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文喰シミに首を締められる話 2



「首絞めですかぁ……?????」



左目だけをわざとらしく見開いたいつもの表情で文喰シミが苦笑いをした。

いつものようにワールド巡りに付き合ったあと、今日はおしゃれな夜の一室におちついて雑談をしている。


「いや、私ぜんぜんそういうのわかんないですね……苦しいのを自分から求めるのってなんか生き物としてバグってません?それ。」


まぁ、コメント欄には結構いるっぽいですけれどね。そういうバグ生物。

そういってカラカラと笑う。今日も舌はよく回るようだ。


文喰シミに頻繁に会いに行くようになってしばらく、文喰シミが意外とこういう話にも付き合ってくれることを知った。


そうは言えど、意外とポピュラーな趣向だったりするのだ。と、反論してみる。

好きな相手に生命活動まで掌握されること、酸素の足りなくなった脳が生み出す危険な脳内麻薬があるらしいということ。

文喰シミの言う、コメント欄にも同士がたくさんいるということ。

マニアックの中ではメジャー、というぐらいの立ち位置ではあるため反論の材料はそこそこある。


「まぁ、人の趣味を私もそこまで否定しませんけれども……」


文喰シミも少し気圧されたようである。

あいかわらず怪訝な表情ではあるもののいちおう納得はしたようだ。


じゃあ、と、不意に文喰シミが右手を持ち上げて


「やっぱりされてみたかったりするんですか?首絞め?」


ひらひらと指を見せつけるように振った。



一瞬息が止まる。

まだ締められているわけでもないのに。


文喰シミに首を絞められる。正直に言えばその行為を想像したことがあるから。

今もその行為を望んでいる自分がいるから。


不意に餌が落ちてきた魚のような気分になりつつも、最低限の平静を装って返答しなければいけないと思う。

ここで嘘をついても、がっつきすぎても気まぐれな生き物はさっと手を引っ込めてしまうだろうから。慎重に、興味をもたせればもしかしたら。


まぁ、されてみたくはある。


そう簡素に返答した。

「え……こわ……」そんな答えが帰ってくるが声は好奇心に満ちたままだ。大丈夫。

もしかしたら、もしかしたら想像が現実になるかもしれない。


まぁ?シミちゃんの力じゃ多分できないだろうけど?


挑発してみる。こういうのに意外と乗ってくるのがバーチャル害虫だ。

できるが!?とか言って乗り気になってくれるはず。



文喰シミは、少しだけあきれたように目を細めると、無言で右手をこちらに伸ばしてきた。

中指がピタリと喉に触れる。



「できますけど?」


「できますけれど?で、どうします?」


すぐに返答ができなかった。無理やり飛び跳ねさせられた心臓が暴れすぎて。

喉仏が勝手に動く。

指を軽く置かれただけの喉笛が首輪をつけられたような錯覚にとらわれ、心が既に屈服しだしているのを感じる。

先ほどまであった駆け引きをするような余裕など一瞬で消し飛ばされていた。


「で、」


目が細められる。


「どうします?」



弧を描いて、瞳に悪意が宿っていく。

やめてほしい。今その表情は。

効くから。まともな思考ができなくなるから。




ぱっ。

と、指が離された。

面白くてたまらないというような笑い声で現実に引き戻される。


「だいじょぶです?いま完全に意識おわってましたけど。んふふっ」


バーチャル害虫はひどく上機嫌そうだ。人をこんな気分にさせておいて。


「んふふ。やめときましょっか。意識混濁したオタクに反撃されたくないし、なんかさっき怖かったし。目やばかったし。あははっ。」


反撃しない。


そう声が出た。思ったよりもかすれて、必死そうな声が。

ふぅん、と返ってきた声はふたたび悪意を纏い始めていて心臓と脳がまた沈められる。


反撃しない、から。


「えー……こわ、ほんとに必死じゃないですか。くふ。」


見下しと、興味と、演技かどうかわからない愛着が込められた声。

ダメになる。

溺れたらまた笑って否定してくるくせに、

どうしようもなく引き込んでくる。


もう一度、指が伸びてくる。

細くて、白い指が。

今度は喉仏を通り過ぎて親指と中指が首に回される。


「じゃあ、ひとつ、絶対に反撃しないこと。

ふたつ、味を占めて要求しないこと。めんどいの嫌いなんで。」


「よろしい?おーい。」


声も出なかった。

絞められる前から苦しくなった喉から音をだすことを諦め、必死に頷く。


「じゃあまぁ、無理になったらすぐ言ってくださいね。

シミちゃん人間の言葉わかんないかもしれないけど。んふふ。」


そう言って

指に力が入れられた。


でもぜんぜん苦しくならない。呼吸は普通にできたままだ。

それもそのはずで、軽く回された親指と中指がこれまた軽く狭められただけである。

本音を言えば、のしかかられて、両手で思い切りみたいなのを想像していたのに。


もっと強めにやっていいよ。


そう言おうとして、


全く喉から意味のある言葉が出ていないことに気がつく。


急に、来た。

後頭部が、熱くて寒くなる。


細い指で、最低限の力で、

動脈が完全に掌握されている。


顔に破裂しそうに血液が集まって、脳はその逆の危機感で狂いだしている。

よくわからない感覚が次々と襲いかかってきて、自分がぐちゃぐちゃにかき混ぜられているみたいで。


なんで。

そう言いたかったような呼吸が口から漏れた。


なんでそんなに軽々しくこんな、


もしかしたら、表情や指の形で軽々しく錯覚させられていただけなのかもしれない。

どちらにしても、こうなってしまってはいまどんな力で締められているかなんて気にしていられる余裕がない。


脳からのどろどろが混ざった危険信号が、いまになってやっと右腕に届く。

ゆっくりと腕を上げて指を外そうとして、

その指は、

本当に柔らかく文喰シミの左手に絡め取られた。


「はぁい。反撃禁止のお約束ですよー……」


手の甲を優しく撫でられる。

指が恋人みたいに絡む。

命を守るためにつきだした右手が、冗談みたいに篭絡されていく。

力が抜けて、

止めなきゃいけないのに、

右手が、ふみはみの従順なペットになっちゃったみたいで


「……んふふ。」


悪意が、

害意が、

指に、声に、瞳にそれが満ちていて、

痺れた脳みそが勝手にそれを貪っていく。

害虫なのに、甘味料に漬けられたみたいに意識が溶けて、

どうしようもない

どうしようもなく、させられてしまっている。


弧を描いた瞳が近づいてくる。

意地悪い笑い声が痺れた耳から染み込んでくる。


自分という存在を終わらせる表情が近寄ってきて


近寄ってきて、


心と脳みそをぐちゃぐちゃに踏みつけるような笑みが近寄ってきて


ちかよって


きて




鼻の頭がちょんと触れたような気がして、急に開放された。


その場に倒れ込む。

気道を圧迫されていたわけではないので咳き込むようなことはなかったが、脳が復活するまでに必要な鈍重な虚脱感に襲われる。


ここまで追い込んだ張本人は無邪気そうに頭上でキュイキュイと引き笑いをしている。

本当に機嫌が良い時の笑い方だ。


どうやら、こちらが無事であることを確信している風だった。


聞きたいことは山ほどあるが、聞く気にはなれない。

どうせはぐらかされるだろうし、

聞いても聞かなくても、もう、何も変わらないだろう。

どうせしばらくはこの害虫から離れることなどできそうにないのだ。



どうでした?

なんて見下ろしてくる害虫の目にはもう悪意なんてかけらも残っていなかったし、

掻き回された心にはそう写って見えるだけかもしれなかった。



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