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【イブキライズアップ】第2話 光と影【未実装ウマ娘】

※本作では競馬の綺麗事ではない暗部にかなり踏み込みます ※最終ページに予想と観戦マナーにも役立つ元ネタ解説があります ※私の独自解釈で、交流重賞並びに地方のビッグレースも勝負服着用です ※薄汚い爺さん達が落ち目の時も競馬を守ってきた事実を忘れないようにしましょう _______________________________________________________ Part.1 土佐の「どくれ」娘達 「なるほど。中央が放り出すわけだ」  その若いトレーナーは、イブキライズアップの左膝が酷い故障を抱えているのを見てため息をついた。  ライズは不安だった。この故障の為にURAを追われ、やっと自らを引き受けてくれたコウチで引き合わされたトレーナーの最初の一言がこれだ。 「私、走れますか?」  コウチは地方トレセンの中でも最も辺鄙な場所にあり、貧乏で、レベルが低かった。ここで駄目と言われればレースは無理という事だ。ライズは人生の岐路に立っているのだ。 「走れるよ」  だが、トレーナーはまるで何事もないように言った。 「本当に?」 「ここはコウチだ。身体のまともなウマ娘なんて居ないよ」  そうしている横をとんでもなく小柄なウマ娘の職員が歩いて行く。 「あれはこの近所で生まれたトサソダチってウマ娘でな。あの身体でも29戦走ったんだ」 「大きな身体やねえ。こればあ治したらよう走りそうや」  もう中年と言うべき歳のトサソダチはライズの身体に秘めた素質を高く評価し、彼女の太ももを撫でた。 「ええかえ?コウチは他所で放られた娘ばっかりよ。それでも皆ここを潰しちゃいかん思うて頑張りゆがで。あんたもどくれんと頑張りや」  どくれる。コウチの言葉でいじけるとかグレるといった意味だ。ライズはその言葉の意味がまだ分からないが、トサソダチが優しい言葉をかけてくれたのだけは分かった。 「怪我は俺がどうにかする。こんな田舎だけど、お前は勝てるウマ娘になれるよ」  どうにも胡散臭い雰囲気のトレーナーだが、怪我を見るなり転校を促したURAの教官とは違ってライズの脚を丁寧に治療してくれた。  もとより、ライズは大きな期待を寄せられたウマ娘とは言えなかった。怪我が無くとも数勝できるかどうか。重賞が勝てれば上出来という程度の評価だ。  だとしても、ライズは口の悪いファンがウマ娘の終着駅と噂するこのトレセンに来たのを内心後悔していたし、コウチしか引き受け先の無い自分が情けなかった。  しかし、そこで初めて自分と親切に向かい合ってくれる人々に出会った喜びと、期待に応えねばいけないという責任感で身体に力がみなぎるような気がした。  コウチはURAと何もかもが違った。何しろ在籍しているのはほとんどが転校生で、入学式が開かれるのは数年に一度だという。何度も留年してもう大人なのに走っているウマ娘も多い。  そして、誰もが問題を抱えていた。乏しい素質、小さな身体、怪我、素行不良、およそまともなウマ娘は一人も居ないと言っていい。  トレーナーも潰れたトレセンから移って来た人が多く、ライズのトレーナーも最初はフナバシに居たらしいが、あちこち移った末にコウチに流れ着いたのだという。  皆安い給料で着る物にさえ不自由していた。それでも、酒代だけは必ずどこからか出すのがライズには不思議であった。  そんな問題だらけのウマ娘が信じられないレース数をこなす。文字通りの百戦錬磨など当たり前で、数百戦のキャリアを誇るウマ娘がザラに居た。    そうして皆が体の許す限り何シーズンも走る事で、ぎりぎりの人数でどうにか興行が維持されている。  URAのウマ娘とて建て前通りに全てのレースを全力で走るわけではない。だが、コウチのウマ娘はまず興行を成立させる事が第一で、負けるのを承知で身体を庇いながら走るウマ娘が多い。  つまり、少数の勝つ気で走るウマ娘と、数合わせで走る大多数のウマ娘が混在していた。建前上それは許されない事だが、それが出来ないウマ娘を引き受けるのがコウチであり、またコウチはそうしたウマ娘によって維持されていた。  お客さんはいつも少なく、場内には汚い言葉と煙草の煙が立ち込めているが、彼らは根っからレースが好きな人達で、全力で走らないウマ娘に文句を言いつつも台所事情を察して深くは追及しない。彼らにとってもレース場は大切な居場所だからだ。田舎の小さなトレセンだけに、良くも悪くも家族的な空気があった。 _______________________________________________________ Part.2 波間に浮かべば  トレーナーはライズを勝たせる気で治療し、怪我を庇いながらトレーニングをした。初戦こそ3着だったが、その次のレースは3バ身差の圧勝で初勝利を飾った。  ライズはその時、初めてウマ娘に生まれて良かったと思った。それが僅かな客しか見ていないローカルのレースだとしても、ウマ娘と生まれてレースで走り、勝つ事は、本能に刻まれた欲求なのだ。  表彰台と称する白いペンキの剥げかけた木箱に立って、ライズはウイニングライブを執り行った。ライズの合図とともに古いラジカセから伸びきったテープの奏でる『よさこい節』が流れる。コウチでの初勝利はこの曲と決まっているという話であった。  ライズが涙を浮かべてそう上手くもない歌を歌うのを、お客さん達は口悪く祝福してくれた。  それからというもの、ライズは連勝街道を突き進んだ。その連勝街道の道すがら、トレーナーが突然交代になった。後で知った事だが、あのトレーナーは金銭絡みの不祥事を隠していた。それくらいコウチは貧乏だった。  新しいトレーナーはコウチ生え抜きの人物で、やはりライズをとても大切に労わってくれた。  コウチのトレーナーは皆怪我の扱いに長けていて、決して数合わせのウマ娘を邪険にしなかった。怪我でウマ娘を駄目にすることはトレセンを直接脅かす。そうやって全てのウマ娘を少しでも多く走らせる事でコウチトレセンは生き永らえて来たのだ。 「ライズちゃんは凄いなぁ」  波間で頭を見え隠れさせながら、ハルウララが呟いた。ウララはコウチトレセンでも1度も勝ったことのない数合わせのウマ娘だ。だが当人はそんな気はなく、いつも一生懸命なところが他のウマ娘と違った。  ライズとウララは海水浴をしていた。これは綺麗な海が近くにあるコウチ独自のやり方で、こうして海水浴をすると身体に良いという話だ。  医学的根拠はさておき、ライズはこうして波間に身を浮かべていると左脚の痛みが引く気がしたし、少なくとも気持ちが良かった。 「重賞を勝たないと駄目だよ」 「でも、私はまだ勝った事ないもん」  恵まれた体格を武器に連勝街道を突き進む一方で心に影を持つライズと、小さな身体で負けても負けても底抜けに明るいウララはどういうわけか気が合った。  ライズは最初は走れるだけで幸せだったのに、こうして勝ち続けるともっと上のクラスへ行きたいと思うようになった。ローカルシリーズだとしても重賞のタイトルが欲しいとも思った。とどのつまり、己の欲とトレーナーの期待に応えたかった。  そんな心の飢えたライズにとって、何の悩みも無いようにただ懸命に走るウララは眩しく見えた。一方、ウララはライズの底知れない強さに憧れを抱いた。  小さくて明るいウララが太陽なら、大きな自分は長く伸びた影だろうか。波に浮かれながら、ライズはそんな事を考えた。 _______________________________________________________ Part.3 かまどウマ  ライズアップとは、奮起という意味だという。名は体を表すという言葉はウマ娘の世界では不思議なくらい通用しないが、ライズは極めて幸運な例外に属した。  ライズが勝ち続けると、昭和で時が止まったようなレース場に変化が起きた。お客さんが増え始めたのだ。  連勝を続けるイブキライズアップというウマ娘が居る。その小さなニュースは連勝が伸びる度に夕陽で影が伸びるように大きくなり、一度ライズを見てみようというお客さんが会場に足を運ぶようになった。  そういうお客さんをライズは決して裏切らなった。期待通りに勝利を掴み、ウイニングライブで歌ってお客さんを大いに喜ばせた。  コウチのお客さんはお年寄りが多い。だからライズはそうしたお客さんの喜びそうな曲を常に探してきて歌った。ローカルのウイニングライブなどはもとより適当で、ライズのやる程度の事でも画期的だとお客さんは喜んだ。その感動は日増しにつのる脚の痛みさえ忘れる程だった。  ライズは自尊心やトレーナーだけでなく、トレセンその物を支えている事を自覚した。古い言葉だが、関係者に飯を食わせてくれるようなウマ娘をかまどウマと呼ぶ。今やライズはコウチのかまどウマなのだ。  連勝記録は18まで伸びた。それが例えローカル中のローカルだとしても歴史上稀に見る記録だ。  連勝が伸びると、トレセンの売り込みもあって普段ローカルシリーズなど顧みないマスコミが取材に来た。コウチにレースメディアから取材が来るなど何年ぶりだろうかとトレセンの人達は喜んだ。 「こいつはサガのサマーチャンピオンに挑戦させますき。コウチにも骨の入ったウマ娘が居るがを見せちゃります」  記者を前にトレーナーは大胆にも遠征を宣言した。サマーチャンピオンと言えばURAのウマ娘も遠征してくるGIIIレースだ。 「ところで、逆に連敗街道を突き進むウマ娘が居るとか?」  ある記者がライズにそう訊ねた。 「ああ、あの娘ですよ。ウララ!」  ライズは通りがかったウララを呼び寄せ、記者の前に引き出した。 「この娘です。ウララ、今まで何レース走った?」 「そう…もうちょっとで100レースかな?」  記者がどよめいた。URAではキャリアを通して30レースでも多い部類に入る。なのにこの小柄なウマ娘は信じられない数のレースをこなし、全て敗れたというのに底抜けの笑顔を浮かべているのだ。 「そんなに走れる秘訣はあるの?」 「一生懸命やる事です」  記者から明るい笑いが漏れた。これは偶然ではなく、勝ち続けるウマ娘と負け続けるウマ娘が居るという話題性を狙ってトレセンがマスコミに売り込んだのだ。まさに、ライズはコウチトレセンの光と影、二人で一人だった。 _______________________________________________________ 元ネタ解説 Part.1 身体のまともなウマ娘:  売り上げの回復した今でも高知競馬は地方競馬の最底辺に位置し、やはり何かしらの故障を抱えた馬が多い。  なので調教師はそうした馬を長持ちさせるノウハウに長けている。故障を抱えた馬が高知への移籍で花開くケースも少なくない。 トサソダチ:  1991年生まれの牝馬。記録に残る限り最後の高知産競走馬。  400キロの小型馬で、特例で減量特典を貰っても勝てない程弱かったがとても人気があった。つまり、20世紀のハルウララである 入学式が開かれるのは数年に一度:  高知競馬でのサラブレッドの新馬戦は1998年、アラブでは2003年を最後に長く途絶え、2015年まで行われなかった。 着る物に不自由:  交流重賞で中央の騎手が捨てて行った道具を、自分の使い古しより状態が良いので拾って使ったという類の逸話を持つ地方騎手は高知に限らず多い。 潰れたトレセンから移って来た人:  高知は奇跡的に廃止を免れた関係上、廃止した競馬場から移籍してきた関係者が多い。  比較的余裕のある時期に廃止になった紀三井寺や益田、交流戦を行うなど繋がりの深かった福山の出身者が多い。 百戦錬磨など当たり前:  ハルウララのキャリアは通算113戦だが、これは地方競馬の基準では特別な数字ではない。  競走馬の最多出走記録はセニョールベストの409戦。勝利数の地方競馬記録はエスケープハッチ(アラブ)の54勝。いずれもハルウララより少し後の高知所属馬である。 全てのレースを全力で走る:  というのはあくまで建前で、中央競馬でもこれは守られない。  条件戦で勝ち上がらずに粘る。ステップレースで全力を出さない。競走馬とは経済動物であって、そういう駆け引きの上に生きている。 興行を成立させる事が第一:   地方競馬、特に当時の高知は馬の数が根本的に不足していて、レースを成立させるためにも毎週のように走る必要があった。 数合わせで走る大多数:  当時の高知競馬の賞金は極めて安く、全力で勝ちに行くよりレース数をこなして出走手当を貰う方が割が良いという事情があり、また今も各地にある。  自らの維持費を稼げなくなった馬の行く先は、引受先の無い乗馬しかない。 根っからレースが好き:  高知県人は博打好きという定評があり、高知県の経済が好調だった1950年代までは高知競馬も高知競輪も人口に比して驚異的な売り上げを誇っていた。 台所事情を察して深くは追及しない:  こうした裏の面を地方競馬ファンは極めて敏感に察知し、受け入れ、予想に役立てる。その裏返しでクリーンなイメージを強調したがる中央競馬を敵視するファンも多い。 家族的な空気:  高知競馬場に限らず、小さな競馬場では客の平均年齢は高いが、その裏返しで皆顔見知りである。馬主が客に混じっている事もそう珍しくない。 Part.2 白いペンキの剥げかけた木箱:  田舎の地方競馬の表彰台は本当にこんな物である。 金銭絡みの不祥事:  これについては深く言及しないが、調べると分かる。 いつも一生懸命:  というのも建前で、ハルウララの調教師である宗石師は「年15走出来なければ処分していた」と語っている。これはハルウララを維持するには年15走分の出走手当が必要であった事を意味する。 海水浴:  高知競馬は海に近く、浜調教と呼ばれる独自の調教がある。  砂の深い海岸を走らせ、あるいは馬の脚を海水に浸す事で治療するもので、特に海水に入れることを「つばける」と称する。  だが、最近はあまり行われないようである。 かまどウマ:  むしろ牧場でよく使われる言葉で、牧場経営を支えるような牝馬を指すが、転じて作中のようにも用いられる。  事実、イブキライズアップが出走する日は売り上げが伸びた。 ローカルシリーズなど顧みない:  競馬に限らず競輪競艇にも共通する事だが、地方の全てのレース場に記者を常駐させる事はほぼ不可能であり、スポーツ新聞や場外版予想紙の予想印やコメントは多くが現地の予想紙から提供された物である。 二人で一人:  ハルウララとイブキライズアップは橋口アナPの異名を取る高知競馬の橋口浩二アナウンサーが話題作りの為にセットでマスコミにプレスリリースを送って売り出した。  結果としてハルウララの方に注目が集まったが、本来の主役はイブキライズアップだった。 イブキライズアップの競走成績(netkeiba) https://db.netkeiba.com/horse/1998106545/

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