支度をせよ
Added 2020-12-29 10:57:43 +0000 UTC「若様、折り入ってお話がございます」 「嫌だ。お前の神妙な話など聞きたくもない」 極めて渋い顔をしたセバスの言葉に、俺は反射的にそう答えた。 夏真っ盛りで瑞々しい野菜たちが収穫できた。これから秋にかけては麦を植えていくが、新しく交配した品種がどうなることか。 「若様」 「わかった。しばし待て」 セバスが急かすので、一度作業を中断する。それほど可及的速やかに片付ける用事もないだろうに。 「して、なんだ?」 作業着を脱ぎ、薄いシャツ一枚で椅子に腰かけセバスに話を促す。そういえば、クライネの姿が見えない。 「若様は、本年の国王陛下生誕70周年祝賀会の事をご存知ですな?」 「ああ、話だけはな。60の時も65の時もやっていたと記憶している。全く祝い事の好きな陛下だ」 しかしながら、基本的には侯爵以上の貴族たちと、一部の有力伯爵家が招待される程度で、俺の様な辺境伯には祝賀の手紙を出すだけの行事と化しているがな。 「それで?それがどうかしたか?」 「……これを」 セバスが両手で差し出してきたのは、一枚の封書。封蝋には、見覚えのある大鷲と二振りの剣の紋章。 「……悪い冗談だろう?」 「私も、そう申し上げたいところでございますが……」 「お前、だって…この紋章は王家の…招待状か?」 「封を開けてはいませんが、恐らく」 「はは……」 乾いた笑いが出た。 何故?という疑問と、何を狙って?という懐疑が訪れる。 いくら祝賀とはいえ、諸侯が集まればそこは政の場に他ならぬ。加えて、王の生誕祝とくれば他国からも来客があるだろう。 「そんな場に、俺のような若造を呼ぶ必要はあると思うか?」 「まず、ないでしょうな」 「同感だ。俺が国王ならまず有り得ん」 「しかし、この封書は……」 受け取ったそれは、紙の手触りも、封蝋も高級だと一目でわかる。偽造と考える方が馬鹿らしい。第一、王章の偽造など死罪を免れない。そんなことするバカがいるとは思えん。 「それから、こちらも」 「なんだ、次から次へ……ん?これはソーシの家紋か」 もう一枚の封書は、ソーシ公爵家の家紋が封蝋に押されていた。こちらは内容の想像が全くつかない。 セバスに開けさせ、中身を読む。手紙だ。それもクロワ嬢からの。 「んーー…………」 「若様?」 文字に目を通していくうちに漏れた俺のうめき声に、セバスが疑問符を浮かべた。 「そう言う事か……ほら、読むなら読め」 「は、では失礼して…………なるほど、これは」 クロワ嬢からの手紙を要約するとこうだ。 曰く、父に俺のことを話したら是非会いたいと言い出した。曰くサロンで俺のことを話したせいで、王侯貴族女史の間に園芸が流行した。曰く、父と女性陣の意見が王を後押しした。 「我が国は平和だな……」 諦めにも似たため息が漏れる。確かに王はもちろん、ソーシ公爵がこっちに来るだけで一大事件だ。そんなこと、おいそれとはできまい。 だからって、呼ぶか?俺を?こんな若造を。 「セバス。俺はクライネに用がある。返事の文書はお前に任せる」 「はっ」 俺たちの間で不参加という可能性は万に一つもなかった。クロワ嬢は公爵家とは言え子女で、その上まだ子どもである。だからこちらも悩む余地があったが、王の誘いに背いたとなれば、あれよあれよと俺の領土は刈り取られるだろう。それは避けねばならなかった。 土作業でかいた汗が乾く間もなく、俺は屋敷の中に戻りクライネを探した。 デカい屋敷だ。従者達からパズルのピースを集めるようにクライネの居場所を聞き出すと、どうやら今は従者たちに当てられた部屋にいるらしい。休憩だろうか、それならば呼び出すのも酷か。 「……ひとまず、腹ごしらえが先だな」 庭作業を終えそのまま来たものだから、腹の虫が鳴いた。夕食時ではないが、軽食ぐらいは出てくるだろう。 ここなら、広間に向かうより厨房に直接向かう方が早いな。 そうと決まれば、俺は厨房に歩みを進める。なにかしら腹に入れたい。 「しかしなあ、何故俺なのかは理解できたが……」 先ほどの封書は、目下の懸念事項であった。 王の生誕祝賀は夏の終わりごろ、つまり今から一月半という事になる。王都まで五日、準備には一月か。 手土産はもとより、服だって仕立て直さねばならぬ。連れて行く従者も選抜せねばならぬし、その間の農作業も出来ぬ。 「つくづく、貴族社会は厄介極まりないな……」 従者は既に一人決まっているが、それでも懸念事項は多い。 ため息を一つついて厨房の戸を叩く。いくらなんでも土いじりをした格好でずけずけとは入っていけまい。 「はーい、どちら?」 厨房の主、料理長フーシェオの返事があった。どうやら飯にはありつけそうだ。 「俺だ、庭作業が終わったのでな。何か軽食を頼む」 「おや、若様でいらっしゃいましたか。これは失礼失礼」 戸を開け、背の高い男が出てくる。 「おやおや、ずいぶん汚れていらっしゃいますねえ。ご希望は?」 「任せる、俺は広間にいる」 「その前に湯浴みなさったらいかがで?」 言われて、自分の状況を思い出す。どこぞの農夫さながらの汚れ方だ。 「そうだな、そうするとしよう。半刻後に頼む」 「かしこまりました。ああ、若様。クライネ様にあとで私が感想を欲しがっていたとお伝えくださいませ」 主人に言伝を頼むとは図太いヤツだが、この屋敷の序列で言えばコイツはセバスと同格だ。コイツとセバスが居なければうちの屋敷は立ち行かないのだから。 「わかった。見つけたらそう伝えておく」 というか、また何かクライネに試食をさせた訳か。いっそクライネの仕事の一環にしてしまおうか。 くだらないことを考えながら湯に向かう。手の空いてるメイドでもいれば連れて行くのだが、生憎今から衣装の仕立てに馬車の修理に大忙しだ。向こうの離宮にも幾人か先にやる必要があるしな。 まあ、俺は大貴族のお嬢さまよろしく、一人で湯浴みもできないと言うわけでもないので構わんが。屋敷の中が俄かに忙しなくなるのは、やはりあまり良いものではない。 などと考えながら浴場に向かう道すがら、目の端に銀河を捉えた。うちの屋敷であの美しい髪を持つ者は一人しかいない。 「クライネ、そこにいたか」 「…っ!ア、アイン様…!クライネになにか、ご用でしょうか…?」 驚いた様子のクライネ。その頬には、褐色の肌で少しわかりづらいが土汚れがついていた。 「ん、庭弄りでもしていたか?」 「は、はい…!…アイン様も、でしょうか?」 「ああ、まあな。これから湯に浸かるところだ。と、そうそう。料理長が試食の感想を聞かせてくれと言っていたぞ」 「わ、わかりました!……わざわざ、お手を煩わせてしまい…!」 「いい、気にするな。ついでだ。…というか、その恰好で厨房に向かったら料理長につまみ出されるぞ」 俺の言葉にクライネが自身の服や靴についた土を見てハッとする。 「そ、そうでした…」 「ははっ、俺も湯浴みをするところだ。ついてくるか?」 「アイン様さえ…よろしければ…」 「ん、なら来い」 クライネを拾い、そのまま浴場へ向かう。どうやら、クライネもそちらへ向かっていたようだ。丁度良い。 ついでに、王都に向かうときに連れて行くとも伝える。すると今度は、少しばかり返事が遅れた。 「……嫌か?」 「い、いえっ…。そういう訳では……ありませんが……その、アイン様のお傍に…居てもいいのでしょうか?」 「ははっ、俺のような下流貴族の傍付きなど誰も見ないさ。…それにな、お前が嫌ならば無理強いはせんが、お前が遠慮をしているのならばそれは無用だ」 「…でしたら…アイン様がお望みならば…!」 「ああ、望むとも。セバスは口うるさいからな……それに、お前が傍付きの方が色々と助かる。…さ、早く行くとするか」 これ以上は、なんだか気恥ずかしい事をいう羽目になりそうなので切り上げる。 実際、クライネへの反応である程度今後も付き合うべきか判断できるだろう。国として親交が多少あるエルフならまだしも、ダークエルフなどまず目にしたことがないだろうしな。 俺の横を少し早足でついてくるクライネを見ながら、ふとそんなことを思った。 浴場は丁度掃除を終えたばかりなのか、人影はなかった。日の出てるうちは掃除の侍従が居たりするのだがな。 シャツとズボンをひと息で脱いで、赤裸になる。流石に夏の農作業は汗をひどくかく。この服は後で女中が回収するだろう。脱衣場は俺とクライネだけではとても埋まりきらない程度には広い。俺の服も常備してある。タオルを一枚取ってクライネの脱衣を待つ。 「……着替えんのか?」 「いっ!いえ…!その、そのようなわけでは…!」 「……ああ、俺の目が邪魔か」 「いえっ!邪魔などとてもっ…!ただその、恥ずかしいと申しますか…!その、お見苦しいと申しますかっ…!」 あわあわと言葉を探すクライネに、少し笑ってしまう。どうせ中で見られるのだから変わらんだろうに。しかしまあ、クライネも幼くとも女だ。女心はわからんな。 「先に入ってるから、お前も早く来るといい」 「か、かしこまりましたっ…!」 ぺこぺことするクライネを背に先に浴場に入る。とりあえず、汗や土を流さなければな……。 張られた湯を桶で掬い、何度か体にかけてからタオルで拭う。沸かした湯を張るなど贅沢だと言われるだろうが、こればかりは貴族の特権と思っても仕方あるまい。 足の低い椅子を二つ取り、片方に腰を掛ける。丁度、クライネが入ってきた。タオルで体を隠しているが、あまり大きい物ではないので左右から肉がはみ出しているし、ぽっこりとせり出した腹肉が貼りついているように見える。 …子どもだと思っていたが、如何せん肉付きがいいせいか、体型はそうは見えんな…。恥ずかしがるのも頷ける。 「クライネ、こっちだ」 きょろきょろとしたクライネに声をかけると、俺を見つけて少し小走りに向かってくる。 「アイン様っ…お待たせしてしまい…」 「はは、別に待ってなどいないさ。さ、体でも洗ってやろう」 「かっ…体をですかっ…!?」 至極驚くクライネ。おかしいな、俺は初めからそのつもりだったのだが…。 「ああ、嫌か?別におかしくもないだろう。兄妹みたいなものだ」 他の侍従はともかく、クライネに関していえば俺の所有物であり、同時に俺の傍仕えでもあるのだから、然程驚くほどでもない気もするが…。 クライネは、「きょうだい…」と呟いてから、コクンと頷いた。 「アイン様が……お望みでしたらっ…」 「ああ、そうだな、俺の望みという事にしておこう」 そう言いながらクライネを前に座らせて、桶に張ったお湯を頭から被せ始める。 「熱くないか?」 「はいっ…気持ち良い、です…」 「そうか、それは何よりだ」 何となく、愛玩動物の体を洗っている様な気になってくる。 しかし、こうやって裸を見ることなど滅多にないから改めて思うが、最初に買った時に比べると随分と様変わりしたものだ。 背丈も伸びたし、髪の毛もあの頃よりずっと綺麗だ。 目方もずいぶん増えた。ひょっとするとあの頃の倍くらいになっているのではないだろうか。 椅子に座る尻が少しばかり窮屈そうだ。まだ幼い体躯のそこかしこに柔らかそうな肉が溢れている。 つい、興味本位で脇腹の肉に触れる。 「ひゃっ…!!」 「お、おおう…」 想像以上の声を上げて飛び上がるクライネに、俺も驚く。 「ア、アイン様…?あのっ…いかがっ…」 「あ、ああ…すまん。柔らかそうだったのでついな。気を付ける」 「……やはり、クライネは少々…その、太りすぎなのでしょうか…?イヴ様や、他の侍従の皆様のように…クライネも…」 「…気にすることなどないと思うがな。あれ等はあれ等、クライネはクライネだ。優劣など無いさ。第一、俺は結構気に入っているがなあ」 言いながら、タオルを湯で濡らし、クライネの体を拭いていく。ムニムニと柔らかい感触は、肌の手触りの良さも相まって心地よい。どれほど金を積んでも手に入れられない極上の感触だ。 「っふ…んっっひゃあぁ!」 よほどくすぐったいのか、面白いように体をくねらせるクライネ。こうして笑っていると年相応に見える。…体型はともかく。 「ほら、動くんじゃない。隅々まで洗えぬではないか」 「っふぁ…あっ、そっそう申されてもっ…っふ…ふふっ!」 ぐねぐねとクライネが俺の指とタオルをよけるたびに、俺の指が肉に埋もれムニムニとした感触に囚われる。 「っひゃぁ!」 ひと際、クライネの体がビクっと跳ねる。どうやら、俺の手が胸の方まで伸びていたようだ。むにゅっと、少女にしては少々ふくよかな胸の感触がした。 「おっと、すまんすまん。やりすぎたな」 「っはぁ…い、いえ…その…っふぅ…」 銀色の髪を振り乱し、汗と湯とで体に貼りつかせながら荒く息を吐くクライネ。褐色の頬が朱に染まっている。泥汚れは取れたようだ。 ……とてもセバスや他の連中には見せられんな。好事家が好みそうな、あるしゅ煽情的なクライネに、そんな事を思ってしまう。 「あー……ほら、手を貸そう。湯船に浸かって、戻るとするぞ」 「っふぅ…っふー…は、はい…」 少しよろめきながら、俺の腕に縋りつくクライネ。体が暖かく、俺の腕を包む感触は肉々しい。 ……いかんな。 「あー…クライネ、改めて言うが、王都にはお前を連れて行く。いいな?」 「へ…はい、アイン様が…お望みならば」 「ああ、ならば連れて行く」 気を紛らわすために、わかりきったことをクライネに聞く。まだ顔の赤いクライネは、少し不思議そうにしながらも、先ほどの不安はなさそうだった。 「…王都に着いたら、何かしたいことはあるか?出来る限り要望は聞いてやる」 「したいこと……。でしたら、クライネは…また、アイン様とこうやって……お風呂に、入りたく…思います」 「……ん、考えておく」 「ふふ…ありがとう、ございますっ…」 クライネが頭を下げ、銀色の髪が湯船に浸かる。ゆらゆらと揺れる銀河の奥に、褐色の肉付き良い体があるのを、俺は知ってしまっている。 ……いかんな、少し逆上せそうだ。 しかし、この時間は案外、忘れたくはないものだな。 横に座るクライネの体を抱き寄せて、少し弄びながらそんな事を思う。クライネが、くすぐったそうに小さく声を上げた。