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【手記】全肯定と全否定は紙一重だなあという考え

僕がなんとなく苦手で距離をおきがちな人のタイプとして、やたらと全肯定して褒めまくってくる人がいる。持ち上げてくる人というか。

別に、ヨイショしているわけではないと思うし悪気もないのだと思うのだけれど、たぶん本心からの言葉なのだと思うのだけれど……そして話しているとたぶんいい人なんだろうなあとも思うのだけれど、それでもなんだか苦手だった。


褒められること自体は別に嫌いじゃない。むしろ好きだ。

なのになぜ彼らの事を苦手だったのか、最近ようやくスッキリ理解できてきた。



僕が付き合ってて楽しいというか、「この人との関係を切りたくないなあ」と思う人というのは、おそらく、おそらくなんだけれども、僕に対して「ダメな部分」「欠点」「自分と考えが合わない部分」というのをちゃんと認識しているんじゃないかなと思っている。

基本的に僕に協力してくれたり共闘してくれたり、褒めてくれたりするんだけれども、ちゃんと僕に対して批判的な視点も持っている人たちを、僕はすごく好意的に見ている気がする。


それはたぶん、僕自身が他者をそういう風に見ているからだ。

完璧な人間も、完全なダメ人間も、たぶんほとんどいない。

自分を客観的に見下ろせばそれは自ずと明らかだ。

僕には人に誇れる部分も、人並みにできる部分も、すげーダメな部分も、偏見も、性格の悪い部分も、色々が詰まっている。

それぞれの要素の良し悪しについても、「見る人によっては味・魅力になるかもしれない」ようなものや、「これは単にエグみにしかならなそうだ」みたいな部分といろいろある。


人間は0か100かで判断できるような単純なものではないと思っているからこそ、人を全否定したりするのが苦手だ。

たとえばホリエモンとか箕輪とかキンコン西野とかを、「あいつらは弱者を食い物にしている詐欺師だ」みたいな言動で、彼らの発信する情報などに触れてすらいないのに悪のインフルエンサーの代名詞みたいに話す人が苦手だ。


人間は0か100かで判断できるような単純なものではないと思っているからこそ、人を全肯定するのが苦手だ。

たとえばホリエモンとか箕輪とかキンコン西野とかを、「彼らは素晴らしい!」と持ち上げて、彼らの言動全てをよく咀嚼もせずに鵜呑みにして持ち上げて真似したりする人が苦手だ。


僕にとっては、彼らはどちらも同じ「盲目」という病におかされていると感じる。


相手をちゃんと見ていればこそ、絶対に相手のいい部分と悪い部分、得意なことと苦手なこと、好きな部分と嫌いな部分、そういった相反する要素がちゃんと浮かび上がってくるはずだ。

それらをちゃんと見た上で、相手のことが好きか、尊敬しているか、応援したいか、一緒にいて楽しいか、などをある程度ファジーに、直感的に(あるいは打算的にでもいいが)判断している人が好きなのだろう。

僕が関わりたいと思う相手は、そういうちゃんと見る人なんだと思う。


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