深夜の片田舎の横断歩道なんざ、人も車も通る方が珍しい。特にこんな寒い時期はそうだろう。 何てことない車道用信号機と、何てことない飲料自動販売機が、誰も居ないT字路を照らし微かな彩りを与えていた。 しかしまあ人間の居ないこんな時間に、誰に向かうわけでもない点灯なんて阿保らしくて嫌になる、と自動販売機は常々思っていた。そんな嫌悪も最初は自分に宛てた感情でしかなかったが、目の前で絶えずルーチンワークを繰り返している車道用信号機にさえ苛立ちを覚えるようになっていった。 ある夜、自動販売機は誰にボタンを触れられたわけでもないのに、その一つを赤く点した。今まで一度もそんな事はなかったはずなのに。 暫し点った赤色はやがて限界が訪れたかのように消灯した。しかし自動販売機は、これは苦痛な時間を打破する貴重なチャンスかもしれないと思った。 自動販売機は再度点そうとありったけ念じてみると、再び同じボタンにパッと赤が点灯し直ぐに消えた。それから、念じて、点って、消えて、を繰り返す。そうする毎に点灯できる時間が長くなっていく。自動販売機はもしもこの力が使いこなせれば、こんな退屈を少しは凌げるのではと考えていた。 しかしすぐに気が付いてしまった。自分だけが狂ってみても、それを観測するものも反応するものも居ない事には、大して面白くないのだ。かと言って、昼間人間の前でそれをやったら、故障とみなされ撤去されるかもしれない。それじゃあ退屈凌ぎどころじゃなくなる。 自動販売機のこの不可解な点滅に、信号機は相も変わらず全く動じない。 この仕事好きが目の前に居なければこんなに虚しい事もないのに。赤・青・黄色を引っ切り無しに繰り返すだけのこの隣人に、更にイライラが増していった。 それから自動販売機は、点灯色・箇所・時間を徐々にコントロール出来るようになっていった。カラーレパートリーが、赤・黄・青の3色まで増えた頃、自動販売機は信号機の仕事にちゃちゃを入れるように、わざとらしく彼と同じタイミングで同じ色を点した。 それでも信号機は動じない。恐ろしく規律を守った仕事を繰り返している。自動販売機はこの反応の無さにムカついた。激しく点滅させたり、点灯箇所で記号を表したりと色々試して煽ってみたが、信号機の反応はやはり何も無い。 徹底して地味な仕事をこなす信号機とは対照的に、自動販売機は日毎に派手な色を点滅させるようになっていった。それまでの自動販売機は、自分がこんなにもカラフルに点灯できる事さえ知らなかった。 ある夜、信号機は突如バチンと音を立て何色も点さなくなった。 突然の故障だった。 自動販売機はそれを見ていたが、この深夜に人が通るはずもないのだし、人身的な問題はないだろうと思った。彼の真面目な仕事ぶりが見れなくなるのが内心、少し寂しいだけだった。 けれどもその日に限って、汚れたボロいジャンパーを羽織り世迷言をブツブツと呟くあからさまに泥酔したおっさんが、千鳥足で歩いてきた。おっさんの目線はぐらつきながらも、歩道用信号機が青色を示す事を確認してから横断歩道に入っていった。 自販機には、おっさんの向こう側から1台の自動車が走って来るのが見えた。それも曲がり角だというのに大した減速もしない。夜間の車の少ない車道に調子に乗って走っている輩だろう。きっと、その運転手にはおっさんの姿も見えていない。 とっさに自販機は、自身の全てのボタンに赤色を点灯した。 その瞬間に、車に急ブレーキがかかる。 「んだよ、あぶねーな」 車の運転手は誰に向けたかわからない怒号を吐いて、驚きよろめくおっさんを避けながらT字路を曲がっていった。 「なんだよこの信号機、壊れてんのかおい!クソ!」 おっさんも壊れた信号機に文句と唾を吐きかけイライラした様子で歩いて去って行った。 翌日、壊れた信号機は撤去される事になった。そして後日新しい信号機が設置された。 深夜の自販機が奇妙な点滅を繰り返す事は、もうなくなった。