"僕"は友達を助けようとして。中学時代を"あたし"で過ごして!"私"は私でいることを望んだ
Added 2022-01-01 12:15:14 +0000 UTC俺こと杉野圭吾には立花朱莉という幼馴染の女子がいる。家が近くで昔はよく一緒になって日が暮れるまで遊んでいた。 ……なんて言えばラブコメの設定みたいで羨ましがられたりするかもしれないが、現実はそんなに甘くない。 年齢が上がっていくにつれ次第に疎遠になっていき、中学生にもなれば遊ぶ機会なんてもう皆無。 それどころか性格の不一致が仲違いを生み、現在一応クラスメイトではあるものの俺たちの仲は自他ともに認めるほど犬猿なものになっていた。 「で?用ってなんだよ、立花」 そんな中学2年の年の瀬、俺は立花から唐突に呼び出しを受けた。 わざわざ出向いてやる義理なんてなかったが、友好的な関わりが全くなくなったこいつが今さらどんな理由で俺を呼んだのか、それが少し気になって、来るように指示された立花家の広大な庭の片隅にある倉庫へと足を踏み入れた。 「来たわね」 立花はその奥で段ボールに腰を落としてふんぞり返り、普段の態度をそのままに、偉そうに腕と脚を組んで待ち構えていた。 「手短かにしろよ、お前に割いてる時間が惜しい」 人を呼び寄せておいて尊大そうな立花の態度に苛立ちながらも、俺は彼女にそう水を向けた。 「同感だわ……ところで杉野くん、最近すごく部活頑張ってるんだってね?」 「は?部活?」 「ええ、バスケ部」 頑張ってるという表現は抽象的だが、実際ここ最近俺の試合での活躍は目覚ましいものだった。そのため、部員も多くそこそこ強豪校だというのに、俺は今部内でエースのような立ち位置にまで上り詰めていた。 「あなたは性格も明るくて社交的。友達もたくさんいるからクラスでもいつも男子の中心にいるわよね」 「おい立花、なんの話を……」 「でもその実かなりわがままだし、馬鹿でルールもあまり守らないし……気づいてた?それを迷惑に思ってる子もそこそこ多いのよ?」 瞬間、先ほどまでとは雰囲気ががらりと変わった。 立花が発したそのドスの効いた声に、俺は思わず身じろいだ。 「……なんだよ、お説教のために呼んだのか?なら、俺はもう帰るぜ……ん?」 平静を装いながら俺は立花に背を向けて、倉庫から立ち去ろうとした。 したのだが。 「な、なんだ?」 ところが、出られない。出口に近づけば近づくほど両足が鉛のように重くなり、ついには一歩も前に進めなくなってしまった。 「帰さないわよ。ていうか、帰れないでしょ?」 そう言ってほくそ笑む立花。 「くそっ、なんだよこれ!どうなって……立花!お前の仕業なのか!?」 声を荒らげる俺に対して、しかし顔色ひとつ変えない立花。その薄気味悪さに、俺の嫌な予感が膨れ上がった。 「目を凝らしてみなさい。魔法陣が、床に浮かんでいるでしょ?」 彼女に言われて下を見る。すると確かに朧げながらも不思議な紋様が床に刻まれているのが確認できた。 「立花家に伝わる妖術ってやつ?こっそり婆様の禁書庫から盗み出してみたの」 「他人の動きを止める術……よ、妖術ってだけのことはあるな。で、それで?俺が反省なり謝罪なりするまでここに閉じ込めでもするのか?」 「んーん」 立花は首を振り、そしてこの場の空気にまったく不釣り合いな満面の笑みを浮かべた。 「この魔法陣はね、対象の動きを止めるってだけの効果じゃないの……対象を"私の望む通りの女の子に変えてくれる"ものなの」 「……は?……うっ!?」 「また昔みたいに仲良くしましょ?杉野圭吾くん……いいえ、杉野"圭"ちゃん♪」 その後、現実に存在したはずの私『杉野圭吾』に関するすべての情報は今の私『杉野圭』という女子のものへと書き換えられ、家族や友人を含めた周囲の人々の記憶もまた、それに適合するように捏造されてしまった。 幸い、朱莉ちゃんは術者としての腕がイマイチだったらしく、その妖術の不完全さのおかげで私自身は以前の記憶をそのまま保持できている。 けれど私は結局妖術のせいで朱莉ちゃんの言いなり状態。『朱莉ちゃんには逆らえない従順な女の子』だ。 冬休みの間中、朱莉ちゃんは私に徹底的に『朱莉ちゃんの望む杉野圭』を強要してきた。 喋り方や仕草はもちろん、趣味や性格といった内面的な部分にまでそれは及んで、そして私はそれ従うほかなかった。 朱莉ちゃんに対する反抗心とか敵意みたいなものは、芽生えた瞬間に弱まっていく。本能が彼女に従うことを是として譲らない。 自分がどこまでも朱莉ちゃんの支配下にあるという現実に、私は人生で未だかつてない絶望を味わった。 杉野圭はおとなしくて気が弱く、人の言うことに首を横には振れない。 杉野圭は内向的な帰宅部で、友達が立花朱莉以外に存在しない。 杉野圭は社交の際、常に神経を擦り減らし、人の顔色を窺い続けていないと不安に押し潰されてしまう。 「……ぐすっ……」 戻りたい。元の私に戻りたい。 けれど今の私には、朱莉ちゃんに反抗するどころか、口出しすることさえもうできない。いくら意を決してみても、妖術のせいで言葉に詰まる。 「誰か……私以外に……」 彼女の妖術の拙さで、私以外にも『杉野圭吾』の記憶がそのままな人がいてくれたら。そしてその人が、"私たち"に打ち勝ってくれたら。 そんな淡い期待を胸に、冬休み明けの登校初日、私は女子の制服を着て、女子生徒として学校へと向かった。 ××× 冬休み明けの登校初日、その放課後。僕、松村陽介は頭を抱えていた。 「圭、雑巾。はやく」 「う、うんっ……」 教室掃除の最中、クラスメイトの指図でそそくさと雑巾を濡らしに行った彼女の名前は杉野圭というらしい。 いや、こんな言い方をすると「1年近くも一緒のクラスにいてクラスメイトの名前も覚束ないのか」なんて思われるかもしれないけど、そういう話じゃないのだ。 僕は、彼女のことを"本当に知らない"。 僕にとって杉野圭は、これまでに一度も見かけたことすらない女子なのだ。 「ったく、遅いよ」 「ご、ごめんね朱莉ちゃん……」 彼女は別に転校初日というわけでもない。実際、僕以外のみんなは彼女の存在を当然のように受け入れている。 「……」 ただ、僕が彼女についてまったくの無知かというと、それも少し違う。 杉野圭吾という男子生徒がこのクラスには存在した。人付き合いがよく運動もできる僕の自慢の友人だった。 そんな彼が忽然と姿を消し、代わりによく似た名前で、性別や性格こそ正反対だけど風貌にどことなく彼の面影を感じさせる杉野圭という女子が現れた。 先ほど、とりあえず杉野圭吾に連絡でもしてみようと携帯電話を取り出し、しかし連絡先には彼の名前が見当たらず、そしてそこには付き合いのない杉野圭の名前があった。 嫌な予感がして、僕はこの放課後になるまで不用意に周りに追及することは控え、まずは様子を窺うことにした。 すると、どうやら杉野圭は同じクラスの立花朱莉さんと親しく…… 『圭、面倒だから更衣室まで私の体操着持ってきて』 『圭、ティッシュちょうだい』 『なにキョドってんの?職員室くらい堂々と入りなさいよ』 ……いや、見ていて悲しい気持ちになるほど、かなりぞんざいな扱われ方をされていた。 ところで、杉野圭吾と立花朱莉は確か幼馴染の関係で、ただ中学に入ってからはかなり仲が悪くなっていて、今ではクラス公認で不仲の間柄だ。 『立花の家って昔は呪い?とかを研究してたらしくて、けっこう不気味なんだよなぁ』 以前、なにかの話の折に杉野がそんなことを呟いていたのを覚えている。 「まさか、ね……」 ともあれ、掃除を終えたら聞くだけ聞いてみることにしよう。 「杉野……さん」 一瞬呼び方に戸惑ってしまうも、そんな僕以上に杉野圭は挙動不審だった。 「よ、あ、ま、松村、くん……?わ、私に、なにか、用……?」 「……」 「……?ど、どうか、したの……?」 「……いや、掃除の後に少し時間ある?図書委員のことで確認しておきたいことがあるんだけど」 「……わ、わかった」 そのとき、彼女からわずかながら期待の眼差しを受けたような気がした。 ××× 「そ、それで、確認したいことって……?」 クラスのみんなが教室からいなくなった頃合いを見て、僕は杉野圭と対面した。 そして若干どもりながらそう聞いてくる彼女に、僕は単刀直入に本題を切り出した。 「君、もしかして杉野圭吾じゃないかな?」 「っ……!!」 すると彼女は目を見開き、そして目じりに涙を浮かべた。 「よ、よかったぁ……いたんだ……けど……ううん……」 彼女はそう呟き、どこか煮え切らない様子を見せてから、最後にゆっくりと頷いた。 「そ、そうなの……私、ほんとは圭吾なんだ」 以前の杉野では考えられないほどたどたどしくじれったい彼女の話を最後まで聞いてやる。 立花によって彼が彼女にされたこと。妖術によって言いなり状態になっていること。現実が改変され、家族にさえ助けを求めることができないでいたこと。 「お願い、松村くん。私を、助けて……」 にわかに信じがたい話ではある。けどこれが真実でないとしたら男の杉野と仲良くしていたはずの僕がただの痴呆か精神異常者になってしまう。僕は自信家ではないけど、そこまで自己評価が低いわけでもない。 「任せてよ杉野。立花さんをなんとかして、必ず君を元に戻してみせる」 友人の苦境にクラスメイトの蛮行。見過ごせるはずもなかった。 「じ、じゃあ……今から朱莉ちゃんの家、一緒に来てくれる?」 「え?これから?」 「だ、だめ……?」 「うっ……」 そう上目遣いにお願いされてしまうと、僕も言葉に詰まってしまう。 本当の杉野を覚えているとはいえ、今の杉野の見た目はそこそこ可愛い女子なんだ。あざとい仕草を見せられると、少しどきりとしてしまう。 「ま、まあ、善は急げって言うしね。いいよ、行こう」 こうして僕と杉野は、早々にケリをつけるべく立花さんの自宅へと向かった。 道中、在宅を確認すると言って杉野は立花さんに電話を掛けていた。 「ごめんね……」 電話が切れてから杉野が僕に漏らしたその悲しげな小言の意味を、僕は理解できていなかった。ただ、手間を掛けていることへの謝罪程度のものだろうと、深く考えずにいた。 それが僕にとって、最大の敗因だった。 ××× 「いらっしゃい」 立花さんは杉野を前にいつもどおり平然としていた。彼にした悪行なんて気にも留めていないのだろう。 僕は苛立ちを抑えながら、話を切り出そうとした。 「立花さん、今日は杉野について」 「おうちに上がってもらう前に、まずはこっちに来てもらおうかしら」 けれど僕の言葉を遮って、奔放な振る舞いを見せる立花さん。 そんな彼女に躊躇うことなく付き従った杉野を見て、僕もため息をひとつこぼしてから、仕方なく言われるがままに彼女らの後ろへと続いた。 立花さんは広い庭の片隅に向かい、そして、ほったて小屋らしき建物の前で立ち止まった。 「ここって……」 杉野の話に出てきた、魔法陣の敷かれた倉庫じゃないだろうか。 「さあ、入って」 そんな危険地帯へと誘う立花さんに、僕もいい加減抗議の言葉を捲し立てた。 「立花さん、今日は杉野のことで話し合いに来た。僕は彼、杉野圭吾のことを覚えてる。そして君の悪事も教えてもらった。君のしたことは許されるものじゃない!杉野を元に戻すんだ!!」 けれど彼女はそんな僕に振り返りもせず、そのまま倉庫に入り込む。 「立花さん!!」 彼女は応答しない。僕がそこに足を踏み入れるまで話し合いには応じないという意思表示なのかもしれない。 だけど杉野をこんなにした魔法陣が残るこの倉庫は危険すぎる。さすがに入るわけにはいかない。 「どうしようか……わっ?」 なんとかして彼女を説得しないと。そう考えた矢先、僕の身体が不意の衝撃を受けて前へと倒れた。 「いてて……あ」 咄嗟に地に着いた両手の下には、鈍く輝く紋様があった。 「しまっ……!」 思わず振り返ると、申し訳なさそうに顔を歪めた女の子と目が合った。彼のその表情と前に突き出された両手を見るに、この事態が誰によってもたらされたかなんてもはや一目瞭然だった。 「圭は私の言いなりだって、松村くんも知ってたのよね?なのに疑いもせずほいほいと付いてきて、あなたも間抜けだわ」 そう言ってくすくすと笑う立花さん。 「ど、どういうことだよ!」 「どういうことって、だって圭は私の操り人形なのよ?数日前、圭が以前の記憶を残してたことを知った私は、他にも改変の効き目が及び切ってない人間の存在を危惧して、この子に『杉野圭吾の記憶を残してる人がいたら、その人を陥れるのに協力する』よう命令したの」 気づけば杉野は、無抵抗に立花さんの隣へ並んでいた。 「す、杉野……」 「よくやったわね、圭」 「ご、ごめんなさい……けど、私、朱莉ちゃんには逆らえなくって……ほんとに、ごめんなさい……」 俯きながらかすれた声を出す杉野の姿にかつての面影はなく、見ていて痛々しいほどだった。 「まったく、松村くんはあなたのためにここまで来てくれたのに、その恩を仇で返しちゃうんだもの。ひどい話よね、圭?」 「うぅっ……」 「ふ、ふざけるなっ!!お前、どの立場でものを言ってるんだ!!」 「あら、松村くんこそどの立場でそんなに強気でいれるわけ?この魔法陣にあなたが入った今、私、優等生くんなあなたを素行が悪くて勉強もできない下品なギャルにしてあげちゃったりだってできるのよ?」 「っ……!!」 俺は言葉に詰まった。 立花朱莉の言ってることは、デタラメなんかじゃない。現に、あの杉野がこんなになってしまっているのだ。 訪れた沈黙を、慎重に破る。 「……どうしたら、僕を見逃してくれますか?」 杉野の言っていた通り、妖術のせいで身体は出口に向かってくれない。いっそ暴力沙汰でとも思うけど、僕は男子の中じゃ非力なほうだし、しかも相手は2人もいる。 腰を低くするしかない。プライドなんか捨て去って、今は目先の難を逃れるのに全力を尽くすべきだ。 「ようやく自分の立場が分かってきたみたいね。さてと……圭はどうしたらいいと思う?」 「……え?」 「松村くんが身の程を弁えず私に楯突いたこと、どう落とし前つけさせたらいい?」 「え、あの、えっと……」 「私に喧嘩売るなんて、いけないことよね?ね?」 「は、はいっ、いけないこと、です……!」 「どのくらい、いけないこと?」 「う、ええと……」 「私のおもちゃになって私を愉快にさせて償わないとなくらい、よね?」 「そ、そう、ですっ!そのくらいだと、私もお、思います……」 杉野の意思なんてまるで無視した問答に、しかし立花朱莉はご満悦だ。反面、杉野はずっと涙目のまま。 「というわけで……松村くんには、やっぱり女の子になってもらいまぁす」 「なっ……!?」 「設定は……そうね、ふたりとも仲が良かったから姉妹の関係にしてあげる!圭は今のままで、松村くんは1歳年下の女の子。名前は、たしか陽介だったっけ?じゃあ陽子ちゃんだ♪中学1年生の杉野陽子ちゃん。もちろん元の記憶には蓋をして、なに不自由ない女子中学生として日々安穏と暮らしてもらいます。圭とは違って明るく社交的で人懐っこいから、あなたは私のことを「朱莉お姉ちゃん」って呼んで慕ってて、勉強のできない天然さんだけど、そこが男子にウケてクラスの人気者。気になる男の子と付き合ったり、お洒落に気を遣い始めたり、いまいちな胸の膨らみに悩んだり……」 新しいおもちゃに思いを馳せる子どものように無邪気で、けれど酷薄とした立花朱莉の微笑み。 「そんな女子としての青春を謳歌させて、そしてあなたが高校に入学したタイミングで、元の記憶を戻してあげる♪」 ひたすらに自己満足な設定を盛りつけ、話にオチまで付け終わると、いよいよその手のひらが僕へと向けられた。 「……ぐっ!?」 身体が石のように固まって動かない。さらに魔法陣からゆらゆらと湧き起こる小さな光の粒子が僕の制服に張りついていく。 「……ふ、服が……!?」 すると、どういう原理か着ていた制服が同じような光の粒子へと変わっていき、そうして数を増したそれらはさらに下着へとまとわりついた。 そして制服と同様にすべての衣服が消失し、僕は裸になってしまった。 「くっ……」 僕の衣服を吸収して膨大になった光の粒子が、ついに生身の身体を覆い尽くしていく。 「あ……ぐぅっ……!」 呻き声を上げるほかのない僕に、粒子は容赦なく襲いかかった。 「あ、あれ……?」 そして気がつくと、空中を揺蕩っていた粒子は見当たらず、足元にあったはずの魔法陣も消えてなくなっていた。 「成功ね」 立花朱莉が近づいてくる。僕は咄嗟に身構えて、そこでふと違和感に気づいた。 彼女は、僕が見上げないと目が合わないほど、身長が高かっただろうか。 思わず前に構えた両腕、その先に作られた握り拳はいつにも増して頼りのない、こぢんまりとした色白のもの。 「ふふっ……イメージしてみなさい。自分の身体を」 「は?イメージ?」 言われて、脳内に思い浮かんだのはーー 僕は愕然とした。 思わず身体を撫で回す。非力とはいえ年相応に角張って、随所に筋肉だって付いていたはずの僕の身体が、柔らかくしなやかなものに変わり果ててしまっていた。 凹凸のなくなった喉。頼りなさげで華奢な撫で肩。まるっとした臀部に反比例するかのように綺麗にくびれた腰回り。それらを撫で認める指先もまた、ほっそりとしていて心許ない。 胸が、ほんのりと膨らんでいる。半球状に象られた色白で瑞々しい張りのある育ちかけの双丘。それらの中心には鮮やかな薄桃に色づいて浮き立つ突起物。 反して股間はまっさらに。やたら白んだ素肌と生えかけの陰毛のみが映り、そこに顔を覗かせるべき男としての象徴は綺麗さっぱり消失していた。代わりのものがあるとすれば、中心に一筋の溝が刻まれた、申し訳程度の盛り上がりを見せる女性特有の膨らみだけ。 腕も足も見るからにひ弱そうで、中学生男子のそれではない。 「……」 妖術によるものだろうか。自分じゃない自分を、まるで鏡でも見るかのように鮮明に思い浮かべることができてしまう。 小学生を思わせる丸みを帯びた小ぶりな童顔。 ぱっちりと大きく見開かれ、きらきらと輝くその瞳は、やや垂れ目の二重瞼と合わさり快活さと柔和さを両立させ、そしてその周囲に萌え立った睫毛がさらに女の子らしさを強調させる。 薄く細く主張の弱い眉。よく整った鼻筋。慎ましやかにも存在感をはっきりと放つしっとりとした桜色の唇。 肩にまで伸び手入れの行き届いたさらさらで艶やかな黒髪が、放心状態の僕の過敏になった首筋を優しくくすぐった。 「ひんっ……って、ぼ、僕……声まで……」 もはや疑いようもなかった。 自分は女子にされたのだ。杉田と同じように、目の前の魔女の手によって。 そんな現実に僕が打ちひしがれていると、 「まだよ、はい」 立花朱莉の手元から先ほどの粒子が飛び出し、再び僕の身体を覆い出す。 するとそれらは衣服のような質感へと変わっていった。同時に、素肌に触れる外気の感覚が少しずつ薄れていく。 ピンク色の華やかな布が、膨らみかけの胸を優しく包み込む。 「んっ……」 一瞬乳首に沸いた刺激に身体がぞわりと震えるも、付属の紐はお構いなしに僕の肩と脇下から背中を伝ってブラジャーを乳房に固定した。 「ぁ……」 空虚な股間にはぴっちりとしたパンツが当てられた。男性器のなくなった今の僕に当てつけがましくフィットするそれは、けれどサイズの小ささのせいか、女の子のお尻の柔らかさのせいか、肉にやたらと食い込む。にも関わらず、その質感のおかげか不快にはならない。 白のインナーを上半身に着させられ、さらにブラウスが僕の身体を包み込む。そして全てのボタンが留められると、首元に赤色のリボンが飾られた。 「……うわ」 腰回りの違和感に視線を向けると、いつの間にか履かされていたチェック柄のプリーツスカートがふわりと揺れた。そしてその端が僕の太ももを撫でた瞬間、言いようのない羞恥心が込み上げた。 「ひゃっ……?」 しゅるしゅると足元に巻きついてくるものがあった。それらはやがて紺色へと変わり、ハイソックスに変身した。さらに若干目線が高くなったかと思えば僕の両足にはローファーが着用させられていた。 肩が重たくなるのを感じた。どうやらブレザーを羽織らされたらしい。 パチリ。なにかが留められたような音がした。すると先ほどまで邪魔だった前髪が視界から消えた。どうやらヘアピンで前髪が纏められたみたいだ。 「……」 全ての粒子がなくなって、僕は改めて自分が女子になったのだと実感した。 今の杉野や立花朱莉が着ているものと同じ、学校指定の女子制服を自分も身につけてしまっている。 さらりとした黒髪をその先端まで指でいじくる。男子ではまず見かけない長さだ。 胸に手を当てると、控えめながらも確かに存在する膨らみがわずかばかりの弾力をもって抵抗してくる。 空洞になったズボンの下から手をやり、そのパンツの内側に指を這わせても、それがかつての逸物を認めることはない。 立花朱莉が僕の前に立って、にやけ顔で言った。 「女の子の世界にようこそ、杉野陽子ちゃん」 「……ふざけるなっ!僕を、元に戻せ!!」 そんな彼女に怒りのまま殴りかかろうとすると、何者かが僕らの間に割り込んできた。 「す、杉野……」 「あ、朱莉ちゃんは、私が守らないと、だから……」 おそらく彼本人の意思によらないで、僕との敵対を宣言させられる杉野。 「……くそっ!!」 「さて、そろそろ仕上げといこうかしら」 そうして僕たちがもたついていると、先ほどのように立花朱莉が僕にその邪悪な手を向けてーー 「それじゃあ、次に会う時はお互い高校生ね?松村陽介くん」 「……ぐっ!!?うあっ…………あ?」 ………。 ………。 ………あれ?あたし……。 「どうかしたの、陽子」 ぼんやりと自分の両手を眺めていたあたしは、その声を聞いてはっとした。 「あ!朱莉お姉ちゃん!」 あれ?朱莉お姉ちゃんだけじゃなくって圭お姉ちゃんもいる。 そっか。あたしたち、朱莉お姉ちゃんのお家で集まって遊んでたんだっけ。 「陽子、大丈夫?なにかあったの?」 「ううん、へーきっ!なんかあたし、ちょっと寝ぼけちゃってたみたい!」 「そう?ならよかった」 あたしの調子を案じれくれた朱莉お姉ちゃんが、柔らかな微笑みを浮かべた。 「……ていうか、心配なのは圭お姉ちゃんのほうだよ!なんか顔色すっごく悪くない?」 顔面蒼白と言って差し支えないくらい、圭お姉ちゃんはひどい顔をしていた。 「……ううん、なんでもないの。ちょっと…そう、寝不足だから、私はもう帰るね」 あたしが顔を覗きこむと、圭お姉ちゃんは首を横に振って踵を返した。 「そう?じゃああたしも今日は帰るよ、圭お姉ちゃんひとりじゃ心配だし」 「だ、大丈夫だから……ひとりに、させてほしいの」 「だーめっ!お姉ちゃん、なんだか今にも倒れちゃいそうなんだもん!そうでなくったって、あたしたち女の子がこんな薄暗くなってひとりで出歩くなんて危ないんだから!」 「……松村、くん……」 「ん?なーに?今、なんて言ったの?」 「……いや、なんでもない。じゃあ、一緒に帰ろっか」 「うんっ!じゃあ朱莉お姉ちゃん、また明日ねー!!」 そうしてあたしと圭お姉ちゃんは、仲良く手を繋いで帰路に就いた。 道中、ご近所なのにどうしてか何回もお家への道を間違えそうになっちゃったけど、お姉ちゃんのおかげで問題なく帰宅することができた。 「そういえば、あたしたちってなんであんな倉庫でたむろってたんだっけ?」 そんなあたしの呟きと同時に、圭お姉ちゃんはその俯き加減をより一層深くした。 ××× 早いもので今日から私ももう高校生だ。 思い返せば、中学生活は楽しい時間でいっぱいだった。 放課後はよく大好きな朱莉お姉ちゃんのお家にお邪魔して、休日は圭お姉ちゃんとも一緒になってウインドウショッピングを楽しんだりした。 日に日に女性らしく成長していくこの身体をお洒落に彩るのはとっても心地がよかった。特におっぱいなんて中学生になった頃は「ほんとにあたし女の子なのかな?」って思っちゃうくらい貧相なものだったけど、今ではDカップにまで膨らんで、3年前と比べると雲泥の差……この表現、可愛くないなぁ。そう、月とすっぽん……いや、昔のこととはいえ自分のおっぱいをすっぽんに例えたくなんてないよ私。 とまあ、そんなまだまだ芋臭い私なわけですが、中学3年時にはなんと彼氏が出来ちゃったりもしました。 お相手はクラスメイトの男の子で、実を言うと前からちょっと気にはなっていた子だった。自分から告ろうとまで思えるほどの子じゃなかったんだけど、それでも私も思春期の女の子なわけでして、色恋沙汰には興味津々。わりかしすんなりとOKの返事を出すことができた。 実際に付き合い始めてみると、彼の良いところがたくさん見つかって、いろんなところで私を気にかけてくれているのも分かって、今ではすっかり手籠めにされてしまった。好きというより大好きなくらいだ……こ、言葉にしちゃうと恥ずかしいね、これ。 ただし侮ることなかれ。そんな私も中3であれば受験生。色恋沙汰にひたすら没頭していたわけじゃない。 自他ともに認めるおバカさんだった私だけれども、必死になって勉強し、また持ち前の愛嬌(自分で言うと品が悪くなるね)を武器に内申点を荒稼ぎ。結果、そこそこ名門の女子高に合格することができました!やったね私!えらい! 合格先の高校を選んだのには、まあいくつか理由があった。 背伸びをすればギリ届きそうな範囲の偏差値だったこと。家からわりかし近いこと。評判が良くって、朱莉お姉ちゃんが先輩にいたこと。あと、制服が可愛い(これ大事!)。 彼とは別々の学校になっちゃったけど、そもそも彼の成績は学年上位1桁常連のレベルで、私じゃとても太刀打ちできず、恋人と一緒の高校に進学するという卒業前の女子なら誰もが夢見る理想は儚くも散っていきました。つらい。 これまでと少し勝手が違う制服を着こなして、身嗜みを最終チェック。 中学までとは雰囲気が変わるロングと言っても問題ないくらいの長髪は、朱莉お姉ちゃんに言われて伸ばし続けたこの1年の成果だ。これと新しい制服とを合わせると、 「な、なんかお嬢さまみたくなっちゃった……」 歯痒いというか、なんだかムズムズする。私にはあまり似合ってないかもしれない。 確認のため何人かに自撮りを送信してみる。 『あまり女子っぽくしないほうがいいかも』 お姉ちゃんからはよく分からないアドバイスが返ってきた。 『よく似合ってるわよ。入学式が楽しみね』 朱莉お姉ちゃんは嬉しいことを言ってくれる。けど、入学式、別に楽しみなんてことなくない? 『すっげえタイプ。付き合いたい』 いやもう付き合ってるでしょうが。あなた私の彼氏さんですよ? 「……ん?」 ひととおり返信を読み終えると、遅れてもう1通追加で彼から連絡が来ていた。 『次からはお互いこの格好で制服デートだな!』 「……おー」 そこには、彼の新しい制服姿が。 「〜〜っ」 朝から刺激が強すぎる!ていうか、なんだかまた一段と男性らしく大人びてきた気がする!ああもうっ!カッコいいなあ僕の彼氏は!! そんなこんなで悶えていると、いつの間にか家を出ないとな時間になっていた。立花朱莉とも待ち合わせをしてるから、遅れたらいけない。 最後に僕のこと大好きな彼にサービスでもう1枚自撮り写真を送りつけてあげてーー 「……ん?」 "僕"?僕は……。 瞬間、脳裏にとてつもない情報が去来する。それらの膨大さもさることながら、なによりもその内容に僕はやられた。 「そ、そうだった……僕はっ……!」 僕は杉野陽子なんかじゃない!僕は、松村陽介だ!男だったはずだ!! あの日、立花朱莉の術中に嵌って、僕はこんな身体にされてしまったんだ!そして、記憶まで捏造されて、今まで杉野の妹として、女子中学生として自分になにひとつ違和感なく毎日を過ごしてしまっていた! 『そんな女子としての青春を謳歌させて、そしてあなたが高校に入学したタイミングで、今の記憶を戻してあげる♪』 あのとき、たしかにそう言っていた! 「と、とにかく朱莉おねえ…立花朱莉をなんとかしないと……!」 自室を飛び出し廊下を走る。 「あ」 視界に圭おね…杉野の部屋が入った。 杉野はまだ家を出ていないはず。なら、一度話をしておくべきだろうか。 「……いや」 彼を頼りにするのはダメだ。前みたく背中を刺されないとも限らない。 「遅かったじゃない、陽子」 玄関を出ると、そこには立花朱莉がいた。 「それとも、そろそろ松村くんに戻ったころかしら?」 そういってくすくすと笑う彼女に、僕は声を荒らげた。 「ふざけるのも大概にしろ!僕と杉野をいい加減元に戻せっ!!」 けれども彼女はやはり顔色ひとつ変えないままだ。 「ま、とにかく歩きましょう。遅刻はいけないわよ?」 「っ……!」 何が遅刻だ。学校なんかより僕らが男に戻ることのほうが大事だって分かりきってるのに。 「……くっ……」 けれど、今は従うしかない。妖術を使える彼女は、依然圧倒的優位のままだ。対して僕は無力で、頼れる存在もいない。この世界に、『松村陽介』は存在しないからだ。仮に僕が本当の親に泣きついて「僕は元々男で、あなたたちの子供なんだ!」なんて言ったところで、松村陽介が杉野陽子へと改変されたこの世界では、変人以外の何者にもなれない。 「それにしても、男の子だったあなたが女子高に通うことになるなんてねぇ」 「……選んだのは僕じゃない。"杉野陽子"だ」 「あなたじゃないの。ふふっ、元男の松村くんが真剣に女子高を第一志望にして、私に報告しにきた時は笑いを堪えるのに必死だったわよ」 「ぐっ……!」 「合格発表の日も大喜びで、ぴょんぴょん跳ねながら私に抱きついてきたわね。本当に可愛かったわ」 「だ、だまれよっ……!」 ここまで僕を煽っておきながら無警戒にも背中がガラ空きの立花朱莉。それがまるで相手にもならないと彼女からみなされているようで、自分の無力さに一層腹が立った。 「じゃあ、こうしましょうか」 不意に彼女が振り返った。 「あなたがもし、高校卒業の日にまだ男に戻りたいって思えていたら、あなたも圭も元通りにしてあげる」 「さ、3年も待てっていうのか?」 「あら、一生女性のままがお望み?」 「……」 事態がどう転ぼうが、僕らはどこまでも彼女の手のひらの上だ。だとしたら、彼女から与えられたよりまともな選択肢で妥協するしかない。 「今の話、本当だな?反故にするなよ?」 「ええ、もちろん。ゲームはルールを守らないと面白くないもの」 「……よし、わかった」 怒りをなんとか呑み込んで、僕は彼女の話に乗ることにした。 「3年後、僕らを男に戻してもらおう」 「……その時あなたが、まだそう思えていたならね」 こうして、僕の女子高生としての生活が始まった。 ××× 大学受験も無事に終わって、穏やかな日々が続いていた。 いよいよ、この慣れ親しんだ母校を旅立つ。今日は卒業式の日だ。 私がこの学校の生徒としてこの校門を潜った初めての日が、随分と懐かしく思える。 「振袖姿、似合ってるわよ」 振り返ると、そこには朱莉先輩の姿が。 「ありがとうございます」 妙にこそばゆくなって、はにかみながらそう答えると、先輩はからからと笑った。 「いろいろあったわねぇ」 「はい、まあ、私、経歴的にほんっといろいろとありましたよ。誰のせいでしょうかね?」 そしてお互いに微笑を湛える。 「卒業…の前に、まずは改めて、東大合格、おめでとう」 「ええ、ありがとうございます」 女子高生としての生活は、中々に大変なものだった。杉野陽子の記憶こそ引き継げてはいたものの、やはり男の子としての意識でする女子の日常は勝手が随分と違った。 私は不慣れな女子生活から逃げるように勉強に没入した。そのおかげで成績は鰻登り。なんとあの東大に現役で合格してしまったのだ。 結局、周りが女子100%の環境に長く身を置きすぎたせいで、元男な私でもさすがにすっかり女子高生ぶりが板に付いてしまったから、生活そのものや女友達と付き合うことも今では全然苦じゃなくなったわけだけれども。 この3年間は、私を"杉野陽子"に変えるには十分すぎる時間だった。 「これからは彼とのキャンパスライフね」 そう。私が勉強に励めたのにはもうひとつ理由があった。彼の第一志望が、東大だったのだ。 私が松村陽介としての自我を取り戻してから、彼との関係には苦労させられた。 私は男の子だったから、当然男の人を恋愛対象として見ることはできなくて、杉野陽子を知る人からすれば性格だって文字通り人が変わったようになってしまったわけだから、これまで順風満帆だった恋人関係もギクシャクし出すのは当たり前だった。彼には相当迷惑と心配を掛けた。 ただ、そんな状態にありながら心の拠り所のなかった私を彼は隣で支え続けてくれた。どう変わろうと私は私だと、むしろ今の落ち着いた私の方が好きかもしれないと口説き文句を交えてさえくれた。 そんな彼に、私は次第に心惹かれていってしまった。 「で、今日は約束の期限日だけれど、どうしましょうか?」 「いじわる。そんなこと、言わなくたって分かってるくせに」 「その口から言わせたくってね」 春は別れの季節だ。人々は門出を祝い、またそれを悲しむ。 私はこの学校を去ることに寂しさを覚えたけれど、松村陽介を捨てる選択に、悲しみなんてもはやなかった。 晴れ晴れとした気持ちで、私は今の私を受け入れた。 さあ、これが終わればいよいよ女子大生になる。大好きな彼と一日中一緒の日々が始まる。 妄想が捗り、心は弾む。仲のいい級友や後輩たちとの別れを惜しみながらも、それ以上の高揚感に包まれて、私は卒業式へと臨んだ。
Comments
記憶も残ったままなだけに、 妹になった元親友を見てどんなことを思っているのかが気になり、質問しました。 ご回答、ありがとうございます。
山田 天授
2022-01-04 16:48:57 +0000 UTC元に戻れてないことだけは確かですね。陽子よりよっぽどしんどい状態が続いているかと思われます。
孔明の罠
2022-01-04 07:42:40 +0000 UTC姉(友人)はどうなったのでしょうか。
山田 天授
2022-01-01 15:54:21 +0000 UTC