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薬害にあった自分を責めてしまう人へ①

たまにブログやTwitterなどで


「離脱症状が治らないのはいつまでも症状を悲観しているせい」

「断薬できないのは根性が足りない」

「医者を恨んでも何もならない」

「薬を飲んだ自分にも責任がある」


という感じの意見の発信を見かけるのですが、自分は「違う」という意見を発信したいです。


これらの意見について、何回かに分けて書いていきたいと思います。


今回は「離脱症状が治らないのはいつまでも症状を悲観しているせい」について。


自分は薬害にあって、心身の健康を失ったり以前は何の苦もなくできていたことができなくなる、それらを受け入れるのは並大抵のことではないと実感しています。


診断もされず見えなくて理解されにくい薬害にあった人はとても孤独です。

(※病気や怪我などもそれはそれで理解されないことがたくさんあり、孤独になることがあるのは承知しています)


症状は感覚的なものが多いし山のようにあるので説明も難しく、大体の方が医者やいろんな人に否定されまくってきているので、もう周囲に理解してもらうのすら放棄している方も多いのではないかと思います。


だからひとりでひとつずつすべて受け入れていく作業が必要になります。


自分も「以前普通にできていたことができなくなっている」という事実にぶち当たったり絶望的な痛みや意味不明な症状が来るたびにめちゃくちゃ悲観します。


何日も泣き続けることもあるし、ふとしたときに「できなくなってしまったんだな」「なんでこんなこともできないんだろう」「どうしてこんなことになったんだろう」と悲しくなって突然めちゃくちゃ泣いたりもします。


おさまっていた症状がぶり返した時や症状がひどい時は「これ以上悪くなる前に死なないとヤバいな」と思ってしまいます。


でもそれでいいと思ってます。


確かに症状ばかり意識しすぎるのは良くないし、気を逸らすことも大事だと思います。


でも、例えば針で刺すような痛みがあるとして、普通の人だって断続的に針で刺されたら意識すんな悲観すんな死にたくなるなって方が無理だと思うんですよね。

いつか終わるとわかっているなら別ですが、いつ終わるのかわからない。


その痛みを当たり前とするまで大変な時間がかかるはずです。


しかも薬害にあった方は症状やできなくなったことはたぶんひとつじゃないと思います。

家庭や家族や友人や恋人、仕事や趣味を失ってもいる方もたくさんいます。

関係や環境が変わってしまう方も。


症状も状況もすべて違うのだから受け入れまでの時間に個人差があるのは仕方ない事ではないでしょうか。


自分もできなくなったこと、症状、なくしたもの、たくさん受け入れてきたつもりです。

だけど受け入れたつもりのものが実はまだ受け入れられてなかったりもするし、受け入れなきゃいけないことがぜんぜん残っています。

症状が弱くなったからやっと受け入れられたこともたくさんあります。


こんな理不尽で辛いことはっきり言って耐えろって方が無理で、例え悲観したって今日だけでも生き延びられたらそれはすごいことなんじゃないかなって思います。


もし自分が治る時がくるとしたら、もう悲観して悲観して受け入れて悲観してそれでも必死に生きて生きられたらその末に

「気がついたらなんか治ってた」

みたいな感じになるんじゃないかなって思ってます。


だから自分の意見は、


「もしかしたら悲観で離脱症状が治るのが遅くなるのかもしれないけど、それを言われたからって突然症状や状況を受け入れられるようになったりポジティブになるのは無理だし、逆にそうできない自分を責めてまた悲観するだけなので、思う存分悲観しまくってもいいんじゃないかな」


です。


ここまで読んで自分の意見とは違うと思った方もいると思いますが、どっちでもいいです。


その時生きるのに都合のいい言葉を信じてください。


死にたい言ってる人間が何言ってるんだって話ですが、自分勝手なのでできれば他の人には死んでほしくないな〜って思ってしまうんです。


あと、人にはそうだよ、って言えるんですけど自分の言葉を自分で信じるのは難しいんですよね。

だから本当に思ってることではあるけど、もしかしたら綺麗事なのかもしれません。


だけど薬害にあってる方を否定するようなことのみただ見てしまって誰かが傷ついてるだけなのはやだなと思ったので記事にしました。


薬害でつらいみなさんが今日一日をなんとか生き延びられますように。

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