ…ふふふ、美味しい…」 「それはなにより。……僕はね、貴女がそうやって美味しそうに食べてくれるなら、売れ残りにも意味はあると思うんだ」 「むぅ……まるで、私のために貴方がわざと多く作っているように聞こえます…」 「ははは、そんな事は無いよ」  苦笑する夫の表情は、確かに嘘はついていないようだった。 「……お昼にも言ったけど、そこまで気にするなら、やっぱり味見を減らすかい?」 「………………それは、最終手段です」  苦悶と言うべきか、苦痛と言うべきか。苦虫を噛んだような顔を浮かべ、頭を振って残った菓子を口に運ぶ。 「ぁむ…んむ……それとも、貴方は私に、やはり痩せて欲しいのですか?」 「え?なんで?」 目を丸くする夫に、むしろ彼女の方が険しい顔をする。 「…貴方が婚姻したのは、美しく聡明な森の民のはずです。……こんな、だらしなく肥え太って、口ばかり上手い手のかかる女ではないはずでは……」 「はははっ、何を言うかと思ったら」 彼が声をあげて笑う。あまりの反応に、彼女が思わず立ち上がろうとして、想像より重い自分の身体に少し体勢を崩した。 彼の細腕が細君を抱きとめる。ぶよぶよとした脂肪に手のひらが沈んで、ずっしりと重い。 「わっ、と……僕はね、森の民と結婚したんじゃなくて、貴女と結婚したんだよ」 「ですが…それは詭弁です」 「本心だとも。貴女がどこの誰であろうと、関係ない。……君の方こそ、僕が原因でもあるんだから、怒っていいのに」 「そんな…私の不摂生を押し付けるような事、出来ません……」 「ははは。僕は貴女の、そういう真面目なところが好きだよ」 「……私は、貴方のそう言う、臆面もないところが……」 「……嫌いかな」 「………………いえ、嫌いでは、ありません」 恥ずかしくなると耳まで真っ赤になるのは相変わらずだが、婚姻の儀の時のような発言は随分鳴りを潜めていた。 「…………どうして手を離さないのですか」 「え、あー、ははは、なかなかどうして、気持ちがよくて」 彼の腕や指は、ある程度の筋肉こそついているが、街で働く男たちのような筋骨隆々と言った様子はなく、どちらかと言うとひ弱に見える。 それでも、目方が増え続ける妻を抱きとめる程度には男らしい腕に、まだまだ若い彼女はときめいてしまう。 「…………そろそろ、世継ぎが必要だと思いませんか?」 「よ、世継ぎかあ……随分気が早いね」 「そ、そんな事はありませんっ。……か、神も仰っていますっ、命をつなぐべきだと」 結婚生活も長くなってきた。こういう時の彼女が往々にして自分の欲望を誤魔化しているのは流石に理解できている。 「……程々にお願いするよ?」 「な、なぜです……」 「えーと……ほら、明日もお店を開けるから……あんまり身体が辛いと、さ?」 「…………っ!……わ、私が重いとでもっ…!」 「そう言うわけじゃないけどほら、ね?」 「……くぅっ……!」 悔しさを顔いっぱいに滲ませた彼女のせいで、翌日は珍しく、店が臨時休業した。 翌々日には、寝具を新調しに家具屋を訪れる夫婦の姿が見えたという。 「まあ……お姉様、また少し見ない間に……いくらなんでもお太り過ぎでは~」 「ふふふ……そう言えば報告がまだだったわね。私、孕んだのよ」 「…………まあ、まあまあまあ!どうしてそれを早く言わないのです!」 勝ち誇ったような姉の表情に、妹は驚きを隠せない。 なにせ太ってからすっかり出不精になった姉は森にもほとんど足を向けず、すっかり腹が大きくなってからの報告なのだから。 「まあ、まあまあどうしましょう~、私、まだまだ子どもですのにもう叔母だなんて~」 「そうね…私も、まさかこの若さで子どもを設けるなんて思ってもいなかったけれど……不思議な事もあるものね」 「えぇ…本当に…………それにしても、やはりお姉様は少し太り過ぎだとは思いますけど」 「ふふふ、まだあなたには分からないようだけれど、子を胎内に宿すというのは、それだけで栄養が必要なのですよ」 「………………」 敢えて何も言うまい、という表情の妹に対し、勝ち誇った表情の姉。 顎の無くなりつつある丸い顔や、孕んだとは思えないだぶだぶと段差のついた腹に、どっしりと大きく、若々しさを失った尻や腰周り。 とてもではないが、彼女の事を森の民だと思う人間はいないだろう。 新種の亜人か、下手をすれば見世物小屋の人間と思われても仕方がない。 「では私、お義兄様にもご挨拶してきますね~。……お姉様、妊婦には運動も必要みたいですよ~」 「ふふ、あなたはまだまだ子どもなのだから気にしなくても平気よ?」 暖簾に腕押しのような姉の反応に、内心ため息をつきながら、彼女はどっしりと座る姉の横を通り抜けて店の中へと入っていく。 自分の胴ほども太い脚や、麻の服からでもはっきりわかる背中や脇の段差に、自分の知っている姉を覆い尽くすほどの贅肉を見て、もう一度大きくため息を吐いた。 よく見れば、椅子を二脚並べて座っており、軽く眩暈がしそうだった。 間違いなく、森の民一の肥満体に成り果てた姉は、幸せそうに菓子を摘まみながら、続々来る客を捌いていた。 「走ってはいけませんよ?」 「っ、か、かあさま、ごめんなさいっ」  怒られる直前の気配を感じた少年が首を竦める。母親譲りの長耳や透き通る肌、父親譲りの柔和な瞳を少し怯えさせる。 「わかれば良いの。こっちにいらっしゃい」  そう声をかけられて、少年は母親に抱きつくように体をよじ登る。  大木の幹のような脚を掴み、ぶにゅぶにゅと跳ね返る脂肪の塊を掴み、顔以上に大きい胸にサラサラの髪を埋めた。 「すみません、これ二つ」 「ええ。ただいま」  椅子に座ったままの母親がそう言って、息子を抱いたまま応対する。 この街では普段通りの光景だ。  街一番の肥満体は、けれどもある意味看板としては有効で、客足が衰える事は無い。 数年前からはやんちゃな看板息子も増えたのだし。 「ありがとうございましたっ」  息子の舌足らずな挨拶に、客が笑みをこぼして去っていく。  長命種との混血は迫害される事すらあるが、少なくともこの街においてはその心配も無用のようだった。 「とうさまのところ、いっていいですか?」 「ええ。邪魔してはだめよ?」 「はーい」  クッションのような腹の脂肪からひょいと降りて、店の奥へ向かう少年に目をやる。 「……ぁむ」  そして、彼女専用の試作品を摘まむ。活発な息子と違い、彼女は椅子に座ったまま、最近とんと動くことも減った。 「……むぅ」  ぶにゅんっ。手の平から溢れるでっぷりとした腹の脂肪は、息子を孕んだ時以上にせり出している。  座っていれば、太ももにどしっと乗り、立てばだるんっと垂れる。 体重は、森にいた頃から考えれば三倍はくだらないだろう。  成長が止まって、優に五十年は立つはずだが、未だぶくぶくと身体の重量ばかりが増えている。 「……それもこれもあの人が悪いのよ……」  誇り高き森の民とは思えない他責の言葉を口にして、また一つ、夫お手製の小さな焼き菓子を口にした。  もはやそんな光景も通常になって久しいこの店も、夜の帳が降りれば少々雰囲気が変わる。 「もう寝ちゃった?」  息子と共に先に寝室へ向かった妻に、明日の仕込みを終えた夫が尋ねる。 「ええ、ぐっすりと。貴方、こっちに来て」  普段よりいくらか気を張っていない彼女の口調。  頷いた夫が寝具に座ると、街の大工に補強してもらったはずのそれが軋んだ。  彼が、彼女の豊満すぎる身体に手を伸ばす。新婚の頃の恥じらいは薄れ、彼女はくすぐったそうに首を竦めた。  家族から、一瞬だけ夫婦に戻る時間だった。 「……神さまに感謝しなくちゃ」 「っ……あれは、その、恥ずかしかったから……」 「わかってる。……君の背中を押してくれてありがとうございましたって言わなきゃね」 「……私は、少し文句を言いたい気分。……こんな事になるなら、先に言ってほしかったです」  夫の指がずぶずぶと埋まっていく腹肉に、彼女の分厚い手の平が重ねられる。二人がかりでようやく持ち上がるぶ厚い腹肉は、この何年かで蓄えられたものだ。 「もしわかっていたら、僕と結婚しなかった?」 「……いいえ。覚悟だけは、したかもしれないけれど」  くすくすと笑い、あの日初めて交わした口づけを、まるで当たり前のように行う。  巨大な、分厚くぶよぶよと波打つ体がゆっくり横たわり、夫がその柔らかく反発する脂肪の上に体を預ける。  真っ白な肌に朱がさす。町で一番、森の民でも一番の肥満体が火照り、甘い声を漏らす。 「……愛してます」  そして、ついばむように唇をかわした。 とある街に、高名な菓子の店がある。 腕利きの店主と、いそいそとそれを手伝う息子と娘。 そして、国一番の大きな体を持つ森の民が、素敵な表情を浮かべて店番をしている。 誰もが脚を止め、そのあまりの肥満体に驚き、そして美味しそうな香りと彼女の表情にふらふらと誘われていく。 世にも珍しい、肥えに肥えた森の民は、けれど毎日幸せそうだという。 これは、そんなお店の、何でもない在りし日のお話。


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