最近お世話になりまくっているイラストレーターの平の字さんと、とある仕事の打ち合わせをしている時に、なるほどと膝を打つ意見を頂いたことがあります。
それは平の字さんが思う、
TRPGシナリオ『狂気山脈 ~邪神の山嶺~』の面白さの本質についてでした。
曰く、あのゲームは徹頭徹尾、
究極的には「今進むのか否か」の決断だけを行うものなのだと。
キャラメイクが終わり、ブリーフィングが終わり、
本格的な登山がスタートした時点で、実はもうできる準備のほとんどは終わってしまっている。勝率もおおよそ確定してしまっている。
プレイヤーに残された行動は突き詰めれば、
状況を判断し、その瞬間瞬間での「今進むのか・引くのか・停滞するのか」を決断し続けることだけ。
機を伺い、リスクを判断し、安全や確実なものなど何一つ無い中で決断をし続ける。
それが、人生と同じで、だからこそ面白いのだと。
なるほどその通りだと思いました。
過去の積み重ねでほとんどの行動の成功率は決まってしまっている。
その場しのぎの策なんて、おおよそアテになりません。
そして人生を瞬間でスライスした時、その点で人にできるのは
「今やるかやらないか」の決断のみ。
チャンスの女神には前髪しかないそうです。
しかもたぶん、その女神様はめちゃめちゃ動きが早くて、あんまり目に見えない気がしています。
女神の前髪を掴む握力や反応速度を持っているかは、女神が通り過ぎる瞬間にはもう既に決まってしまっている。
もし、実はまだ女神が来てなかったとしても。
もし、前髪を掴む力が足りなかったとしても。
もし、掴んだまま引きずり回されて大怪我を負ったとしても。
それでも、「今しかない」と僕は思いました。
技能値や装備には不安がありますし、天候も快晴無風とはいい難い状況です。
でも、今日出発します。
仲間にだけは、幸運にもめちゃめちゃ恵まれていると思います。