NokiMo
孔明の罠
孔明の罠

fanbox


私と彼との改変生活 その2

その2  極力中井とは不干渉を心掛けていたが、こうも直接に来られては、断ってしまえば訝しまれる。  結局、俺は玄関のドアを開くことにした。 「おふたりさん、こんにちは」 「どうして中井…くんが、わたしの家を知っているんだ?」  まずひとつ目の疑問として、俺は中井に問いかけた。 「杉野さんに聞いたんだ。君たち仲が良かったから知ってるかなって思って、それでビンゴだった」  俺と杉野さんは本来仲良くなんてない。嫌い合っているわけでもなかったが、ただのクラスメイトか、せいぜいが部活仲間で普段は事務連絡を交わすくらいの間柄だ。  けど、スマホのアルバムに何度か彼女の姿を見たし、思えば教室でもやたらとスキンシップを取りに来ていた。俺が男バスから女バスに転向しているこの世界では、中井の言っていることはおそらく事実に違いない。 「……で、中井くんはなにしに来たの?まさか遊びに来たわけじゃ、ないよね?」  宮下はそう言いながら、玄関に足を踏み入れた中井の胸元に、その豊満な胸を擦り付ける。"男性を家に迎える際には自らの女体を堪能してもらわなければならない"から、俺も宮下に倣って、中井の手を取りはだけさせた自らの胸の谷間に差し込んでやった。 「うーん。立ち話もなんだしさ、まずは君の部屋に入れてもらえないかな?」  言いながら中井は上機嫌そうに手指を蠢かし、俺の乳房を握ったり指先でなぞったり、乳首を摘んだりしてきた。 「んっ……あのな中井くん。普通の女子っはぁ、仲良くもない男子を自分の部屋に入れたりしなぁんっ…しないもん、だと思うんだけどっ……」  迸る刺激に口をたどたどしくさせながら、俺は中井にごくごく当たり前の指摘をしてみた。 「君が女子の普通を語るんだ?それに普通かどうかっていうんなら、今君たちが僕にしていることこそ、よっぽど異常だと思うけど?」  よく分からないが、中井に手を引く様子は見られない。 「不満かい?じゃあこうしよう。僕の要求を呑んでくれたら、代わりに僕は改変の真実を話そう」 「なにっ!?」  あの中井がわざわざ家まで訪ねてきたのだ。俺たちを取り巻く改変の核心に触れる出来事が起こるんじゃないかという予感はあった。が、こうもストレートに言われてしまうとさすがに鼻白んでしまう。 「あ、秋人くん。なんか不自然じゃない?どうして今になって……」 「けど、他でもない中井からこの件を持ち出してきたんだ。ここで知らない顔したところでなんにもならないだろ」  中井とは極力不干渉に、藪蛇を突かないようにがこれまでの方針だったし、現実改変という脅威が加わった今でもそれを変えるつもりはなかった。 「どうだい?西本"秋人"君」 「……入れよ中井。お前の話に、付き合ってやる」  けれど今この状況で引き下がるという選択を、俺は取ることができなかった。  乱れた衣服を整えて、俺たち3人は階段を登った。 ××× 「ある日、僕は女子の常識を書き換える力に目覚めた」  部屋に戻り、無遠慮に俺のベッドへと腰掛けた中井の第一声がそれだった。 「詳細は省くけどね。まあ初めは僕も驚いたものだよ。こんなの漫画やゲームの世界でようやくあるかないかって話だろうし」  そしてその横暴ぶりは俺自身何度もこの目で見てきた。宮下に火の粉が降りかかりそうになったときでも俺が理性的でいられたのは、逆にこいつの力が強すぎて、手の打ちようがなかったからというところも大きい。 「だけどね、この力には欠点があった」  中井の説明する欠点とは、大方俺たちの考えていたとおりのものだった。  常識改変の対象は女子、現実改変の対象は男子だろうという今朝の予想も当たっていたらしい。 「けれど西本君。一点だけ、君は僕の力を大きく見誤ったみたいだね」 「なに?」  そして大仰に笑ってみせる中井。  こいつは『勝ち』を確信して今ここにいる。そう思わせるだけの自信が、中井からは満ち溢れていた。 「この力はね、"レベリング制"なんだ……つまり、使えば使うほど強くなっていく!」 「……ッ!?」  言われて今ひとつピンとこない俺と違い、息を呑む宮下。 「……もし、それが本当だとしたら!」 「宮下さん、察しが良くて助かるよ……そう!西本君!君が初めて僕の常識改変を目の当たりにして、そして選んだ『様子見』というスタンスは、僕の力を完全に開花させる猶予を与えてしまったんだ!」  遅れて、ようやく俺は事の重大さを理解した。 「だからもう!この力に君が妄想逞しくさせた欠点なんて存在しなくなったし、むしろレベルは上がりに上がって、植え付けられる常識は一層現実離れしたものに変わっていった!対象も効果も細かく調整できるようになった!」  一通りの話を聞いて、俺は動揺を隠せないでいた。まさか、自分の選択が裏目に出て、事態が悪化していただなんて。 「常識も現実も、僕の手に掛かれば改変し放題さ!レベルマックスになった僕は今日、君たちにとってもはや神のような存在にまで登りつめたのさ!!」 「くっ……!」  けれど、ここで弱気を見せるわけにはいかない。 「だからどうしたってんだ?俺が日和ってたから現実を改変させる力がお前に加わって、それで俺ひとりを女子に変えたってだけでもう有頂天かよ?」 「……君は事の本質を理解できていないようだね」 「あいにく陰キャガリ勉のお前とは違ってな」 「……いいかい?なにも僕は君ひとりを女子に変えたから勝ち戦に浮かれているというわけではないんだ……"クラスの男子を1人残らず女子に変えた"から、それで気持ちが昂っているのさ」 「……は?何を言って」 「君はただの県立高校の一クラスで、男女比2対32が現実的な割合だと、本気で思っていたのかい?……僕が、君と僕以外の全員を既に女子へと現実改変させていたんだよ!」  ふと、思い出す。昼休み、宮下の言葉。  どうして俺は、未だ女子の輪に慣れないでいるのか。  その問いかけの意味を、俺は今、正しく理解した。 「相生も五十嵐も小澤も神田も北も小林も清水も瀬川も田島も根本も野口も橋場も堀も真鍋も水戸部も本村もっ!そしてお前もっ!みんなみんな、1人残らず僕が女に変えてやったんだよッ!!」  あの違和感は、現実改変で生じた歪みだった。朧げながらもたしかに存在していた、俺たちへのヒントだったのだ。 「僕はこれでも、君を買っていたんだよ西本君。理数系以外は大して賢いわけでもない、運動と、ちょっと人から好かれるだけが取り柄の君に、僕は嫉妬していた……だって、宮下さんと交際できているんだから」 「……へ?私?」 「ああ君だとも!僕には分かる!西本君と交際を始めてからの君はとても輝いていて、毎日がとても楽しそうだった……そして反面、片想いに終わった僕には暗い影が訪れた」 「……つまり、お前のしてきたことは俺への嫉妬からくる復讐ってわけか」  中井がその力を用いて、けれど現実改変による記憶捏造という効果対象からあえて俺と宮下を外した理由は、俺に歪んだ日常を過ごさせて、苦痛を与えること。  それこそが中井の復讐ということなのだろう。 「今日は最高に楽しかったよ。いつもは僕の宮下さんを常識改変から逃してしまう君が、一緒になって僕の手のひらの上で踊らされていたんだからね」 「……待て中井。手のひらの上、だと?俺が?」  どういうことだ?中井は今日、一度も女子たちの常識を改変していない。当然宮下がこいつの術中に陥るような出来事は起こらなかったし、そのことは常識改変の外にいた俺が1番よく知って……。 「──秋人くんは常識改変を受けない……いつもそういう前提でいたから、私たちはこの期に及んでそう思い込んじゃってたんだ」  独り言のように呟く宮下に数瞬遅れて、俺も真相にたどり着く。そして、愕然とした。 「まさか……俺の常識も、改変されていた?」 「正解」  思えば当たり前のことだ。常識改変の効果はクラスメイトの女子にのみ及ぶ。逆に言えば、クラスメイトの女子であればそれが"元男であったとしても"常識改変の対象になる。  これまで常識改変を観測する側でいたために見落とした。今の俺は、常識を改変されてもそのことに気づけないのだ。 「正解を導き出せたご褒美に、君らの常識を、今だけ元に戻してあげよう」 「…………あ」 「…………うそ……でしょ……?」  どうして俺は、教室で情事に至る中井と委員長に疑問を抱かなかった?  どうして俺は、排泄のために中井を招いた?  どうして俺は、乳印なんて馬鹿げた取り決めを平然と受け入れていた?  どうして俺は、女子更衣室に居座る中井の存在を当たり前だと思い込んだ?  どうして俺は、長年の夢を屈託なく放り捨てた?  どうして俺は、この身体、それから1番大切な存在であるはずの宮下の身体を、来訪する中井のいいようにさせた? 「し、信じられない!こんなのって……ゆ、夢かなにかに決まってるよ!!」  感情が中井の告げた事実を、その通りに行動していた今日の自分を拒もうとする。それを宮下は言葉にし、怒気を孕ませて中井へとぶつけた。 「今まで当てにしていた彼氏がいつの間にか僕の手に落ちてしまっていて、動揺しているのかな?」 「う、うるさいっ!!」  ここまで感情任せに怒鳴る宮下は見たことがない。けれど、中井の傍若無人ぶりを考えたらこの反応は至極当然のことだろう。  不意に、中井はその人差し指を立ててみせ、そしてこう言った。 「そろそろ絶望してほしいんだけど……じゃあ、この力を今一度披露してあげるかな。常識改変の対象を西本君だけにして、内容は……そうだな、"僕の命令には従うことが当たり前"でいこうか」 「はぁ!?」 「あと"口調は貴族令嬢を倣ったものにして、中井哲也のことはご主人様と呼ぶ"ことを常識にしてみよう」 「ふ、ふざけないでっ……!!秋人くん、こんなやつの言うとおりになんてなっちゃダメだよ!」  怒りを露わにする宮下さん。対して、わたくしの感情は不思議と波揺れないままでした。 「じゃあさっそくだけど西本君、そこの今にも殴りかかってきそうな宮下さんを、羽交い締めにしておいてくれ」 「──はい、かしこまりました。ご主人様」  ご主人様にそう命令されて、わたくしは指示通り宮下さんのお体を拘束します。 「ちょ、秋人くん!?ダメだってば!それは改変された常識なんだってっ!!」 「は、はい?ど、どちらが改変されたものなのでしょうか?」  わたくしが常識改変の対象下にあることに疑問の余地はありません。けれど、今、自分が当然だと思い込んでいるもののどれが改変されたもので、どれが改変されていないものなのか、わたくしには区別がつきません。だってわたくしにとって、すべてが常識に則った行為で……。 「羽交い締めっ!中井くんの命令に従わないといけないなんて常識が、あるわけないでしょ!?」 「そ、そんなはずはありません。わたくしがご主人様のご命令に従うのは当然のことで……あ、分かりました宮下さん!あなたは"ご主人様のご命令に従う必要はない"という常識を植え付けられてしまったのでしょう。ご主人様!宮下さんを常識改変から解放してくださいませ!」 「ちがう!ちがうんだって!お願い、気づいて秋人くん……!」  いよいよ脱力し、その瞳に涙を溜め込む宮下さんを見て、わたくしはいよいよ怒り心頭に発しました。 「なんてこと……!ご主人様、どうかご容赦を!」 「わかったわかった。今解除するよ」  ……。  ……。  ……あれ? 「……あ、わたくし、じゃ、ない……おれ、俺、は……」  その場にへたり込む宮下を前にして、けれど彼女を気遣ってやれるほどの余裕は、もはや今の俺になかった。  息をするように、自然と改変された常識通りの行動をしていた先ほどまでの自分に吐き気を催した。これではまるで、中井の操り人形ではないか。 「他にも、君たちの意識そのものを現実改変に合わせてあげることもできるよ?」 「ま、待てごしゅじ…中井っ!!」 「君たちだけオフにしていたスイッチを、オンにしてみせよう。色々あって疲れただろうし、"偽りの世界で"一休みしておいで」  暗転していく視界。  そして俺が、次に目にした光景は── その3 ↓ https://tsfnowana.fanbox.cc/posts/6548024


Related Creators