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misaki-syumi
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ひそかなる愛

ソーシ公爵家から、大変丁寧な手紙が届いたのは、一月が過ぎた頃だった。季節は真夏である。 「娘にはまだ暫く世間を勉強させる」という内容の手紙とは別に、クロワ嬢から「いつか私が臆することなく泥土に触れられるまで、待っていてください」という手紙が同封されていて、思わず苦笑いをした。 兎も角、懸念事項が消え去って肩の荷が降りた気がするのは事実だ。 そんなわけで、寝室で祝杯ではないが、葡萄酒を傾けているわけだが。 「あの、アイン様……?どうかなされました…?」 「ん、ああ。面倒事が片付いてホッとしているだけだ。気にするな」 俺の正面に座り、やや心配そうに俺の顔を覗き込んだクライネにそう返す。 しかし、一人で酌をするのもなんなので、クライネを呼び出したのだが、まさか給仕服のままくるとはな。 「…?…クライネに、何か?」 銀河のような髪をサラサラと揺らしながら小首を傾げる。足をきちんと揃え、背筋を伸ばして椅子に腰かける様はさながら人形のようだ。しかし、俺の寝室でまでそう畏まらなくともよいのだが。 「いやなに、もう少し楽にすればよいのにとな。ほら」 料理長に作らせた酒の肴をクライネの口に運ぶ。野菜の茎をハムで巻いて焼いたそれは、ソースも相まって美味いが、クライネに食わせた方が俺の精神衛生上有意義だった。 「んむ……んっ。ですが…」 「まあまあ、堅いことを言うな。セバスじゃあるまいし」 何か言いたげなクライネの口に再びつまみを食わせる。やや驚いた顔をしつつも、兎のようにカリカリと食べていく。 「んぐ…んっ」 半ば餌付けのような光景だが、我が屋敷ではそこかしこで見ることのできる絵面なだけに、特に違和感はない。 「……アイン様。嬉しいですがあまりクライネに食べ物を与えないでください……」 そして大体、こういう恨み言を少し不服そうな瞳で言われるのだが、それを笑って受け流す俺の姿も、もはや珍しくないだろう。 「セバス様にまた叱られてしまいます…」 「気にしなければいいのだ。というか、奴もいい加減諦めろと言っているのに」 この屋敷で、クライネの体型についてとやかく言うものは最早セバスしかおらず、そのセバスに至っても俺に口酸っぱく言いこそすれ、クライネに小言を言う頻度は減ったとの告げ口が(主にイヴから)あった。 いい兆候だ。何も太らせて食おうというわけでは無いが、あんな所に放り込まれていた少女に今更節制を説くのも馬鹿らしい。 「というより、俺は気にしないと常々言っているだろうが」 そう言ってクライネの腕を取り、こちらに引き寄せる。観念したようなひょず用で、クライネは俺の側までやってくると、そのまま俺の膝上に腰を下ろした。 「このようなお戯れ……セバス様に見つかったら…」 「流石のアイツも俺の寝室までは入ってこないさ」 そしてクライネの尖らせた口に再びつまみを咥えさせる。 膝にかかる重量は、なるほど確かに重たい。けれど、これが命の重さであり、生命が息づいている重さだ。 あの、折れそうな枝のようだった腕は、肉がつきモチモチとした弾力を伴っている。腕を回した腰周りが、給仕服のリボンで絞められてはいるものの、片腕ではそろそろ支えられなくなりそうだ。 片膝では当然尻が溢れるので、いつからかクライネを抱える時は両足に乗せるようになっていた。 銀色の髪の毛が、目の前でサラサラと揺れる。一房つまむと、まるで絹のように零れ落ちていく。 背丈も、この一年で幾分か伸びた気がする。それでもまだ、少女のように小柄ではあるが。しかし、体の部分部分に、確かに女が表出し始めていた。 「クライネ。お前今、齢は幾つだ?」 「ええっと……12になります…」 まだ、若いな。この間のクロワ嬢もずいぶん幼く見えたが、それより更に四つも下か。 「…聞きづらいことを聞く。いいな?」 「…はい。アイン様でしたら…」 「あそこに、何年いた」 クライネがここに来るまでの事は、俺の屋敷では基本的にタブーとしていた。帰る場所もないだろうこの少女に、わざわざ過去を掘り返す必要もあるまい、と。 しかし、今日の俺は些かナーバスなのかもしれない。こいつを抱いて、その年月を感じたからだろうか。 「……5年か、6年か……」 「……もっと早く見つけてやればよかったな」 あんな暗い場所で、何年もか。思わずクライネを抱きしめる腕に力が入る。 「……いいえ、クライネは、アイン様に見初められただけで、幸せですから」 「…そうか。それなら、よいのだが」 後悔はなんの役にも立たないとわかっていても、酒の入った頭では最初にそれが持ち上がる。 「クライネ、お前がここに来てから一年になるな。お前は本当によくやってくれている」 「そんな、私なんてまだまだ未熟で…!」 「いいから、聞け」 謙遜するクライネを制するように声を少しだけ張った。するとクライネは少し不服そうに頬を膨らませたが、口を閉じた。 「しかしな、俺は時々思うのだよ。果たしてお前をこうやって仕えさせるのが、正しいのかどうなのか。本当ならば、森に帰すなり、篤志家の元にやるなり…そう言う道があったのではないかとな」 過去形のように話しているが、今だって時折思う。コイツにはもっと良い人生があったのではないかと。 クライネを迎えた時は、打算もあった。しかし、今そのような事をどうして思えようか。こんな年端もいかぬ少女に、どうしてそんなことを思えたのか。 「……クライネ、お前は…」 「クライネは、今が幸せです」 俺の言葉を遮るように、クライネはハッキリとそう口にする。珍しく、ハッキリと。 「アイン様がいて、セバス様やイヴ様達と共に働けて、暖かいお布団と食事があって、クライネは、これ以上のものは何も望みません」 「だが…お前だって故郷や親がいるだろう?」 今までは、触れずにいた。いずれクライネが話す時までは待とうと思っていた。しかし、こう言われてしまっては、聞かざるを得ない。まるで、俺がこの少女を閉じ込めているようで。 「……アイン様は、私の瞳をどう思われますか?」 そう言って、碧い瞳を真っすぐ俺に向ける。意味が分からない。意図の見えない問いかけに、思わず眉をひそめた。 「どう、と言われてもだな…………。綺麗だとしか思わんが…」 そう言うと、クライネはくすっと笑った。あまり見た覚えのない、陰のある笑みだ。 「私たちの瞳は、皆赤いんです…碧い瞳は、忌み子の瞳。私の親は……私を…」 「それ以上は、言わなくていい」 碧い瞳に、薄く涙が溜まっていくのを見て黙っていられるほど腐ってはいない。 「そうか……悪い事を聞いたな…」 涙を瞳に溜めたクライネの体ごと抱き寄せる。もしかしたらこの少女は、こんな触れ合いすらも無く育ってきたのかもしれない。 「この話は終いだ。もう、思いださなくとも良い。忘れて…この家で好きに暮らせ」 俺の言葉に、クライネは胸の中で何度も頷いた。 しばらく、クライネのすすり泣く音が響いた後、ようやっと顔を上げたクライネの目元は少し赤くなっていた。 「申し訳ありません…お見苦しいところを」 「気にするな。ここは俺しかいないんだ。お前も羽を伸ばせばいいさ」 膝の上からどこうとするクライネの体を腕で抑え、頭を抱き寄せる。 「さて、悪い事を聞いた詫びになにかせねばならんな…。クライネ、何か望みはあるか?」 「望みだなんてそんな…クライネはアイン様といられるだけで…」 相変わらず無欲な事だ。美徳ではあるが、これでは些か詫びのし甲斐がない。 一緒にいられるだけで…なあ。 「よし、ならば今日は一緒に寝るとするか。幸い俺の寝具なら二人眠ることなど造作もない」 「ア、アイン様っ!いけませんっ…そんなっ…クライネは…!」 案の定身をよじるクライネだったが、生憎と俺の心積もりは決まっていた。 「そう卑下するものじゃない。なかなか良い抱き心地だぞ? 丁度俺も話し相手が欲しかったしな」 「ですがっ…私はっ…」 「クライネ」 褐色肌の頬を赤らめたまま、銀の髪を振り乱すクライネの名を呼ぶ。すると、クライネはぴたっと止まり俺の言葉を待つ。一年の従者生活が板に付いてきたようだ。 「俺はな、お前に悪感情などほんの少しも抱いてないし、今後も抱く予定はない。例えお前が自分を卑下してもな。だから一度聞く、お前は嫌か?」 俺の問いにクライネは押し黙ってしまう。 「お前が嫌なら、俺はこの手を離して今日のことは忘れる。お前がもし、少しでも望むなら、このまま連れて行く。どうだクライネ、ここには俺とお前しかいない。“お前は”どうしたい?」 一言一言区切るようにそう告げて、クライネの言葉を待つ。今なら少しは、この娘の本音が聞けそうだと、思った。 しばしの沈黙のあと、クライネは静かに頷いた。 「…………アイン様が、良いとおっしゃるなら…。クライネは、アイン様と一緒に…」 「…そうか。もちろん良いに決まっている。…ああ、セバスには内密にな。アレはまたやかましそうだ」 笑ってそういうと、クライネを膝から降ろし寝台に連れる。 「ア、アイン様…本当に、よろしいのでしょうか……クライネなどが、アイン様と夜を共にするなど……」 「良いと言っているだろう。俺はなクライネ、お前の事をかなり気に入っているのだぞ?」 「そんな、もったいない…!」 パタパタと手を振るクライネの腕を取り、そのまま寝具に倒れ込む。 「何がもったいないのか、俺にはちっともわからんな」 クライネを抱き寄せ、そのまま給仕服のリボンを緩め、そのまま背中についたボタンを外す。 「その服では寝づらいだろう。目を瞑っているから脱いでしまえ」 「は、はい…アイン様が、そう仰るなら…」 目を瞑ると、しゅるしゅると衣擦れの音がして、パサっと軽い布の音がした。 明かりを消すと、途端に月明かりだけの真っ暗な空間になる。 クライネの銀の髪が月明かりに反射してキラキラ輝いていた。 「…美しい髪だな」 肌着だけとなったクライネを抱き寄せ、髪を梳く。 給仕服から解き放たれたクライネの体は、あちこちに脂肪がついていて、柔らかく暖かい。 ふよふよと指の沈む腹や腕、肉の乗った女性の体だった。 …まだ子供だというのに妙に肉感的なのは、肥えているからか、エルフの血筋か。 「んっ…」 「ああ、すまん。痛かったか?」 「い、いえ…。ただその、男の人にこんな風に触れられたのは…初めてで…」 「そうか……。そのうちお前にも良い人が現れるさ」 そう言ってクライネの頭を撫でる。酒が少し入ってるのと、暖かい人肌のせいで瞼が重くなってきた。 「………クライ………ずっと……この……」 何かクライネの声が聞こえた気がして、その体を強く抱き寄せた。 柔らかく暖かな感触は、二度と離したくはないと、そう思えた。 翌日、セバスにこってりとしぼられた。どこから聞きつけたのだアイツは……。


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