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humihumihamihami
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私が本の虫である所以の一つの発見

漫画を読んでいた。土曜日の晩である。

映画好きの人々の漫画。長編映画が嫌いな天才少女。長編映画が好きなマニアの青年。

それぞれの美学と努力と、映画に対する情熱が一つの結末を導いた。良い漫画であったと思う。


けれど私は映画が苦手だ。

金曜ロードショーみたいなものですらとんと見た記憶がない。映画館なんてもってのほかである。アニメもやはりそこまで好まない。

昔からインクの匂いにばかり囲まれてきた。


創作の物語は大好きなのになんで私は映画が苦手なんだろう。

何が駄目なんだろう。

それが多分、今日少しだけわかった気がする。


映画はたぶん、私には完成され過ぎている。

完成されているというとほめているように聞こえる。じゃあ悪い言い方をすると窮屈で、口に無理やり食べ物を詰め込まれている気がする。


読書の話をすれば、私はかなり読むスピードが速い。

多く多く、今までの積み重ねでそうなった。

だけれどいかな映画通だって見るスピードはたぶん一定だろう。通になるとやっぱり2倍速だよねー、とか、0.8倍速が至高、とかは聞いたことがない。

映画は完成されている。展開の速さ。一瞬の呼吸の間。主人公の、悪役の一瞬の表情。

全部が全部 瞬きも手洗いも許されない、早送りも論外の絶妙に調理されたタイミングでベルトコンベアに乗って流れてくる。

90分の映画はどうあがいても90分だ。

多分映画が好きな人はそこが好きなのだと思う。すべてを決めることができるということの素晴らしさ。構図、表情、演出、テンポ、声色、演者と監督にスタッフの力量と精魂を大きなスクリーンと心臓が震えるほどのサウンドで体験できる快楽。

チケット代と比較して余りある体験だろう。


しかし、私にはどうにも馴染みにくいのだ。

本は自分が世界の語り部だ。一度開けば世界の主は私である。

鮮烈な文章表現を浴びながら自分で世界を骨付けしていく全能感。私は語り部であり観客であり、主人公であり路傍の石である。

その世界に浸ってしまっているからこそ、映画を窮屈に感じるのだろう。

他人の作り上げた完璧な世界を横から縛られているような幻覚を見てしまう。

いつか、いつか克服できたらいいのにとは思うが今こうして書いているだけで若干胃が重い……うぐぐ……


あと巨大人工物恐怖症を持っているので音楽ホールとか映画館が根本的に息苦しい。

あ……なんだかんだでこれが大きいかも……






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