NokiMo
yuuna
yuuna

fanbox


ポスト

私には、ここの他に行く宛てはない。話を聞く事が出来る人間もいない。動く事はない。 ただここに居座って、人間達の手紙を受け入れるだけ。自分自身の姿も見た事がない。そんな物体だ。 通常ポストには(と言うよりは人間に作られた物達には)、こんな人間染みた感覚があるのだろうか。私は"外面に僅かな触覚"と、"投函された物の内容を把握する能力"を有しているが、それらがいつの間にやらまるで"人間の感情"のようなものを私の中に作り出してしまった。けれども長い時間を掛けて、私は"ただのポスト"なんだと、嫌と言うほど解らせられた。 人間たちはたかがポストである私に、感情などがあるとは努々思っていない。そうでなければ、私の身体でタバコの火を消したり、硬いもので何度も殴りつけたり、汚物であろうものを私に向かって撒き散らしたりはしないだろう。そして何より私には、どんなに殴られても、寂しく冷たい風に曝され続け永遠のようなこの孤独に絶望しても、人間宛てにメッセージを送る方法がないのである。 私は私に知恵を授けた神を恨んだ。しかし時間が経つにつれ、何も考えずに"物"として在り続けるしかないと悟った。だから私は、苦しいとも寂しいとも感じない事にした。 ある時、私は小さな人間の手に撫で回された。しかしなんだ、私にとってそんな事はよくある事だ。投入口の淵を執拗になぞったり、掌でぽんぽんと叩いたり、時に両手をいっぱいに広げて抱擁したり…………しかしこれらは子供の好奇心による行為で、数年も経てば私のような物への関心など消える事を、私は知っている。 いやしかし、それにしてもこの小さな手は、私を撫で回しに何度もやって来る。暖かくなってから(つまりは恐らく朝から)少し冷える(つまりは夕方)くらいまで、要は一日中やっているのだ。それも毎日やって来る。 そんな日々が募って、私はこの小さな手の触れ方を覚えてしまった。触り方の癖から、いつものその小さな手だとわかるようになってしまったのだ。 ある寒い日、私に一枚の葉書が投函された。その後の熱い抱擁で、いつもの子供だと気付いた私は、(普段はそんな事はあまりやらないのだが)葉書の内容を見てみる事にした。それは所謂、年賀状で、テーマパークに来たらしい大人四人と三歳ほどの男の子一人が写真に納まっている。 "あけましておめでとうございます。ことしもよろしくおねがいします。ユウマ" 読むのに苦労する覚えたてのような歪な字で、そう書いてあった。ユウマ、それが毎日私を撫でまわす子供の名前だと知った。 それから二度、年賀状が投函され、季節は変わって春になった。未だにユウマはほぼ毎日、私を撫で回しに来ていたが、しかしこの春から小学校に入学したらしく、彼がここに来るのは概ね朝と夕方だけになっていた。 ユウマの入学から暫く経ったある日、私に触れる手が二本以上ある事に気付いた。ユウマの他に恐らくもう一人居る。手の大きさから推察すると、恐らくユウマの同級生だろうか。となると、ユウマにも人間の友達が出来たのか。まあそれもそうか。今まではポストを撫で回すだけの変な子供だったのかもしれないが、学校に行っている間はもっと別の機会に多く恵まれる事だろう。そうして少しづつ大人になっていき、きっとユウマも人間社会に馴染んでいく。そうすれば、私に構う暇など無くなるのだ。 けれども、まだその時じゃあないらしく、私を撫で回す日課に、ユウマの友人も加わったようだった。 それから、五年が経ったある涼しい日。 いつものようにユウマが私の天辺をぽんと撫でた。けれども、その日はおかしかった。ユウマの友人の気配が無くなったのだ。その代わりのように、ユウマは冷え込む時間になるまで、私に長く触れていた。 その一週間後、ユウマは手紙を投函した。 「カケルへ 転校先でも頑張れ。おれの友達はお前だけだから」 その日から一週間に一度、ユウマはカケル宛に手紙を送った。学校であった事や好きなゲームの話等、他愛もない事を綴った手紙だ。そうして文脈から察するに、カケルもユウマに手紙を送っており、二人は文通しているらしかった。 カケルなる人物がユウマと親しい同級生だとするならば、カケルとは、下校中にユウマと共に私を撫でていたユウマのあの友人であろう。 ユウマに友人の存在を知る事や、その輪郭が鮮明になる事が、少しばかり寂しい気がした。 それから一年半後、ある暖かい日からユウマは私にべたべたと触る事は無くなった。とうとう少年の心は大人になったのだ。 ある涼しい日、ユウマが手紙を投函した。 「黙ってたけど、彼女が出来た。でもめんどくさくなって2か月ぐらいで別れた。」 その日のユウマはあの時みたいに、されど大きくなった手で私を何度も撫で回していた。そうして、今度は指先で同じパターンをなぞり始めた。私は暫くして、それが文字だとわかった。 「会いたい」 それを何度も、何度も繰り返し書いていた。カケルへの手紙で散々見たユウマの筆跡が、強く思い起こされるようだった。 それから二週間後、ユウマが手紙を投函した。 「俺もお前みたいな友達ぜんぜん居なくてつらい。 やっとスマホ買ってもらったから、LINEID書く。メッセ送って。 きもいこと言うけど、手紙はやめたくない。お前の手紙が好きだ。」 それからまた時間が経って、ユウマとカケルが高校生になっていた、ある日に投函された手紙。 「来週、お前が帰って来るのめっちゃ楽しみ。早く会いたい。ずっと思ってる事を書く。きもいけど、きもいと思わないでほしい。 お前に手紙を送る時、いつもドキドキする。多分お前の事が好きなんだと思う」 私はとうとう、"好き"という文字を見て、漸く、この人間に想い入れ過ぎてしまった事を認める事にした。しかし、だから何だ。私には泣く事も出来ないのだ。 その日は、暖かいか涼しいかさえも考えるのを辞めようとていた。 "一緒に住もう" どうしてかこの一言が、私に別れを告げているようで、押し殺した筈の、あるかどうかもわからない心に痛みが走った。とうとう彼の文字さえ読めなくなる。しかし何も望む事が出来ない私には、最初から諦め様もない事だった。 それから二年が過ぎた。全く往生際が悪くて呆れ果てる。私は未だに、時折ユウマの事を思い出していた。あの温かな腕の中にもう一度包まれたいと、気が付けばいつも願っていた。 そんなある日の事だった。不意に大きな腕に抱きしめられた。そして繰り返し、同じ言葉が私に書かれた。 "ぼくが好きなのはお前だった" 私の願いが届いたのか?喜び方さえも知らない私は、ただただ大きな、不明な感情に捕らわれて呆然としていた…………。 暫くして、私が一先ず冷静になった頃、繰り返し書かれる文字に違和感を持った。ユウマとは筆跡が違う。 しかし時折、天辺を撫でる時の感触は、全く覚えがないわけではない気がする。 ああ、そうだ。思い出した。ユウマと共に私に触れていた、もう一人の手だ。そう確信すると同時に、疑問が浮かび上がる。 それならユウマは。ユウマはどうしたんだ。ユウマはお前の事をあんなに想っていたのに。 お前はユウマに何て言ったんだ。そうして、ユウマは何と言ったんだ。悪い事を言ったのなら、絶対に許せない。訊きたい、暴きたいのに……………………私にはどうする事も出来ない。 何も言えない事を、こんなに悔やんだ日はなかった。

ポスト

Related Creators