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孔明の罠
孔明の罠

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庇われた俺の女子高生活 その1

『非常に怪しい学校だ。細心の注意を払って潜入してくれ』  つい先日、政府御用達の諜報員である俺たちに与えられた新たな任務は、聖立学院という宗教色の強い中高一貫校への潜入捜査だった。  転校生の振りをして学内に潜入し、頃合いを見て機密情報を探索、さらに洗脳教育が施されていると思われる学生数名と直接コンタクトを図り問題の程度を把握すること。それが今回の任務内容になる。  以前から黒い噂が絶えない宗教系学校法人。他国要人の介入や不自然な情報統制などもあり、問題が明るみに出たことはこれまで一度もなかったが、いよいよその尻尾を掴めると思うと一スパイとして俄然気合が入る。  とりわけ今回俺のバディになる後輩の山下智樹にとって、彼の母親は意図せず組織と関係をもってしまったがためにその思想を大きく歪まされ、歳の離れた妹をその中等部へと転校させたり山下や彼の父親と絶縁し家庭崩壊を起こしたりと、詳細は省くがスパイ活動にあたって1番その担当になることを熱望していた案件だったから、山下のポーカーフェイスの裏にある感情は想像に難くない。  ……ただ、 「……やっぱりこれはないんじゃないか?」 「仕方ないでしょう。潜入先が女子校なんですから」  ただ、俺こと西本雅史と山下はお互いに男だ。20代も中盤に差し掛かろうというのに女装をして女子高生の振りまでしようというのだから、この時点で中々にしんどいところがあった。 「うち唯一の女性は他の任務で出払ってたし、適任が僕らしかいなかったんだから我慢するしかありませんよ」  実際、俺も山下もわりと中性的な見た目をしているし、変装も普通にしていればバレないくらいの見た目に仕上がってはいるのだが、これからしばらくこの状態で学園生活に溶け込むのだと考えたらブルーにもなる。 「ま、僕らの腕なら2週間もあれば余裕じゃないですか?少しの辛抱ですよ」  そんな物分かりのいい後輩の言葉で無理やりに自分を納得させて、俺は校門を潜る彼の後へと続いた。 ××× 「〇〇高校から来ました西本雅美です。これからよろしくお願いします」  転校生として簡単な挨拶を済ませ、指定された席に着く。声は特注の変声機があるため、抜かりなく女声を出せている。ちなみに名前は元のを少し弄ったものだ。  がやがやと話し声であふれる教室。一応聞き耳を立ててみる。 「なんかカッコいい子だねー」 「可愛いというよりは綺麗みたいな、王子様感あるよね」 「身長わりと大きいしね」  近年の女装メイク技術は凄まじいもので、特に俺を男だと疑うような反応はなさそうだった。 「はい皆さん。新しいお友達が気になるのは分かりますが、"授業を始めますよ"」 「「はい、先生」」 「……」  と、安心したその直後だった。  唖然とした。だってそうだろう。教師の一声を受けた途端、まるで訓練された兵隊みたく一糸乱れない応答を生徒たちがしてみせ、教室が静まり返ったのだから。 (普通、そんなことあるか?)  可能か不可能かでいえば、まあ可能なんだろうけれど。ただ、生徒の全員が全員それほど行儀がいいならば、全国の教師たちは統率に苦労していないだろう。  隣の席の子を盗み見る。さきほどまで明るく談笑していた彼女の唇は真一文字に結ばれていて、その無表情には感情というものがまるで見られない。 (……これは、クロだな)  早々に異常が垣間見え、俺は改めて気を引き締めながら、指示された教科書のページを開いた。 ×××  放課後、クラスメイトたちの質問攻めもようやく収まり、教室にはただ俺ひとりが残されていた。 「先輩、この学校当たりですね」  その声に振り返ると、山下が教室に入ってきていた。 「……俺らの接触は連中の不審を招かないか?」 「心細い転校生同士、仲良くしましょうよ雅美先輩」 「やかましいぞ、智香」 「うげ、先輩にそう呼ばれると鳥肌が……」  くだらない冗談を適当に流し、俺はさっそく本題に入った。 「まず、生徒は間違いなく全員洗脳されている」  今日1日だけでこう断言できるほど、有り余る異常を目にした。 「教科書の内容からしてヤバかったですもんね。『母校を愛し恩師には従順であれ。我が校には慈愛を、我らを疎む輩には裁きを。貴女たちは決して自らを顧みず、みな我が校の礎となることを誇らしく思え』……しかもそんなふざけた教えに陶酔してる女子たちの様ときたら」 「洗脳教育の気持ち悪いところだな」  この学校の著名なOGにも日頃からなにかと隠蔽工作らしき活動が見受けられる。学生のうちに洗脳を施され、卒業後は裏で悪事に手を染めさせられているのだろう。 「ただ、ますます不思議なことがあるんですよね」 「異常の秘匿性だろ?」 「はい。これだけあからさまに怪しい教育をしてきたんなら、洗脳される前に誰かしらが暴露なりするはずでしょうし」 「出されて困る情報は学校側が即塗り潰して……にしても、洗脳が終わるまでこんなところに留まり続けた彼女らの意図が分からないな……それから」 「それから?」 「生徒の容姿が整いすぎている」 「……『うちのクラス、レベル高え!』的なやつですか?突然なに年頃の男子高校生みたいなことを」 「いや、お前のクラスがどうだったかは知らないが、こう揃いも揃って外見の良い女子ばかり集まっているのはさすがに不自然だろ」  茶化す山下に至って真面目にそう話すと、彼も表情にいくらか真剣みを取り戻して頷いた。 「いえ、先輩が軟派な発言をしてるのがおかしくてつい……たしかに、僕のクラスもそうでした。あれもなにかきな臭いものがありますね」  とにかく、分からないことをここで延々考え込んでいても意味がない。俺も帰り支度を済ませ、席を立つ。  ちょうどその時だった。 「ああ、よかった。まだ下校していなかったわね」  担任の野田教師が、額に汗を浮かべながら教室に入ってきた。 「先輩の担任ですか?」 「ああ、野田教師だ」  一応小声で情報を共有しておく。 「先生、どうかされたんですか?」  俺は先ほどまでの砕けた声音を改めて、外行きの女子高生になりきって彼女に話しかけた。 「あら、山下さんもご一緒だったの?それは都合がいいわ」  山下も、となると転校生への案内かなにかだろう。 「実はね、私たちの学校では入学した生徒の皆さんに、まず礼拝堂にある聖母像の前で牧師から教えを拝聴してもらうのよ」 「……なるほど。つまり私と西本さんはこの学校の儀礼をこなしていなかったから、それで先生は私たちを探していたんですね」 「話が早くて助かるわ、山下さん」  俺みたいな無宗派の感覚ではそんな儀礼のひとつやふたつのためにわざわざ血相を変えるなんていかにも馬鹿らしい。そもそも今日じゃなくたって明日にでもやればさして問題もないだろうに。 「私は別にこのあと用事があるわけでもないので、お伺いしますよ」 「私も問題ありません」  まあ、潜入先で無用な軋轢は避けたい。ここは学校の方針に従っておくことにしよう。  こうして山下と俺は野田教師に続いて礼拝堂へと向かうこととなった。 ×××  礼拝堂の外観はとても煌びやかなものだった。校舎も決して古びたものではなかったが、こちらを目にすると力の入れようが否応なしに判然としてしまう。  階段を登り薄暗い堂内に足を踏み入れる。静寂の中、俺たちの足音はやたらと物々しげに響いた。 「デカ……大きいですね」  眼前の聖母像は20mはあろうかという高さで、その壮観ぶりに思わず俺は本心をこぼした。 「ちなみに私が牧師なのだけれど、まあ説教は堅苦しい話でもないから適当に聞き流してくれて構わないわ。その後に1分ほどこの聖母像に跪いていてくれたら、それで今日はおしまいよ」  そう朗らかに言われ、俺は肩の力を抜いて野田教師の説教を聞くことにした。内容は相変わらずこの学校特有の気持ち悪いものだったが、あまり感情的になるとスパイ活動に支障を来たす。この辺りは我慢のしどころだ。 「〜〜〜。……はい、それじゃあこちらで跪いて、両手を重ねてお祈りしていてください」  説教を手短に済ませてからそう言い残し、野田教師は席を外した。 「……僕としては、正直ポーズでもこんなことしたくないんですけどね」 「野田がいつ戻ってくるか分からない。お前の気持ちを尊重してやりたいのは山々だが」  山下は分かりやすくしかめっ面をしてみせてから、仕方なくといった感じでいかにも厳かな祈りを捧げる素振りをし出した。当然、俺も彼に続く。  静まり返った礼拝堂。俺は目を閉じ、特にすることもなかったのでこの任務の成功を祈願する……組織の壊滅を組織の偶像に願うとは、一体なんの冗談だろう。 (そろそろ指定の1分が経つころか)  野田教師の口ぶりから時間経過に関してはわりとルーズそうだったので、もう立ち上がっても構わないだろう。  と、俺が目を開けようとしたその時だった。 「先輩、危ないっ……!」  それはほんの一瞬の出来事だった。  目を開けると聖母像の臍あたりから俺たちに向かって光が差し込まれていた。山下は庇うように俺の前に立ち、一身にその光を浴びる。 「山下っ!!」  やがて光線は円状に膨らみ、俺たちを含めた一帯を覆い尽くし、そして数秒のうちに静まっていった。 (……今のは、いったい……)  周囲を見回してみるが、特に変わった様子はない。 「おい山下、だいじょう…ぶ……?」  とりあえず山下の無事を確認しようと、そう声を掛けて、違和感に気づいた。 「な、なんだ?俺の、声……?」  女子高生の振りをするため、俺たちは変声機を使用している。それは今も変わらないはず。  だというのに、今俺が発した声は、変声機に依存したものとは異なっていた。 「これは……」  機械を通さない俺の地声は今、なぜか女子相応のソプラノに響くのだ。  ……いや、それだけじゃない。 「山下」 「……はい、なんでしょう」  山下が応答した。声の異変はやはり山下も同様で、さらに加えて、彼の容姿は先ほどまでと異なったものになっていた。  地毛だった暗めの茶髪は違和感のない亜麻色に染まり、男としてはやや長いといった程度だった短髪は明らかに伸び、今では肩に触れるほどのセミロングになっていた。  さらにごわついていたはずのその質感は見るからにきめ細やかでさらりとしたものに変わり、薄暗い礼拝堂の中でさえ淡く照り輝き天使の輪までも浮かべている。  女装にあたって施されていた顔面のメイクは作り物にしてはやたらと自然に映り、ぱっちりと大きな瞳、萌え立つ睫毛、整った鼻梁、瑞々しい唇は本来の彼と打って変わった美少女ぶりに拍車をかけていた。  目立たないように衣服で上手くごまかしていた骨格は明らかに縮み込んでいて、全体的に細く丸っこく、成人男性ではもはやありえない体格になっている。袖口から覗く手首、さらに手指はしなやかでいかにも繊細そうな見た目になり、下半身に目を向けるとその場に呆然と女の子座りをする彼のはだけたスカートからは太ももが露出し、そこから締まりのいい、それでいて柔らかそうな質感に変わったすらりとした両脚の全体が確認できた。 「やま、した……?」  どことなく面影を残した、それでいてすっかり可愛らしくなってしまった山下に開いた口が塞がらない。  先ほどまでと変わらない箇所といえばせいぜい制服の胸元にあるふたつの膨らみくらいのものだった。 (……それだって、もしかしたら……)  自らの胸に手を当てる。内側に押し込んでみたり、手のひら全体で揉んでみたり。敏感なそれは服越しからでも弄られているのだと知覚し、その信号を脳に送り込んでくる。 (……)  それはこの膨らみが詰め物なんかではなく、自身の身体に備わった一器官であることを如実に表していた。  俺は唖然とした。このゆらゆらと俺の視界を遮る前髪も、背中に届かんばかりの後ろ髪も、頭皮に張りつき引っ張れば痛覚を宿していることを明らかにしてくる。喉をさすれば凹凸はなく、やはり声変わりの元は消失していたのだと気づいた。  おそらく山下と同様の変貌を遂げたのであろうこの身体。その最も変わっていてほしくない箇所に目を向ける。  表面に手をやる。指先、その力加減のままにスカートは形を変え、やがてそれは股関節に到達した。  俺の指先と股間の付け根を隔てるべきはずのものは、存在していないようだった。 (そんな、はずは……)  未練がましくスカートの筒から手を潜り込ませた。  男根に合わせてゆとりをもたせていたはずの女性用下着は、今や股間にぴっちりと張りつくものになっていた。指先を潜り込ませ、その最深部にたどり着く。 「あ……」  そこには、なにもなかった。  いや、正確に言えば、男を受け入れるための、女としての証明が存在していた。  隠毛の1本もない股間部、本来より甚だしく控えめに盛り上がったその中心にはなくなった一物の代わりにしては機能の相反する、差し込むでなく差し込まれる側と成り果てた一筋の溝が形成されていて、指先から受けた感触に過敏な反応を示し俺のおかしくなった身体をぞわりと震わせた。  必然、俺は混乱した。一瞬の間に自分が女になったのだから、混乱するなというのが無理な話だ。  ところが山下はというと、自らの変貌ぶりに関心ひとつなさそうに、無表情のまま徐に立ち上がり、そしてこう呟いたのだ。 「これで、本当の意味で聖立学院の生徒になれました……私たちは幸せ者ですね」 「……え?」 「それではさっそく野田先生にご報告に伺いましょう。政府が私たちの神聖な学校に諜報員を送り込ませていた事実、一刻も早く対策を練らないといけませんから」 「…………は?」  どういう、ことなんだ?  山下は自分の異変にまったく気づいていないのか?それに、俺たちの秘密を野田教師に暴露する? 「……まさか」  ひとつの仮説が脳裏をよぎった。荒唐無稽で非科学極まりないが……もしこれが正だとすれば、おおよその辻褄が合う。 「……山下、俺たちの素性、本当に野田教師に伝えるべきなのか?」  俺がそう尋ねると、彼は当然とばかりに即答した。 「それはそうでしょう。私たちはこの聖立学院に籍を置く敬虔な女生徒となったのです。であればこの心身はすべてこの学校のためにのみ存在し、自らを捧げより一層組織の発展を望むことこそが最上の喜び。先ほどまでの私たちであればいざ知らず、聖母様に洗脳していただけた今となっては、早急に事の顛末を報告し、この聖立学院に災いする連中への対策、その一助とならなければいけません……なぜそのような当然のことを今さら聞くのですか?」 「…………いや、大切なことだから、一応確認をと思って」  やはり俺の見立ては正しかった。できれば当たっていてほしくはなかったが。  おそらくあの聖母像が放った光には、照らされた人間を『この歪んだ学校に相応しい生徒へと作り変える』力が宿っていたのだ。  だから俺たちの身体は女子校に通う者として必然本物の女子になり、さらに洗脳のような影響を受け、山下は諜報員という本来の役割を捨て去ろうとしている。きっと今の彼にとってこの学校は絶対の忠誠を誓うべき存在で、その一生徒として本懐を果たすことが行動方針にされてしまっているのだ。 (あの光の効果が俺に完全に及び切らなかったのは、山下が俺を庇ってくれたからだな……)  洗脳教育なんて甘っちょろいものじゃなかった。この学校は超自然的な何かしらによって女生徒を洗脳し、ほしいままに彼女らを操る悪逆無道の組織だったのだ。 「洗礼は無事に済んだかしら?」  その声に振り返ると、野田教師が戻ってきていた。 「はい。それで野田先生、早速なのですがご報告したいことがあります」 「あら?なにかしら」  そして山下は、さも当然といったように、葛藤する素振りすら見せず自らの家庭を崩壊させた元凶の一味に利する情報を提供していく。 (……さて、どうする?)  潜入してみて分かったことだが、この学校のセキュリティは存外に厳しい。  キャンパスの出入りには門番の目を掻い潜らなければならないし、門の開閉には外出許可申請が電子的に受理されたICの学生証が必要だ。 (即この場から離脱、というのは得策じゃないな)  となると、ここは一度様子見しておくのが正解か。幸い、山下は俺が洗脳されていないことに気づいていないし、野田も俺のことを支配下に置けたと思い込んでいる。山下には悪いが、一旦はその思い込み通りに、すなわちこの学校に従順な女生徒になりすまし、機を見て脱出を企てるべきだろう。 (……そうだ、この手があるか)  山下が詳らかに素性を明かしている最中、俺はひとつの名案を閃いた。 「野田先生、ここは私たちを二重スパイとして使うべきではないでしょうか。私、この学校の皆さんに酷いことをしてしまいそうになって……せめてその罪滅ぼしとして、自分にできることならなんでも頑張りたいんです」  野田の質問に嘘偽りなく答えていく山下の話を適当に遮り、俺はそう口にした。  スマホは持ち込み不可だったし、寮には受話器も置かれていない。事態を報告することも救援を要請することも困難に近い。であれば、あえて政府相手にスパイとなることを申し出て、それを口実に撤退すればいい。  そこに山下も同行させれば、あとは向こうで無理やりにでも拘束なりして保護することだってできる。  俺たち諜報機関の情報や組織編成を細かく把握している山下をこの学校に置きっぱなしは危険極まりない。洗脳下にある以上、こいつはこの学校のためであれば俺たち諜報機関に対して持てる全てで抵抗を試みるだろう。なまじ優秀な人材のため、敵の勢力にされると面倒なことこの上ないのだ。 「西本さん、それは駄目ね」  しかし俺の提案は、悩む間も無く却下されてしまった。 「貴女達の女装もかなり上手くできていたけれど、さすがに男女の身体の違いは誤魔化しが利かないでしょう?人体実験されてから戻ってきましたなんて返せば、不祥事が明るみになってそれこそ本末転倒よ……あとね、人材が豊富な私たちといえど、ふたりのような経歴がある存在はそこそこ貴重なの。迂闊に用いて無くしたら惜しいわ」 「……了解しました」  ……となれば、残る手段は現状あれしかないか。 (生徒数人を他校と一時的に入れ替えて授業を行う『交換学生』制度)  生徒に様々な環境で学ぶ機会を与え、さらに学校間で連絡を取り教育の質の向上を図る名目のそれは、意外なことにこの学校でも導入されている。 (3ヶ月後に行われるそれに選ばれて、外部との接触を図る)  かなり不都合な状況ではあるが、それまでボロが出ないようになんとか耐え忍ぶしかないだろう。 「それにしても」  身の上の暴露が一段落したらしく、野田は雑談のような口調で山下に話し掛けていた。 「諜報員ってところにも驚いたけれど、貴女たちが元男だなんてねえ……会心の女装にすっかり騙されちゃったわ」  彼女は俺たちを矯めつ眇めつして、それから満足そうに頷いた。 「うん、今の姿の方が素敵ね。ふたりとも、聖母様に感謝するのよ?」 「はい、先生」  そして嬉しそうに返事をする山下。 「それだけ美少女で、しかもスパイとしての経験があるのなら、将来は要人たちに色仕掛けをする任務なんかも任せたりできそうね。ふたりとも、女磨きは怠らないこと。髪の毛や肌の手入れ、体型の維持も入念にね。ファッションセンスを高めたり女性としての作法をしっかりと身につけたりして、将来この学校に貢献できるような立派な女性になりなさい……それから」  不意に野田の手が伸びた。その先には山下の膨らんだ胸があり、そしてそれがふにゅりと揉まれた。 「こんなに大きな胸があって、利用しない手はありません。性奉仕も女性にとって大事だから、元男のふたりには抵抗があるかもしれないけれど、しっかり男性を相手に濡れれるよう、私がみっちりと教鞭を振るってあげますからね」  そう言ってほくそ笑む野田に対して、やはり山下は恭しく礼をして、 「はい。私がこの学校の卒業生として恥じない女性になれるよう、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」  頬を若干朱に染めながら、慎ましく微笑んでそう返したのだった。 ×××  現状ではどうすることもできないため、俺は寮で相部屋になった山下から疑われない程度に、この学校の女子高生になりきるより他になかった。  目が覚めたらまずはお互いに挨拶をする。 「雅美ちゃん、おはようございます」 「……おはよう、智香」  聖母によって同年齢にされたため、彼は俺に対して名前呼びすることにしたらしく、不審がられないよう俺もそれに倣うことにした。もっとも、山下が敬語なのは相変わらずだが。  生理現象を処理すべくトイレに入る。便器の蓋を開け、それから寝巻きのズボンとショーツを下ろす。自然、男であれば普段は目にすることのない女性の秘部が露わになる。 「……ん」  なるべく意識しないよう視界には入れないでいるが、放尿の際はどうしたって股間に神経が向かう。男の頃と違って男根を伝らない短い尿路が自覚でき、後ろ側に勢いよく射出されるその様を考えると気が滅入る。そして、出し終わってからトイレットペーパーでその雫を拭き取る自分に、男としての面影など一切残されていなかった。  もっとも、トイレなんかよりよっぽど問題な習慣が人間にはあるのだ。  入浴だ。衣服をすべて脱ぎ捨てて生まれたままの姿にならないといけない。無論、俺は男として生を受けたわけだから、厳密に言えば誤った表現なのだが。  シャワーで濡れて身体に沿って張りつく艶やかな濡羽色の黒髪。くりっとした大きな瞳は鏡を前にして暗く細められ、周りを彩るよく伸びた睫毛が視界を遮って鬱陶しい。  控えめに描かれた弓形の眉は俺の心境をそのままに表して八の字を形作っている。整った鼻筋の下には一面の色白を裏切る桜色に染まった瑞々しい唇。そして、それらをまとめる端正な小顔。化粧が施されているわけでもなく純朴、それでいて可愛らしさをまるで損なわせない、テレビで目にするアイドル達にも匹敵しかねない女の子の顔だ。  当然、変貌はそこで終わらない。  首はほっそりと変わり、やはり喉仏は消失してしまっている。  幅のあった肩は撫でるようにすとんと丸く落ち込み、身体全体を華奢に見せる。  逞しかった両腕からは筋肉が消え、代わりとばかりに脂肪が宿され、細く柔らかで頼りなさげだ。縮こまった手のひらでは大きな物なんて掴めそうになく、繊細そうな指先と染みやひび割れを見せない透明感のある白い肌とが相まって、そこには一切の汚れ仕事も思わせない可憐さがあった。  ウエストは内側に湾曲し、それでいて臀部は骨盤に従って盛り上がるものだから、必然そこにはわざとらしいほど強調されたくびれが形成されている。  股関節から伸びる両脚もやはり細く柔らかな弾力を富んで、行き届いたスキンケアと無駄毛ひとつないその様は、まさしく美脚という言葉を思わせる。起伏の控えめなふくらはぎはしなやかで、太ももに関していえば男の頃と太さはそこまで変わっていないように見えるが、それでも別物と思わせる違いが性差によってもたらされていた。  ほとんどの部位が細く小さく成り代わる中、唯一以前とは比較にならない大きさに実った胸、女性のみが拵え得るその乳房はブラジャーの庇護を離れれば、身じろぎひとつでふるふると揺らぎ、自分が女になったことをまざまざと見せつけてくる。乳白の肌色をそのままに、ただ一点、その頂点に淡く色づいた円を浮かばせ、中心には桜色のささやかな突起物。女性としての役割を果たすべく性徴を経たそれらは男を誑かし、やがてその機能を発揮することを今か今かと待ち侘びているかのようにさえ見えた。  そして、股間。尿道はもはや経由するものがなく、さらに男と番になるべく一筋の溝が準備されている。ひとたび性的興奮を抱けばやがて愛液を滲ませ、挿入物の歓待を惜しまないだろうその先には、精子を受け入れ、子を授かるための子宮を備えていることも想像に難くない。年頃のこの身体は、きっと度々生理という懐胎の準備に励み、脳はその性に従い生物としての本懐を遂げるべく女性ホルモンを分泌させ続け、男に求められるよう身体をより女性たらしめていき、そして自ら男を求めるよう性的欲求を促していくのだろう。 「……」  昨日のことを思い出し、思考がネガティブに寄ってしまった。これではいけない。  ただ、自分でそう分かっていても、これから毎日浴室の鏡を目にしてしまえば、変わり果てた自分を嫌でも自覚させられる。加えて体を洗うにも男では在りうべからざる女体の秘部に触れなければならない。その度に以前は経験したことがなかった、淡くも確かな刺激を脳が受信するものだから、一々辟易させられてしまう。  さらに、女子特有の細やかな髪の毛の手入れまでして、湯船に浸かる際にはこの長い髪をお団子に結うなど、女子らしい行動をしなければならないという屈辱感。山下がいなければまだいくらか気の抜きようもあっただろうが、それが叶わない今、どうしたって洗脳下にある設定の俺としては、そう行動せざるを得ない。 (針の筵にいる気分だ……)  そんなことを考えながらトイレを出て、俺は洗面所に向かった。  年頃の女子がふたり身支度をすることを見越してか、この部屋の洗面所はかなり広い。すっかり邪魔になった前髪をカチューシャで束ね、顔を洗い、口を濯ぎ、髪の毛を梳かしていく。  よりにもよって俺の髪の毛は長髪にされてしまっているため、入浴時にも思うことだが改めて面倒くさい。  より女性として綺麗になるべきという洗脳が施されている設定のため、入浴時はコンディショナー、トリートメントと併用し、風呂上がりにはドライヤーを入念に掛けるなどキューティクルを保つ努力を惜しむことができない。その毎晩の負担はやはり俺を億劫にさせているのだ。  一度だけ、より自分に合う髪型を探すためといった名目で髪をばっさり短くしようと画策したが、「聖母様が雅美ちゃんを今の姿に変えたのだから、その髪の長さは尊重されるべきだと思います」と、山下に嗜められてしまった。  一通り身支度を済ませたら、朝食の準備に取り掛かる。ボウルに落とした生卵を溶き、佐藤と牛乳を入れてかき混ぜる。山下はその間に野菜を切り、サラダとして小皿に盛り付けをする。  バターを敷いたフライパンに、ボウルに浸した食パンを乗せる。あとは弱火でしばらく待てば、フレンチトーストの出来上がりだ。  甘い物なんて普段はまったく口にしてこなかったが、この身体になってからやけに美味しく頂けるようになった。女子は甘い食べ物が好きというのは俗説かなにかだと思っていたが、これも性差によるものなのかもしれない。  ともあれ、料理なんてまるでしてこなかった独身男性ふたりが、今となっては華やかな食卓を囲むようになったわけで、それは言うまでもなく、ひとえにこの学校の教えに基づくものだ。  『女子たる者、家事を完璧にこなさなければなりません』と、授業で野田は言うのだ。この学校の生徒にとって教師の言葉は他の何を差し置いても優先されるべき絶対の命令だ。当然山下もそれに邁進し、付き合わざるを得ない俺もまた、日を追うごとに料理の腕を上げていった。  食後には歯磨きを済ませ、それから制服へと着替える。  ルームウェア用のホットパンツを脱ぎ下ろせば、正面に小さなリボンが装飾されたピンク色のショーツが現れる。シャツを持ち上げれば肌触りのいい綿に擦られた乳首が撫でられでもしたかのような錯覚を起こし、それがまた俺を一層不快にさせる。  Cカップは超えているであろうこの胸では登校に際してブラジャーを着用せざるを得ない。  当初、俺は可愛らしいものを身に着けたくはないし、ブラの締まりに自分の乳房を自覚させられるなんて屈辱以外のなんでもないと考え、最大限の譲歩として女性が就寝時に使うらしいノンワイヤーのソフトブラなるものを選んで用いていた。  ところが先日、更衣室での着替えの最中、それを山下やクラスメイトに見られてしまい、「もっと可愛い物を着けないと駄目」だと怒られ、今では半ば強制的にショーツとお揃いの色で見るからに着用者を華やかに見せる、いかにもお洒落したがりの女子らしいブラジャーを使わされている。  胸の膨らみにブラを当て、背中にあるホックを引っ掛け、形を整えてやれば姿見に映る自分は男であれば劣情を催し、女であれば嫉妬でもしかねないほどに可愛らしい、下着姿の女子高生となった。あどけなさを残しながらも女性として成熟を始めた段階の女体。男であるはずの自分が今こんな身体にされ、あまつさえこんな格好をさせられているという事実が、俺の尊厳を押し殺しに掛かる。 (スパイといえどひとりの人間。感情を抑えることは人一倍得意ではある、が……)  制服用の無地のシャツを着てからチェック柄の赤いプリーツスカートを腰にあわせ、脇にあるチャックを持ち上げて固定する。ひらひらとした筒状のそれは股関節に至るまで外気の侵入をそのまま許し、膝下にあっては視覚的に隠すことさえしないため、ズボンというにはあまりにも心許ない。 (……ちっ)  真冬一歩手前というこの時期に素足を野晒しにはできない。防寒に関してはハイソックスにも限界を感じていたため、山下から譲り受けた黒のタイツを初めて履いてみることにした。  それは臀部まで覆うタイプのものらしく、必然着たばかりのスカートを脱がされることになるが、こればかりは仕方ない。  改めて手に取ってみればストッキングとはなんとも窮屈そうで、自分の脚にこれが通るのか、着心地的に問題はないものなのか、甚だ疑わしいものだった。  ところが俺の心象をまるで裏切り、思いのほかすんなりとそれは俺の両脚を包みこむ。 (って、そりゃあそうか。今の俺、脚が細いもんな……)  女性用にしっかりと設計されているのだろう。履いてみた感想は、意外にそう悪いものでもなかった。 (……なんか、すっかり板についてきたな、女子高生ぶりが)  ともあれ、感傷的になっていても仕方がない。自然に女子らしく擬態できるのであればそれに越したことはないわけだからと割り切るしかない。  もうしばらくの辛抱だと、必ず元に戻ってこの腐った悪徳組織を壊滅させてやる、と改めて決意をし、俺はその組織の制服に袖を通した。セーラー服である。  スカーフは胸元でリボンの形に結び、さらにその上からピンク色のスクールセーターを羽織れば、女子高生"西本雅美"の出来上がりだ。 「……うぇ」  アイドルやモデルになんら遜色ない女子高生姿に、鏡の向こうの自分が呻いた。 「ああ雅美ちゃん。今日はハーフアップにでもしてみましょうか。きっと雅美ちゃんによく似合うと思いますよ」  山下が甲斐甲斐しく俺の髪型を整えてくるのももはや日課となりつつある。 「どうですか?私の髪、おかしくないですか?」  当の本人は肩まで伸びた亜麻色の後ろ髪をポニーテールにしていた。 「うん、大丈夫だよ」  そっけなくそう返す。山下は少しだけ目をぱちくりとさせてから、満足そうにはにかんだ。 「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」  こうして俺は今日も一女学生として、洗脳された後輩と並んで歪み切った学び舎へと向かわされるのだった。 ××× 『貴女たちはさすが元エリートの成人だけあって、基礎学力はあまり問題ないでしょう?ただ、他の子と違って女子として生きてきた年数はどこかで巻き返さないといけないから、しばらくの間、特例で中等部の保健や体育、それから道徳の授業に出席してもらうことになりました』  今朝、登校早々に野田からそんなことを言われてしまったため、俺たちは中等部1年の教室にお邪魔することになった。 『貴女達の年齢的に生徒はみんな後輩だけれど、女子としてはむしろ先輩に当たります。授業を真面目に受けることはもちろん、小休憩のプライベートな時間を通して彼女達とも交流して、女子としての感性を学びなさい』  そんなふざけた理由で、こんなひと回り小さな女子達に囲まれて授業を受けなければならないのか。  なんて文句は当然言えるわけもなく、居住まいを正して真面目を装いながら、教壇に山下と並ぶ。 「本日よりいくつかの授業に参加することになった西本雅美さんと山下智香さんです。おふたりは高等部の生徒ですが、元々はなんと成人男性だったとのこと。慈悲深い聖母様のお力で女子高生になり、私たちに迎え入れられることになったそうです。みなさんにとって元社会人ならでは、元男性ならではの話を聞けるまたとない機会ですので、積極的に交流してみてくださいね」  そんな説明をされてから俺たちは自己紹介を始めた。 「高等部2年の山下智香です。この学校を壊滅させようとする政府の言いなりで女装して高校に潜入しましたが、聖母様のおかげで目が覚め、こうして皆さんと一緒に尊い学びを得る機会を頂けて、今はとても嬉しいです。女性としては半人前もいいところなので、皆さんにも教えを仰いで、共にこの学校に資する立派な女学生になりたいと思います。よろしくお願いします」  生来の生真面目さもあって大層な挨拶をする山下に、拍手が鳴り響いた。 「ありがとうございました。それじゃあ西本さんも」 「……はい。同じく高等部2年の西本です。智香ちゃんと一緒に潜入捜査を始めましたが、彼女と同様に聖母によってこの学校の生徒にされました。皆さんの居場所を奪おうとした贖罪をするためにも、これから精一杯頑張っていきたいと思います。よろしくお願いします」  と言えば、山下ほどではないがまばらに拍手が返ってくる。 「……?智香ちゃん、どうかした?」  ふと、隣に立つ山下が俺に胡乱げな視線を送っていることに気づいた。 「……別に、なんでも」 「?そう?」  まあ、なんでもないというのなら気にすることもないだろう。 「それじゃあ2人の席は宮崎さんの後ろ……そう、今手を挙げている彼女の後ろに座ってもらいましょうか」  すると、また山下がおかしな反応を示した。今度はまるで唖然といった表情を浮かべ、それでいて喜びが滲んでいるようにも見える。 「……優衣?優衣なの?」  ……ああ、そういうことか。  潜入捜査を言い渡された際の、山下と司令の会話を思い出す。 『山下君、分かっているとは思うが……』 『妹のことですか?心配いりませんよ。妹だけを特別扱いして任務に支障を来すような真似、絶対にしません……だってあそこにいる子たちはどうせ全員、僕たちが助けるんですから』  詳しくは聞いていないが、彼の母親と妹はこの宗教法人に取り込まれてしまっている。そして妹の年齢を考えれば、中学生としてこの学校に通っていたってなんら不思議ではない。  離婚して名字こそ変わってはいるものの、妹の顔なんてそうそう忘れようもない。逆に優衣は兄に対してすぐ判別がつかなかったが、山下は性別も肉体もあり得ない改変が施されてしまっているのだから、それは仕方のないことだろう。 「優衣なのね。また会えて嬉しいわ」 「……まさか、智樹お兄ちゃん……なの?」  すると岩下は優しく微笑んで、 「違うわ。今はもうお兄ちゃんじゃない。名前も智香っていうの。聖母様のお導きで、私はかつての愚かだった自分を改めた……だから優衣、これからはまた仲良く一緒にいられるわね」 「嬉しいっ!これも聖母様のおかげだね!よろしく、智香お姉ちゃんっ!!」  一見すれば感動の再会。けれどお互いがこの学校の魔の手に堕ちた上でのこれはあまりにもむごたらしい。俺の握った拳からは、なかなか力が抜け切らないでいた。  検定の通っていない怪しげな保健の教科書には、やはりこの学校の思想理念が全面に押し出されていた。  やれ聖母様の御心に沿った性徴をだとか、殿方へのご奉仕がどうたらとか、彼女達の尊厳はまったく考慮されていない。しかし洗脳が施され自我に靄を掛けられているため、思春期だというのに盲目的に教科書や教師の歪な教えを正と思って疑わない。 「……というわけで、貴女達もあと数年したら男性のために今より女性らしい身体になっているはずです。もちろん、体型はひとそれぞれですが……そうだ、ちょうど見本がありますね。確認させていただきましょうか」  と、そこでなぜか教師と目が合った。 「西本さん、教壇まで来ていただけますか?」 「……」  なにかされそうだという嫌な予感があったが、従わないわけにもいかない。言われるがままに席を立ち、指定の場所にたどり着く。 「それじゃあ、今ここで衣服をすべて脱いでください」 「えっ」  あまりにも唐突な、それでいて公衆の面前で不相当すぎる指示に、俺は面食らってしまった。 「性徴期というものの実例を皆さんに見せてあげてください。幸い、西本さんはしっかりと女性的な特徴のある体つきをされていますから、とても参考になります」 「い、いや先生。服を脱ぐって……たしかにここには女性しかいませんが……」 「あら?恥ずかしがっているのですか?けれど先生の言うことが聞けないほどだなんて、聖母様は貴女によっぽど強い貞操観念をお与えになられたのでしょうか……?」 「っ……い、いえ、すみません。今、脱ぎますのでっ……」  は、裸を晒すくらいなんだというのだ。今ここで態度を訝しがられ、それが俺の非洗脳状態の露見に繋がるかもしれないのだから、このくらいは全然我慢できる。  そう意気込んで、俺は衣服に手を掛けた。  やたらと静寂を感じさせるこの教室では、ただ衣擦れの音だけが耳に入ってくる。年端もいかない少女たちの前で自ら制服を、そして下着さえも脱ぎ捨てて、言われた通り全裸になった。 「っ……」  恥ずかしさで頭がおかしくなりそうだ。俺は思わず右腕で胸を、左手で股間を隠した。 「あの、西本さん?それじゃあみんなが観察できないでしょう?両腕は真っ直ぐにして気をつけの姿勢でいてください」 「……は、はい……」  せめてもの抵抗として、まざまざと見られないようになるべく内股を意識してみたものの、焼け石に水。どころか男女による骨盤の違いが露骨に表れた内股が出来上がってしまい、それがまた俺の羞恥心を大きく煽った。 「みなさん、このように私たち女性の身体は性徴期に乳房を膨らませます。男性の方々には性的に悦んでいただけるよう、また、みなさんが産んだ赤ちゃんにはおっぱいをあげれるよう、西本さんのような胸になるのです」  そしてさらに、 「ひゃっ……!?せ、先生?なにを……んぅっ」  教師はなんと、俺の胸を揉みしだき始めた。  どころか、股間にまでその指を這わせ、つーっと、撫でるように弄り始めた。 「ど、どう、して……あんっ」  乳首を軽く摘まれ、同時に膣内に入り込んだ彼女の指先が俺の肉壁と擦れ合い、人生で経験したことのない気持ちよさに俺は自分のものとは思えない嬌声を漏らした。 「ほら、見てください。こうやって愛撫をされ続けると、私たちの胸にある乳首はピンと立ってきます。これが性的快感を得ている証拠になるわけですね」  そう言われて自分の胸に目を向けてみれば、桜色の突起物は、たしかにこれまでにないほどその存在を強く主張していた。 「さらにその昂りを増していってあげると……ああ、西本さんは感度が良さそうですね。もう愛液が滲み出てきました。ふふっ、貴女、本当に男の人だったんですか?」 「っ……!」  俺がどれだけ男の心を保っていようが、身体は既に女として確立してしまっている。男と結ばれたくなんかないと考えていても、そんな俺の気持ちなんて無視して、この身体は男の番として機能し、この女性器に男性器を挿入してもらおうと、歓迎の意として愛液を漏らしてしまう。  自らの性をより一層自覚させられ、さらにそんな痴態を女子中学生や山下に見られているというこの状況は、授業終了のチャイムが鳴り終わるまで続いた。  せめてこれ以上の嬌声は漏らすまいと、ひたすら我慢を繰り返していたこの身体は性的な欲求不満に満ちていて、その昂りは高等部に戻ってからも、寮に帰ってからも収まることはなかった。 ×××  中等部に顔を出すようになってからしばらく経った頃、ひとりの女子がこんな提案をしてきた。 「たしかに年齢でいえば先輩たちが上ですけど、この学校の教育方針を踏まえたら、女子として先輩な私たちのほうが敬われるべきなんじゃないでしょうか」  そしてそれは俺を除き、山下と教師を含むクラスの満場一致によって可決され、すっかり立場が逆転することとなってしまった。俺と山下は彼女たちに後輩として接され、また俺たちは彼女たちに敬語を使わされるようになった。 「不思議な感覚。お姉ちゃんに敬語で話されるなんて」 「私は優衣先輩の姉ですけど、同時にこの学校では後輩でもありますから」  従来より生真面目な山下は公私を分けて、学内では妹の優衣に対しても敬語を使うことにしているらしい。 「ねえ雅美ちゃん、この雑誌のお洋服なんだけど、どれが私に合ってると思う?」 「ええと、君…し、失礼しました、その、せ、先輩にだったら、こっちの明るい色合いのほうが、似合いそう…ですね」 「えー、そうかなぁ。こっちはむしろ雅美ちゃんみたいな子に似合いそうだけどなぁ」 「あ、雅美ちゃん。道徳のテスト、どうして100点取れなかったのかって先生が怒ってたよ。私が教え直してあげるから、一緒に勉強しよ?」 「……はい」 「そんな落ち込んだ顔しないの!雅美ちゃんならきっと聖立学院の立派な生徒になれるから!頑張りましょ!」 「西本せんぱ…あ、ごめんなさい。雅美さんは、男の人だったときは彼女とかいたの?」 「……いえ、いませんでした。そういうのは素性が明るみに出るリスクがあるので、諜報機関から禁じられていました」 「えー、そうなんだ。けど今の貴女はとっても可愛いから、彼氏の1人くらい簡単に作れちゃいそうだね」 「私も早く雅美ちゃんみたいな綺麗でスタイルのいい身体になりたい!」 「えっと、先輩はもう十分…す、素敵な体型を、されてると思いますよ?」 「いや、胸とかもっとさ……こんな風に」 「ひゃっ……!?ちょっ、どこ触ってるんですか!?」 「豊満で揉み応えあるくらいになりたいのよねぇ。そうすれば私、もっとこの学校に貢献できるようになれると思うの!」 「……」  休み時間にもなればこうしてきゃいきゃいと年相応な女子の姿も見せる彼女たち。  ただ、やはり年齢的にも身体的にも先輩後輩の立場が噛み合っておらず、さらに随所に見て取れる彼女たちの洗脳下にある言動が、俺の正常な思考を存外疲弊させるのだった。 「あ、おかえり」 「ただいまぁ」  ぐったりといった調子を隠し切れていない声を発しながら、俺は高等部でそこそこ打ち解けてきたひとりの女子生徒の隣に座った。  自分より幼い子を相手に敬語を使うのがよっぽど性に合わないらしく、また性別の違いや洗脳の有無で感性が異なる歳下の子たちと付き合わなければならないというのとで、やはり気疲れを感じないではいられなかった。 「ただでさえ私は元男なのに、そのうえ中学生の女の子たちに囲まれて休み時間を過ごすなんて大変だよ……」 「あはは、もう少ししたら雅美も慣れてくるって」  敬語を使わないということは、代わりに女子らしい言葉遣いを心掛けなければならないということだ。しかしそれでも砕けた言葉で気楽に話せる同級生の女友達との談話のほうが自分にとってはいくらかマシだった。山下の場合は勘が鋭いため、女子らしくしていないとと神経が擦り減らされるが、本物の高校生が相手であれば多少のボロを出してもさして問題はないだろう。 『この学校で学ぶことのなかった女性たちは多様性と耳心地の良い言葉を用いて男性的であることを是とする風潮が高まっています。けれど貴女たちはこの聖立学院を尊ぶ生徒です。よりよい世界を築くべく、自らの性に則って女性的な範疇で個性を伸ばしていきましょう』  とは野田の言だが、逆に言えばある程度の個性というものはこの学校でも認められているわけで、だから彼女の少し中性的な趣味嗜好や言葉遣いも過度に咎められることはなく、そんな彼女は元男としても接しやすい雰囲気があった。 「あ、そういえば雅美ちゃん」 「?」 「高等部に戻ってきたら礼拝堂に向かうようにって、野田先生が」 「……なんの用事?」 「諜報機関を相手にした対策会議だとかなんとか……雅美ちゃんは内部事情に詳しいだろうから、それで呼ばれたんじゃないかな?大役だね!」  どうやら彼女は友人が活躍の場を与えられたという事実が我が事のように嬉しいらしい。屈託なくにこりと笑うのを見て、俺はそれに頷き返して教室を後にした。 (あんな優しい子が洗脳されて生涯操り人形だなんて絶対に間違ってる。俺が、必ずこの腐った学校をぶち壊してやる)  改めてそう決意をし、俺は野田の指定した礼拝堂へと向かうのだった。 その2↓ https://www.fanbox.cc/@tsfnowana/posts/4430239


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