【手記】誰のニーズを満たすのか
Added 2020-07-20 09:49:34 +0000 UTCここ最近ちょろちょろと考えを表に出して話す機会があった事について、一応ここでもアウトプットしておきたい。
(最近だとこの配信の最後らへん)
僕のことを「ファンに冷たい」と思っている人、まあまあいるのではないかと思う。
(そういう声も漏れ聞こえてきて、確実に僕に届いている)
そして、ある種それは正解だ。
僕は、ファンから上がる声(とくに要望)のほとんどを「意図的に無視」している。
コンテンツを作る時に、そのコンセプトが「今求められているもの」「今いるお客様のニーズを満たすため」のものになった時、その実態は「サービス」になる。
この「サービス」を否定する気はない。より質の高い、より満足度の高い、より多くの人に求められるサービスには大きな価値がある。
でも、僕はこれをやらないことにしている。
理由はまず性格的に向いていないから。僕は根が面倒くさがりなので、誰かにサービスするのが苦手だ。
(なのでもし僕が誰かの助けになることをしたとしても、それは「僕がそうしたいから」しているに過ぎない)
それともう一つ、サービスって実は難易度がめちゃくちゃ高い。
「今あるニーズ」は相当普遍性のあるものでない限り、いつか飽きられる。食欲・睡眠欲・性欲あたりの根本的なニーズに根ざしたものだったり、いつの時代も変わらずあるような物ならともかく、ブームに乗っかったニーズだったりはかなり早く飽きられて尻すぼみになっていく。
つまり、サービスに終始する場合「今最も求められているもの」を注意深くリサーチしつづけ、そこに合わせて徐々にターゲッティングを変え続けなければならない。これをしなくなった「サービス」は衰退していく。良質なサービス提供者は常に時流を見続けたり、それに合わせて自分を変化させ続けたりしている。すごすぎる。僕にはできない。
「今あるニーズを満たす」の対義語はおそらく、「新たなニーズを作る」だ。
新たなニーズを作るというとすごく大層な事に聞こえるが、たぶんその本質は「自分の中のニーズ(エゴ)を人々に押し付ける」というのすごく上手にできた人のことを言うのだと思う。
こっちもこっちで難易度高い。というのも、エゴはあくまでエゴであり、そのエゴがそうとう魅力的でない限り大衆化はしないからだ。つまり、こっちで「サービス」を凌駕するほどの数字を稼ごうと思ったら、めちゃくちゃな才能やめちゃくちゃな努力などで、圧倒的な「成果物」「結果」を出すほかない。
しかし実は、あんまり数字を稼ごうとしなければ、ちょっと勝ち目はある。
というのも、「自分という一人の人間」にとって確かにニーズがあることが、世界で自分たった一人のものということは、たぶんあんまりない。
どんなニッチなニーズであれ、それを自分と同様に面白そうと思う人は少しは居るはずなのだ。そして、ネット時代においてそういう相手を見つけること、そういう相手から見つけられることの難易度は格段に減った。
自分の中の「こういうの面白いんじゃないか」を本気で挑んで仕上げたものは、きっと届く相手がいるのだ。(人数が多いかどうかはさておき)
そして、もしかするとそれは、今までそういうニーズに気づいてなかった人々に刺さるかもしれない。ムーブメントを作り出す可能性もあるかもしれない。
そしてなにより、成功するかしないかの結果まで含めて、その作品の主体はどこまでも「自分」だ。
「他者のニーズ」を満たすためのもの
「自分のニーズ」を押し付けるもの
うまくやってる人は、この二つを織り交ぜつつ両立してやっている。
僕は性格的に致命的に「サービス」に向いていないのと、うまくやれるほど才能や力もないのと、さらには求める生活水準が低くあんまり稼ぐ必要もないので、今のところはバッサリと「サービス」を切り捨ててエゴを突き通すことに振り切っている。
それは究極的には、僕の活動の全ては僕の人生をより楽しく素敵なものにするために、僕がやりたくてやっていることだからだ。
僕が「面白そう」と思うことを、同じように「面白そうだな」と思ってくれる人が増えるといいなという自分勝手な気持ちが、ただの独りよがりなエゴで終わってしまわないように頑張っているわけだ。