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孔明の罠
孔明の罠

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TS病患者の記憶を呼び覚ます方法が雌奴隷化だと俺だけが知っている

『TS病患者の記憶を呼び覚ます方法が雌奴隷化だと俺だけが知っている』  『TS病』という身体が女体化してしまう病気が世間に周知されてから、もうしばらく経つ。  当初はなんの先例もなく、朝、目が覚めたら男が女に変わっているこの摩訶不思議な現象を医学的に解明することは困難に思えた。が、最先端を行く研究者の弛まぬ努力が実を結び、今では自然的突発的な性転換にも一応の原理が確認されている。  もっとも、この病気の症状は身体が性転換するというだけではなかった。  患者はTS病の罹患前、すなわち男だった頃のエピソード記憶を、漏れなく失ってしまうのだ。  日常的な言語や生活習慣などに影響はないのだが、例えば仲の良かった女子に告白され、あるいは交際していた過去の出来事などを、女性となった彼女らは思い出すことはない。  みな、自らの身体を視認し、自らを女性であると当然に定義づけ、そのように振舞い、そのような生活を始める。  無論、細かな部分に目を向ければ、例えばブラジャーの着脱に苦戦したり、無意識に男子トイレへと足を進めたり等、女でいることに不慣れであり、男でいた頃の名残を見せる。そういった患者も少なくはなかった。  が、そう日を置かずに彼女らは女性として定着していく。それはアイデンティティの意味においても、またジェンダー的な意味においても同様だった。遅かれ早かれ、そのセクシャルに順応して、不自由なく新たな人生を歩み出す。  では、当人がTS病を抵抗なく受け入れるのであれば、そこになんら波風の立つところはないか。その病気を問題視する必要などないのだろうか。  答えは否。  言わずもがな、周囲の人間は彼女らが男だったことを覚えている。男であった患者たちを、男とみなして人間関係を構築してきた者たちがたしかに存在するのだ。  それは男子水泳の未来を担うと嘱望されていた患者のコーチであったり、女性ファンを数多く虜にした国民的男性アイドルのマネージャーであったり、新婚ほやほやで幸せの頂点にいた新妻であったり、ともあれ、患者を男に戻してほしい、せめて記憶だけでも取り戻させてほしいと懇願してくる関係者も、俺の元には少なからず訪れてくる。  身体を男に戻すという話であれば、実際問題それは可能だ。けれど、まったく以前とそのままに戻すことなど、現代医学では不可能に等しい。  性転換手術を用いたとして、ホルモンバランスの乱れに死ぬまで苦しめられることになるし、自然に構築されたその子宮を取り除いたとして、かつての精巣が返ってくるわけじゃない。  健康的に見て、罹患後のありのままの性を受け入れることが、記憶を持たない彼女らにとって一番の幸せであるというのが一般論となった。幸か不幸か、TS病によって女体化すると容姿が端麗になり、総じてアイドルや女優顔負けの美貌が備わるといった事実も、その論を後押ししていた。人間、見た目が良ければそれだけでかなりのステータスになる。とはいえ、それを最も評価する存在がかつての同性である男たちなのだという事実は、なんとも皮肉に感じてしまうが。  と、ここまではあくまで第三者の目線に立った場合の話。当人の意見などなんら表に現れていない。誤解のないように注釈すると、ここで言う当人とは、TS病発症前の彼女ら、すなわち男としての自意識と記憶を持った患者たちのことだ。  発症前の、本来の彼女らの意識を便宜"彼ら"としよう。そして俺が投げかける問題は、患者の将来…女性として生きていくのか、そうするとして、どのような人生を歩むのか。その岐路に立つ彼女らを前にして"彼ら"を蚊帳の外に置くことが、はたしてどれだけ非人道的なことなのかという、もっともらしい道徳の話だ。  ところで、この流れに呆れた者もいるのではないだろうか。「"彼ら"の意見こそ、記憶を失っているために確認のしようもないだろう」と、俺を小馬鹿にした者が、いくらか存在することだろう。  結論から言うと、それを確認することは可能だ。"彼ら"を呼び覚ますことが、俺にはできるのだ。その方法をただひとり、俺だけが知っている。  そして、この治療を受けて、"彼ら"に自らの将来の選択を委ねると、全員が決まってこのように言う。 『私は、女でいることにします。男には戻りません』  そしてそのセリフを、病気に歪んだ"彼ら"を聞いて、俺はほくそ笑むのだ。  俺は何も、善意で"彼ら"の意思を尊重しようなどと提言して、記憶を取り戻させているのではない。  これは"彼ら"のお墨付きによって無責任に私欲の限りを満たそうという、汚れた新米医師の話だ。 ××× 「優樹の…息子の記憶を取り戻すことが、本当に可能なんですか?」  今日もまた、TS病患者の問診だ。母親は主体的になって病気を調べ上げ、そしてこの病気の第一人者である俺の元へと辿り着いたらしい。  当の本人は発症間もない現状にまだ戸惑いを隠せないようで、俺とのやりとりも主に母親が受け答えをする形となっていた。 「ええ、可能です。そちらの優樹さんに10日ほどご入院いただけましたら、元の記憶を取り戻せるはずですよ」  俺がそう説明をすると、母親は喜びで目尻に涙を浮かべた。  その日のうちに息子の入院が決まった。  明日から10日間、彼女はこの一般病棟の離れにある特殊病棟で生活をしてもらうことになる。 「……上崎優樹。16歳。元々は野球部のエースピッチャー。荒々しい性格をしていたが、男の友人は多い。現在の身長は7cm縮んで159cm。体重はマイナス6kgで52kg。バストがアンダー75のEカップ。ウエスト65cm。ヒップ87cm、か」  俺はTS病に精通する医者のひとりで、これまで日本国内の罹患者、その大半をこの目で診てきた。が、上崎優樹はとんでもない逸材だった。  上崎優樹はかつて俺をその美貌で狂わせた"初めてのTS病患者"に勝るとも劣らない魅力を備えていた。 「……」  発症前の青年だった彼と、現在の彼女とを写真で見比べる。  短く切り揃えられていた男らしい短髪は、ボリュームを増したなんてレベルでなく伸び切っていた。  前髪は自然な流しが施され、横髪は彼女の端正な輪郭の小顔をなぞるように整えられ、そして後ろ髪はその華奢になった撫で肩に沿って一度膨らみ、それから肩甲骨の辺りまでさらりとした毛先がすとんと垂れる。まるで女子として手入れを欠かしてこなかったかのように艶やかで、絹糸を思わせるその黒髪は濡羽色と称して差し支えなく、浮かぶ天使の輪は見る者に清廉な印象を与える。  撮影にあたって無表情でいる彼女のその顔は、しかし一目で分かるほどの"性"を確立していた。  ぱっちりとした大きな瞳。それらを彩る萌え立った睫毛。細く弧を描く弓形の眉。形のいい鼻梁。その下、染みひとつない透き通るような白い肌に浮かぶのは薄紅に色づく瑞々しい唇。  服越しにも判然とする女性らしいプロポーション。大きな胸とお尻の膨らみ。それらに反して内側に絞られた女性らしい括れが、彼女を男に見せることを絶対に許さない。  下半身に目を向ければ、股関節の付け根から現れるのは当然彼女の両脚だ。それらもまた野球少年の面影など霧散し、筋肉が削ぎ落とされ、代わりに脂肪を蓄えるようになっていた彼女の両腕と同様に逞しさが鳴りを潜めて、女子ならではの柔らかな印象を覗かせる、曲線的でいてすらりとした、男を惹きつける美脚にされていた。  その姿は、鍛え抜かれたかつての男体とまるで重なり合うことはなく、とても女の子女の子していた。 「……くくっ」  まったく、これで笑えないわけがない。  彼女がこれから"俺の物"になるという現実に、俺は内心小躍りしていた。 「おい、いるか?」 「はい、先生」  そして俺は同室にちょうど居合わせていた助手に声を掛け、上崎優樹の処置に対しての段取りを進めていくのだった。 「お前の後輩になる女だ。俺がお前にしてやったみたいに、お前もしっかり面倒を見てやれ」 「はい、お任せください。先生」  部屋の端に立つその女は、俺と結婚しているわけではない。交際すらしていない。  だというのに、異性の俺を前にして、"全裸で"澄ました顔をしていた。  倫理もなにもあったものではない。だが、これが今の彼女の存在理由なのだ。  俺の高笑いが、室内に響いた。 ×××  上崎優樹の入院当日、診察室で行儀よく座る彼女と向かい合った俺は、とりあえず形ばかりの診察から始めることにした。 「さて、上崎優樹さん」 「は、はい」  緊張しているのだろうか。名前を呼ばれて少しどもってしまっている。 「まず、今の時点で自分の性別に違和感はあるかな?」  俺がそう問いかけると、彼女は眉をへにゃりと曲げて、顔をやや俯きがちにして話し始めた。 「発症してすぐのうちは、漠然と自分は男の子だなって意識でいて……一人称も、『俺』だったんです」 「うん」 「でも、この姿になった自分を鏡で見てから、なんというか、頭の中にあるスイッチが切り替わったみたいに、男の子としての意識に違和感が出てきて……」 「続けて」 「そうなってからは、もう自分の身体が女子のものになってることに、あんまり抵抗とかなくなっちゃって……私、男の子だった頃の記憶だってないし、こんな身体だから自分が元々女の子じゃなかったなんて信じられないって気もして……とりあえず今は、自分は男の子なんだっていう感覚と、自分は女なんだっていう実感とが併存してる、みたいな?」 「TS病の患者さんは、みんなそんな感じだね」  彼女の身なりに改めて目を向ける。前髪はヘアピンで留められていて、後ろ髪はゴムでまとめてポニーテールになっている。本来の上崎優樹であれば取ることのなかったであろう髪型だ。  服装は燕脂色をした薄生地のTシャツに膝丈まである白のチノパンと味気ない。自前の物でなるべく男らしくならないよう、ユニセックスになる組み合わせを選んだのかもしれない。 「まあ、そんなところです」  彼女は最後に苦笑を浮かべてそう締めくくった。  その後もいくつかの質問に答えてもらった。そして、TS病に精通する俺の所感としては、 「まずまず、良好だね」  前例から見て、俺は上崎優樹のカルテに概ね満足していた。  それならば、そろそろ本題に進んでいこうじゃないか。 「ちなみに、ブラジャーはしているのかな?」 「……へ?」  室内にしばしの沈黙。 「君のその大きな胸に、ブラジャーはされてあるのかな?」  きっとそんな質問をされるだなんて予想だにしていなかったのだろう。女心も芽生えつつある彼女はさながら羞恥心を隠そうとする年頃の女子みたく頬を赤らめ、目線を泳がせて、さりげなく両腕で胸を隠すようにしながら、上目遣いにこう返してきた。 「そ、それは診療に必要なお話なんでしょうか?」 「もちろん」 「……え、えーっと……」 「……あー、もうめんどい」 「へ?……きゃっ!?」  そんな戸惑う上崎優樹を焦ったく思い、俺は有無を言わさず彼女の双丘を両手で揉みしだくことにした。 「せせ、先生!?な、なにをして……」  椅子から飛び上がり後ずさる上崎優樹。突然の出来事に理解が追いつかないといった様子だ。 「上崎さんの胸を揉んだだけだけど?」 「そ、それは……い、いったい何の目的で……?」 「俺の、性欲を満たすため」 ×××  TS病患者は性別の転換後、漏れなく類い稀なる美貌を兼ね備える。  俺も医者である前にひとりの男だ。あの日、突如として現れたその珍妙な症例が気にも留まらないほど、俺は初めて目にした患者の女性に心を奪われてしまった。  そして、過ちを犯した。  彼女を特別棟に監禁し、俺は欲望の限りを尽くした。  医者として、人として終わろうとも、後悔はないと思った。それだけ彼女の容姿は、元男だなんてとても信じられないほどに、同性の中でも群を抜いていた。テレビの向こうのアイドルや女優でだって、彼女には及ばないとさえ思えた。  音もない、光もない空間に、彼女を閉じ込めた。せめてこの特別棟にいるうちは俺の命令を聞くしかない。彼女にそう思わせるため、歯向かえば鞭を、従えば飴を与えた。そして、しおらしくなっていくその様は、一層俺の下腹部を疼かせた。  珠のように綺麗な乳房を嬲った。汚れを知らない処女膜を破った。彼女が口を開けば俺は男根を押し当て、彼女にフェラを促した。彼女が絶頂に果てその体をくたびれさせても、俺は振る腰を止めなかった。  そして、俺にとって最大の、最高の転機が訪れる。 『……あれ?俺は、いったい……』  もはや何を命令しようが従順で、言わずとも俺への服従を自ら口にする彼女が、何の前触れもなく、その記憶を取り戻したのだ。  自分が何者だったのか。  本当の名前。出自。経歴。  大学を出て大手企業への就職を果たした彼は、間もなく恋人と籍を入れるという幸せの絶頂にあった。交際相手の女性とは長年の付き合いで、甲斐甲斐しく、お洒落で可愛い、絵に描いたような理想の彼女だったらしい。  そんな男としてこの上のない記憶を取り戻した彼女が、かつての環境への復帰を望むことは、自明の理といって差し支えない。 『俺は………………いえ、私は……♡』  けれど彼女から発せられた言葉は、俺の想像した展開をいい意味で裏切った。 『私はもう、先生の雌奴隷です。男の人だったかつての私には、もう戻りません♡』  媚びるような甘い声音を使いこなし、取り戻した記憶との訣別を誓って、率先して俺への奉仕を続ける彼女を見て、俺の脳裏に突拍子のない閃きが走った。  記憶を取り戻してなお、男としての尊厳を捨て、俺みたいな人間に尽くそうだなんて、そんな上手い話があるものだろうか。  俺も医者の端くれ。専門ではないが、心理学的な理論に基づいて相手に言うことを聞かせることがまったく不可能というわけではない。  ただ、それにしたって俺がこの短い監禁期間の内に彼女に施したそれはお粗末なものでしかなかった。いわゆるマインドコントロールといった類の芸当は、俺には到底不可能なのだ。  だから実際、ことが終われば監獄生活を迎える覚悟が俺にはあったし、患者が記憶を取り戻したとあっては、それはなおさらのことのはずだった。  けれど。  けれどもし、TS病患者がその記憶喪失故の精神不安定と突発的な性転換を切っ掛けにしたホルモンバランス異常を原因に、外部からの精神的な干渉に影響されやすくなっていたとしたら。  そしてそれらが俺の生温い調教による"雌奴隷化"というアイデンティティの確立により落ち着くことで、本来の記憶が引き出されやすくなったのだとしたら。  ーー男としての記憶を取り戻すためには"雌"に堕ちる必要があって、けれど"雌"に堕ちた頃には男としての"自我"は、もはや意味を成さなくなっている。  荒唐無稽の仮説だった。  だが、もしこれを正とするのであれば、俺は監獄行きどころか、男の栄華を極めることだってできてしまう。  記憶を取り戻さないと男には戻れないし、記憶を取り戻しても雌奴隷化を避けられない。それは患者にとって、完全なデッドロック状態を意味する。つまり、すべてが医者である俺の思いのままだと、そういう話になるではないか。  現に、目の前の彼女は記憶を取り戻した上で、俺に完全服従を示している。その目に、その言葉に、嘘偽りは感じられない。  "彼"と相反する自らの性を受け入れて、恍惚とした表情で…雌の顔を浮かべながら、ひくつかせたその股間を俺の肉棒にあてがいに来るその様を見て、思う。 『まったく、とんでもない話だな』  ついこぼれた俺の独り言に、彼女がその顔を上げた。艶かしい微笑を浮かべながらも、俺の言葉の意図が読めないようでその眉を困惑で緩く歪めていた。  情事を前に爛々と輝いた瞳。汗に濡れた額に張りつく綺麗な前髪。唇には俺の精液がこびりつく。 『本当に、とんでもない』  TS病患者の記憶を呼び覚ます方法が雌奴隷化だと、俺だけが知っているなんて。 ××× 「俺の、性欲を満たすため」  羞恥に顔を赤らめながら、上崎優樹は揉まれる胸を守るべく俺の腕を両手で掴んで引き剥がそうと試みる。  けれど俺の指先がその双丘を揉みしだけば、彼女はたちまち「んっ……」と甘い吐息を漏らしてその抵抗を弱めてしまう。  そして、噛み合わない自らの意思と身体の反応とに、ただ呆然と立ち尽くす。あるいは、経験したことのない未知の快感を受けて、恐怖を抱いてさえいるのかもしれない。 「けどな、それで正しいんだ」  心身ともに女であると自覚させる。そのために彼女は女の役割を、そして俺は男の役割を演じるのだ。  ぐいと彼女の体を引き寄せ、その唇を奪う。頬は強張り、肢体は拒絶を訴えかけてくる。けれど、なんとも弱々しい。  少しずつ女としてのアイデンティティが、彼女の奥深くに根を張っていく。自らが男であることを心で、体で、本能で拒めるほどに、彼女を"雌"に堕としていく。  互いの唾液に湿らせた唇を引き離せば、惚けた彼女と目があう。その瞬間、彼女は我を取り戻したかのように表情を引き締め、そして口を開いた。 「こ、こんなことして……ふ、不祥事になりますよ!?私、絶対に許しませんよ!?は、はやくここから帰してください!!」  体をくたりとさせながら、彼女は威勢よくそう吠えた。 「いや、君に告発なんてできない……君は俺を許すことになるし、君の帰るべき場所はここになる」  そんな彼女に顔色ひとつ変えず、俺はそう言い切ってやる。  多くのTS病患者が、上崎優樹の未来を証明しているのだ。彼女がもう俺の手元から離れることはないという実験結果が、覆るなどありえない。 「だから紹介しておこう。彼女は君の先輩になる人だ」  部屋のドアが開かれる。ひとりの女性が、部屋に足を踏み入れた。  人気のない特別病棟に現れた彼女は、この世のものとは思えない美貌を湛えて、病院のナース服を着ていた。 「あ、あのっ!!助けてください!私、先生に襲われて、それで……」  第一声に助けを乞う上崎優樹。同性の大人ということもあり、訪れた人物が無条件に自分の味方をしてくれると思ったのだろう。下衆な暴漢からいたいけな女子高生を救ってくれるに違いないと、信じて疑っていないのだろう。 「……え?」  だからきっと、そんな救世主に被害者の自分が羽交い締めにされている現実を理解することに、幾ばくかの時間を要したことも仕方のないことだった。 「ちょっ、お姉さん!違う!私じゃなくって……!」 「紹介しよう」  もがく上崎優樹、その目前にまで顔を寄せてやり、俺は煽るようにして現実を突きつけた。 「彼女が最初のTS病患者"だった"者だ。ーー今は、俺の"雌奴隷"をしている」  今の彼女に病気という縛りは沿わない。なんといっても、彼女は本心から女でいることを望み、俺に服従し、男の自分を未練なく捨てて、雌奴隷として日々を幸せに生きているのだから。  そしてそんな彼女と俺との過去話を余すところなく披露してやる。上崎優樹は、ただ呆然としていた。  TS病にまつわる全てを話し終えると、上崎優樹は独り言のように呟いた。 「雌奴隷……あなたも、私と同じで男の人だった……?」 「ええ、そうよ」  純粋に疑問だったのだろう。顔立ちも髪型も装いも、女性としか映らない。そこに男を見出せる者は、この世に存在しないだろう。  そしてそんな彼女が、自分と同じ元男で、雌奴隷だなんて立場に身を落としていることに同意したというその事実は、同じ症状をその身に抱えた上崎優樹にとって決して他人事ではない。 「私みたいな目に、あなたも遭わされたんですか?」 「ええ、そう」  彼女の返答に、上崎優樹は逸った。 「なら!あなたも一緒に私と逃げ……」 「だからあなたも」  なにか事情があるに違いない。脅されているのかもしれない。  奴隷という非道徳的なワードを聞けば、きっと誰しもがそのように考えることだろう。実際、それは上崎優樹も例外ではなかった。 「だからあなたも、安心して堕ちなさい」  ただ、俺らを取り巻くTS病という事情ただ一点だけが、通例から大きく逸脱していたのだ。  彼女の冷酷な声音とその意味するところを前に、上崎優樹も状況をようやく理解したようだ。今、自分を捕縛し続けている女は明らかに敵であり、そして未来の自分かもしれないのだということに。 「そ、そんなのって……いくらお医者さんにだって、む、無理ですよ……他人を操るだなんてこと、できっこないです」  強がりを言う彼女の声は、しかし震えを隠せないでいた。  俺が一歩近づく。すると彼女は体をビクつかせ、拘束から逃れようと懸命にその身を捩り出す。 「そ、そもそもわた…お、俺、男なんですよ?いいのかよ先生。ほ、ホモっていうんだぞ、それ。先生は、男の人が好きなの?」  苦し紛れの屁理屈には取り合わない。  脇にあったメスを手に取り、無言で上崎優樹の衣服を引き裂いていく。怯えきった彼女は体を震わすのみで、暴力的な抵抗を見せることはなかった。 「上崎優樹。お前は、女だ」 「お、男の子だもん……だから」  迷いを感じさせる応答。続く言葉は、俺が引き継ぐことにする。 「だからじゃない。こうして俺とまぐわうことになっているんだ。なら、お前は女でしかいられないだろう」  お互いに裸体を曝け出した男と女。することといえば、もはや自明の理。  上崎優樹は青ざめた。歯をカタカタと震わせながら、 「や、やだやだ。やめてってば!私、男の子なんだってばっ……!」  その整った顔を歪ませて、俺との情事を必死に拒もうとする。  けれど俺は構わず、彼女の女体に手を伸ばした。 「ちょっ、そこ触ったら……んっ……」  自己を確立しきれていないTS病患者にとって、エクスタシーの効き目は抜群だ。感度も高い傾向にあり、懐柔することは造作もない。  大きく膨らんだふたつの乳房、その輪郭をなぞるようにして指先で優しく刺激を与えていく。先端に浮き立つ桜色の突起を、摘んで弾いて弄ぶ。 「っ〜〜!」  嫌悪とも羞恥とも、恍惚とも言い表せる彼女の表情が、俺の嗜虐心を大いに焚き付けた。  ぐいとその女体を引き寄せ、全身で彼女の温もりを感じ取る。俺の平らな胸部に押し当たった彼女の形のいい乳房が、柔らかく歪み接地に合った象りを見せる。 「だ、だめ……」  有無を言わさず、俺は唇を重ねた。拒否反応を示しこそしたものの、彼女は瞳を閉じて無抵抗に俺を受け入れた。TS病患者は、俺に抗う術なんて持たない。 「んむぅっ……」  あどけなさを残しながらも憂いを帯びた彼女の顔はどことなく芸術を感じさせ、それを汚せることに俺の股間は一層疼いた。 「……ん、ふぅ……っ……」  唇を伝い彼女の口内へと侵入した俺の舌先が這いずり回るその度に、嬌声に代わって漏れ出る彼女の吐息が俺の鼻孔をくすぐってくる。  手持ち無沙汰の両腕は彼女の背中へと回して、体同士をより密着させたり、その敏感な柔肌をさすってやったりして、俺という存在を彼女の意識に押し当て続けた。 「ぷはっ……」  1分ほど掛けて彼女との接吻を堪能し、顔を離した頃には、彼女の表情はだいぶ蕩けきっていた。  少し距離を置いてやる。すると彼女はぼんやりしながら口元に手をやり、その指先で自らの唇を確かめるように軽く撫でた。つい先ほどの一幕を思い返しているらしかった。 「……って、いやいやっ!」  不意に我に返って、首をぶんぶんと振り回す。そして紅潮し切った顔を上げ、似つかわしくもない締まった表情を見せて、キッと睨みつけてきた。 「女の子のファーストキスを無理やり奪うとか、最低です!奴隷だとかにされたって、私、絶対に訴えますから!!」 「さっきは自分のこと、男だって言ってなかったか?」  俺がそうおちょくってみせると、上崎優樹は殺気をみなぎらせながら目つきを一層鋭くした。けれどそんな愛らしい顔でいくら鬼の形相を見せつけられたところで、大して怖くないということに気づいてほしい。 「っ……」  と、次の瞬間、上崎優樹は踵を返して病室の出口へと駆け出した。  どうやら根性はそこそこあるらしい。ここまでやれば、大体の患者からはもう『逃げる』という選択肢がなくなるものなのだが……伊達に元野球部エースというわけでもなさそうだ。  が、 「まだ処置は完了していませんよ、上崎優樹さん」  俺の優秀な助手が彼女の前に立ちはだかり、あっという間に再びの羽交い締めを決めた。 「っ……ほんっとに、この人は先生の言いなりなんだ……!」 「私は、先生の雌奴隷ですから」  一縷の望みを賭けた脱走だったのかもしれないが、あっけなくそれは防がれた。 「この後に及んで希望を捨て切れていないあたりが惨めだな」  あるいは、よっぽど女に堕ちるということを本能が拒絶しているのかもしれない。 「……まあ、あまりもったいぶってもよくない。そろそろ、本番といこうじゃないか」  なにせ先ほどから俺のあそこはギンギンに昂っている。男から見て極上の女子高生が手中に収まっているのだから、焦らされ続けるのは好ましいことではない。  俺の気持ちと身体は、これからする行為を望んでいる。そして彼女の身体もまた、準備万端なのが目に見えている。その乳首は目に見えてピンと張り、性器は愛液を太ももに垂らし続けている。  上崎優樹の本心がどうあろうと、TS病患者である以上、なす術なく俺の性欲に蹂躙される運命にある。これから身をもって、彼女はそれを味わうのだ。  そして全てが終わった暁には、その心さえも屈服し、自ら俺の雌奴隷でいることを望むことになる。 「あまりもがくようなら、薬物の投与だって可能だしな」  駄目押しを続ける。 「本当はもう気づいているんだろう?こんな状況で、好きでもない男にされるがままの自分を想像して、なのに身体が火照って仕方ないんだろう?」  俺が上崎優樹の目の前に立つと、助手が拘束を解いた。彼女はもう、逃げる素振りを見せなかった。  代わりに、残されていたほんのわずかなプライドだけを口にして。 「……私の身体を好きにできたって、心までは奪わせない」  そして、脇にあるベッドに押し倒された。彼女はもはやTS病に…乱れに乱れた自己同一性と、脳に溢れて止まない女性ホルモンとに、支配されかけているのだ。 「記憶が戻ったら、男の私が絶対に、あなたに復讐するから」  今にも快楽をねだりそうな雌の顔で、彼女はそう言い切ってみせた。  静謐な室内に時おり響くのは生々しい喘ぎ声。綺麗なソプラノの声を悦楽に濁らせ、けれどそこに負の感情を匂わせることはまるでない。  自ら腰を振る。持ち合わせていたはずの肉棒はその股間部から消失し、むしろそれを請い求めるべき存在へと変わった。反面、自身が差し出すのは対になる一筋の溝。肉棒を受け入れ、互いに快楽をもたらす作りをこしらえて、性の営みを歓待している。  先ほどまでの強気な態度とは打って変わって媚びるように俺の顔色を窺い、その身体をくねらせ、自慢の双丘を押し当て、脚を絡ませて俺との情事にしがみつく。 「どうした?さっきまであれだけ俺を敵視していたというのに」 「っ!……ゆ、許せないけど、今はこうするしかないのっ……」  形のいい眉を歪ませる彼女の口角は引き上がっていて、そのセリフから説得力を削ぎ落としていた。 「お、落ち着いたりゃんっ……あっ、あっ……ぜ、絶対に後悔っ……さ、させてぇっ、みせるんだからぁっ……!」  俺が腰を前方に突き出す度、彼女は身体をビクつかせ、頬を緩めながら悪態をついてくる。 「……なるほど。では落ち着けばこれほどの醜態は晒さない、と?」  なので俺は一度動きを止めて、彼女にそう問いかけた。 「……え?先生……?」  そんな俺の様子に、上崎優樹は動揺していた。いや、不満そうにしていた。 「ど、どうして突然やめちゃうの……?」  甘えた声で、物欲しそうにそう呟いた。けれどすぐに自らの発言の意味するところに気づいて、彼女は慌ててその口を両手で塞いだ。 「いわゆるお預けってやつだな」  むっと、彼女は悔しがるように唇を引き結んだ。 「これを、お前が堕ちるまで続けよう」 「っ……!!」 「果てる寸前までその身体を昂らせておいて、だが1番はお預けだ。お前が完全に身も心も雌に堕ちて、自ら俺にねだりに来るまで、お前のその疼きに疼いた情欲はやり場を失い続けるんだ」 「……」 「なぁに、時間ならまだいくらでもある。そのための入院期間だ。じっくりといこうじゃないか。幸い、ウチには腕のいい助手もいるしな」 「はい。先生がいらっしゃらない間は、私が上崎さんのお相手をしますので、どうかご心配なく」 「…………」 「……どうした?上崎優樹?」 「…………え、えへへ……あは……」  どうやら、放心状態にあるらしい。 「やれやれ、仕方がないな」  こうなってしまっては、身体で直接コミュニケーションを取るしかないだろう。  身体は正直なのだ。快楽というこの上ない刺激を与えてやれば、またすぐこの地獄のような現実に彼女の精神も戻ってくることだろう。 「さあ、馬鹿な現実逃避をしてないで、治療に戻るぞ上崎優樹。そしてお前は、俺の雌奴隷になるんだ」  明かりの届かない密閉された空間。誰もいない。何の音も聞こえない。扉の隙間から差し入れられる朝昼夜の食事は簡素な病院食で、当然娯楽の類なんて一切ない。  ただひとつ、生物の本能を倫理の枷から外して得られる快楽のみが、彼女を人たらしめるに至った。  完全に社会から遮断された人間の精神は脆い。そんな環境に身を置く者が己に差し向けられた手を振り払うことなんてできない。  例えそれが、そうなる元凶となった人間の手であったとしても、自らの身体を求められてしまえば、それに応えてしまうのだ。そうなるほどに、病は醸成され切っていた。  濡れ場の後始末を助手に任せて部屋を出る。俺と上崎優樹は、お互いに火照り止まないままの身体で、浴室へと向かった。ともすれば第二ラウンドが始まるかもしれないが、それは間違いなくお互いにとって望むところだろう。 「これからは私、上崎優樹をお好きなようにお使いくださいね。先生」  彼女の表情は悦びに満ちていた。瞳は濁り切っていた。はっきりとした声で、彼女は自らの意思を紡いだ。 「先生……私は、女でいることにします。男には戻りません……先生の雌奴隷として、お側に置かせてください♡」  人としての尊厳を蹂躙され、記憶を取り戻してもなお、上崎優樹は俺に従うほかないのだ。  それが、TS病患者の運命というものなのだから。 ×××  目が覚めると、よく分からない場所にいた。  作業用のデスクにデュアルモニター。隣には医学書の山が並んでいて、どうやら診察室らしかった。体調不良で倒れて病院に搬送されていた、とかではなさそうだ。  ただ、自分がこの場所にいることが不思議に思えてならなかった。 「俺は、いったい……」  何の気なしにそう呟いて、ふたつの疑問が浮かび上がった。  自分の声は、これほどまでに甲高いものだっただろうか。 「あー、あー。俺、俺…………"俺"?」  そして、この一人称。妙に愛着のあるそれは、しかし"自分の性別と馴染まない"。 「っと、危ない」  転びかけて気づいた。  眠りに就く前の自分は、なぜこんなにもダボついた白衣を着ていたのか。 「……」  分からないが、尿意を催したのでとりあえずトイレへと向かうことにした。  寝ぼけ眼を擦りながら、トイレに足を踏み入れる。すると先客がいて、目が合った。  彼は開口一番にこう言った。 「あの、お嬢さん。ここ、男子トイレなんだけどな」 「え?……あ、す、すみません?」  たしかにここは男子トイレだ。俺が入るのはいけない。けれど、俺は男子トイレだと認識した上で、こちらを選んだ。こちらに進んで当たり前だという謎の習慣が俺の身体に染み付いているみたいだった。  中年の男性に謝罪をして、それから俺は隣り合ったもうひとつの入り口に進む。なんとなく罪悪感があって、同時に自分のいるべき場所だという安心感も湧いてくる。そんな相容れないふたつの感覚に蓋をして、早足に個室へと飛び込んだ。  ドアに鍵を掛けてから、まずは白衣を脱ぐことにした。あまりの大きさに立っていても膝まで届きかけるこの上着は便座に座るのにちょっと邪魔すぎる。  するとその下から白い無地のシャツが姿を現した。真っ先に目についたのは、小さく胸部を盛り上げるふたつの膨らみだ。それらが自分に備わっていて、思うところがひとつある。 「どうして、ブラしてないんだっけ?」  思ったことは、たったそれだけだった。 「まあいいや」  ズボンを下ろすと、男物らしいパンツが顔を覗かせた。これはトランクスといっただろうか。なぜ、自分がこんなものを履いているのか、理解に苦しむ。 「……」  自分のことが、よく分からない。いったいどういう状況に置かれて、俺はこんな格好をしていたのだろう。 「……と、ヤバい。漏れちゃう」  けれど考えるのは後回しだ。今はこの尿意を処理することが最優先。  パンツの両端に指をかけ、ずり下ろす。そこには当然、男としての象徴など存在していなかった。 「……なんなんだ、この違和感は……んっ」  言い切る前に、下腹部がその解放感に反応を示した。  排泄物が溢れ出す。 「……へ、変な感じ、する……?」  それは誰しもが当たり前に行う生理現象だった。だというのに、まるで初めてそれを経験したかのように思えてならなかった。 「……ふ、拭かなきゃ、だよな……?」  恐る恐る、手に取ったトイレットペーパーを自らの秘部へと当てる。そして、さすった。 「ひゃっ……!?」  ゾクゾクと、身体を迸る何か。思わず背筋を反らせて、得体の知れない刺激に耐え切る。 「もう、なんなんだよ……」  そう悪態づいて、俺はそそくさとトイレを後にした。  とりあえず先ほど目覚めた室内に戻ると、2人の女性が俺を出迎えるように立ち並んでいた。  ふたりとも、とんでもない美人さんだった。アイドルや女優の人だろうか。 「やはりこの方が、先生……」  女子高生ほどの見た目をした人が、そう呟いた。 「どうしましょう先輩」  そして疑問を投げた先には、もうひとりの女性。 「どうするもなにも、私たちは先生の雌奴隷……かつての先生のご意志を尊重して、この方には先生に成り代わってもらう他ありません」  戸惑う女子高生とは反して、彼女のその目に迷いはなかった。  ともあれ、なにやらふたりは相談中のようだが、俺自身の状況もあまり放っておいていいものではない。一言断ってから、ふたりの会話に割って入った。 「えっと、あの、俺、ちょっと記憶が曖昧で……お姉さん方は、ひょっとして俺のことを知ってるんですか?」  すると、女性は当然といった風に頷いた。 「ええ、もちろん」  その一言に俺は安堵した。自分の身辺が把握できていないというのは気が落ち着かない。知り合いがいてくれるのであれば、なにか進展するところがあるだろう。 「あなたはこの病院で、お医者様をされていました。そして、私たちはそんなあなたの雌奴隷です」 「………………はい?」 「TS病は感染しないと思われていたけれど、おそらく相当数の患者と性行為をすることで例外的に病気が移るものなのでしょう。まあ、その辺りの詳細は先生がお記憶を取り戻されてから、自らご研究なさればよろしいかと」 「ちょ、ちょっと待ってください。俺が、TS病?え?」  雌奴隷?TS病?まったく理解が追いつかない。  ところがそんなこちらの反応など気にも留めず、彼女はひとりで話を進めていく。 「ーーというわけで、私たちは先生の雌奴隷として、元のあなたを呼び覚ます義務があります。なので」 「……え?」  ふと、背後に気配を感じた。振り返ると、そこには女子高生の人。俺の体を拘束して離さない。 「まず先生には、私たちの雌奴隷に堕ちていただきましょう」  かつての記憶を取り戻した"私"の、新しい幸せの毎日が始まる。


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