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掌編 害虫目撃譚 雨宿り。

冬のにわか雨は夏にもまして歓迎しがたい。

とうの昔に閉店したカメラ屋の軒先に逃げ込んでからしばらく、しびれる指先を曲げ伸ばしして宥めつつ改めてそう思った。

”こんな状況”ならばなおさらのことである。

また、静かに、ばれないように、こっそりと横目でその生き物を見る。

一時の隣人はやはり無表情に眼前の雨模様を見つめているだけだった。


10分前ぐらいだろうか

慌ててこの軒下に避難して、ハンカチで無駄とは知りつつ髪を拭っていた時に気が付いた。

誰かいる。ここに自分以外に。

自分より先に来たのか後に来たのかわからない。

その生き物の出現に声を漏らさずに済んだのは、その生き物の存在感が人間離れして希薄だったからだろう。

そこにいることに気が付かず驚きもしない、しかし弱いとは少し違う。花をつけぬ野草のような少女がそこにいた。


少女、なのだろうか。

いや姿はどう見ても人間。それもまだ若い少女。

少々大きすぎるダウンコートに包まれ、ネックウォーマーを鼻までずり上げてそこから静かに白い息を漏らしている様がどこか絵になっている。

しかし……再度悪癖のようにその生き物を盗み見る。

あまりに白いのだ。髪も。肌も。

華奢な体躯の半分ほどを隠す長髪は冬の雨を摘み取って束ねたようにな白色の束。

僅かに赤く見える、それ以外はまるで死人か幽鬼のような色味のない肌。

外国人、というにも無理があるほど色彩を置いてきた生き物だった。

(本当に人間なのだろうか)

そう。思ってしまう。

この狭い狭いクソ田舎の町のことだ。

アルビノにせよ髪染めにせよ『こんな少女がいて知らないはずがない』。

噂にすら聞いたことがないというのは少しおかしい。


雨の日の怪異


そんな言葉が頭に居座る。オカルトは信じない主義だといえるのはオカルトとしか思えない状況に出会ったことがないからだ。

濡れ女、だったか。もっと邪悪なオカルトも知らないだけでたくさんあるはずで

そんな不安がまた目線を横へと滑らせた。



あっ普通にスマホいじってるしなんならちょっと目元がにやついてるし多分怪異じゃないわこれ。


流石にスマホの片手間に人を殺す怪異はいないだろう。

そう思うと急に力が抜けて少し大きな白い息が空に消えた。


となると町の外から来た人だろうか?

肌の白さを見るとありえるのはロシアとか北欧?とかから日本に来たはいいものの道に迷ってこんなところに来てしまったのかもしれない。

知らない国で冬の雨に降られるのは辛かろう。

英語が通じるかわからないし、そもそも日本人かもしれないけれど、

どうせ雨が止む気配はないのだし話しかけて困っていないことを確認するのがいいのかもしれない。

少し大きめに咳ばらいをすると、彼女の意識がこちらを向いたのが気配で何となくわかった。


「メイ アイ ヘルプ ユー?」



帰ってきたのは無言の会釈だった。

彼女は静かにこちらに向くと目を細めて首をひねるように軽く頭を下げた。

それから両手を軽く持ち上げてわやわやっと拒否するように振って

そしてまた雨を眺める作業に戻った。


少なくとも意思は通じているらしい。

でもそれから自分がまるで凍てついたように言葉を発せなくなってしまったのは断られたからではない。

明確な距離感を示された気がしたから。

ぴしゃりと拒否されたわけではない。

しかし微笑みをまねたように細められた目は笑っているというよりも、『眼すら閉ざされている』というような印象を怜悧に背筋に差し込んできた。

そして何より、血の通った生き物とは思えない何かが少女にあった。

機械とも違う。透けそうな皮膚を切ったら冷え切った透明の何かが滴るような何者か。


いつの間にか忘れていた手先の痺れが痛みを伴って急に暴れだした。


それからしばらくして、また雨を眺めたり端末を触っていたソレがおもむろに前に一歩踏み出した。

まだ雨は収まっていない。

それが首を回すと似合わないほど大きな骨の鳴る音がこちらまで響き。

次の瞬間ソレは猛然と疾走を始めて消えていった。


駅方面に。

雨宿りしといて結局走って帰るのかよ。


指先の痛みは続き、頬をつねらなくてもよさそうだった。


「というか割とランニングフォーム綺麗だったな」



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