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プレビュー版 【そして機械と魔法から。】 - 第二話

第二話 - 機械じかけの悪魔


 街の明かりが次々に消され、人の気配が辺りから消え始める。

 耳をつんざくのは対空攻撃の衝撃音と鳴り響く敵襲を知らせる鐘だった。

 そんな異様な街中を、私は空の流星との距離を確認しながら走る。

 しかし、曲がり角から出てきた人とぶつかりそうになった私は転びそうになりがらも立ち止まる。


「君、なにをしているんだ! すぐに屋内の防空壕に避難しなさい!」


 それは一人の兵士だった。

 非常に警戒した様子で、私の前に腕を振り下ろして怒鳴り声を上げる。

 流星のような”何か”は依然として光を途絶えさせず、この街との距離を縮めている。

 対空攻撃をこちらが仕掛けていた以上、あの流星……恐らくは敵に関連する物に違いない。


「ミネルヴァ学園の生徒です。先程の対空攻撃から、現在が非常時にあると判断しました。規則に則り、学生兵として軍事行動に加わるために、街の駐屯所へと向かおうとしていたところです」


 私は端の擦り切れた学生帳を提示すると、兵士は「帝都からのか」と一言つぶやく。

 正直、今でも私はこの学生帳に細かく記された規則を完全に覚えているわけではない。

 しかし、とある決まりだけは入学してから耳にタコができちゃうんじゃないかと思うくらい言い聞かされてきた。


 皇立ミネルヴァ学園の生徒、非常時には現地の帝国勢力に協力せよ。

 必要ならば武力行使をしても責任は問われない。


 こういった非常時では、たしか、普段は学生である私も兵士と同じ立場へと引き上げられるはず。

 ちょっと曖昧な記憶を辿りながらも、私は目の前の兵士からの返事を待っていた。

 事態はあまり良くない方向へと確実に向かっているようではあるけど。


「そうだな……私は今から近くの部隊と合流することになっている。ついてくると良い」


 そう言うと、一刻を争うような足取りで前へと進む。

 彼の歩幅に追いつくために、少し駆け足で行きながら私は質問をした。


「いったい何がこの街に起きているんですか?」


「……あれは、リビュラス連合国の小型輸送船かもしれない」


 兵士の睨む先には、あの流星があった。

 いくつもの対空攻撃が命中しながらも、未だに燃え尽きない不気味な物体。

 それが敵の輸送船であると考えれば、辻褄が合う。


「それでは敵兵士があの中にいる可能性があるということになりますね」


 前を歩む兵士は大きく頷くと、緊張した声で返事をする。


「先ほど帝都から派遣された兵士達に連絡してみたんだが、完全に向こうさんは混乱している。しばらくは私のような民兵だけでどうにかするしかない」


「……民兵だけで」


 よく見ると、たしかにこの兵士の制服は帝国兵士のものとは違う。

 開拓地の領主が自腹で組織した民兵なのだろう。

 でも、民兵というのはどうしても練度や装備において正規の帝国兵士とは差がある。

 なのに指揮系統が混乱している今、すぐに動けるのが民兵というのも皮肉な話だ。


 小走りしながら、私は光がほんの少しだけ漏れ出ている家屋の窓に視線を向けた。

 閉められたカーテンの隙間から覗く、怯えた少女の姿がはっきりと目に映る。

 思わず舌打ちをしてまう。


 このままだと街が……。

 ここに住む人々が屍になっていく姿を想像してしまうと、どうしても冷や汗が止まらない。


「おいッ……あれ落ちるぞ!」


 たったの一瞬だけ、あの落ちる流星から意識を離していただけだと言うのに。

 兵士の叫び声で空を見上げると、その流星はもう私達のすぐ近くにまで来ていた。

 それからの落下速度はまるで永遠と加速し続けているかのようで、次の瞬間には――


「なッ――」


 衝撃音は鼓膜を震わせ、爆風がいくつかの窓ガラスを割る。

 反射的に腰を低くし、両腕で頭を守るものの、すぐにでも尻もちをつきそうだ。

 歯を食いしばったまま、薄っすらと瞼を開く。


「近いぞ……今のは近いぞ……」


 兵士は声が震えそうになるのを必死に抑えているようだ。

 私だって鳥肌が立ってしょうがない。しかし、ここで立ち止まっていてはこの最悪な状況がさらに酷くなる。


「行きましょう!」


 右手に小さな魔法陣を展開させると、それを胸の近くに置いたまま前進する。

 敵の落下地点を探るのはそう難しくはない。そう遠くないところで黒煙が巻き上がっているのが見える。

 間違いなく、あそこに敵の輸送船があるはずだ。


 背後で、さきほどの兵士が剣を抜いた。

 彼もまた、進むことを選んだみたいだ。


「……あれですよね?」


 しばらく建物の壁に沿って歩み進めると、異様な物体を目の当たりにする。

 物体そのものは白いのだけれど、青白い光を絶え間なく発している様は奇怪。

 丸い筒のような形、人間一人が入るほどの大きさ、そしてその他いくつもの特徴はいつか私が資料で見たリビュラス連合国の兵員輸送船の図版と間違いなく酷似していた。


 私と後ろに続く兵士が言葉を失ったまま、その白い物体を見つめていたが。ふと、向こう側の路地からも何人かの民兵部隊が来たことに気づく。

 その後からは、何人かの民兵と一人か二人の帝国兵士が続々とこの場に集まる。


 互いに沈黙を破らず、ただただ視線の送り合い。

 闇夜の下で隠せない困惑が強烈な静寂として繰り広げられていた。


「くそ……上から命令が全く来ない」


 どこかの民兵がそう言う。

 すると、近くの帝国兵士も両手を上げながら「こっちもだ」と愚痴をこぼす。

 この場にいる皆が、どうすればいいのか分からないのだ。


 私は、なぜか夜空を見上げてみた。

 満天の星と、すっぽりと空いた闇の空間。そっか、新月の夜なんだ。

 心のなかで私はこう呟いた。


 ……今晩は、ツイていないなぁ。


《――警告、こちらはリビュラス連合国陸軍。この輸送カプセルへの危害を加える事を許容しません。直ちに武装解除してください》


 突然、輸送船が声を発する。

 情けなくも、その金属のような声が耳に入った時、私は呼吸の仕方を忘れてしまった。

 驚きで、後ろに数歩、足を引いてしまう。

 なにか、とても嫌な気分に締め付けられる。


「君はここで様子を見ているんだ。まず私達が行く……」


「え、はい」


 肩を引かれたかと思って振り返ると、背後に居た兵士は覚悟の面持ち。

 左手に剣、右手には魔法陣という形で、輸送船へと接近を試みるようだ。

 コクコクと頷き、私は建物の影から様子を見守る。

 少し躊躇しているようだが、一人の帝国兵士が恐る恐るとハンドサインを送りながら後へと続いた。

 それを合図に、他の兵士も臨戦態勢で輸送船へと歩みを進める。

 

《再警告、こちらはリビュラス連合国陸軍。この輸送カプセルにこれ以上の接近は許容できません》


 輸送船の発する青白い光が点滅を始めた。

 それがどうも、人の不安感というものを上手く掻き立てる。

 私は展開していた小さな魔法陣を握り潰すと、ただ願うしかなかった。

 大丈夫、この人達ならどうにかできるはず。


《最終警告、こちらはリビュラス連合国陸軍。これ以上の接近は敵対行為とみなします》


 誰もが、敵国の街に墜落しといていったい何様のつもりなんだと思ったに違いない。

 この頭のさきっぽに響くような機械の声にも生理的嫌悪感が込み上がる。


 キャリーケースに目を配る。

 皇室のエンブレムを基にした、学園の紋章がケース表面に刻印されている。

 私はその刻印を指で撫で、ざらざらとした感触を確かめながら考える。

 学園は、この状況ならキャリーケースを開くことを許してくれるだろうか。

 額に汗が浮かび、どうするべきかと迷う。


「よし、それじゃあ同時に入れるぞ」


 兵士達はさすが肝が据わっているというべきなのか。

 すでに輸送船の開閉部分に各自の手を添え、魔法陣を展開していた。

 一瞬の間を置いて、小さな爆発音と閃光が辺りを満たすと、次には鈍い鉄の音がする。

 開閉部分にロックが施されていたらしく、それを魔術で壊す事に成功したようだ。


 だけど、何かがおかしい……。

 無能者は常に狡猾で、特に機械陣営の奴らはそれが顕著だ。

 こんなにも簡単に、捕まってしまうものだろうか?


 私は青白い点滅を繰り返す輸送船に目を凝らした。

 兵士たちが輸送船の扉の隙間にダガーを差し込んで、こじ開けようとする。

 だが、そのハッチの隙間から何かが垂れているのに気づく。


「……血液?」


 暗さ故によく分からない。

 いや、でも、輸送船が青白い光を照らし出す度にその垂れている液体が赤い血であることが確認できる。

 その血液、輸送船の外にまで続き、血痕として足跡がべったり残っているではないか。


 ハッと思わず息を呑み、悪い汗がダラダラと流れる。

 これは気付いてしまえば容易く勘付ける話だ。

 血痕を目で追うと、向かい側の建物の壁で消えていて、そして……

 

 ゆっくりと、視線を上へと向けると。

 ――いた。


「南西方向屋根上に敵がいますッ!!!!!」


 この目で完全に捉えた。

 星の明かりに照らされている、男のシルエット。

 片手に長身の銃を持ち、屋根上で立ったまま私達をずっと見下ろしている。

 敵兵は、すでにあの輸送船の中にはいなかったのだ。


 私の忠告に兵士達は素早く反応し、全員が敵の位置を捕捉する。

 全ての兵士が防御魔法陣を屋根上の影に向けた。

 しかし、その影は微動だにせず私達を見下ろしている。


 戦闘の意志がないのか、それとも逃げる算段を考えているのか。

 兎にも角にも、先ほどの静寂とは打って変わって兵士たちの怒号が騒がしくなってくる。

 同じ頃、ロックを破壊された輸送船の扉が自重で外れようとしていた。


 誰もが注意を頭上の敵に向けている中、私は落ちた扉の音に反応して、ふと、男の影ではなく輸送船の方に目を逸らした。

 輸送船内にあった液晶に数字のカウントダウンが映し出されているのが目に入る。

 それの意味を判断するためには、少しの間を要した。

 そして瞬間の判断が私達の命を取る。


「あッ――」


 私がそれが何なのかと悟ったとき。

 凄まじい音と共に目の前に存在していたあらゆるものがかき消される。

 建物の影すら関係なく木っ端微塵だった。

 衝撃が放たれ、豪炎が高熱と共に私を反対側の壁へと吹き飛ばす。


 輸送船が自爆したのだ。

 元から、あの敵兵は私達が輸送船に集まるのを待っていたということになる。

 これで今動けていた数少ない兵士達は一気に数を減らした。

 街は既に敵の攻撃を受けている。


「だれか……誰かッ」


 煙を吸い込み、苦しいながらも兵士達の安否を確かめようとする。

 どうやら、彼らは一応であるが無事のようだ。炎で姿は見えずとも、咳込みや展開された魔法陣で生きていることだけは分かった。


 だが今の大爆発で街はさらなる混乱に陥った。

 どこからも市民の悲鳴が聞こえ、火は大きくなるばかりである。

 特に周辺の木造建築は大きな損害を被り、一瞬にして炎が燃え上がっていた。


 身体の骨がいくらか砕けたのを感じながら、揺れる視界の中で例のキャリーケースが少し遠くに転がっているのに気づく。

 今、私が装備している魔導石では、きっとこの重傷は治癒しきれない。


「シルヴィ……シルヴィナイト……」


 息を途切れさせながら、私はその石の名前を呼ぶ。

 頭が混乱してるんだ。名前を呼んでも石は歩いて来るわけじゃないのに。 

 自分で自分のバカげた行動に呆れ、今度は地を這ってでもケースに近付こうと進む。


「こいつッ!」


 突然、炎の中で誰かがそう叫んだ。

 最初はどうしたのかとも思ったが、次に聞こえたのが特徴的な破裂音。

 目を見開く。

 間違いなく、私が今聞いたのは銃声だったからである。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 そんな思考で頭がいっぱいになりながら、ケースに近づこうと地べたを這いずる。

 炎の奥からは乾いた銃声が不規則に聞こえる。

 銃声の後は必ず、誰かの悲鳴も一緒になって耳に届いた。


 信じられない事だけれども。しかしこれは実際に今起きている。

 あの敵兵士は、ここ周辺の兵にトドメを刺して回っているのだ。

 しかもこの銃声は、弾丸がいくつにも分裂するという散弾銃に違いない。

 魔術師を殺す銃と言われるもので、被弾範囲が広くて治癒が難しいのだ。

 よって、身体の一部など簡単に吹き飛ばされる。


 自分がその弾丸でバラバラにされるのを想像すると、思わず鳥肌が立つ。


 銃声は少しずつこちらの方へと向かっていた。

 耳の鼓膜がビリッと震える度に、筋肉が痙攣をする。

 あのキャリーケースの中にある物さえ装備すれば。

 少なくとも自分を治癒して、敵と張り合うことぐらいはできるはずだ。


 どうせなら、学園の許しなど気にせずこうなる前に使用するべきだったのだ。

 なんで私、こんなヘマを踏んだんだろう。


 自分を思いっきり罵りながら、這いずり回ってしばらく。

 ようやく、キャリーケースに手が届きそうになる。

 どうやら両足の骨も瓦礫にやられたようで、痛みは我慢の限界にまで近づいていた。


「おい女、動くな!」


 うそでしょ……。

 背後から声をかけられ、私は振り返る。


 そこには、散弾銃の銃口をご親切にも私の額へと向けた少年が立っていた。

 彼はこの国では見ることはないだろう軍服を着ており、全身に蒸気をまとっていた。

 左腕には白い腕輪のような端末が巻かれ、それは規則正しい電子の心拍音を鳴らしている。

 少年の左目は金色に光っており、様々な文字や写真がその瞳に薄く照らされいる。

 そして、その少年の皮膚表面には淡く輝きを発する配線。



 間違いなく、彼は『機械陣営』リビュラス連合国の兵士。

 それも悪名高い、魔女狩りの兵員だ。

 つまるところ、対魔術師生体兵器である。


「…………」


 しばらく、何も答えられずにただ少年を睨みつける。

 彼も何をしているのか、散弾銃を持ったまま動こうとせず、私のすぐ近くにあるキャリーケースに鋭い視線を向けていた。


《――ユーザー、この対象は学生です》


 突然響いた機械音声に思わず肩をビクッと上げる。

 恐る恐る見渡すと、どうやらその少年の腕輪が人の言葉を話していることに気づく。

 とても、気味が悪い。


「なんだボンボンの学生か、じゃあ人質にはもってこいだな」


 その少年は大きく深呼吸を何度かすると、銃の照準を私から外す。

 きっと私が学生服を着ている上に、大怪我までしているのだから油断でもしたのだろう。

 これを絶好の機会と言わんばかりに、私はキャリーケースを掴もうと少年とは反対側に飛びかかる。


 これさえ手に入れば、こっちのもんだ。

 ケースの中身、それは試験段階ではあるものの非常に強力な新型軍用魔導石――シルヴィナイトが収められている。

 そもそもこんなド田舎に来た理由が、こいつの試用レポートを書くためだったのに。


 少年は片耳に手を当てて、どこかと通信を試みようとしている様子だった。

 彼が私の行動に気づいた時、すでに私はシルヴィナイトを装備し終えており、まるで人間の悲鳴のような高い回転音が石から発せられる。


「妙な動きをするな! 学生でも撃つぞ!」


 体内の魔力回路が圧迫されているような感覚だった。

 明らかに他の軍用魔導石とは桁違いの出力で、気を抜いたら血管が破裂でもするのではないかと思うほどの魔力が体内に流れ込んでくる。


 腰のベルトの器具に装填されたシルヴィナイトは、深紅の輝きを放ち。

 回転する度に火花が散らされる。


「なんだよそれ……」


 少年が私の姿を視界にしっかりと収めた瞬間、彼は眉間にしわを寄せて数歩引き下がる。

 私の体中にあった切り傷などが、まるで沸騰した水のように泡立ちながら縫合されていく。本当に全身の皮膚が泡立っているのだ。見ていて楽しい光景ではない。


 それはこの魔導石の魔力量と治癒速度の恐ろしさを顕著に示すものであった。


「いきなり実戦に成るとは思ってもなかったけど……この魔導石のお試しにはちょうどいいよね」


 冷静を装う。

 でも、本当は怖い。

 身体の損傷がほぼ治ったとしても、やはり心がまるで状況に対応できていない。

 心臓がさっきからバクバクバクバクと鳴り止まず、うざい。

 剣を抜く手を震えさせなくするだけで、今は精一杯なのだ。


「…………」


「…………」


 さて、私と彼。

 つまり両者とも戦闘に入れる体勢にはなったものの、どちらも一向に動く気配がない。

 彼は、私の使用する異様な魔導石に強い警戒心を示したまま一言も話さない。

 私も、彼が次に何をするのかがまるで予測できずに、ただただ鋭い視線を投げるしかなかった。


「なっ! え!?」


 しかし次の瞬間。

 機械陣営からの招かざる客である少年がとった行動に、私は思わず驚きの声を上げる。

 なぜなら、彼は突然と踵を返したかと思えば……逃げたのだ。


 片手だけは彼を追うが、混乱で硬直してしまう私。

 それを気にもせず、少年は左手から鋼のワイヤーを射出すると屋根上まで飛び乗って、とんでもない速度で駆けていく。


 対峙した身、ただで逃がす訳にはいかない。

 私は魔導石の出力を最大にし、思いっきり屋根上にまで飛び上がった。

 今晩は妙に頭が冴えている。私は彼が走る方向をチラッと確認しただけで、彼の思惑を瞬時に察する事が出来たのだ。


 北東の方向。

 つまり少年の駆けて行く方向の先には、街の遠くからでも目立つような建築物がある。

 それはV字架を屋根に掲げる建物……教会であることが誰の目からでも分かる。

 教会というものは、常に孤児院と病院が一緒になっているものだ。


 要するに――


「最低なやつ」


 あいつは、子供と病人を人質にとるつもりに違いない。

 このまま彼を逃してしまえば、事態は最悪な結末を迎えることになる。

 そんな思考がよぎると、私はただ本能的に逃げる敵に追撃をしかけようと駆けていた。


 魔力が身体に注入される度に、身体強化が無上限にされ、走る度に屋根の瓦が破壊されていく。背後には大きな魔法陣が展開され、それが私の全身を遥か前方へとふっ飛ばすかのように押し出していた。


 走る……なんかじゃない。

 これはまるで、長距離ジャンプを何度も繰り返しているようなものだった。

 シルヴィナイトとか言うこの新型魔導石の威力に、内心驚かされながらも視線の先にある敵影は絶対に見逃さない。


 ふと、少年が少しだけ驚いた様子で背後の私に視線を向ける。

 人が目を後ろに向けた状態で走れば、必ず失速をするものだ。

 その機会を私は見逃さなかった。


「届いてッ!!!」


 掛け声と共に、両足を思いっきり屋根に叩きつける。

 そして今度はありったけの力を込めて足を伸ばすと同時に魔力で背後に爆発を起こさせる。

 今までの長距離ジャンプがまるで遅く感じられるほど。

 失神しそうなほどの速さで前方へと押し出される。


 両手に二本の剣をしっかりと構え、少年の頭上にまで達した瞬間。


「止まれェえええ!」


 その少年の頭に全体重を乗せて着地すると共に、彼の背中に刃をぶっ刺す。

 次に彼の身体に思いっきり両腕両足を絡め、抱きつくようにして相手に身動きを取れないようにする。

 私と彼は、そのまま屋根から落ちると石造りの床に全身を強打した。


「動かないでッ──!」


 少年が起き上がろうとしたところ。

 私はすぐに彼の首根っこを押さえつけると、その忌々しい顔面を地べたに叩きつける。

 次に彼の両腕を、背中に回して固定すると、完全に私が彼を拘束した形となった。


 初めての実戦としては上出来なんじゃないのかな?

 そう考えながらも、自分の装備しているシルヴィナイトの威力に敬意を示したくなる。

 あの『魔女狩り』とも呼ばれる生体兵器を、こんな兵士としては素人かもしれない私が抑えつけているのだ。


 気が付くと、自分もどうやら怪我をしているようで。

 生暖かい血が頭から、雫となるぐらいには流れ出ている。

 痛みが伴う事ばかりで踏んだり蹴ったりだけど、それ以上に街を守れたかもしれない満足感で一杯だった。


「名前、所属、目的、今言いなさい」


 感情を込める必要はない。

 少年が何も答えずに睨んできたので、私は彼の顔をまた地面に叩きつける。


 彼は傷つけられる度に、皮膚表面から熱のこもった蒸気を発していた。

 シルヴィナイトほどの治癒速度はないものの、たしかに生体兵器にも講義で習った通り、傷を回復する機能があるのだろう。この蒸気がその治癒をしているサインのはずだ。


 だけど……様子がおかしい。

 この少年、動こうとはするものの、抵抗する素振りはない。

 しきりに私の顔と身体の位置を確認するように、視線を向けてくるのだ。

 彼が突然、ボソボソと何か言い始めた。


「やってやる……俺ならやれる……」


「へ……?」


 そして次の瞬間、私は講義では習うことのない、実戦経験というものがあることを思い知らされる。

 なんの予備動作もなく、少年は腕を振るうとスルッと私の拘束を解いてしまったのだ。

 私は彼の首根っこをさらにキツく掴み、再び少年の両腕を抑えようとしたが。

 間に合わずに、乾いた破裂音が響く。

 銃声だった。

 自分の肩が被弾したようで、血が滴り落ちる。

 すぐにシルヴィナイトの魔力供給によって、傷は治癒されていくものの、私が状況を読み込む前に銃声がまた何度も発せられる。


 骨が折れるよりも、血が流れるよりも、それは激痛。

 銃弾で身体に穴が開く、そんな段階の話ではない。

 被弾すると肉の塊がまるごと抉り取られる。

 撃たれる度、私のすぐ近くに、自分の身体の一部だったであろう焦げた肉片が飛び散る。


 銃なんて見えなかった。

 いったいどこから発砲しているというのか。

 え? え? どうして? そんな疑問が一杯で『逃げろ』という行動に移れない。

 そして、ついに視界がひっくり返る。


「近寄らないで!」


 今度は私が押し倒され、拘束されるところであったことに気づく。

 間一髪で、私は少年の背中から自分の剣を引き抜いた。

 彼はその衝撃でうめき声を上げながらよろける。

 そこで私は一旦こいつから距離を取ることにした。


 私が彼の腹部に目をやった瞬間。

 思わず背筋が凍る。


 彼の脇腹は血肉が完全に抉れているのだ。

 ドロドロな血液が耳を塞ぎたくなるような音を立てながら、その腹から流れ出ている。

 相変わらず蒸気が彼の身体から発せられるいるものの、治癒が追いついていないようだ。


「頭おかしいんじゃない、あんた」


 そう、この男、狂っているのだ。

 私に被弾させるため。たったそれだけのために、自分の腹を撃ち抜いたのだ。

 いや、むしろこれだから彼らは『魔女狩り』だなんて私達に呼ばれいるんだよね。

 自分の損害よりまず先に、相手の損害を考える。そんな連中なんだから。


 目の前に立つ、おそらく私よりも傷を負ってしまっている敵を睨みつける。

 彼は相変わらずおかしな挙動を繰り返していた。先程からずっと、ブツブツ何か自分に言い聞かせているのかと思えば、深呼吸を何回かしている。

 こっちのほうが混乱してるって言うのに、それ以上に向こうの方が焦っているように見えた。


《どうしましょうか。対象から予測される魔力量は完全に異常なものです。このままでは――》


 少年の腕輪が、雑音の酷く混ざった機械音声で少年へと問いかけるが、それが言い終わらないうちに彼は「うるさい!」と言って腕輪を拳で叩く。

 そして彼は私へと目を向けると、舌打ちをしてから口を開いた。


「……さっさと終わらせよう」


 彼が銃口を、躊躇いもなく私へと向ける。

 それに応じて、私も無数の攻撃魔法陣を展開した。

 この敵は、ここで殺す。



※※※



 市街地に炸裂する発砲音。それは死神が街に舞い降りたかのような恐怖を市民に与える。

 敵の銃撃から逃げつつ、私は一般市民の近くでの戦闘をできるだけ避けるために、彼を誘い出す。

 中々の激戦だったわけだが、そんな時に耳の鼓膜がトットットッと叩かれたような気がした。


《聞こえるか。現在位置を報告しろ。聞こえるか》


「あっ! は、はい! こちらミネルヴァ学園からの学生兵アイリス・ベルヴァルト! 現在、敵生体兵器と交戦中。タイプ不明! 教会が北の方向に見えます。近くには”眠れる獅子”というレストランが!」


《すぐに増援を向かわせる。それまで一般市民を敵から死守、そして生け捕りにせよ。繰り返す、皇帝陛下の愛する臣民を命に代えても守り抜け! そして野蛮人を生け捕りにせよ!》


「あ、アレを生け捕り……」


 この街の司令部が用意した念術の魔法だろう。

 念術の声は指示だけを伝え終わるとプツリと切れる。

 増援が来るのに長大な時間は要さないはずだ。でも、敵を生け捕りって……。

 少し先に立つ少年に視線を向ける。


「痛ッい!」


 頬を銃弾が掠め、激痛が走った。

 血が雫となって垂れ、半ギレの状態で歯を剥き出しにする。

 私は辺りに充満した硝煙の臭いを胸いっぱいに吸い込みながら前方に立つ少年へと駆けた。


 サブマシンガンによる発砲光は弾幕ができる度に辺りを照らし、敵である少年の顔を不気味に映し出す。

 銃弾の雨が自分の身体に注ぐ寸前。私は『防御!』と大きく叫び、巨大な魔法陣を目の前に展開した。

 その魔法陣は私を守ってくれるのだが、一定数以上の弾丸を防ぐとあっという間に弾け飛んでしまう。


 間もなく、次の弾幕がまた来る。

 それを再度巨大な防御魔法陣を展開して次の攻撃に備える。

 私の戦い方は賢くない。

 防御一方で、普通なら自滅行為でしかない。


 しかし、この新型魔導石はエンストする気配もなく大出力な魔術を繰り出してくれた。

 つまり、こんな無茶苦茶な戦闘方法でさえもこの魔導石は可能にしてくれているのだ。

 あまりにも魔力が強大すぎて、敵だけでなく使用者である私自身でさえたまに混乱する。


 射撃音が一瞬だけ止んだ。

 銃の最大の弱点である、リロードの時間。

 私はすかさず少年の目の前へと飛び入るが、彼は歯を食いしばりながら背中に回していた散弾銃を素早く取り出した。

 彼はそれの引き金を引く。


 チッと舌打ち。

 放射状、無数の弾丸が全身を飲み込むように襲い掛かってくる。

 チャンスと思ったけど迂闊だった。相手の方が銃を理解しているのは絶対。

 当然弱点も、それの対処も知っていると言う訳だ。

 

 魔力量の計算をろくにする時間もなく、ただただデタラメ概算で超強固な防御魔法陣を展開する。

 いくつかの銃弾の破片が私の太ももの皮膚を擦り剥くものの、大した怪我ではない。


 だが、敵の銃弾に当たった衝撃で私は全身を後方へと吹き飛ばされてしまった。

 そのまま近くの服屋のショーウインドウの中へと背中から突っ込んでしまう。

 ガラス窓が大きな音を立てながら散り、その無数の破片が自分の身体に突き刺さったのを感じた。


 神経が焼かれるようだった。

 正気のままでいられる事がおかしいくらい。

 何度も何度も血は流れ出ているが、今日一番に効いた。

 あの少年、きっと最初から私をこのガラス窓にブチ込むつもりだったに違いない。


 コツ、コツ、コツと近づいてくる足音を聞いて、焦りと恐怖が思考を邪魔する。


 すぐ近くに転がっていた鏡に映った自分の姿をふと見てみた。

 瞳はシルヴィナイトのような深紅の輝きを放ち、白目だった部分は真っ黒に染まっている。

 これはシルヴィナイトから魔力供給を受けていること示す身体のサインなのだが……。

 この化物のような目には一生慣れることはないだろう。


 コツ、と足音がすぐ耳元で聞こえた。

 私は息を潜め、目を閉じ、身体の治癒も止め、ただ動かずに敵の動きを待つ。

 いわゆる、死んだふり。


 耐えに耐え続けた痛みにこの一撃は、流石に精神力の中に収まる範囲じゃない。

 今起き上がっても、こんな身体じゃ立ち上がるのにも精一杯で隙だらけだ。

 対応する暇なく全身吹き飛んでおしまい。治癒魔法だって程度と限界がある。

 それならばもう、不意打ち、この一点だけに賭ける。

 彼が即座に発砲しなければ機会はある筈だ……。


 私は冷や汗を掻きながら祈る。

 心臓が鼓動を打ちすぎて、胸がはち切れるのではないのかと心配になる。

 さっき夜ご飯で食べたステーキだって胃腸を逆流しているのだ。吐き気が喉のすぐ下にまで込み上げてくる。


「手間取らせやがって……」


 そんな声がボソッと聞こえた次の瞬間、度重なる発砲の摩擦で熱くなった銃口が側頭部に当てられる。

 皮膚が熱さで焼け焦げるものの、声も息も絶対に漏らさない。

 とどめなんて離れて刺せば良いのに、この期に際して気が緩んだのか、態々接近してくれるとは。

 確実に当てるには近すぎるんじゃないかな?

 内心ほくそ笑みながら、今だ! そう心の中で叫ぶと、一気に少年の銃を掴み引っ張る。


 彼の驚いた顔が目の前に映り、慌てた発砲音が横切った。

 思わず引き金を引いたみたいだけど、銃口を捻ってそっぽ向かせたので、私には当たらない。

 腰からナイフを素早く引き抜くと、手際よくそれを彼の胸に刺す。


 最初の一撃は彼が身を躱そうとしたために、急所を外す。

 二撃目で急所に刃が少しだけ食い込むものの、殺し切る前に少年がナイフを両手で掴むと引き抜いてしまう。

 そして私は左頬に彼の拳がぶつかったかと思ったら、信じられない程の衝撃が首に走り、顔がグルンッと横に回転したまま衣装棚へと殴り飛ばされる。


 痛みでうめき声を上げた。

 シルヴィナイトの治癒能力は優秀だ。それでも痛覚だけは断ち切ってくれない。

 だから……だからさっきからきつい……辛い。

 急いで治癒を再開したけど……視界はぼやけ始めていた。


 こちらへと飛び込んで来る敵を見て、ハッと意識を現実に引き戻し、二対の剣で奴の拳を受け止める。

 彼が手にはめたナックルグローブは、私の刃とぶつかり火花を散らす。

 自分の息が弱々しくなっていくのを感じ、このままだと意識を失いそうだった。


『……爆散!爆散!爆散…ッ!死ねッ!!!もう死ねッッ!!!!』


 もはや込み上げて来ない息を振り絞ってもはや悲鳴のような詠唱言語を叫び散らす。

 そしてその通り、魔法陣は出力された。

 自身の身体後方には幾つもの魔法陣が層を成して現れ、それがほぼ同時に爆散することで私の身体は一気に前へと押し出される。その衝撃は私達のいる服屋全体に響き、あらゆるものがなぎ倒された。


 自らの背中を焦がしながら、私は思う。

 今度はお前が私にぶち込まれる番だ……!

 力任せに出した拳は彼を部屋の反対側まで吹き飛ばし、壁に鞭打たせるかのように叩きつけた。繰り出した自分の拳の肉は抉れ、骨がむき出しになる。痛い、でもたしかに当たった。思わず、弱々しい笑みが溢れる。


「――まだまだッ!」


 一瞬、彼の意識が揺らいだのを見逃さない。私は二本の剣を彼の両肩に壁もろとも刺す。

 敵の悲鳴が響いた次に、彼の腹に強化した蹴りをぶち込む。

 この渾身の蹴りが、決まり手となった。


 辺りに響いたのは、抵抗力が完全に削ぎ落ちる音。

 拘束された挙句に全身に響く物がクリーンヒットしたのだ。

 ただの蹴りじゃない分、それは積み重ねた傷よりも遥かに重い。

 そして遥かに響く。


「がッ──! おえぇええっ……!」


 瞬間、衝撃で少年の口から、情けない声と共に血の混じった嘔吐物が出る。

 同時に、酸っぱく鼻を突くような臭いが空気に散った。


 ──やっと、これで。

 目を鋭くし、これまでの激戦を脳裏に浮かべようとする。


「……なッ! なんでオェッ……! うぇぇ……」


 格好が付かないのは、嘔吐物を見てしまい、こっちも胃腸を逆流していた物が限界を越えて、ナチュラルにもらいゲロを文字通り貰う。


 死の限りを尽くして捕らえた安心感と、恐怖からの解放。

 命の無事を、治癒魔法で散々こき使い回された身体が真っ先に感じていた。

 敵が吐いて、自分もお礼に吐き返して……その光景はとても珍妙。


 ……ともかく、口元をできるだけさり気なくサッと袖で拭くと、ゆっくりと顔を上げる。

 彼の首根っこを締め上げ、怒りに任せて私はイジワルに聞いてみた。


「ねぇ、死ぬ前の最後の行為がゲロってどう思う? 私は、絶対に嫌だなぁ」


「お、お前だって、ゲロ女が……」


 やっと怯えの表情を敵は見せたが、私はそれに無表情を返す。

 少年の首を掴んだまま、私は全力で下へと引くと、彼の両肩に刺さっていた剣がメキメキとそいつの肉と骨に食い込んでいく。


「やめっ……痛い痛い痛い痛ぇッ!! おい止め──!」


「……命乞いなら死んだ後にして」


 敵の制止を無視して、さらに腕に力を込める。

 嫌な音が響いた。骨と肉が砕け、血が飛び散る音だ。

 少年の両肩は裂け、一部の骨と皮一枚で繋がった状態となって床にズルリと落ちる。


 私は、肩を上下に揺らしながら。

 足元に転がった意識を失った少年を見つめる。

 私の乾いた唇はただ単調に「やった……」と呟く。


《ユーザー、今月の給与明細が届いています。ユーザー、明日からの3日間は休暇予定が入っています。帰国後は久しぶりに同期と会えますね。ユーザー、今月は──》


「なんなのこいつ……」


 動かなくなった生体兵器は身体の損傷を治癒するために、熱のこもった蒸気が発せられていた。

 それと同時に腕輪型の白い装置は機械音声で意味不明な言葉を延々と続ける。

 まるでパニックでも起こしているようだ。

 なんだか……それを悲しくも感じた。


 私は屈み込むと、さっきまで戦火を交えていた少年を間近で見る。

 両肩に致命的な損傷を与えた。だからこの肩と腕が使えるようになるまで、治癒機能を持ってしても丸一日かかるに違いない。彼の両足に手錠をかけ、完全に無力化する。


 私が勝ったんだ。

 だけど──


「私も……無理かも……」


 少し遠くで、帝国兵の部隊が近づいてくるのが見えた。

 ここの帝国兵は本当に遅い、税金泥棒め。

 心の中で思わず悪態をつく。


 しかし、随分と堪えた物。意識が揺らいでも無理はない。

 数え切れない傷を負い激痛に苛まれた挙句、シルヴィナイト……冗談じゃない程、身体負担が高い。

 視界が暗転し、私は意識を手放すことにした。


 眠りにつく。


プレビュー版 【そして機械と魔法から。】 - 第二話 プレビュー版 【そして機械と魔法から。】 - 第二話

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Rein Steiner maybe German??


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