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加賀優作
加賀優作

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Face My Fears

 苦しんでいる。

唐突な入り方をご容赦願いたいが、事実なのだから仕方がない。つい先日、隣人トラブル起因のPTSD治療の目処が立ったと思ったら、別の要因で再発してしまった。また隣人が発狂したのならまだいい。いや、よくはないのだが。今回は、仲の良い友人からの物理的な暴力に因るものだ。であるから、この文章も書くかどうか迷ったし、まだどこかで気が動転していて、心の整理がついていないというのが正直なところだ。そして、加害者が誰なのか見当がついている方もおられると思うが、どうか彼を責めることは控えていただきたい。これは私と彼の問題であって、二人で解決していきたいからだ。どうやって彼を許そうか、私自身もまだ要領を掴めていない。文章として言語化することで、セラピーを自らに施しているのだと思って読んでいただけたら幸いである。

 ことの経緯を一言で説明すると、一緒に酒を飲んでいるときに向こうが恋人から別れを告げられ、悪酔いして私に八つ当たりした、といった具合だ。

 ひとつここではっきりさせておきたいのは、私は友人の幸福を願いはするが、惚れた腫れたの内情にはなんの興味も関心もない。不倫だろうが身体だけの関係だろうが、本人らが納得して快くいてくれれば、私は気にしない。ただ、恋バナと称して恋愛事情を聞かされ、私のそれについても話させようとする場面が何度かあり、「ああ、この人は、友人と恋バナをする、という経験を通じて青春のやり直しをしたいのだろう」と想像し、彼のモイストな恋愛観と、私のドライなそれの差異に笑うなどしていた。とはいえ内容はおおかた彼の恋愛相談が主であり、「相手にこう言われた、これにはどういう底意があるのか」という解釈や「彼にこうしてもらうためにはどのように働きかけるべきか」といった方略を求められることも多かった。私は職業柄、人を操るのが得意だ。そのスキルを悪用こそしないまでも、こういった恋愛の駆け引きにおいては小技として活かせる場合がある。私の助言はことごとく彼の希望する方向へ関係性を運び、私は、こんなの恋愛じゃなくてまるでゲームじゃないの、というモヤモヤを抱きつつも、「私にはやっぱり愛が必要」と舞い上がる彼を諌める気になれなかったし、彼がろくでもない男に振り回されて傷つくさまを見てきた身としては、ひさびさに良識ある男性との出会いにわざわざ水を差すこともあるまい、と静観を決め込むことにしていた。だが、これが裏目に出てしまった。

 他人の恋愛のやりとりのLINEほど、つまらないものはない。彼は「相手からオープンリレーションシップという形なら付き合ってもいいと言われた」とLINEの画面を見せてきた。オープンリレーションシップとは、カタカナで聞こえよくしてはいるが、要は、付き合っていると形式上言い合うし公言もするが、セックスは普段通り別の人とやるしお互いそれに関して干渉しない、というものだ。既婚者が配偶者そっちのけで色に狂っているパターンをこのごろよく見るが、あれの怒られないバージョンといったところだ。私はこの単語が出てきた段階で、彼は「彼氏が彼氏が」と浮かれているが、向こうには付き合っているという認識はないし、彼自身もそれに気づいていない、というなんとも報われぬ現実を見てしまった。さあどう出るべきか。どう転んでもこの人は傷つくだろう。傷つく方向へ自分から赴いているとも言えるくらいだ。とりあえず私は「どういう意味かを問いただしてみたら?」と、オープンリレーションシップの意味を説明しつつ促した。付き合うけど他の人ともエッチするってこと?くらいにすっとぼけて書けば可愛げもでるんじゃないかと踏んだのだ。彼はそれを送信し、私たちはしばらく酒を楽しんだ。

 その日の私は、仕事帰りに路上で徘徊している老女に絡まれてしまい、福祉へ繋げたり軽いデイケアを施したりと、その流れで、自分の家族、母親によって施設送りにされた祖母への思いが蘇り、思わず泣き、涙の意味を自分なりに理解するために他人と話がしたくて、彼を呼び出したのだ。私は言語化することでそれなりのカタルシスを得たが、しかし、彼はどこか上の空で終始携帯端末を気にしていて、私の年寄りへの憐憫の話など、甘美な愛のいざないの前では霧散してしまうのだなと、空しさを感じていたのもまた事実だ。

 返答を示す通知が鳴るなり、彼の顔色はみるみる血の気が引いていった。「別れるかも」と。ほう。遅かれ早かれそういう末路を辿る予想はついていたが、ちと早すぎやしないか。電話をかけようと外に出ては、応答がないのかまた戻ってきてそわそわしだす。業を煮やした私は、なんて着たの見してみ、と応酬を見ると、前述のアドバイスの文言の直後に「↑これは友人が書いたやつ笑」と追いLINEが。その下に続くお相手の返信も、これが地雷踏破となったのだろう、坦々とブチ切れているご様子。そりゃそうだ、ただでさえウザい追いLINE連発に加えて、そのくせ理想を語るばかりで成立していない会話、そしてこの第三者の介入を示す文言。二人で紡ぐはずの愛のささやきが、その近しい関係者の入れ知恵があるケースはそう珍しいものではないが、言わないのが美徳ってもんじゃないか。これはデリカシーのお話である。速読ができる私はワンスクロールで直近数週間のやりとりを把握したが、彼はお相手にアルコールの問題を指摘されていた。気になっていたのは、私だけじゃなかった。薄ぼんやりとした予感が確信へと変わっていく気がした。

 彼の混乱は激しくなっていき、いよいよ退店を迫られるレベルにまで達した。こうなったらもう手がつけられない。私は会計もそこそこに暴れる彼を外に連れ出す。「あなたのせいよ」私は謗りを受けた。彼の失恋は、私が介入したせいだというのである。これだから、恋愛相談は、大っ嫌いなんだよ。

 「何なのあんた。自分で台無しにしたんでしょう。仮に、私のせいでそうなったとして、じゃあ、あんたの恋愛は、周りの人間によってどうにでもなってしまう程度の、主体性のないものなのね。他人が自分の思い通りに動くと思えちゃうこと自体が、傲慢なのよ。いい歳こいて、自分の不始末を他人になすり付けるのやめな、恥ずかしいったらありゃしない。そもそも私に対して失礼なのよずっとあんた。」

 絡み酒の悪い癖だ。こうやって文字に起こすと、私も私で、言うことを言ってしまった感があるが、書いてもいないメッセージを送ったと言われ、己の依存的な態度が招いた相手のドン引きを私のせいにされ、欲しい反応が手に入らないと騒いで駄々をこねる。ここまでの扱いをうけたら、こっちも言葉が強くなるというものである。図星だったのだろう、彼は私の顔にグーを浴びせてきた。商売道具に手をだすのは、私の正当性の象徴である「顔」への破壊衝動からくるものだったのだと想像するが、それにしてもまあまあの力だ、鼻がミシッと鳴るのを聞いたし、感じた。あーこれはだめだ、明日朝イチで先生んとこ行かなきゃ。私はもう、酔っ払いの介抱なんかより自分の顔が心配だった。しかし、私が自転車を進めようとするのを、彼は2回右から真横に押し倒し、私は結局、鼻の軟骨がずれて、脳震盪を起こし、左半身に打撲を負った。

 これが赤の他人だったら、即刻被害届を出し、顧問弁護士を引っさげて、保険会社も巻き込んで大騒ぎにしただろう。彼を「私がしばらく顔出しできない理由の登場人物A」どまりにしているのは、私のなけなしの憐憫である。悲しいお酒より楽しいお酒を、とやってきた私が間違っていたのだろうか、都合の悪いことは酒で紛らわす、という曲解をさせてしまったんだろうか、という私の迷いもある。しかし、虐待を受けて育ち暴力を嫌う私の境遇を知りながら、その私をコントロールするために最も効果的な暴力を用いた彼を、私はまだ許せる自信がない。彼のそういう賢しい部分が、たまらなく恐ろしいのだ。

 これがいまの、リアルで素直な私だ。キレイな鼻と、優しさを取り戻したい。


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