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【TRPG】カエラズノケン、例のNPCについて僕なりの運用指針

(シナリオネタバレがっつりあります)


先日のコージー・オスコーについての記事で語った通り、僕はTRPGのNPCはゲームマスターの解釈によって可能性の幅を持っていると考えている。

故に、シナリオに書いてある情報以外の要素はゲームマスターが好きに決めて良いと思っており、その設定の空白は「いま目の前の卓、プレイヤーたちを楽しませるために」利用すべきだと考えている。


だからこそ、僕は自分の書いたシナリオについて何か情報を発信する際は、やや慎重な立場をとっている。それは、「作者の意見はシナリオについての公式見解」と捉える人が少なくないからだ。僕は僕の意見を気軽に口にすることで、自分のシナリオの可能性が狭まることをあまり好ましく思っていない。

個人的には、「作者ごときが分かったような口を聞くな。俺らの卓は今この設定が一番おもしろいんだよ!」「作者の解釈より俺らの解釈の方が絶対面白い」という主張を支持したいし、それが構造上担保されているTRPGというゲームが大好きだ。


まあ、そんなわけで、特にNPCの設定は余計な付け足しをなるべくしないよう気をつけている。キャラについての公式見解も、基本的に「シナリオに書いていないことはみなさんの解釈次第です」とお答えすることが多い。

続編を作る上で一部設定を追加したキャラもいるが、基本的に続編を遊ばない限りはその設定は無視してほしいとも思っている。


(ネタバレここから)































『カエラズノケン』には「一ノ倉勝」というキャラクターがいる。

『邪神の山嶺』のコージーと似た役割を持つキャラだ。正確にはコージーはトラブルメーカーで、一ノ倉はトリックスターなのだが、パーティーメンバーに波紋を読んでロールプレイを促進させるという役割は共通している。


彼についての詳しい解説などは、Youtubeにあげている「シナリオ語り配信」に詳しい。


youtube post: t-lcL8DQDf0


彼については、コージー・オスコー以上に、運用に差が生まれるキャラだと思っている。

特に物語終盤、彼が大黒壁で墜落した際に、探索者たちが彼にどういうアクションを起こすのか、それに対して一ノ倉がどう返すのかなどは、卓によって、人によって、ものすごく解釈が分かれるところだと思う。


実際、僕がKPを務めた配信セッションにおいても、プレイヤーたちの起こした行動は僕の想定外のものであった。それはおそらく「登山をする人」「登山家という生き様を作品などで追う人」「神々の山嶺のファン」といった立場である僕と、「TRPGプレイヤー」という立場の彼らとの解釈の齟齬であったと思うし、僕はそれを歓迎した。

おかげで一ノ倉の助言を得られなくなった彼らが、その後大黒壁とどう対峙することになったかは、本作でも屈指の盛り上がりどころを見せることになった。


youtube post: NR_Ilqx9jpY


「一ノ倉勝は、絶対に登頂できないのか?」

「一ノ倉を味方に引き入れて、一緒に山を登ることはできないのか?」

といった質問に対して、僕は「彼をどう説得するか次第だと思います。不可能ではないと思いますよ」とだけ答えている。

それは、僕の”一ノ倉解釈”を正解として押し付けないほうが、結果的にキャラの幅が生まれて面白いんじゃないかという意図によるものだ。という前提で、前回のコージーの記事と同じく、「じゃあ自分ならどう解釈しているか」という一ノ倉像を、ひとつの参考資料として示そうと思う。

重ね重ねになるが、これは取るに足らない作者の一意見である。卓を面白いものにするために、積極的に無視していただきたい。




一ノ倉は登山家である。

彼は山に登ることでしか、自分の中の折り合いのつかない感情と向き合う術を持ち合わせていない。

彼にとって、自身の内向的さ、不器用さなどはコンプレックスであり、世間とうまく折り合いをつけつついくつもの登山家としての快挙を成し遂げているケヴィン・キングストンは、自分と対局にいる存在だ。彼は自分がそうなれないことを悔しいと思っているし、それが自分ではどうにもできないことだとわかっている。ケヴィンを妬むことに意味がないことを理解しているし、彼を憎んでいるわけでもない。山に登る人間として、ケヴィンの立場の方が正しく、合理的であることを理解している。なのに、自分はそうなることができない。ケヴィンは多くの山に登り、自分はその機会の多くを失った。その折り合いのつかない感情と戦い続けている。


ケヴィンもケヴィンで、一ノ倉を意識していた。彼はおそらく、自分以上に生粋の登山家であり、技術も体力も自分を上回っている。一ノ倉の不器用さ、愚直さは、「世間とうまくやってしまう」自分にコンプレックスを抱かせたであろう。彼らは同じ山狂いであり、鏡写しの存在といってもいい。


一ノ倉は、今回の第三次登山隊で、ひとつ無理をしている。

それは、自身の山行で「他者の力を借りたこと」だ。

一ノ倉にとって、それはポリシーに反することだ。己の力で山を踏破してはじめて、彼は真にその山と対峙できる。山頂に立つという事実や、世界最高峰人類初登頂というレコードが欲しいわけではない。ましてや、K2への意趣返しをしたいわけでもない。彼は最初から最後まで、自分の中の折り合いのつかない感情と向き合うため、つまり「生きるため」に山に登っている。

そんな一ノ倉が、自身の生き様に反する行動をとった。南極への渡航のために、デナリー隊の力を借りたことだ。これは彼にとってかなり大きなしこりとして残っており、これを自分の中でチャラにしようと、ハンディキャップとして隊の誰よりも荷物を運び、ラッセルを行い、己の登頂を考えれば非合理的な行動で自分を痛めつけている。

「誰の力も借りない」といいつつ、自分ひとりでは南極の地にたどり着くことすらできなかった自分の無力を、彼は誰よりも理解している。



さて本題だ。

大黒壁で墜落した彼を救出し、一緒に山頂を目指すにはどうすればいいのか?



まず、彼が抱えるものを理解する必要がある。彼を「登山家である」と認める必要がある。社交的でない、協調性がない、非合理的だと彼を否定した時点で、彼の内面の純粋な登山家としての側面を見落としてしまう。


そして、彼に「登山家である」と認められる必要がある。

それは道中のナビゲートや登攀などで実力を示してもいいし、己の登山家としての魂をロールプレイで見せつけてもいい。口下手な一ノ倉だが、人のことはよく見ている。他人に興味がないのではなく、誰に対してもコンプレックスがあるだけだ。そんな彼と対話をし、認められることは、実は難しいことではない。登山家であれば。


そして、墜落後。彼の意思を尊重することだ。

一ノ倉は「己の力で」登ることに固執する。それを否定せず、それでも共闘できる方法を示せればいい。

僕なら、そこで「南極渡航にデナリーの力を頼った」ことを突く。


最初から最後まで人の手を借りずに登頂するしかないのであれば、彼は最初から矛盾している。

しかし、本来は必要に応じて他者を利用することも、また己の力なのだ。それに折り合いがつかないのであれば、彼がしたように、利用した分に釣り合うだけのハンディキャップを負えばいい。すでに彼は、大黒壁第4ピッチの核心部を、大墜落という大きすぎるハンディを受けることで突破口を掴んでいる。


「お前は最初から登山隊を、俺たちを利用してきたじゃないか。

そして、その対価を払ってきたじゃないか。

ここまでお前は、紛うことなく自分の力で登ってきた。

なら、なぜそこで諦めるのか。

山に登る手段が、利用できるものがまだ残っている。俺たちを利用しろ。

俺たちにだって、登頂するためにお前の力が必要なんだ」




たとえば、こういう説得をされれば心が動き、目の光が復活するのが、僕が解釈する一ノ倉というキャラクターだ。

(YouTube)


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【TRPG】カエラズノケン、例のNPCについて僕なりの運用指針

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