"魅了"と"共鳴"
Added 2023-07-09 11:16:13 +0000 UTC世界各地で息を潜めていた魔族たちの台頭から早数年。 歴史的に見ればわずかな期間の出来事だっただろう。だが、今を生きる俺たちにとってその年月を経て失ったものはあまりにも大きかった。 「……けど、それもここまでだ」 眼前に見据えるは魔族の王城。すなわち魔王城だ。 「……」 ここに、すべての元凶がいる。勇者である俺が、絶対に、この手で、やつを殺してみせる。 そう思うと気が奮い立ち、俺は半ば無意識に拳を握りしめていた。 「逸ってはいけませんよ、ユウマ」 俺を窘めるような、それでいて思いやりを感じさせる柔らかな声音。 「……カイナ」 声の主はカイナ。王族特有の眩い金髪を腰まで伸ばし、その細身に装飾の控えめな高位の白い衣服を纏った儚げな顔立ちの少女だ。 この国の王女にして魔に耐性のある聖女たる彼女は、齢16にして数々の死闘を持ち前の魔法で支え続けてくれた。そしてそれは、精神的な部分でも例外じゃない。俺の頼れる仲間のひとりだ。 「気負うなよユウマ。死ぬ時は一緒だ」 野太い声を発して俺の隣に並ぶのはウォレス。20代前半という若さだが、俺たちの中では最年長。ガタイがよく少々荒々しい性格をしている。 男の勲章だと言わんばかりにその強靭な体に刻み込まれた傷跡の数々から見て取れるように、このパーティのタンク役だ。旅の前はカイナの護衛役を任されていたらしい。 「ダメですよウォレス。貴方のセリフは軽々しいのです」 ウォレスのそれは、きっと俺の様子を見て肩の力を抜いてもらおうと口にした言葉なんだろうが、生真面目で仲間想いなカイナにとっては縁起でもなく、聞き捨てならなかったらしい。 「す、すみませんカイナ様」 「まったくもう……」 と、そんないつも通りのふたりを見ていたら、体にのしかかっていた重さが消えていたことに気づいた。 「……ふたりとも、心配かけてすまない。こんなに頼れる仲間がいるんだ。魔王との戦いだって、なんとかなるに決まってる!」 「お、珍しく雑なまとめ方するじゃねえか!けど、嫌いじゃないぜそーいうの!」 「ふふっ、いつものお顔に戻られましたね」 足を進める。1分後の俺たちは、もう魔王城の中にいる。 そして明日の俺たちは、全員無事に魔王を倒して、きっと笑顔で帰路に就いていることだろう。 このときは俺たちの誰しもが、そう信じて疑っていなかった。 ××× 「よく来たな。勇者一派よ」 道中、強敵を4人屠り、そしてついに魔王の元へとたどり着いた。 「……こいつが、魔王?」 第一印象は、幾ばくか拍子抜けだった。 たしかに強大な魔力と禍々しさを兼ね合わせた生命体ではある。身長は2mを優に超え、体格も人間より一回り大きい。当然、魔族なので角と尻尾が生えている。 けれど、これが俺たちを散々苦しめてきた親玉? 「ユウマ」 背中から小声が聞こえた。カイナだ。 「油断、ダメです」 「……ああ、悪い」 まったく、年齢で言ったら俺とそう変わらないはずなのに、彼女は本当に聡明だ。 なにか特殊な小細工があるかもしれない。持てる力をすべて振り絞り、覚悟を持って全力で挑もう。 「この城で貴様らに立ちはだかった4人の魔族は我が魔王軍の四天王。すなわち最高戦力であった。あいつらが消えた今、貴様らの討たんとする魔族は、もはやただひとりのみ」 ぺらぺらとよく喋る魔王だ。けれど、残る魔族は目の前の魔王だけということが確認できたことはありがたい。 「なら、御託はいい。すぐに終わらせてやる」 抜き身を剣を魔王へと向け、俺は開戦を告げた。 が、 「そう急くな。我は貴様らを歓迎しているのだ……特に、そこの聖女をな」 王座から立ち上がる素振りさえ見せず、魔王は不意にカイナへとその指を向けた。 「……へ?私?」 「四天王を滅した今、聖女の力はこの上なく高まっているはず。これまでに鍛え上げてきた聖なる魔力が、人智を越えた高みに昇り詰めているはず」 「っ!ウォレス!!」 本当に、本当に一瞬のことだった。瞬く暇すらなく、カイナを守ろうと一歩踏み出したウォレスと、呪文の阻止に斬り掛かった俺とを置き去りに、一筋の光がカイナを……カイナの瞳を、貫いた。 「……あ……う……?」 「カイナっ!!」 「構うな!!斬り殺してこい!!」 踵を返しカイナの元に寄ろうとする俺を、ウォレスが制止した。 「いってこい!勇者っ!!!」 「……はあああぁぁっ!!!」 距離を詰める。目下には因縁の魔王。 俺とやつを隔てるものは空気の他にない。 幾度となく振り上げてきた自慢の剣。洗練された剣技を、より一層、この上なく精緻に、託された全ての想いを乗せて── 「………………これは」 それは、見慣れた障壁だった。魔族から繰り出される数々の魔法から俺たちの身を、数え切れないほどに守り続けてきてくれた、"カイナの防御魔法"だった。 「なんでそれが、俺の剣から、魔王を……」 守って、いるんだ……? 静寂の最中、徐にコツコツと響く足音。 振り返ると、魔王の一撃を受けて倒れていたはずのカイナが、こちらに歩みを進めていた。 「カ、カイナ……?」 ーー無事だったんだな。この魔法はお前がやったのか。なぜ後衛のお前が、こちらに近づいてきている。 いくつか浮かんだ尋ねるべき疑問の中で、真っ先に俺の口から飛び出したのは、 「その目は、どうしたんだよ……?」 "魅了"と呼ばれる魔法が存在する。邪悪な魔力を保有する魔族のみが使用できる、人間の女性を魔族の虜にできる催眠魔法だ。 この魔法は魔族にとって特別高難度の技術が求められるものではないらしく、中位の者であれば習得が可能なものだと言われている。そのため、魔族の討伐には実力のある女性冒険者もあまり登用されていないという実情がある。 このように説明すると人類にとって中々に厄介な魔法にも思える"魅了"だが、とある欠点が2つ存在する。 ひとつ目は、その魔法が"世界でたった1人にしか効果を及ぼさない"ということ。つまり、仮に魔族Aが"魅了"によってある女性を堕としている間、魔族Aは他の女性に"魅了"を用いることができないし、さらに既存の使用者ではない魔族Bさえもその魔法は使えなくなる。 そしてふたつ目は、"人類側にとっては最高戦力の一角を成す聖女に通用しない"ということ。聖女はその内に聖法気を宿し、魔族の放つ精神に作用する魔法を無効化できる。これに関しては実際、俺たちは旅の途中で敵に放たれた"魅了"をカイナが無効化しているのを何度か確認している。 つまり、本来であれば警戒するに値しない魔法であるのだ。 だというのに、今、カイナがその瞳に浮かべているハートを象った紋様は、誰がどう見ても"魅了"の発現そのもので……。 「お、おい。カイナ」 その名を呼ばれ振り返り、淑やかな微笑みを浮かべるカイナ。 ──そんなカイナが、俺にとっては当たり前だった。 今、目の前の彼女は俯き、俺の掛けた言葉に何ら反応することなく、自ら魔王の横に立ち、聖女の杖をこちらへと向けてきた。 「我が配下を用いて、聖女に"魅了"は効かないと、貴様らにはそう思い込ませてきたのだ。貴様らが旅の最中に目にしてきた魔族は、"魅了"を放った振りをした者たちだ」 すると、カイナから掛けてもらっていた身体強化の魔法が解かれた。それは魔王と対峙する俺たちにとって、決してあってはならない愚行そのもの。 「"魅了"が効くとなれば、危険を鑑み、聖女を魔王討伐の旅には同行させなかっただろう。さすれば聖女は籠に飼い殺される小鳥と同じ。その才を高め、人類に比類なき聖女とは成り得なかった」 逆に、魔王には解除されたものと同じ魔法が掛けられた。その間、特に魔王の指示もなく、カイナが自発的に行動していることが見て取れた。 「そこで、かねてより偽りの情報を貴様らに流し入れていたのだ……"聖女に魅了は通じない"?馬鹿め。聖女とて所詮ひとりの女に過ぎん。それを貴様らは身勝手に神格化し、強みの道理が解明されないままに頼り倒そうとしていたのだ」 そして、カイナは魔王より一歩前に出て、 「我は望んでいた。我の元にたどり着くほどの極みに昇り詰めた聖女を、我が傘下に加えたいとな。回りくどいやり方にはなったが、結果は見ての通り、上々といえよう……さあ聖女よ。我ら魔族に歯向かう愚かな人間に、貴様の身分を申してみよ」 俯いていたその顔が持ち上がると、これまでの彼女と変わらない、生気を湛えた表情を覗かせた。そして、こう言ったのだ。 「私はカイナ。聖女にして、魔王様に忠誠を誓う魔族の尖兵です」 淡々とそう告げるカイナの口角はしかし柔らかく上がっていて、自身に魅了を掛けた魔王に仕えることの喜びを滲ませているかのようだった。 「私たち魔王軍に手出しをするのであれば、貴方にだって容赦はしません」 俺との、人類との明確な敵対宣言。あのカイナから言われるなんて、人生というものはどう転ぶか分からないものだ。 絶望は隣り合わせだった。聖女の離反によって敵の戦力は大幅に増し、こちらの戦力はガタ落ちだ。魔王と聖女を相手に、俺とウォレスではまず勝ち目がない。 なんとか隙を突いて魔王を先に殺してしまえば、それでカイナへの"魅了"は解けるが、あのカイナが魔王のバックアップに回っている以上、そんな甘い可能性は皆無と言えるだろう。 「……しょぼくれてんじゃねぇぞ!ユウマ!!」 「っ……ウォレス……でも……」 「でもじゃねえんだ!いいか!?今この場で、一番しんどい思いをしてんのは、カイナ様なんだぞっ!?」 「ッ……!」 「親の仇の言いなりにされて、仲間の俺たちと戦わされる羽目になってるカイナ様の心中を察すれば、オレたちが諦めんのは早すぎるだろっ……!!」 「ウォレス……」 ……。 ……。 ……そうだ。そうだな。その通りだ。 「私、しんどいどころか、今とっても幸せですけれど?」 そんな俺たちの熱意に水を差しながら、カイナが手元の杖を構えた。 俺も、剣を構える。 覚悟はとうに決まっていたはずだろう。たとえこの命が尽きても、魔王と共倒れになったとしても、カイナの……俺たち人類の悲願を果たすんだ!! と、そのときだった。沈黙を守っていた魔王が、不意にカイナに制止の手を向けた。 「……逸るな聖女」 「魔王様……?」 困惑を浮かべるカイナ。主人を害する敵を前に、その主人から戦闘を止められるとは思ってもいなかったのだろう。 「我は可能であれば、貴様だけでなく……」 短く間を置いて、魔王がその目に据えたのは、俺。 「我は、そこの勇者も手にしたいと考えている」 「……人好きな魔王様だな、おい」 昔読んだ物語だっただろうか。登場人物の魔王が勇者との戦いを前に『貴様は殺すに惜しい。どうだ?我が元に来ないか勇者。さすれば、世界の半分をくれてやろう』なんてセリフを吐いていた。まさかそれに似た状況に未来の自分が直面するとは思いもしていなかったが。 「よく聞け魔王。俺は例え全世界を差し出されようが、お前を殺すぞ」 さあ。話はここまでだ。一刻も早く、"魅了"されたカイナを元に戻してやらないといけない。 「それは困ったな……さて、何か良い案はないか?聖女よ」 「魔王様、でしたらこのような方法はいかがでしょう」 カイナが背伸びをし、魔王の耳元に顔を寄せる。唇を動かす。少しすると魔王は手を叩き、醜く笑みを浮かべた。 「では見せてもらおうか、聖女。人類を守るべく身につけたその力で、我に人類を掌握させるその瞬間をな」 「はっ」 カイナが詠唱を始めた。が、これだけ長く旅を共にしてきたというのに、漏れ聞こえるその詠唱には、まるで聞き馴染みがなかった。 「なにが来るか分からない……とにかく詠唱を止めるぞウォレス!」 「おうっ!!」 「させん」 しかし気づけば、カイナとの間には魔王が立ちはだかっていた。 「くっ……」 俺たちが3対1で挑んでも苦戦を強いられる力量がこいつにはある。ましてや時間稼ぎに専念されてしまったら、どれだけ長い詠唱を唱えていようと、その中断は間に合わない。 「魔王様、準備が整いました」 「よし、見せてみろ。聖女よ」 「──"トランス・セクシャレーション"」 いよいよカイナの杖から光線が放たれる。それは魔王と切り結ぶ俺を閃光の如き速さで貫いて、そして── 「…………なんとも、ない?」 体に穴でも空くのかと思いきや、魔法を受けた俺に痛みや衝撃が訪れることはなかった。 「……いや、声の調子がどこかおかしいような……」 顎を引き喉元に手をやる。さすってみると、さらりとしたきめ細かな肌質が触感に現れる。 わずかな違和感。だが、これだけであれば、さして気にすることもなかった。 「首が、細く……?」 首の口径が感覚に合わない。さらに、男であれば誰しもが備えているはずの喉仏、その角張りが行方不明だ。 「……って、なんだこれ。髪……?」 視界の脇に、薄く覆い被さるものが垂れてきた。それはどうやら髪の毛のようで、絹糸のように繊細で、艶やかで、奇しくも俺の地毛と同じ黒髪をしていた。 「……っ!?」 そんな横髪らしきものの垂れ下がる先に、上半身に、より厳密に言えば胸部に、俺は奇妙な膨らみを認めた。 左右に揃って服の内からこんもりと盛り上がったそれらは、まるで女性の有する乳房のようにも見える。いや、そうにしか見えなかった。 「……おいおい、ユウマ」 ウォレスは驚愕といった言葉をそのまま表情に浮かべたような様子で、 「お前、女になってねえか……?」 現状の俺にとって、最も妥当性の高い事実を口にした。 ××× 「魔王様、魔法は成功いたしました」 どうやらカイナの唱えていた魔法は、対象の性別を変えてしまう効果なようで、そのため俺は女になってしまったらしかった。 ブカブカとした装備から察するに体格も相応に変わってしまっていて、そのくせ胸と臀部は窮屈で仕方ない。 全体的に細身になり、脚や腕も同年代の女子と大差ない見た目にされてしまっている。 「……」 が、幸いなことに筋力にそこまでの弱体化はないらしく、振り慣れた剣は感覚通りに扱えるし、瞬発力にもそこまで影響はなさそうだ。 「俺をひ弱な女に変えて屈服させようって魂胆だったか?残念だったな。多少は動きにくくなったが、これなら全然問題なーー」 「早とちりなさらないでください」 カイナが俺の言葉を遮る。 「……以前、私が"共鳴"という魔法をお見せしたこと、覚えていますか?」 唐突にそう聞かれ、問いかけの意図を察せないまま、けれど俺は答えた。 「……自分の精神状態を他の人にも共有させる魔法、だったか?」 旅の道中に寄った村で魔族によって錯乱状態にあった女性がいて、そんな彼女にカイナの穏やかな精神状態を共有することで心の平穏を取り戻させたことがあった。 軍が乱れた時に活用できそうだなんて俺が軽口を叩いたら、女性にしか効き目がないんだと返されたのを覚えている。 「ご名答です」 「つまり、どういう……っ」 "魅了"は本来たったひとりにしか効果を及ぼさない。 しかし、"魅了"の及んだ女性が、別の女性を"共鳴"させた場合はどうなる? "共鳴"は本来女性にしか効果を及ぼさない。 しかし、"女性"にさせられた俺は、その対象に含まれているのでは? 今、カイナの精神状態は"魅了"に侵されている。 そんな彼女が"共鳴"を、俺に使うとどうなるか。 ──否。それどころの話ではない。 『"共鳴"は消費魔力が非常に少ないので、全世界の女性にまで対象を広げることだって可能なのです』 あのときカイナが話していたことが本当であれば、被害は俺どころか……。 「ウォレスっ!!今すぐ俺から死ぬ気で逃げろっ!!!」 「?な、なにを言って……」 「これから世界中の女が──」 「──"共鳴"」 ドクン。 カイナの一言を聞くが早いか、自分の鼓動が不自然に高鳴るのを感じた。 「──っあ……」 「お、おい?ユウマ?」 「……いっ、いいかウォレス!よく聞け……ッ!」 脳内を掻き乱され、決してあるはずのなかった感情が混ぜ込められていく感覚。 「女の人たちから、とにかくッ……逃げ……」 それは俺たち人間の持つべき倫理観から最も乖離した異物で、けれど"共鳴"が、カイナの想いが、それを心に馴染ませてくる。 「ぜ、絶対……捕まら、ないように……」 俺は。 俺は、魔王を、殺しにきたのだ。 「……しないと」 あの憎き魔王を。そして、カイナを取り戻さないと── 「──いけない"はずなのに"、なぁ」 だけど、そんな感情、魔王"様"への忠誠と比べたら瑣末なものだ。 「ユ、ユウマ。お前……」 瞳に魔王様のご意志が宿るのを感じた。きっと今の俺のこの両目には、カイナと同じ紋様が浮かび上がっていることだろう。 「さすがカイナだ。まさかこんな方法で、俺を手中に収めるだなんてな」 「私は魔王様の"魅了"に、及ばずながらの支援を施しただけです」 「……ほう。上手くいったようだな、聖女よ」 俺たちの様子をご覧になられてから、魔王様はこちらへと歩み寄ってきた。 当然、俺は膝を地につけ、恭しく首を垂れた。 「ご安心ください。さらに人類の全ての女性にも、私の"共鳴"は恙無く発揮されております」 俺の対応とカイナの言葉に、魔王様はいたくご満悦。そんなご様子を前にして、俺の胸中も充足感で満たされた。 「さて、勇者よ。貴様は先ほど、決して我に屈することなく、あまつさえ我を弑するなどという大言を吐いたな?」 魔王様のご指摘に、俺はこう答えるしかなかった。 「大変申し訳ございません。先ほどまでの俺は、醜く穢れたヒトの雄でございました……カイナと魔王様の手解きを受け、こうして貴方を主人に仰いだ今、俺の愚行、非礼は死してなお詫び足りないものと悔悟してもしきれません」 そして頭を地面に擦り付ける。今の俺には、他に誠意や忠誠を示す術がない。あとの処遇は、魔王様のご判断に委ねるのみ。 けれど、次の瞬間にこの命を刈り取られようとも、俺は笑顔であの世へと向かえるだろう。 それは"魅了"を受けることで、死の直前とはいえ魔王様の崇高な御心を垣間見ることができたこと。武器を降ろし、人類と訣別し、カイナと共に魔王様を主人と仰げたこと。俺の生涯に、これほど誇らしいことはない。 「顔を上げよ、勇者」 けれど、そんな覚悟を決めていた俺に、あろうことか魔王様はその御手を差し伸べられた。 「これまで散々我が同胞を滅してきたのだ。その分、魔族復興に尽力せよ」 「……身命を賭して、必ず」 こうして、俺たち勇者一向の魔王様討伐は叶わず、人類はそう日を置かずに魔王様率いる俺たち魔王軍に支配されることとなった。 なにも彼らを絶滅させたわけじゃない。そもそも、魔族にとってヒトの生み出す恐怖の感情は食糧みたいなものだ。生きていく上で共存は欠かせない。 そこで大きな役割を果たしたのが、カイナの"共鳴"だった。 俺が"共鳴"を受けて"魅了"に掛かったのと同様に、ヒトの女性は今や漏れなく全員魔王様の言いなりだ。そのため、彼女たちに男性との離別を指示することで、人類を二分することに成功した。 居酒屋の看板娘は男を同族として扱わず、もう決して媚びることはない。 仲の良かった幼馴染の男女、その一方は魔族のためにのみ粉骨砕身。他方は死と隣り合わせの過労を余儀なくされていた。 恋人同士だった若者たちは、これまで築き上げてきた関係が嘘だったかのように出会う機会を無くし、けれど女性側は晴れやかな表情を浮かべ活気付いていた。 仲睦まじい家庭を築き幸せそうにしていた父親は、その妻と娘にゴミのように家を追い出され、今やそこは家族団欒の場ではなく、魔族たちの集会場として利用されていた。 聖女であるカイナを筆頭に優秀な女性は人類統治の指揮監督を任されている。今やヒトの男は家畜も同然の状態だ。 もっとも、男女が結ばれず、その人口を減らされてしまっては魔族にとって死活問題。 この件に関しても、カイナの知見が役に立った。 長期的なスケジュールを定め、こちらで指定した男女には性行為をさせ、管理した通りに子を孕ませる。女性は当然カイナの発令に従順であったし、男には拒否権などない。現状、人類の人口施策は滞りなく順調だ。 ちなみに、生まれた子供が男子であれば魔族に対する恐怖心を損なわない程度に奴隷教育を施し、女子であれば、言わずもがな"魅了"と"共鳴"の支配が及ぶ。 階級として見れば中流と下流。今さらだが、魔王様に必要とされ、男であったにも関わらず女に変えていただいた俺は幸せ者だろう。 ××× 週に一度、男女問わず人類に魔族への忠誠を誓わせる国事行為を執り行っている。人類側の代表として、私は式辞に臨んだ。 女性たちは皆一様に意欲的な姿勢を見せている。一方、男たちは絶望を噛み締めるような、蒼白な表情を浮かべていた。 ふと、集団の一角に列の乱れを見つける。 近づいてみると、どうやら男がかつて恋仲だった女性と接触を図っているらしかった。 「頼む!目を覚ましてくれっ……!!」 そう叫びながら女性に抱きつこうとした男に対して、当の彼女は両腕で彼の胸元を突き返した。 「醜い男。ほんと、どうして私はあなたなんかと恋仲でいたのかしら……あっ、ユウマ様!」 「えっ!?」 様子を伺う私に気づいた女性が、私の名前を口にした。 それを聞いて、男は体を震え上がらせる。 「ひっ……す、すんません!すぐ、仕事に戻りま……」 「──必要ないわ」 言うが早いか、私は一刀の元にその男を斬り捨てた。 「このような蛮行、私の目が黒いうちはその命を持って償う他ない。貴方たちも、肝に銘じておきなさい」 ××× 「──貴方たちも、肝に銘じておきなさい」 鈴の鳴るような可憐な声音に不釣り合いな、ドスの効いた冷酷な言葉。 勇者として人々を救い続けてきたその腕前は衰えることなく、けれど矛先はもはや真逆に向かっていた。 魔族に忠誠を誓い、魔王の右腕として、女として人々を地獄の底へと叩き落とすその姿は、瞬く間に俺たち男の中で恐怖の対象として認識されるようになっていった。 その男……いや、その女の名前はユウマ。魔王討伐に命を賭けた、俺のかつての仲間だった勇者だ。 国事行為を終えて、向かうは街の宿屋。 寝泊まりをするわけじゃない。カイナ様の出した人類の人口を維持するための交配政策に、今日は俺、ウォレスが選ばれているのだ。 魔王にカイナ様とユウマが操られてしまったあの日、俺は為す術なく2人に捕らわれ、永続する弱体化の魔法を受けてしまった。 世の男たちに、もはや魔王に対抗する手段は残されていない。それは無論弱体化のことでもあるし、なにより人類の希望とも言えた聖女と勇者がいないどころか、あちら側に離反してさえいるからだ。付け加えて言うのであれば、人類の全女性も、俺たちにとって敵に変わった。 家畜同然の日々に、心はやつれ切っていた。 宿に着き、指定された部屋に入ると、俺の子を孕むべき相手がベッドに座って待っていた。彼女の装いはネグリジェとでも言い表せばいいのか、透かせば素肌が映り込んでしまいそうな薄い生地に、胸元が大きく露出されたもの。男と居合わせるには、あまりにも背徳的なものだった。 この国では珍しい黒髪を腰元まで伸ばし、前髪を柔らかく掻き分けるその様は淑女の印象を俺に与える。 立ち上がると、彼女の程よく引き締まるすらりとした美脚が目に入る。臀部は出産を見据えた女性特有の大きさがあって、男のものではあり得ない。 同時に、その胸に携えた乳房が揺れた。あまり見かけることのないほど、たわわに実った乳房が、薄生地の衣服をこれでもかと持ち上げる。数瞬遅れて、それらの頂点で桜色の突起が控えめな自己主張をしていることに気づいた。 身長は160cmを超えるかどうか、やや細身にも見えるが女性らしい曲線は十分に兼ね備えていて、とても魅力的な美少女に映った。 と、そこで気づいた。 今日の俺の相手、それはまさか……。 「……あ」 彼女が顔を上げた。 透明感のある色白の肌に浮かび上がる一際鮮やかな桜色の唇は瑞々しく、見る者の目を惹きつけて止まない。 鼻立ちは高すぎも低すぎもせず、けれどよく整っているように見える。 小ぶりな顔に反した大きな瞳は愛らしさを醸し出し、けれどその中心にはハート状の艶美な紋様が映し出されている。 「ウォレス、貴方の相手は私よ」 どことなくかつての面影を匂わせながらも、まごうことなき美少女になったユウマが、俺の相手だった。 「……」 心が壊れていくのを感じた。 もう、考えることが面倒になった。 主君を守ることができず、その御息女、さらには旅を共にした勇者までもが敵の手に落ちた。 なにひとつ喜びのない絶望の毎日、ただ生きながらえるだけの死んだも同然の人間。 「さあ、さっそく始めましょうか。魔王様のために、ね」 これから始める性行為。そこに"生"を感じることが、どれだけ倫理に悖ることか。 かつての仲間の変わり果てたその姿に欲情し、男の欲望をぶつけることが、恥晒しでなくてなんなのだ。 「私のナカに、たっぷりと出していきなさい」 それを頭では理解できていてなお、俺の右手は彼女へと向かった。 惜しげなく晒されたユウマの裸体は、改めて男たり得ないもの。 自らの性を誇張するかのように膨らんだ大きな胸。反して股間は虚空を見せて、対となる存在を充てがわれるため、一筋の溝が設けられている。 かつての逞しかった肉体はその面影を失い、華奢で、柔和で、男を惹きつけ、求め受け入れるものへと姿を変えた。 「……ん」 その胸を弄れば、媚びるような嬌声が漏れた。 けれどその声に男との愛情なんて含まれていないことは、その瞳を見れば明らかだった。 きっとユウマは今でも心の内で抗っているに違いない。 ──カイナを、みんなを元に戻せ! ──魔王に侍るなど死んだ方がマシだ! ──俺は男だ。男と性交だなんて、絶対にありえない! けれど今、人類の女は漏れなく魔王の魅了下にあり、魔王のためにだけ存在し……そしてユウマもこうして、望んで俺と男女の営みに励んでいる。 なら。 「……う、くっ……気持ちがいい……気持ちがいいぞ、ユウマっ!」 これまでのすべてを捨て去って、俺は今この瞬間、男として満たされることにした。 彼女のその妖艶な微笑みは、おそらく俺に向けられたものではない。ここにはいない、魔王に向けられたものだと理解している。 ユウマという個人の尊厳など既になく、目の前の彼女はかつて殺し合う関係にあった存在のために、自らをその道具とすることを本懐としていた。 腰を振る。汗に濡れ、ユウマの前髪は額に張り付いていた。くねらせた女体も、揺れ動く乳房もどこか挑発的で俺の一物は彼女の身体を一層欲した。 「ようやく吹っ切れたみたいね……いいのよ、それでいいの。これでようやく、私の中の邪魔な私も、静かになってくれるわよね?」 なにやらぶつぶつと独り言を呟くユウマだったが、そんなことに意識を割いている余裕なんてなかった。 「私は魔王様に忠誠を誓った、元勇者のユウマ。魔族の方々に女としての人生を捧げ、かつての過ちに報いるの」 突き出し、引き戻し。けれど、ひとつになった俺たちの身体が、離れていくことは決してなかった。 「ほら。私の身体、彼に…男にやられて、こんなにもきもちよくなってるの。男と唇を重ね合わせて、大きな胸をなぶられて、股間に男根を受け入れて、中に出されそうな今をこんなにも悦んでいる。愛液に溢れてる……これが女じゃないのなら、なんだっていうの?」 次第に早まる腰の動きに、どちらともなく漏れ出る嬌声。 「ふふっ、嘘は良くないわ。貴女も感じているはずよ……だって貴女は、私なんだから」 なにも考えられない。なにも考えたくない。今はただ、この気持ちよさに身を委ねるだけでいたい。 「ねえ、貴女は何者?」 彼女の独り言と、頬を伝った一筋の雫に、俺はついぞ目を向けることはなかった。 人類が真に敗北を喫したのが、その瞬間だったということにさえ、俺は気づけずにいた。
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もっとTSF作品が増えますように
wzhmokoi
2023-07-10 08:52:41 +0000 UTC