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不登校だった私の話

こんにちは、せんちゃです。


今回は、いつかイラストレーターっぽいお仕事ができたときにお話ししたいなと思っていた私の話です。

もしもこのことが、今前の私と同じように学校に行けなくて悩んでいる子の

ちょっとでも前向きに生きれる気持ちに繋がったら嬉しいなと思って記事を書いてみました。


誰かの心に届くといいなって思って書いているのですが、

自分からの感覚しかないから、はたから見て不快に思われたらどうしようと不安もあります…。

自分の話をするのってなんでこう怖いんでしょうね…!

拙い文章で読みづらいかもしれませんが、もしお暇でしたら軽く見てってください…!



私の小学生の頃の将来の夢は、「絵に関わるお仕事がしたい」でした。

物心ついた頃から、ずっと息抜きや趣味で絵を描いてきました。

常に周りに絵を描く友達がいて一緒に描くのが楽しくて、

でも比べてみたら、いつも自分より友達の方が上手で、悔しくて、

私は絵が下手なんだなぁという自覚もその頃についてきました。

なので、絵を描くことは好きだけど、これが仕事になるとは全く思っていませんでした。


高校生の頃の将来の夢は、「心理カウンセラーの先生になりたい」でした。

何故かというと、中学生から高校生にかけて私は不登校気味になってしまったからです。

不登校になった理由は、話したら長くなってしまうので省略しますが、

人の輪に入るのが苦手だったのが大きな原因です。

教室には完全に入れなくなり、毎朝親と喧嘩しながら保健室登校をしていました。

そして、学校に行けたり行けなかったりの私に、もっと学校に行きやすくなるようにと、

保健室の先生の紹介でカウンセラーの先生とお話しする機会が出てきました。


中学から高校までいろんなカウンセラーの先生とお話ししたのですが、

学校に行きたいのに行けないもどかしさ、

どうしたら教室に入ってみんなと同じように授業を受けて過ごせるようになるのかなど、

悩みを相談していました。

ですが、「みんな同じように悩みを抱えているから」と

悩みの度合いを一緒にされたような気持ちになってしまったり、

教室に行けるようになる解決策は見つからないまま相談の時間が終わってしまって、

私の悩みは全く解決されないまま、話す意味はあるのかなともやもやしてしまっていました。

カウンセラーの先生は、私を助けようとしてくれてるんじゃなくて、

仕事でやってるだけなんだ、なんてひねくれた考えも当時は持ってしまったこともありました…。

元々、心理カウンセラーのお仕事は、解決策を提示するんじゃなくて

話をすることによって自分自身で解決策を見つける手助けをしてくれる

というのがお仕事なんだと思います。


でも、当時の私はひねくれていたので、

「この人たちは、私の苦しみを分かってくれないから、

いつか自分が心理カウンセラーの先生になって

私と同じように不登校で悩んでいる子達を助けたい…」なんて気持ちがわいてたんだと思います。

でも、心理カウンセラーの資格を取るには、大学院まで卒業しないといけないことを知って、

勉強が苦手だった私はそこで諦めてしまいました。


中高まともに学校に行けず、将来の夢どころか、社会で働くことさえ無理に思えていました。

このままで生きていけるのか、毎日家にも学校にも居場所がなくて死にたいけど、

でも死ぬのは怖いからと息苦しい中で生きていました。

高校2年生のとき、私は既に1年留年してしまっていました。

高校のお世話になっていた先生から、

「このままだと単位が足りなくてもう1年留年することになっちゃうけど、

絵描くの好きなら通信制の学校に変えて

絵を勉強できる大学に行ってみたら?」とアドバイスをもらい、

全日制から通信制の学校に通うようになりました。

親を説得させるために入学金用にアルバイトでお金を貯めて、

なんとか高校も卒業出来て、

短大に行くことも出来て、

ゲーム会社に務めることも出来ました。

ゲーム会社の環境は自分に合わなくて辞めてしまったのですが、

今はフリーランスで少しずつお仕事をいただいてなんとか暮らしてます。

色々あって今に繋がってると思うと、生きててよかったなって思います。


今、昔から趣味で続けていた絵でお仕事をいただけるようになりました。

学校も行けなくて勉強も出来なくて、生きるのが下手くそな私だったのですが、

好きなことでお金を貰って生きていけてます。


当時引きこもりがちで、アニメをたくさん見てました。

今でも一番好きなアニメを聞かれたら、「とらドラ!」と答えます。

深夜帯のアニメを好きになったのも、イラストレーターさんの名前を憶えだしたのもここからです。

そして今年、とらドラ!が生まれた電撃文庫さんのライトノベルのお仕事をいただきました。

イラストレーターというのを自分で名乗るのは、

まだまだ未熟すぎて名乗っちゃいけない…なんてハードルがあったのですが、

今は、少しだけ、憧れていたイラストレーターに近づけたような気がします。

何も上手くできなかった学生時代の私に、今はこうやって生きてるよって話したら

きっと喜んでくれるんじゃないかな、なんて思います。

上手くいかなかった時期も続けてきた絵は、これから先も、ずっと続けていきたいなと思います。


今、将来のことで悩んでる人達がいたら自信がなくても好きなことを続けていてほしいな…と思います。

もちろん努力が必要な場面も出てくると思うし、大変なこともあるかもしれないけど、

こんな私でも、憧れていたお仕事ができたから、

生きていける道なんて色々あるから大丈夫だよって伝えたいです。

私はたまたま運が良かっただけかもしれないし、いつどこでまた辛い時期なるかもわからないけど、

学生の時は、どういう人生を辿ってきた人がイラストの仕事してるとかもわからなかったから、

私みたいな人もいるんだよってことを伝えたかったです。


そして、いつも私の絵を見て応援してくださる方、

お仕事をご依頼してくださる方、

本当に本当にありがとうございます。

しっかりといただいた気持ちを返せるようにこれからも頑張って参ります。



また、今回、私にとって大きなお仕事、ライトノベルの挿絵のお仕事をしたよって告知をするの

とってもとっても緊張していたのですが、

たくさんの方から「おめでとう」とあたたかい声をかけていただけて、リプライ見ながら泣きそうになってました。

ありがとうございます…!


初めてのライトノベルのお仕事で、

鹿路先生のお話の絵を担当させて頂いたのですが、

鹿路先生の頭の中にあるシーンを上手くイラストに落とし込めてるか、

物語のキャラクターを上手く作り出せているか内心ドキドキだったのですが、

先生本人から嬉しいお言葉をたくさんいただけて

頑張って描いてよかったなぁと感謝の気持ちでいっぱいです。

是非小説と一緒にイラストも楽しんで頂けると嬉しいです。


伝えたいことがちゃんと伝わってたらいいな…と思います…!

ここまで読んでいただきありがとうございます!

また更新しますね!

Comments

こんにちは。 唐突ですが僕はうつ病です。 こういう話を多くの人の前で話すということは凄いと思います。 僕も同じ経験をしていたのでとてもわかります。 これからも負けず頑張って下さい!

こういった話をするのは勇気がいると思います。 とても大変な思いをしていながらも今まで必死に頑張ってきたこと尊敬します。そして先生を知ることができたこと嬉しく思います。 先生のかわいいイラストにとても癒されます。いつもありがとうございます! 『運が良かった』って書いてありますが、それを掴むことができたのも先生の実力があってこそだと思います。 改めてラノベの挿絵おめでとうございます! 時には休み、気分転換もしながらこれからも頑張ってください。応援しています!!!

木春

生きててえらい!! 改めて、ラノベ挿絵おめでとうございます。電撃文庫ってラノベの文化作ったみたいな所あるし凄いですよね・・・そんな電撃文庫さんと素敵な縁があって良かったです。好きを仕事にするって、やっぱり中々運が絡む所はあると思うので本当に良かったと思います。 せんちゃさんのイラスト好きなので、これからも素敵なイラスト描いてください。

さいは

特大ポスター、今もずっと飾っています。 嫌なことがあった時、仕事に行きたくない時、いつもいつも元気をもらっています。 あなたの絵は、少なくとも私にとって大切な宝物の1つです。素敵なイラストをどうもありがとう。

かとたい

電撃!おしごと!色々ひっくるめておめでとうございますっー🙌🎊

fino


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