【手記】本当に影響を与えたいならば、理屈は作品(実践)にまで昇華せよ
Added 2020-02-22 16:25:36 +0000 UTCTRPG学級会についてぼんやりと考えたこと。
よく、「理屈」を振りかざして戦っている様を目にする。
具体的な方が分かりやすいと思うので、たとえば「こういう理由でTRPGの一本道シナリオはよくない」といった言論をぶち上げている人とかだ。
それに対して、「一本道シナリオはこういう理由で問題ないはずだ!」と反論している人も同じ。
それらの「理屈」が正しいか間違っているか、成立しているか破綻しているかの如何については、ここでは置いておく。
問題は、その「理屈」をなぜ振りかざしているのか。その戦いの勝利条件とは何なのか、ということだ。
TRPG学級会の勝利条件とは何だろう。
・TRPGのプレイ環境の主流を、自分の望む形に持っていきたい
・自分の考えと合わないプレイ環境に不満があり、是正したいと考えている
・上手くいっていなさそうに思う環境に対して、アドバイス(介入)をしたい
・自分にとって「誤っている」と感じる価値観などを論破したい
大体こんな感じじゃないかしら?(人によって違うとは思うけれども)
これらの勝利条件は、つまるところ「どれだけの人に影響を与えられるか」が大きく戦況に影響する。勝つためには、より多くの人に自分の「理屈」を受け入れさせて、影響を与える必要がある。
でも、実は「理屈」の【正しさ】が人に与える影響は、大したことないのではないかと思っている。
「理屈の正しさ」は、往々にして人の行動を変える力が弱い。
理屈が正しくありさえすれば人の行動が変わるのであれば、誰もが健康的な食生活をしているだろうし、適度な運動をしているだろうし、勉学にも積極的に励むだろう。しかし、実際はそうじゃない。
正しさは、思っているほど人を動かさない。
人を動かす力がより強いのは、「体験」とか「憧れ」とかだ。
TRPGにおいて言えば、
「実際に楽しかったセッションの体験」
「楽しそうと感じた動画・配信などのプレイング」
「遊んで面白かったシナリオ」
「上手だと感じたゲームマスターのテクニック」
「憧れの配信者、動画投稿者、ゲームデザイナーなどのプレイスタイル」
などなどが、それに該当する。
プレイスタイルの正しさの如何に関わらず、今かなり主流を占めるTRPGプレイスタイルは「実はめっちゃ面白いクトゥルフ神話TRPG」のまにむさん環境に影響を受けたものだし、
TRPGシステム選択の仕方の正しさの如何に関わらず、今だんとつで最も遊ばれているTRPGシステムは「クトゥルフ神話TRPG」だ。
ルール運用の正しさの如何に関わらず、クトゥルフ神話TRPGの判定は、戦闘時以外でもCCB(クリティカル・ファンブルが5%で常時発生する判定方式)が主流だ。
多くのシナリオ書きは、自分が憧れた、楽しいと思ったシナリオをある程度模倣する形、影響を受けた形でシナリオを書くだろう。
つまり、そういうことだ。
人に影響を及ぼすのは、正しさではない。
だからこそ、本当に戦いに勝利したいなら。環境に何かしら影響を本気で与えたいのであれば。
「理屈の正しさ」を磨くよりも、人に憧れられる作品を作ったり、プレイングを実践して「これはすごい!」という体験を与える方がずっと影響力が強い。
あるいはあなた自身が憧れられる存在になった上で、同じ理屈を振りかざすなども効果的だろう。
理屈の正しさを磨くことは、影響力という面で言えばコスパが悪い。
「自分の意見はこんなに正しいのに、なぜ世界はそれに従わないのか」という、解消がとても難しいストレスを受け続けなければならないという面においても、非常にコスパがよくないと言えると思う。
という自戒のメモです。