【あらすじ】
私達の文明が滅び、新しい時代が誕生した。
それは魔法文明と機械文明が滅ぼし合う世界。
魔術の国で育った貴族の少女アイリス・ベルヴァルトは、学園に提出する課題の為にド田舎な開拓地へと足を運ぶ。そんな中に、ひとつの流星が開拓地に降り注いだ。
正体は機械の国からの招かれざる客。主人公レイン・スタイナーの搭乗する輸送機であった。
Chapter Zero
プロローグ - 君達が死んだ日
「……ム、……サム!……サミュエル!」
何者かが彼の名前を呼んでいた。
彼はとても深い眠りについていたが、名を何度も呼ばれるうちに、今まで鈍かった意識が揺さぶられる。
次第に彼は、自分が誰かに頬を叩かれていることを認識し始める。
最後にはピリピリとした痛覚とともに、彼は目を開いた。
「おい、サム! やっと起きたか、もう時間がないから早く立て!」
意識の覚醒と共に、彼が最初にしたこと。それは苦笑いを浮かべることだった。
目の前には彼の友人、ヒュイーが苛ついた顔で見下ろしてきているのだ。
軍服姿のヒュイーの後ろに広がる焼き付いた灰色の空が、現実は相変わらずだと言う事を、彼に再認識させた。
「あぁ、そうだよな兄弟。なさけない。どうやら爆風に巻き込まれて頭を打っちまったらしい」
「お前は運がいい。まだ生きているなんて」
ヒュイーに担がれながら、彼は腕に巻き付かれた黒い端末に日時を表示させた。
【西暦2307年6月28日19時25分】
ロサンゼルスにある彼の母校なら、本来はもう夏休みに入った頃だ。
そんな世界から「夏休み」だなんて言葉が消えたのはいつ頃からだろうか。
きっと、彼とヒュイーを含めて覚えている人間はきっともういない。
いや、正しくは「夏休み」を含め、あらゆる余暇や休日を楽しむ余裕が無くなったのだ。
「腐れ人治主義国家の野郎どもが……あいつらのせいでもうメチャクチャだ」
彼の肩を担ぎながら、ヒュイーは今にでも泣きそうな声を上げる。
彼は少し景色を見渡してみた。
どこからも黒煙が巻き上がり、空気はまるで使用期限の過ぎたガソリンの臭いで満たされている。
銃声や砲撃の音は依然として続いていて、世界がこんな状態だってのに未だ戦いは終わってない事が分かる。
彼とヒュイーの歩く道は砲撃で凸凹にえぐられ、あちらこちらに戦車や装甲車が通った跡が残されていた。そう遠くないところでは、撃墜した大量の軍用ドローンも見える。
この世界の歴史を、次の世代の子どもたちはどう思うのだろうか。
そんな年寄りめいた事さえも、彼は考え始めていた。
「なにもかもが泥沼さ。考えれば、俺達もえげつないことをしたもんだな」
ヒュイーはそれを聞くと、へへへッと汚らしい笑い声だけで応える。
担がれる彼も顔にシワを寄せて笑顔を作ると、辺りをもう一度だけ見回した。
「第一次世界大戦では毒ガス、第二次では核兵器、そして今度は……」
周りにあるのは鉄の残骸や血肉の塊、そして崩壊した街や焦げた空だけ。
これをなんと表現するべきなのだろうか。
彼の語彙力では、なかなか妥当な単語が思いつかなかった。
「……なんて言ったらいいのか分からないねぇ」
「もうこうなっちゃ仕方ないだろう。どちらにしろ、俺たち側が勝ったんだ」
無理やり納得しようとするヒュイー。
それを見てポツリと呟く彼。
「勝ったっていうよりは、逃げるだけなんだけどなぁ……」
「知るかそんなの。ほら、あそこだ! あのシェルターに入った後からは地下で移動する。安全地帯だ!」
彼は霞む視界の中で、遠くに何人かの重武装の兵士がこちらを見ているのに気づいた。
その兵士たちの背後には白いビニールを被せているテントがあり、その下にシェルターへの入り口があるのだろうと想像できた。
シェルターに辿り着いて喜ぶヒュイーとは対照的に、彼は顔を思わず歪める。
「どこから銃声が来てるのかと思っていたが、ここだったか」
シェルターを中心に大きく建設されたバリケード。
そしてそれを突破してシェルターに向かおうとする、”選ばれなかった”人々。
そういった人々に対し、兵士もしくはドローンは、容赦なく機関銃による掃射を行っていた。
「身なりからすると、戸籍さえ持ってない無教養な難民だろ? 気にすることはないね」
ヒュイーの発言に、彼は無言で頷く。
彼と彼の友人ヒュイーは、血みどろの身体を引きずりながらビニールテントの方へと近づく。
シェルターを防衛する兵士達は、二人が周りの難民たちに絡まれているのを見ると、直ちに銃による正確無比な射撃で邪魔な人混みを一掃していく。
銃弾が誰かの脳天を貫通するたびに、血しぶきが二人に覆い被さる。
「俺達は登録されている者だ。入れてくれ」
シェルターの入口のあるビニールキャンプについた頃、難民の数は文字通り半減していた。もちろん、国の兵士が親切にも掃除をしてやったからだ。
彼、そして彼の友人ヒュイーはビニールキャンプ前に立つ兵士に証明書と戸籍を見せる。
「我らの祖国の未来を宜しくお願い致します」
兵士は彼らの全身を装置でスキャンした後、まるで自分自身を見るかのような目で二人に向かって敬礼をする。
こうして、二人はシェルターに続く地下へと向かうのだった。
「あぁ、神よ……」
彼――サミュエルは静かに目を閉じたまま、神に問いかけた。
神がまだ人を見捨てていないのであれば、どうかこの最後の希望だけは消さないよう見守っていてほしい。
彼の祈りは果たして届くのだろうか。
※※※
しばらくすると、外に立っていた兵士の一人が時間を確認する。
突然、スピーカーから音楽が流れた。
それに向かって兵士達は左胸に手を当てる。国歌だった。
『親愛なる国民の皆様。今までのご尽力、誠にありがとうございました。間もなく、アメリカ合衆国の国家機能は D-ego(ディエゴ)/Unit USA Columbia と共に無期限のスリープ状態に移行します』
雑音の入った合成音声が最後に流れる。
兵士達は、それを聞き終えると何事もなかったかのようにビニールテントを片付け始めた。これから地上は地獄になるというのに、だ。
少し遠くで、白い霧が地下から噴出され始める。
それをみた兵士達は、少し作業のスピードを早めると、すぐに一台のジープに乗り込む。
間もなく、彼らは地平線の向こうへと消えてしまう。
ポツリと残った錆びたスピーカーは周りで絶望に泣き声を上げる人々に向かって、ノイズが酷く混ざった音声でこう告げた。
『――人類により良い未来と繁栄を』
この日、一つの文明が終わったということを知る者は少ない。
Author: キョウカ