【手記】コンテクストという質量を持った残像
Added 2021-11-16 07:22:47 +0000 UTC(散漫な走り書き)
かの有名な『サピエンス全史』によると、ホモ・サピエンスという種族の特異性は「虚構」すなわちフィクション……現実には(物質的には)存在しないものを、まるでそこにあるかのように認知し、言葉にし、共有できることだという。
ゆえに人は虚構の中を生きている。僕らの周りにはフィクションがあふれていて、それらは「本当は無い」ものなのに、まるで質量や圧や力場があるかのようにそれらを認知し、触れながら生きている。
社会だとか経済だとか、保証だとか契約だとか、血の繋がりだとか縁だとか。
物語だとか。
そういう僕らにとって大切な、無くてはならないものは、「本当は存在しない」けど質量を持った、「実質的には」存在するフィクションだ。
「バーチャル」は「仮想の」と訳されるが、正確には「実質的に存在する」という意味だ、という話をどこかで聞いた記憶がある。
それが本当だとするなら面白い。VRゴーグルなんかつけなくても、3DやLive2Dの体なんか手に入れなくても、僕らはみんなバーチャルな存在だ。
僕の中で今ブームなワードが「コンテクスト(文脈)」だ。
ハイコンテクストすぎて伝わんないよ、みたいな使い方をされるアレ。
コンテクストを、僕は「何かを構成する一部となっている、一連のフィクション」と捉えている。
コンテクストはフィクションであり、物語であり、そしてそこには実質的に「質量」が発生する。
この質量が生み出す圧とか、攻撃力とか、破壊力とか、なんか、そういう「力」をいかにして作品に、人生に取り込むかが、たぶん結構重要で。
逆に、それらの重さで動きづらくなってがんじがらめになってしまわないよう、「これはフィクションだ」とメタ視点を手に入れ、いったんコンテクストをリセットする術を手に入れると生きやすくなるんじゃないか、とか。(余談だが、登山にはそういう効果もあったりするんじゃないか、とも思っている)
こんな概念的なことをゴチャゴチャ言っててもしょうがないので、いずれこの「コンテクスト」は分かりやすい形でゲームにしたいなと思っている。
構想はもうあって、準備は進めています。
まあまあ面白いゲームになるんじゃないかな、と思ってますが、はたして。