【手記】分の悪い賭け、について
Added 2019-06-29 09:11:25 +0000 UTC基本的に、自分がコントロールできるのは自分の行動や考え方のみなので、「他人」という要素が発生するすべてのことは、アウト・オブ・コントロール、いわば賭けみたいなものだと思っていて。
んで、その賭けは、割と失敗を恐れて二の足を踏みやすい。
分が悪い賭けになればなるほどだ。
たとえば高嶺の花だと思ってる人に対して「告白してフラれたらどうしよう」とかが分かりやすい。
でも、正直なところ、賭けに負けることを恐れていると取れなくなる行動が多すぎて、それは結局の所、自分がやりたいことや得たいものを遠いものにしてしまう。
分が悪い賭けについて、僕はわりと頻繁に勝負をしかけている。
それは、ある条件が揃っている時。
その条件は、「賭けに負けても、失うものがない」。
たとえば。最近。
VTuberさんを招いてTRPG配信をしたいなーと思い、誰に声をかけるか考えていた時、大手プロダクション所属の、人気もネームバリューも数字も持ってる、「まー数字持っていないVTuberですら無い個人がコラボ持ちかけてもほぼ100%歯牙にもかけられないだろう」と一目瞭然なVTuberさんにも、何人かにお誘いのメールを出した。
勝率はほぼ0。
でも勝負をしかけた。
なぜなら、そのVTuberさんと僕との関係性の中で発生している利益(お金の話じゃないよ)は、現状が0なわけだ。(だって関係性が無いんだから)賭けに負けてもそもそも0なのだから失うものが何もない。
もし0.1%の勝率に勝った場合、得られるものがすごく大きくて、負けても一切損をしない賭けならば、賭けに出ない理由が数字的には何もない。(もちろん、勝率を上げる努力はするけれども)
あとは、賭けに負けたとき「負けた」こと自体をマイナスだと思ってしまう自分のマインドを否定するだけでいい。「負けるのは知ってて賭けている。負けても何も失わない」と自分の頭に刷り込めばいい。それだけで、一歩踏み出す勇気が出る。
そしたらまあ、負けた賭けに関しても、「受けられないけど、狂気山脈は見てて好きな作品なので応援してる」的なメールが帰ってきたりして、あー賭けに負けてもプラスになった……なんてことがあったものだから、やっぱ勝負はしてみるに限るな、と思ったりしたのだった。