適職診断
Added 2023-11-30 13:06:39 +0000 UTC俺の名前は斉藤冬樹。現在大学3年生で、この冬を越せばいよいよ4年生、卒業まで残りわずかになる。 就職活動を目前に控えたこの時期、部活動に明け暮れていた俺もいい加減に進路を考えないといけない……そう彼女の由香里に諭されて、勧められた『適職診断』のページをしぶしぶながらに開いてみた。 「まずは性格のチェックからか……なになに、『自分を世話好きで家庭的な人間だと思いますか?』……うーん、どうだろうな」 俺は三人兄弟の長男として実家暮らしを続けているけど、部活や勉強に明け暮れて、弟たちの面倒を見たり、家事を手伝ったりはしてこなか── 「──……どちらかといえば、マルかな」 ヤンチャ盛りの弟ふたりを"長女だから"と押し付けられて、だけど彼らの世話を焼くことはそれほど苦痛に思わなかった。 共働きで忙しいお母さんに代わって家事もよく手伝っていたつもりだし、学業や部活との両立は難しくって"第一志望の明政大学には落ちちゃった"けど、そのおかげで高校時代からお付き合いしている"彼氏"とも同じ大学に通えているし、思っていたより悔しさは残らなかったかな。 「……あれ?」 なんだか記憶がいまいち不鮮明に感じる。おかしなものが混じり込んでいたような……。 「由香里との長電話で夜更かししちゃったから、寝不足なんだよね、私」 由香里とは高校時代からの付き合いで、同じ大学を目指して受験勉強をした"親友"だ。 私は"不合格だったから"別々の大学に進学することになっちゃったけど、今でも仲良くしている。 「えーっと、次は『自分のことを涙脆い人間だと思いますか?』……んーっと」 彼女とのデートで映画を観に行った時なんかは、周りが号泣しているのにひとりだけ感慨もなく、スタッフロール中にトイレのため抜け出したりして── 「──これも、マルだよね」 "彼氏"の前だというのにみっともなく泣きじゃくってしまい、崩れたお化粧姿を見られてしまった恥ずかしい思い出がある。今でも忘れたい黒歴史のひとつだ。 そんなこんなで順調に回答を進めていく。 「よしっ。あとは好きなものと得意なことを打ち込めば完了、と」 自分の好きなことといえば、とりあえずは長年励んできた部活動の水泳だろう。家事手伝いの夕飯作りが高じて趣味になったお料理もそうかもしれない。あとは……これはたぶんもう今さら無理だろうけど空のお仕事、パイロットにも憧れてたりするので、それも一応記入しておこう。 「…………あ」 それは一通り書き終わった途端の出来事だった。不意に視界が明滅し、それから意識が暗転していく。 ──現実となんら遜色を感じさせない光景が、俺の脳裏に投影されていく。 『斉藤、お前は立派な水泳選手になった。だが、ここいらが潮時だろう』 そんなことは、"私"が1番よく分かっていた。それでも水泳に執着を見せる"私"に、コーチは心を鬼にして未練を断ち切らせようとしているんだ。 『……あはは。普通の女の子だったら、こんなに大きくなってくれたら喜ぶものなんでしょうね』 女性を無作為に1000人ほど集めたとしても、私の"これ"を上回る人はきっと現れないだろう。 『冗談みたいな話ですよね、コーチ。胸が大き過ぎて、選手生命を絶たれちゃうだなんて……』 両手で顔を覆い嘆く"私"に、コーチはきっと背を向けるだけ。 『……』 ここでもし彼が"私"を優しく抱きしめてくれさえすれば、いっときでも水泳を自分にとっての1番にしていたことを、私は後悔しなかっただろう。 女性として生まれたことの幸せが、水泳の代わりになって私の行く道を明るく照らしてくれただろう。 『悪い、斉藤』 遠ざかる足音。 私は結局、選手としても、女としても、惨めな負け犬にしかなれなかったのだ。 「…………え」 辺りを見回せば、なんてことのないいつもの自室。 「な、なんだよ今の……」 今の一幕は、まるで水泳選手としての道を選んだ自分の未来のようで、けれど明らかにおかしいことに、俺の姿は女性のものだった。 性別が違うという一点で一蹴できるはずの未来。しかし彼女が俺と同姓であったこと、自分や母親の面影を強く感じさせたことが、俺をなんとも割り切れない思いにさせる。 それにしても、選手として大成しなかった理由が巨乳だからとか……ありえないだろ! 「たしかに俺は巨乳だし、最近は泳いでるときにも邪魔くさく感じることが増えたけど……って、あれ?」 ちょっとした違和感を感じて目線を下ろせば、そこには部屋着の胸部を内から盛り上げるたわわに実った双丘の姿があった。 「は……え?胸?いや、俺……そもそも男で……?」 男であればまずあり得ない、女であってもそうは見かけない大きな乳房が、いつの間にか俺の胸部に備わっていた。 「ゆ、夢でも見てるのか……?」 おそるおそる、シャツの内へと両手を忍ばせ 、その膨らみを確かめる。 球状に整ったそれらはふにふにと柔らかな感触を返し、そして同時に触られている、揉まれているのだという受動の刺激をもたらした。 すなわち、これらが俺の体の一部なのだということを、少なくとも俺の体や脳は当然に認めているということ。 「……ていうか、なんだよこの部屋!どうなってんだよっ!?」 違和感もなく受け入れていたが、一度意識してみるととんでもない有り様であったことに気づく。 室内も女子の生活する空間へと変貌を遂げていたのだ。家具の配置こそ大枠に相違ないが、小物や衣服が多数置き換わり、雰囲気が様変わりしてしまっている。 目下、以前には存在すらしていなかった等身を映し出す姿見がそのいい例で、さらに鏡の向こうに映る自分は、先ほどの光景に出てきた女子水泳選手と瓜二つの容姿をしていた。 「こ、これが俺なわけ……ぐっ!?」 ──再び、俺の意識はあるはずのない未来へと誘われていく。 『みんなのためのお菓子作りが楽しくって、だからこの道に進んだけど……』 売上は低迷。家賃も滞納が続いて、下手に出るしかない"私"に、大家さんが"私"の身体を求めてくる毎日。 『あ、姉貴のクッキーは世界一美味いぞ!』 『そうよ!"千夏"の作ってくれたお菓子、お母さんもとっても好きだから!』 家族のみんなは嬉しいことを言ってくれるけど、やっぱり"私"は、この道では生きていけないと思う。 『……ありがとう。けど、生理の度にこんなに味付けが変わっちゃったら、お客さんに嫌われちゃうから……』 女性であれば誰だってその身に訪れる生理。ただ、"私"の場合は他人よりその影響が大きかったみたいで、選んだ仕事との相性はだいぶ悪かった。 『そ、それこそ生理で気持ちが沈んでるだけだって!店じまいなんて今すぐ決めなくたって……姉ちゃん?どこ行くんだよ、姉ちゃんっ!』 呼び止める弟の声に応える気力は、今の"私"にはない。 "私"を必要としてくれる人なんて、もうあの大家さん以外にいないんだ。 『(きっと、あの人にこの身を委ねることが、パティシエなんて馬鹿な道を選んだ今の私にとって、きっと1番の幸せ……なんだよね……)』 そうだ。私は生理が重めだから、パティシエになるのは難しくて……だとしたら、この身体で男の人に求められるようにならなきゃ……。 「……なんだろう。頭の中に靄が掛かったみたいで……疲れてるのかな、私」 大して頭も良くない私が、想像の難しい将来の自分を考えているんだもん。そりゃあ疲れても仕方がない。 「だけど、この適職診断サイトのおかげで、かなり正しい自分が理解できてきた気がする。さすがは私の親友、良いものを勧めてくれたなぁ」 なんとなく、水泳選手としての道も、パティシエとしての道も上手くはいかなそうだ。 だったら、あとはひとつだけ。私が目指すべきは、パイロッ── 『これから、皆さまに機内案内を致します』 華やかな装いで空の旅路を支えるお仕事。 女の子なら誰もが一度は憧れたことがあるのではないだろうか。 私も漏れなく、そんな女の子のひとりで、そして今、念願叶って彼女らの一員となることができた。 指定の制服は細身も相まって楚々としている。唯一その印象を裏切るのは大きく膨らんだ乳房の一点のみ。綺麗に纏まった長髪は几帳面さの表れだ。タイトスカートからすらりと現れた健脚は異性の目線を惹きつけて止まないと、自惚れかもだけど内心誇らしく思っている。 コツコツと、歩を進める度に快音を鳴らすそのヒールは、周囲の意識を集めてくれる、私のための楽器みたいだ。 『(けど、あくまで主役はご搭乗されているお客様、だよね)』 快適な時間をお過ごしいただけるよう、私は時に気を配り、時に動き回る。 そんな私に憧れの目を向けてくれる、かつての私にそっくりな女の子が、きっとこの中にもいるだろうから。 ──だから、そう。私が目指すべきは、CA。キャビンアテンダントだ。 可憐な制服姿に楚々とした立ち居振る舞いは、幼い頃の私に強烈な印象を残した。 『(私も、あの人たちみたいになりたい)』 みんなの空の旅路をささやかながらサポートする見目の整った彼女たちのお仕事に、私はずっと憧れていたのだ。 スマホから通知音が鳴り響いた。 メッセージを開くと『やりたいお仕事は見つかった?』と、親友から。 さらに『もし紹介したサイトがよかったら、他の子にも広めてあげたらいいかもね』と送られてきた。 そういえば、私の彼氏もこの間のデートで就活の流れに乗れないでいる様子だった。 私はさっそく彼とのトーク欄にURLを貼りつけて、続けてこう書き込んだ。 『あるべき自分が見つかる、素敵な適職診断だよ』 まるで長い夢から覚めたかのような、すっきりとした気持ちだ。 「CAを目指して……頑張るぞ私!!」