20211123 ケモ夫人について
Added 2021-11-23 10:02:01 +0000 UTCこんにちは。藤想です。
皆さんのご存知の通り、最近色々とありまして、随分と毎日忙しく生きています。
先日2021年11月21日にコミティア138が終わり、ひと段落着いたということで一度諸々を振り返りたいと思います。
といっても何から振り返ればいいのでしょうか?余りにも様々なことが起きすぎて私の日常はパンクしてしまいました。では当然10月27日ケモ夫人誕生からでしょう。
あの日も普通に仕事があり、お昼休みに落書きをしていました。ケモっぽい夫人の漫画を描こうと思って適当に描いたのがアレでした。詳細はニコニコ大百科のケモ夫人の項目に載っていますが、私が第一話を描いたのはラフを描いた日から一日経っていません。そこだけ間違っています。ですが項目の執筆は大変嬉しく思います。
あの日はとりあえず自分の漫画が初めて1万いいねに達したということで万バズに歓喜しておりましたが、おかしかったのはファンアートの量で、1話しか描いていないのに15枚くらいファンアートがあり、明らかに異常でした。
その日は一日中スマホを見て過ごしました。
ファンアートを描いていただいた方の顔ぶれもおかしく、天原先生や原田たけひと先生、杉浦次郎先生、sattou先生、極上レジスタンスの暇。先生、福岡太朗先生、などのゴッド過ぎる方々、あとエッチ漫画方面に疎いのですが凄い方が描いてくださいました。極めつけはFAではないですがあの飛浩隆先生にお褒めの引用RTと、にじさんじのVTuberでいらっしゃるジョー・力一さんのMiiサムネイルですね、心臓が止まるかと思いました。他にも名だたる方々がファンアートを投稿して下さり、なんというか、言葉が出ません…本当に感謝しています。
私が事態を重く見ているのは、まだ未成年とお見受けする方々によるアナログなFAが多いことで、これは若い方にも自分の作品を読んで欲しかった自分にとっては大変に嬉しいことです。とても幸運なことと思います。
あとはねとらぼさんに取材して頂き、Yahoo!ニュースデビューしました。嬉しかったです。
コミティアも盛況でした。ケモ夫人500部と場所の男200部は完売いたしました。会場にいらっしゃった方、コミティア実行委員会の皆様、本当にありがとうございました。
本当はもっと皆さんとお話しして、どんな風に私の漫画を楽しんでいるのか聞きたかったです。
ファンボックスってよく分からないんですが裏話的なことを書いた方が皆さん楽しいんでしょうか?
私が基本的にいつもと変わらないテンションでケモ夫人を描いているのはねとらぼさんの記事でも書いているんですが、じゃあいつも通り漫画を描いているってどうしているのか、少し書いた方がいいでしょうか。
それとも弐瓶勉先生が好きだとかイノセンスが好きだとかそういう話をした方がいいのでしょうか?今後の要望でなんか書いていけたらいいと思います。あの映画の感想書いてくださいみたいな。
コミティア参加しててどういう風に作風が変わっていったかを最初にザックリ書こうと思います。
最初に出した個人誌ではとりあえず15部刷って、その15部を手に入れた人が楽しければなんでもいいという気持ちで描きました。本当にめちゃくちゃな漫画です。そして「カタルシスがある」という感想を貰って、カタルシスを意識して漫画を描くようになりました。
その後にポップコーンの背骨を出したときにめちゃくちゃ反響があって、読者がいるということを意識しました。自分の中にある思考をどうすれば漫画で表現できるのかを突き詰めることが無駄じゃないと分かった瞬間でした。この本があまり売れなかったら私は漫画を描くことを続けていなかったと思います。
この漫画が売れなかったらもう続ける意味がないということは常々、ことあるごとに思っていました。毎回真剣に漫画を描いて、これが売れないなら私の努力は意味がないんだろうと何度も思ってきました。
その後短編を何個も描いていくうちに、こういう風に描けば面白いものが描けるんじゃないかという鉄則は無いのか、自分なりに研究しました。
分かったことは、話の始まりと終わりは対になっていなければいけないことと、逆にそこさえ守っていれば何を描いてもいいというようなことを思いました。
始まりと終わりについては今でも大切にしています。物語は始まり方以上の終わり方はしません。
芥箱エチカ・FFFを描いたときに哲学的な漫画はやめてエンタメ的な漫画を描こうと意識しました。
転機になったのは『Where were we?』を出した回、私の中で大きな物語を描きたい欲望が一つ結実しました。この時に140ページ前後あれば自分はこれだけのものを描けるということを意識しました。
その後も描き続けてやはり自分にはエンタメなんか無理なんじゃないかと迷いながら『カオスナイト』を描き、王道だとかメジャーだとかそういうのを突き破って自分の漫画を描かなきゃいけないという意識が芽生えました。
印象に残っているのは『肉塊ありす』です。十何人かの少女が無残に死に続ける漫画ですが、これを自分は描いて良いのかかなり悩みました。倫理的に完全にアウトだったからです。ただこれを一つの表現としてアウトプットすることは世の中には必要であり、そのためにも作家は人一倍しっかりとした人間性を持たないといけないということを思って、今に至るまで、全ての表現を行うために漫画を描くために自分の人間性に厳しくなりました。今でもかなり甘い部分がありますが、絶対に悪い人間ではあってはいけないと思っています。それは漫画の為です。
大きくはそんなところでした。毎回漫画を描くことで描きたいもの軌道修正をしてきましたが、毎回最新作を自己最高傑作として世に出す意識は変わりませんでした。
漫画を描く上で大事にしていることは、『誰に読まれたいか』と『読まれるために何が出来るか』と『伝える意志』です。ずっと何を描いているのか分からないと言われ続けて、理解してもらうためにずっと苦労してきました。
今日はとりあえずこの辺にします。要望があれば別の話題や、もっと細かいこと、創作の悩みに対する回答などもこちら、ファンボックスで書いていきたいと思います。応援よろしくお願いいたします。
藤想
Comments
どうもありがとうございます。自由に楽しく描いて皆さんに楽しんで頂けたら最高です。どうぞよろしくお願いいたします。
2021-11-23 12:59:28 +0000 UTCこんにちは、ケモ夫人からファンになりました。 いろいろな方の期待がのしかかってるかもしれませんが、個人的には、つぶれないように・やりたいようにやっていただければ…と思って見ています。 応援しています!
せまも
2021-11-23 12:55:02 +0000 UTC